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第五話 召喚 (2)

■△1時間前△■


「本当にこの場所なのですか?」


 セレスティア王国の西地区を守護するヴィルヘルム辺境伯の下で、宰相を務めるイヴァノビッチ=ジェリド=サンタール子爵は長さ30センチ程の望遠鏡を覗きながら聞いた。


 そこには、遠くに王国へ宣戦を布告したダルキア帝国の前衛部隊が進軍してくるのが見える。

 その数五百。

 そして更に後方には千五百の本隊が控えている。

 前衛部隊は馬上の騎士達を先頭に横一列に並びこちら側へと押し寄せていた。


「帝国はここに魔装騎士マジックメイルの重騎士が百騎、強靭な獣人達も含めた二千もの軍勢を投入してきているとのこと。それに対しこちらは王女殿下の精鋭がいるとはいえ総勢八百。もし、現れなければ敗走は必至ですな。」


 子爵は相手との距離にまだ余裕もあることで、落ち着き払った声を隣の馬上にいる女性騎士にかけた。


 騎士の名はアリステル=ロゼ=セレスティア。

 王国の第四王女で団員二百名を預かる紅焔こうえん騎士団の団長でもある。


 見事なまでの装飾が施されたミスリル製の銀のフルプレートを身に着け、肩より下まで伸びたしなやかな金髪が風に靡いている姿は、鎧よりもドレスが似合いそうな様相である。


 しかし、その性格と気性は将軍職を拝命している軍団長にも劣らないものを持っていた。

 物心ついた頃には木刀を振るい剣術の稽古に明け暮れ、自らが得ている炎属性魔術の修行にも励んだ。

 その甲斐もあって在学していた王立の魔術学院では首席の成績を修めている。


 王位継承権から縁遠い四番目の子女ということもあり国王であるフィオナール=ヴァン=セレスティアは娘に自由な道を与えていた。


 そのアリステルは学院の卒業と同時に自分の騎士団の創設を国王である父に願い出る。


 国王は、娘の願いとはいえ有事には戦場に赴く騎士になることを案じて、一度は反対したが執拗なほどに上申するアリステルに根負けし儀仗兵として扱うつもりで許可をした。


 しかし、その後の何回かの戦や領地戦の仲裁など目を見張る活躍を見せたアリステルの騎士団は『紅焔』の二つ名を拝命し三つある王国騎士団の一翼を担う程の力を持つに至っていた。


 アリステルは敵が目の前に来れば真っ先に逃げ出すであろう子爵を冷ややかな目で見る。


「貧乏くじを引かされて災難だな。信じておらんのだろう?」


「恐れながら、このイヴァノビッチ、王女殿下の御身を案じているだけでございます。もし現れずともこの身を盾にして殿下をお守りする所存でございます。」


「フン。」


 アリステルは嘲るように鼻を鳴らして振り向くと後ろに控える副団長に声をかけた。


「カレン。賢者殿を呼んでくれ。」


「はっ。只今。」


 副団長の席を戴く、女性騎士カレン=ヴィジャット副団長は機敏な動作で馬の鼻先を後ろに返すと後方に止まる馬車へと向かった。


「時に子爵。貴殿の主であるヴィルヘルム辺境伯はなぜ出陣して来なかったのだ?」


「誠に申し訳ありません。我が主は、国王様より西地区の守備を任されているとはいえ、殿下の精強な紅焔騎士団と比べますと我が騎士団はあまりにも脆弱。邪魔になることは必至でございます。なればこそ後方のセレバス城塞都市に控え、万が一に備えている次第でございます。」


 饒舌に語る子爵にアリステルは隠すことなく冷淡な表情を見せる。


「ほほう。臆病風に吹かれたわけではないのだな?それでは後顧の憂いなく、この身を矢尻として敵軍に飛び込めるというものだな。」


 イヴァノビッチは目を丸くして答える。


「滅相もございません!殿下には決して無茶などせず、賢者殿の魔法が成功することをお待ちするだけでよろしいかと思われます。」


「信じてもおらぬのによく言う。それほどに辺境伯にとっては、我らや賢者殿が目障りなのか?」


「そんな!私どもはただ…」


「ただ?」


「…魔法に拙い私でも、いにしえの魔法により悪魔を召喚する事は聞いたことがあります。しかし、賢者殿が言うこととはいえ、異なる世界から人間を召喚する魔法など信じるには無理がございます。…それにその者達は千にも万にも匹敵する力を持つとか。荒唐無稽としか申し上げられません。」


「悪魔が召喚される魔界とやらも、この世界とは異なる世界も変わらぬのではないか?」


「殿下。もしそれが可能であればこの世界にはすでに多くの異世界人がいてもおかしくありません。過去の文献を紐解いても、そのような魔法は目にしたことがございません。」


 文官らしく神経質な顔つきのイヴァノビッチは首を振りながら答える。


「そうか。しかし、だからと言って王国の二倍の国力を持つと言われる帝国と戦うために悪魔を召喚すれば、その後の治世はどうなる?…故に我々は賢者殿に賭けることにしたのだ。」


「しかし、それでは…」


 子爵が慌てて弁明しようとした時、アリステルに向かって女性の声がかかる。


「王女殿下。お呼びとのことで。」


 アリステルの乗る馬の後ろで恭しく頭を下げた、大きな外套に身を包んだ女性はその場に片膝をついた。

 その表情はスッポリと被ったフードで見ることが出来ない。


「なにかご懸念なことでも?」


 本来であれば上級貴族の前でフードを取らないというのは儀礼に反することであり不敬と取られても仕方のないことである。

 ましてや、王族であるアリステルに対しては尚更だった。

 しかしアリステルはそれを気にする様子もなく語りかける。


「なに、子爵は賢者殿の魔法を信じておらんようでな。ここまでの貴殿の働きを知る私としては釈然とせん。そこでだ。」


 アリステルは言葉を切って子爵を見る。


「貴殿の口から、もう一度召喚魔法と召喚する者達にについて話してはくれないだろうか?」


「王女殿下!私は決して疑ってなど…」


「良い。賢者殿の言葉はたしかに子爵が言う通り荒唐無稽に聞こえる。だが、王国が数十年に渡って賢者殿によって持たされたものは決して小さくない。それは国王である父の言葉でもある。」


「それは、たしかに…」


「その賢者殿がこの難局を乗り越えるために召喚すると言う。だから、私は賢者殿の言葉を信じることとした。…子爵はどうなのだ?」


「たしかに仰せの通りではこざいますが、その話と異世界の者を召喚するなどという話とは些か違い過ぎると思われますが?」


 賢者と呼ばれた女性を、イヴァノビッチは睨めつける。


 この賢者は元々三十年前までは、王族や貴族に助言し施政を安定させ、戦争ともなれば巨大な範囲攻撃魔法を使い前線に立つなど、多大なる功績を残していた者だった。

 しかし、突然に姿を消し誰一人として、その行方を知る者はなかった。


 それがつい三ヶ月前に、魔の山アブルルート山で魔獣討伐に赴いていた紅焔騎士団が、意識のない賢者を偶然発見し連れ帰った。

 その後、復活した賢者はアリステルの側付として同行し今に至っている。


 賢者は、その怪しい素性に嫌悪感を現すイヴァノビッチの視線にも顔を上げることなく答える。


「仰る通りかと。ですが、私から申し上げられるのは一つでございます。…ご覧になっていればわかると。」


「なるほど。自信がおありということですな?…それでは貴殿の言う通り異世界屈指の傭兵とやらを召喚出来なかった時には、どのように責任を取られるつもりか?もし召喚出来なかったり、貴殿が言うような力を持っていなければ敵軍はなだれ込み、殿下のお命も危ぶまれるかもしれないのですぞ?」


 するとアリステルは意味深な笑みを口元に見せる。


「もう良い。やはり子爵は賢者殿を信じていないということだな。先にも言ったが、それは賢者殿の魔法を信じる私のことも信じないことと同義になるがそれで良いか?」


「?!そ、それは…」


「もう良いと言っている。…子爵。ここまでの道案内、ご苦労であった。後方に下がって敵軍が迫るようであれば遠慮なくセレバスまで下がるといい。」


 慌てる子爵の言葉を遮り、辺境伯領の最前線にある城塞都市の名を口にした。


「クッ…。か、畏まりました。それではそうさせて頂きます。くれぐれも殿下にはこの者の世迷い言に惑わされて御身を危険に晒しませぬように…」


「あいわかった。子爵の忠義は辺境伯と父に伝えておこう。それではここからの些細を後ろで眺めていると良い。」


 アリステルはそう言って馬の踵を返す子爵を見ることなく、自らの望遠鏡で寄せて来る敵軍の様子を見始めた。

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