第四十五話 思惑
三人が店を後にして残ったエレノアは、扉を開けるグルムの背中に話しかけた。
「…剣匠殿。それで、例のモノは形になりそうか?」
「…それを話しに来たのでしょう?…中で話しましょうか。」
グルムは、先ほどまでとは違い難しい顔をしてエレノアを店舗の中に誘う。
「…正直、剣のサイズが大きすぎて魔化を施すにも、威力が減衰すると思いますな。」
「そうだな。たしかに魔装騎士のように魔力増幅回路を積むほどのスペースはもうないから、魔化しても発動させることすら怪しいな…。」
二人が話しているのは、ラグナロクのヘビーナイフの魔力発動化のことだった。
「…それで、考えたのですが剣の柄に精霊石を埋め込むというのはどうでしょう?そして、刀身に導線を作り発動されるというのは?」
「精霊石?…たしかに精霊石なら魔晶石のような魔力のチャージもなく、宿った精霊の力で恒久的に魔法に近い現象を起こすことは可能だが…。そもそも、精霊石は精霊と密接に関わるエルフ族しか手にしていない物ではないのか?」
「賢者様のご心配はよくわかります。…たしかに、エルフ族の所在が分からなければ、それを手に入れることも出来ないとは言われております。」
エレノアは、深く頷いてグルムの言葉を促す。
「そして、剣に埋め込まれた精霊石の精霊があの二人を受け入れ、それを二人が扱えるかということもありますな。」
エレノアは、もう一度頷いてその言葉の意味を掘り下げた。
魔法が扱える者が魔力を注入して作ることができる魔晶石と違い、エルフ族のみが持っていると言われる精霊石は、この世界では非常に希少で精霊の魂魄の一部を宿らせ、精霊がある意味、使用者と契約することで魔法と同じ力が振るえる。
つまり、まずは精霊石を手に入れることも難しい上に精霊に二人を認めさせる必要があるということなのだ。
「…たしかに、魔法の要素の欠片もないラグナロクに加えて魔力のない二人ならば、魔法を毛嫌いする精霊にとっては契約しやすい相手になると思うが…だが肝心の精霊石はどうするのだ?」
すると、グルムは静かに頷いて言った。
「はい。…それが私の考えたことになります。実は私は、精霊石を持っていて、二人との契約を仲介出来る人物に心当たりがあるのです。」
その言葉に、エレノアは、目を見開いて驚いた。
「なに?!そんな人物かいるのか?剣匠殿は、エルフ族に知己の者でもいるのか?」
過去三百年前において、エルフ族とドワーフ族は大きな争いを起こし、結果、エルフ族は世界に見切りをつけて結界を張り世界から姿を消した。
今では、僅かなエルフが旅人として姿を現す程度になっている。そして、その理由は誰一人として知るものはいない。
「いいえ。その方はエルフではありません。…ウルバスドゥームの女王、グリーム=ヒルデ様でございます。」
「ヒルデ女王だと?!…剣匠殿。それはまた無理ではないのか?そもそも、ヒルデ女王は、当代最強の土魔法の使い手ではないのか?それこそ、精霊は近寄りもしないはずだ。」
エレノアは、そう言って身を乗り出した。
グルムは、真剣な眼差しを向けながら答える。
「…なるほど、賢者様も、ご存知なかったのですね?女王ヒルデ様は、金色と青色のオッドアイをしておりますが、金色の右目は魔法を司り青色の左目は精霊術を司っているのです。」
「…そうなのか?」
「ええ。それ故に、過去にあったエルフ族との争いでもドワーフの王家についた精霊の力によって現在の均衡状態を作り、世界に見切りをつけたエルフ族が姿を消すきっかけにもなったのです。」
一介のドワーフであるグルムが、なぜエルフ族が姿を消した理由を知るのか気になるところではあったが、それは問題ではない。
エレノアは、眉を顰めて続きを促す。
「…それで?」
「はい。…その女王は、それによりいくつもの精霊と契約しており、精霊石の依代となる精結石自体もいくつかお持ちです。」
「なんと…。しかし、ヒルデ女王が我々の戦力増強に力を貸すのか疑問だな。王国とウルバスは敵対していないというだけで、友好を示している訳でもない。」
すると、グルムは顎髭を撫でながら思慮深い顔で話しを返した。
「たしかに、そうかも知れませんがウルバスは鉱石や鍛冶で成しているだけの国ではありません。…ご存知のように、魔装騎士の発祥の地でもあります。…賢者様が心血を注いだラグナロクを見せれば、或いは…と思いますが。」
「…そうかもしれんな。この世界の者達、特に魔装に対して興味を持つ者にとってはラグナロクは、相当に魅力的な研究素材であろうな。」
「…はい。それに、女王と私は知らぬ仲ではございません。必ずとは申せませんが頼んでみる価値はあるかと思います。」
グルムがそこまで言うと、エレノアは膝を叩いた。
そして、口角を上げると探るように口を開く。
「では、共にウルバスドゥームへ行く段取りをしよう。…耕助を同行させるということで良いか?」
「はい。それが良いでしょう。…二人一緒に王国を開けるのは危険ですからな。」
その言葉にエレノアの同意する。しかし、その口元が緩んで波を打っているのを見つけた。
グルムは、エレノアの表情を気にしながら怪訝な顔を見せる。
「…そんな顔をするな。…ついでにミルンの里帰りにどうかと思ったのだが、剣匠殿から言ってみてはくれぬか?」
「…やはりでしたか…賢者様も懲りませんなぁ。」
エレノアは、そのグルムの言葉に苦笑いを見せた。
「…まあ、そう言うな。…そうか、久々にウルバスドゥームへ行くのか…。さぞかし、耕助は喜ぶであろうな?」
エレノアの言葉に、グルムはニッコリと笑って答えるのであった。
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その頃、侯爵邸の離れでは黒曜の団員達が撤収の準備をしていた。
標的に、自分らの存在が明確に気づかれた以上、この場所を拠点にしているのは危険だと判断したからだ。
馬車に一通りの荷物を積み終わったゲイルは、御者の席で他の者達が積み終わるのを待っている。
すると、横に座っていたゼンが話しかけてきた。
「…若。このまま仕事を放棄して帰ることにしませんか?」
「どういう意味だ?」
「…あの二人、まともではありません。若の不可視化を見破る能力、あの距離を正確に撃ち抜けるあの魔道具。…おそらく、我ら全員の気配に気づいていたでしょう。」
ゲイルは、ゼンの言葉にゆっくり頷いて口を開く。
「…たしかにな。俺は、いつの間にか慢心していたのかもしれない。そして、相手を見誤ったかもしれん。」
「…はい。このまま一旦、帝国に帰って改めて仕事に取り掛かるべきだと考えます。」
ゼンは、そう言うと静かに頭を下げた。
その姿を感情のない目で見ると、ゲイルは深く頷いた。
「…ゼン。お前の言う通りだな。…だが、他の者達の気持ちもある。俺自身も、挑発されたまま引き上げるというのは釈然としない。…だから、この国を出るまでに決めようと思う。…それでいいか?」
「はい。私の意思は若と共にあります。」
ゼンは、そう言うと表の仕事の時のように好々爺な父親の姿になった。
すると、入れ替わるようにサーシャがゲイルに近づいてくる。
「…団長。」
「…なんだ?随分と顔が険しいぞ?」
「…それはそうでしょ?私は、舐められっぱなしなのは気に入らないからね。…だいたい、拠点を移動するなんて何年ぶり?」
ゲイルは、サーシャの憤慨する様子に苦笑する。
「たしかにそうだな。…だが、ここにいれば紅焔騎士団に包囲されるかもしれない。あの場には、カレン=ヴィジャットもいたんだからな。」
「それは分かるけど…。」
サーシャは、そう言って一旦目を伏せたが、思い直したように口を開いた。
「…それにしても、あの異世界人、本当にイイ男だったね?」
「フッ…。そうだな。」
ゲイルは、そう言いながら鐘楼で目が合った仁の顔を思い出す。だが、それと同時に耕助のことも思い出し、俄に眉間にシワを寄せた。
「…もう一人は、どうでも良かったけど、なんとなく団長に似ていたよね?」
「はあ?!」
ゲイルは、顰めていた眉を解いて思わずサーシャの顔を見た。
「いや、なんて言うかさ、怒ったら手がつけられない?みたいな。」
「おい。それじゃ、俺はお前にとってどうでもいい男と同じになるってことか?」
サーシャは、ハッとして口元を右手で覆うと苦笑いを見せて、左手をヒラヒラと振る。
「そんなはずないよ!団長は、イイ男だって〜?」
「遅いわ!…いいから、お前は準備が出来たのならさっさと馬車に乗れ!…とりあえず、王都を出た後、その先の森で野営する。その時に、今後について話し合う。…お前もそれまでに考えをまとめておけ。…いいな?」
「は〜い…。」
サーシャは、釈然としない表情で返事をすると自分に宛て後われた馬車へと向かった。
…それから一時間後、商隊を装った黒曜のメンバーは侯爵邸を後にして王都の城壁へと向かって行った。




