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第四十七話 逆襲 (2)

「こりゃまたずいぶんとデカいな?」


 耕助は、目の前の見事な体躯を持つ獣人を見据えながら言った。


「…マークスだ。」


「…マークスくんか。…で?どうするんだい?」


 耕助は、剣を鞘に納めてマークスの正面に立って下から睨みつける。


「…勝負しろ。…暗殺の決着はついた。俺達の負けだ。…だが、俺は負けたつもりはない。…それに俺達は帰らねばならん。仲間の亡骸を持ち帰るためにもな。」


「勝負か。いいねえ。…わかった。あんたが俺に勝ったら、あんたと残った奴らは見逃そう。…荷物をまとめて帰りな。…けど、負けた時には…どうなるかわかっているよな?」


 耕助の言葉に、カレンの威圧が更に増す。

 その雰囲気に、黒曜の全員が飲まれて体を硬直させた。


「…それでいいな?…ゲイル?」


 マークスは、覚悟の宿った瞳をゲイルに向ける。

 ゲイルは、ただ頷くことしか出来なかった。

 暗殺に関してだけ言えば、王都で二人を狙った時にすでに終わっていた。

 射箭の直前に、仁の目を見た瞬間から、ゲイルはこの暗殺が失敗することを予見していたのである。


 ゲイルは、マークスに頭を下げようと足を一歩踏み出そうとした。

 すると、マークスは右手を開いてゲイルに突き出すと、謝るな、とばかりに首を振る。


「…いい部下(仲間)を持ったな?」


 いつの間にか、ゲイルの隣に立った仁が向かい合う二人を見つめた。


「…まあな。…あんたは戦わないのか?…マークスはあんたの相棒を殺すぞ?」


 ゲイルは、マークスの勝利を疑わない勝利を確信した目で仁に言った。


「まさか。そんなことすれば、俺が耕助アイツに殺されるだろ?」


「…。」


 ゲイルは、そう言う仁の横顔を見ながらそれが嘘であることを見破る。


「…あんたらは、一体何者なんだ?」


 その言葉に、仁は思わず笑みを零す。


「…さあな。見たままとしか言えないな。」


 ゲイルは、その言葉を聞くと再びマークスと耕助が睨み合う姿に視線を移した。


「よし!それじゃ、何で勝負するんだ?!」


 耕助は、心から楽しげに笑いながら言った。

 それにマークスは、拳をギリギリッと握って耕助の目の前に見せる。


「へえ…いいねえ。こりゃ、楽しめそうだ。」


 そう言いながら、剣の刺さったベルトを外し、後ろからグロックを抜いて仁に投げると右拳を左の掌にパン!と叩きつけた。


「マークスくん!ドンと来なさい!」


「言われるまでもない。簡単に死ぬなよ?」


「…俺のセリフだ。」


 耕助は、そう言った途端に右の上段回し蹴りを放った。

 それとほぼ同時にマークスも同じ右回し蹴りを上段に放つ。二人は、それぞれに左腕でガードすると左右に散った。


 マークスは、右にフェイントをかけて左にジャブを打つと右のクウォーターフックを振り上げる。

 耕助は、それを掻い潜ると両手をついて水平蹴りを繰り出した。


 それをマークスは跳んで避けると上空から右拳を振り下ろす。堪らず耕助は、左に体ごと弾け跳んでそれを避けた。マークスの拳はそのまま地面を殴り、ボコッ!と穴を開ける。


「…あぶねー。」


 あまりの威力に耕助は、額に汗を浮かべる。

 マークスは、ゆっくりと立ち上がると左半身に構えて笑みを見せた。


「チッ!笑いやがって!」


 耕助は、負けじと口角を上げると立ち上がり『虚』を突いてマークスの背後を取った。

 マークスの目には、まるで耕助の姿が消えたように映る。

 しかし、マークスはそれにかまわず当てずっぽうに左腕を背後に振り回した。

 ギリギリのところで躱すと耕助は飛び退いて距離を取った。


「…そんなことも出来るのか?」


 マークスは、耕助の虚を突いた動きを見て、素直に感嘆の声を上げる。


「見破っておいて、よく言うぜ。」


 耕助は、真っ直ぐマークスの正面に向かって走った。それを、右ストレートが迎え撃つ。


「こっからは、ちょいと本気を出すぜ!」


 突き出された右拳をギリギリに避けると、その丸太のような右腕に絡みつき、右足を首の後ろに掛けながら絡みついたマークスの右手首を捻り上げた。


「グウッ!」


 この世界の格闘術には、関節技と絞め技の概念がない。そのために、マークスは初めて味わう痛みに動揺する。


 耕助は、かけた右足に力を込めてマークスの頸動脈を締め上げると、堪らず肘を曲げたマークスの右腕にアームロックをかけて背後に倒そうとした。


 そのアームロックの為に力が入らず、マークスは首にかかった耕助の右足を外すことが出来ない。

 その間も、今度は左足を右足の甲にかけて形を完成させると同時に体を振ってアームロックをかけたまま、背後に倒す。


「ガアッ!!」


 マークスは、倒れたタイミングで右肩を脱臼させられ痛みに叫びを上げた。

 しかし、体を無理やり捻って緩んだアームロックを外すと脱臼している右腕で耕助の顔面を殴った。

 拳は、確実にヒットしたものの脱臼のために力が入らない。だが、それでも耕助の頭は後ろにズレる。


「やるじゃねえか!」


 耕助は、脱臼していなかったら頭がそっくり持っていかれるほどの威力に驚きの声を上げた。

 その鼻からは一筋の血が垂れる。

 その間も、マークスは自由になった両手で首に掛かった両足を外そうとするが、あまりの力強さにかなわず、段々と意識が朦朧としてきている。


(なんだ、これは?!これは《《技》》なのか?!)


 マークスは、堪らず右手の爪を立てると耕助の左足を刺そうとした。それに気づいた耕助は、一旦、ロックを外してそれを蹴飛ばすとそのまま背後に回り、スリーパーを決める。


 今度は、首に掛かった右腕にマークスの爪が襲いかかった。

 耕助は、そのまま締め上げるのを諦めてスリーパーを外すと背後に跳んで距離を作る。


 マークスは、執拗なほど繰り出される関節技と絞め技の攻撃から逃れたことに息を吐いたものの、一度は朦朧とした意識がハッキリせず、頭を振って立ち上がった。


「…異世界人。やはり貴様は異世界人なんだな…。」


 マークスは、自分の知らない技を披露する耕助がこの世界の人間ではない事を再確認した。


「…サンボは気に入ってくれたか?」

「…ああ、もし一対一であれば、かなり強力な技だな。…それでは、こっちの番だな!」


 マークスは、そう言うと脱臼したままの右腕をダラリと下げつつも、地面に左手をついて四つんばいになった。その姿は、まるで猛禽類の獲物を追う姿のように映る。


 耕助は、それに対して右半身に腰を落としたサンボの構えを解くと、今度は左半身にドッシリと両足を地面に大股に立てて右拳を腰の高さに置いて構える。

 それは、耕助が会得している仙八掌の構えだった。


「フフン!それが、あんたの本性か…それじゃ、決着をつけようぜっ!」


 そう言った瞬間、マークスが一気に距離を詰めた。

 両足に、風魔法を乗せたことで、その速度はまるで消えたように見える。


 だが、その刹那、二人の勝負は決した。

 飛び掛かったはずのマークスの懐に耕助が飛び込んでいて、右肘が胸部の中央にめり込んだ状態で二人の動きは止まっていたのである。


「…仙八掌…肘突(ちゅうとつ)。」


 耕助がそう呟くとマークスの大きな体は前のめりに崩れ倒れた。

 しかし、それを合図にするように耕助の頬に三本の爪傷が入り、そこから出血する。


「…危なかったぜ…。」


 耕助は、うつ伏せに倒れているマークスの背中を見ながら頬の血を拭って言った。


「あの獣人、大したヤツだな。」


 仁は、決着のついた二人の様子を眺めながらゲイルに言った。


「…負けたがな…。」


 ゲイルは、マークスが敗れたことに信じられない面持ちを見せたが、すぐにそれをしまった。


「いや、アレは耕助に運があっただけだ。…耕助アイツは、肘突を出す前に距離を詰めるために、虚を突いたんだ。」


「…キョ?」


「途中で耕助アイツが使って背後に回った技だ。…それで、マークスはほんの僅かだが背中に回られるかと警戒して後ろに気を散らしたんだ。…そのせいで距離を詰める速度が鈍った。…それがなければ、耕助の首は飛ばされてたはずだ。」


 高レベルな戦いを目にした事で、仁は高揚したのか、珍しく勝負の決着を解説した。


「…そうか…。どうやら、俺達は引き受けてはならない仕事を引き受けちまったということらしいな。…あんたのその話を聞いても、正直、俺はピンと来ない。」


 ゲイルは、言って倒れているマークスに近付く。すると、マークスが弱々しい呼吸をしているのを見つけ、生きていることに気づいた。


「マークス!!」


 マークスを抱きかかえると、ゲイルの横についていたゼンが側に寄って脈を取る。

 ゼンは、目を見開いて驚いた。


「…若。大丈夫です。脈は弱いがマークスの体なら時間が経てば元に戻るでしょう。」


「…そうか…。」


 ゲイルは、ホッとしたような顔を浮かべると仁に向き直った。


「…それで?俺達はそろそろ殺されればいいのか?」


「さあ?耕助アイツは、たぶん、なにも決めてなかったと思うぜ?」


 そう言って仁は笑いながら耕助を見る。

 すると、それを聞いた耕助が眉を顰めて言った。


「ああん?!誰が殺すって言った?…わかってるんだろうな?って言っただけだぜ?…ていうか、わからねえのか?」


「わかるかよ!だったら、どうするつもりなんだ?」


 ゲイルは、困った顔を見せながら聞き返す。

 耕助は、ニヤリと笑って右手を出しクイッとすると高らかに言った。


「金だよ、金!!…お前ら、帝国からシコタマもらってんだろう?!それを全部、寄越しやがれ!」


 そこにいた、すべての者が狐にでも化かされたようにポカンとした顔になる。


「お前らなんか全員殺したって、こっちは銅貨一枚にもならねえんだよ!…さっさと出すもの出しな!」


「…これじゃ、カツアゲだな。」


「恥ずかしい…やはり仁殿でよかった。」


 仁に続いてカレンまでが耕助の言葉に呆れ果てた。


「…すまんな。俺達の仕事はすべて成功報酬でな。今は、まったくの無一文と同じだ。」


 ゲイルは、肩を竦めながら言った。


「…マジか…。ウソだろ?」


「…本当だ。…だが、あんたらみたいなのが相手だと知っていたら、十倍の報酬を積まれてもお断りだったがな。」


 ガックリと項垂れる耕助に、少し申し訳なさそうにゲイルが言った。

 すると、仁が居た堪れない表情を浮かべて、ゲイルに口を開く。

 

「…わかった。もう俺達は引き揚げるから、後はあんたらの勝手にしてくれ。…せいぜい気をつけて帰るんだな。」


「…いいのか?」


「いいも悪いもないだろ?勝負はついた。あんたらもそれで納得なんだろ?…さっさと仲間を弔ってやれ。そして、もう二度と俺達の前には出てくるな。」


 仁は、そう言いながら放心気味の耕助の背中を押しながら、カレンと共にこの場を離れようとする。

 ゲイルは、深く頷くと答えた。


「…わかった。そうさせてもらう。…あんたらへの依頼はもう受けない。」


 ゲイルの言葉に、仁とカレンが落ち込む耕助を連れながら、笑みを見せて答えると、そのまま森の奥へと消えて行った。


 残った黒曜の者達は、命を失った仲間達の遺体を丁寧に大きな布に包んでいく。

 ゲイルは、まだ冷たくなったサーシャを腕にしているリーベルに近づいた。


 リーベルにとって、サーシャは黒曜に女が二人しかいなかったことで、姉妹か親友のような存在だった。

 それだけに、悲しみも深い。

 ゲイルは、それを察すると静かに語りかけた。


「…リーベル。サーシャを殺したのは俺だ。…すまなかった。」


 リーベルは、サーシャの顔を見つめたままゆっくりと首を振る。


「…私も団長と同じだった。あの連中が現れた時、体が竦んで動けなかった。…それを見極められなかったサーシャが悪い。…団長の判断は正しかった。」


「…すまん。」


 ゲイルは、リーベルからサーシャの亡骸を受け取ると切離された両手足と一緒に、用意した布に丁寧に包むと優しく抱き上げた。


「…若。これから、どうなされるのですか?」


 一通りの帰り支度を終えたゼンが、ゲイルの横に立って聞いた。

 他の者達も、その答えを聞こうと全員がゲイルに顔を向ける。


「…そうだな。…俺は、黒曜を解散しようと思う…。」


「…若…。」


「…団長…。」


 突然のゲイルの言葉に、そこにいた全員が二の句を告げることが出来なかった。


 ゲイルには、標的を仕留めることも出来ず、団員を死に追いやったその責任を感じると共に、言いしれない虚しさと、異世界人の二人に対する羨望の思いが胸に去来していた。


 それを、他の団員達もゲイルのその気持ちを鋭敏に感じている。

 確かに、怒りはある。

 だが、それ以上に弱肉強食を体現させる次元が違うような強さを二人は持っていた。


 暗殺を生業としてきた彼らには、それに抗う事が出来ない以上、ゲイルに異を唱える事は出来なかった。

 ゲイルは、サーシャの遺体を馬車に乗せると全員に振り向いて言った。


「…これから俺は、表の商売をやりながら好きに生きようと思う。…お前達も、好きなように生きて行ってくれ。」


 ゼンを除いた全員が、それぞれに顔を見合わせる。

 その中でゼンだけが一人大きく頷いた。


「若。私は、若と共にまいります。この身の最後まで若の側でお仕えさせて頂きたいと思います。」

 

「…わかった。これからもよろしく頼む。」


 すると、他の団員に体を支えられたままのマークスがそれを聞いて口を開いた。


「俺も団長についていく。…あんな連中がいたんじゃ、もう仕事にならないだろ?」


「…私も一緒に行く。私には、団長の所以外に行くところがない。」


 リーベルが、マークスの言葉に続いた。

 他の三人も口々に、ゲイルと行動を共にすることを口々にいった。


「…わかった。それじゃ、このまま南部諸国連合のどこかに潜り込もうと思う…。幸い馬車も無事だからな。…死んだ奴らを弔うのはその後だ。」


 ゲイルは、そう言うと長い夜が明けて白々と空の色が変わっていくのを見上げた。

 上がりはじめたばかりの太陽の光が、二台の馬車を包み込むようなその光景は、まるでこれからのゲイル達を祝福しているようだった。


こうして、ここまで数多の標的を闇に葬り『絶死』とまで称され、代々と続いてきた暗殺集団『黒曜』は終焉を迎えた。


 …そして、この時から数年後、馬車屋『ロレンツォ商会』は『サヴィーノ商運』と名を変え、ロナルディアの至る所に支店を構える一大物流企業にまで成長する事になる。

 それを、この時のメンバーは知る由もなかった…。


 




 




 





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