第四十八話 戦線拡大
帝国領土内北東部に位置する、帝国軍演習場で皇家直属の近衛騎士団を相手に、大将軍バルザック=ガルド=ルヴェルは模擬戦を行っていた。
演習場は、四方百数十キロにも及ぶ平原と森があり、そこでは様々な地形での戦闘を想定した訓練が行われる。現に今も、近衛騎士団だけでなく三個大隊規模の兵団がそれぞれの大隊に分かれ、森林地域や平原で戦闘訓練を展開していた。
その中に、近衛騎士団を連れて中でも優秀な騎士数名を相手に、刃引きのハルバートを肩に抱えたバルザックが戦っている。
すでに、二名の騎士がバルザックのハルバートに倒され、戦線を離脱している。
残り三名も息を荒くしながら、それぞれにロングソードを構えてバルザックを囲んでいた。
「…どうした?近衛の中でも猛者と言われる貴様らが、齢五十の私に後れを取るなど…近衛騎士団の名折れだぞ?」
バルザックは、周りで躙り寄る三人を睨めつけながら肩に抱えていたハルバートを両手に握る。
すると、バルザックから見て右側の騎士が半歩バックステップすると背中にまで届くほど剣と体を捻った。そして、力を溜めていた後ろに下げていた右足の力を解放して、全身を回転させて斬りかかる。
「剣技・旋一閃!」
バルザックに向かって掠るだけでも相手の体ごと吹き飛ばすような回転斬りが踊りかかる。それと同時に正面の騎士は今度は腰だめの構えから六本の突きを一斉に繰り出した。
「剣技・六雷穿!」
最後の一人は、二人の攻撃に続いて剣撃を加えるために上段に深く構えて剣技の準備をしていた。
バルザックは、ハルバートの太い柄の部分で回転斬りを受けると、その強力な剣撃の重さに体を沈めたが、動きを止めたところで、騎士の左肩を鷲掴みにした。そして、騎士の背中を正面に迫っている六本の突きの盾にする。
「そんなものか?!」
受け切ったところで、騎士を右側で剣技の用意を終えた騎士に向かって軽々と投げつけながら、ハルバートで突きを放った騎士を吹き飛ばす。
バルザックの周りには、一瞬のうちに三人の騎士が転がった。
騎士達は、頭を振りながらそれぞれが意識があることを確認している。
バルザックは、その様子に呆れたように鼻息を吐くとハルバートを地面に突き立てた。
すると、その背後から近衛騎士団の団長である、ジークフリード=フォン=ベルシュタインが微笑みながら現れる。
「…相変わらず見事ですな。…物足りないと思われているようですが、閣下が強すぎるのです。過去においても、あの三人の連続攻撃を捌いて倒せる者などいませんでした。…過去においては。」
「…なにか、用があるようだな?」
バルザックは、戦いの後にもかかわらず高揚することなくジークフリードの含みのある物言いに視線を向けた。
「…はい。先日、閣下が王国に向かわせた黒曜ですが、どうやら消息を絶ったようだと、大隊長から連絡がありました。」
「…ほう。…黒曜が。」
「はい。潜伏先にさせていたグランディア侯爵の別邸から退去した後、別の場所で拠点を作っていたまでは把握していたのですが、それ以降の足取りがまったく掴めなくなったとのことです。」
「…。」
バルザックは、押し黙ったものの、その口元には笑みが浮かぶ。
ジークフリードは、その表情に怪訝な顔を見せながら質問する。
「…喜ばれているようにも見えますが?」
「…そう、見えるか?」
「はい。」
その返事を聞きながら、バルザックは専用の休憩所にしているテントに向かって歩み始める。
それにジークフリードが続く。
「…一万二千を屠っただけでなく、黒曜も退けるその実力…剣を交えてみたいものだな。」
「…おやめください。異世界人達が閣下の前に立った時点で、我が軍は敗北したことになります。…たとえ、閣下が奴らを屠ってもです。」
「…そうか。」
「…。」
ジークフリードは、呟きながらも諦めた様子のない大将軍の表情に押し黙る。
バルザックは、そのまま言葉を続ける。
「…絶死に依頼を諦めさせる。…まともではないな。」
「…はい。本来、殺し屋の厄介な所はその執拗さにあります。その殺し屋を全員を殺したのではなく、退けたというのは、全員を屠るよりも難しいことになります。」
バルザックは、その言葉を聞きながらテントに入ると、中で控えているメイドが恭しく頭を下げる横を抜け、ハルバートを立て掛けるとテントに用意されている大きな椅子に腰を下ろす。
すると、それに合わせたように控えていたメイドがよく冷えた水の入ったグラスをトレイに載せて差し出した。それを手にしてジロリとジークフリードを見る。
「…それよりも、ゼノビアは白竜騎士団を出陣させたのか?」
「はい。二日前にウルバスドゥームに向けて進軍を開始しました。…白竜騎士団の第二部隊を合わせた一個師団一万でマーデニア連峰に向けて侵攻中であります。…宣戦布告の尚書を送り出した後、十日ほどで近くに布陣するはずです。」
「…そうか。ゼノビア自慢の精鋭達がどれほどのものか拝める時が来たということだな。」
バルザックは、自分と大将軍として双璧を成すゼノビア=フォン=アルジェントの名を口にして俄に口角を上げる。
「…愉快そうですね。」
ジークフリードは、遠慮なくバルザックに感想を言う。帝国軍内でも、バルザックと気安く会話ができる者は少ない。皇帝を除けばもう一人の大将軍ゼノビアと、このジークフリード近衛騎士団長、そしてサトラムス渓谷で散ったガイウス=ギースだった。
「…そう見えるか?」
「…分かりかねます…。私のような矮小な者に閣下の深淵なお考えは理解いたしかねます…ただ、戦略的に戦線拡大によって鉱物が不足しているのも事実。そして、ドワーフ達が持つ鉱産物と技術力は得難いものになります。…王国侵攻を停止している今ならば、戦力の投入もしやすい上に、南部諸国連合への牽制にもなるでしょう。」
「つまらぬ男だ。」
バルザックは、まるでマニュアルでも読んだかのように正解を出した腹心の言葉に悪態を吐いた。
ジークフリードは、そのバルザックの言葉にため息を吐く。
「たまには、お褒めのお言葉を賜りたいものですな。」
バルザックは、その言葉を聞きながらグラスに入った水を飲み干した。
そして、呆れたような表情を見せるジークフリードに再びため息を吐いて言った。
「…考えておこう。…それよりもウルバスだ。あそこには山岳戦を得意とする遊撃部隊がいると聞く。よもや、後れを取るようなことはあるまいな?」
「おそらく、そのための白竜騎士団でしょう。四竜騎士がいなくなった今、確実に局地戦の優位性を作れるのはあの騎士団しかいません。アルジェント閣下もそのようにお考えではないてしょうか?」
「…わかった。私は改めて王国侵攻のプランを打ち出すとしよう。…皇帝からも催促されておるからな。」
その言葉にジークフリードは訝しげな視線を送る。
「…これからウルバスへの侵攻、王国への再侵攻、そして南部諸国連合への牽制。…皇帝は、戦線拡大を急ぎ過ぎているとは思いませんか?」
ジークフリードの物言いはバルザックに同意を求めたものだった。帝国が現在までの国土拡大は人員や装備、そして軍備の編成により優位に進められてきた。
しかし、ここにきて二度の敗戦は異世界人の召喚というイレギュラーを差し引いても小さなものではない。
バルザックは、それを意識してなのか口を噤んだ。
「…。」
「過去においても、戦線拡大は敗色を色濃くする要因ともされます。…幸い、ここまでいずれの戦いも圧倒的優位で進めて来られましたが、ここに来ての敗北は軽んずるものではないと愚考します。」
「…貴様の言うこと、もっともだ。だが、陛下は決して無策にこの戦いを進めているわけではない…とだけ言っておこう。」
「…。」
今度は逆にジークフリードが言葉をしまう。
仮に皇帝が暴走をしていたとしてもそれを諌められないバルザックではないことを重々承知している。
しかし、戦線拡大の勢いが早すぎるのもまた事実であった。
バルザックは、敢えて真意を問わない腹心に笑みを返しながら言った。
「…いずれ分かる。ロナルディア平定を掲げたこの戦の本当の意味がな。」
「…畏まりました。」
心酔する大将軍の言葉に、ジークフリードはただ恭しく頭を下げるだけだった。




