第四十四話 挨拶
「親方。本当にありがとう。これで、存分に戦える。俺の人生の家宝にするよ。」
剣を受け取り、店を出た耕助は見送りに出てきたグルムの手を力強く握った。
それを見ていた仁が笑みを浮かべて突っ込む。
「…今までも、存分に戦ってたろ?」
「なに言ってんだよ。お前こそ、毎回不完全燃焼じゃねえか。」
二人の会話に、カレンとエレノアは呆れた顔をすると互いに並んでため息を吐いた。
「…賢者殿。あんな事を言っていますよ?」
「知るか。私のせいじゃない。」
「いや、あなたが召喚したんでしょう?」
「っ!」
カレンの当たり前のツッコミに、エレノアは言葉に詰まる。
「…まったく、あれだけの事をしておいて、まだその先があるとは…向こうの世界はそんな者達ばかりなのですか?」
「あれは、特別製だ。…ま、せいぜい暴走しないように見張っておくんだな。…頼むぞ?カレン殿。」
「また勝手なことを。…仕方ないでしょう。」
カレンは、そう言いながらため息を吐いてグルムと笑い合っている二人の背中を眺めた。
耕助は、その視線を感じて振り向くとカレンとエレノアに言う。
「…今日は、これから俺達、歩いて帰るけど二人はどうする?」
「…私はこの後、剣匠殿に話があるから残るが…そうなると、カレン殿には二人に付き合ってもらうしかないな…。」
「問題ありません。二人と一緒に帰ります。」
カレンは、そう答えて耕助に疑いの視線を向ける。
「…まさか、ネズミを試し斬りするためじゃないでしょうね?」
「あれ?分かっちゃった?…ここから歩いて行けば、格好の暗殺チャンスだろ?」
耕助は、そう言ってグルムに誂えてもらった刀用のベルトに据えられた剣の柄に腕を乗せる。
耕助の剣は、あまりにも重く普通に刺しただけではずり下がってしまうのだ。
それで、グルムはこの剣を携えるためのベルトも耕助に作っていた。
「…油断しているわけじゃないよね?」
「…そうか。そう見えるよな?でも、飛んでる火の粉は払わないと…だろう?」
「で、本音は?」
「この剣の斬れ味をぜひ試したい!」
その言葉にカレンは、やれやれとばかりに頭を振って歩き出した二人について行った。
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商業が盛んな地区にある、夜は酒場になる食堂で黒曜の面々は三つのテーブルに別れて座っていた。
すると、外から戻ってきたガイがゲイルに言った。
「ヤツら、工房を出たぜ。…魔女だけがそのまま残ったようだった。」
「…そうか。」
ちょうど食事を終えたゲイルは、それを聞いて他の者達に視線を送る。
メンバーは、その黙って頷くとそれぞれに店を出る準備を始めた。
「…よし。それじゃ行くか!…お姉さん!勘定!」
「あいよ!」
ゲイルの言葉に、ホールを切り盛りしている女中が威勢よく答えると全員分の代金を受け取った。
すると、ゲイルが手にしている長弓を見て驚きながら聞く。
「兄さん、立派な弓だね!そんなの引けるのかい?」
「まあな。これから、大物を仕留めに行くんでな。」
「そうかい?じゃ、がんばんな!いい獲物が捕れるのを祈ってるよ!」
「ありがとう!」
ゲイルは、屈託のない笑顔で答えると揃って店を後にした。
そして、数百メートルほど歩いた時に、手近にいるサーシャとリーベルに話しかけた。
「お前達は、このまま進んで二人の顔をしっかりと見ておけ。全員、距離を取ってバラバラになるんだぞ?特に、カレン=ヴィジャットには気をつけろ。…下手に気配を隠そうとせずにカレンのファンにでもなったつもりで見るんだ。…わかったな?」
その言葉に、リーベルは頷くとゲイルが長弓を持ち出してきた理由を聞く。
「団長は?弓を持ってきた意味があったの?」
ゲイルは、その眉を寄せるリーベルに微笑みかけると言った。
「…俺は、ちょっと挨拶してくる。」
そう言って、二、三百メートル後方に聳える時間を伝える鐘楼を親指で指した。
「…団長、ズルい。今日は、顔を見に来ただけと言っていたのに。」
リーベルは、そう言って頬を膨らませた。
しかし、ゲイルはそれで成功するのも半々だと予感していた。
「…正直、これで決着がつくとは思えないな。『ハズレ』の方はともかく、『当たり』の方には逃げられるだろう。」
「…大丈夫。その時は私が始末する。」
そう言うとリーベルは、珍しくはに噛んで笑った。
「…わかった。好きにしろ。他の連中にもちゃんと伝えてくれ。もちろん、脱出経路の確保もしっかりやっておけってな?」
「うん。団長もあんまりはしゃぎ過ぎないようにね?」
リーベルにそう言われて、ゲイルは自分の気持ちが高揚していることに気づく。
「…ああ。それじゃあな。」
ゲイルは、リーベルに手を振ると鐘楼に向かって歩き始めた。
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朝の賑わいを見せ始めた、商業地区の中を三人はゆっくりと歩いていた。
時折、露天に出ている串に刺さった肉焼きなどを食べながら王城の方角に進んで行く。
「…ボチボチ出てきたな。」
耕助が、食べ終わった串を口にくわえたまま呟く。
カレンは、警戒を悟られないように笑いながら自分も残りの肉を口にした。
「…バラバラになっているが…十人くらいか?」
「…十一人…だな。…今、最後の一人、おそらく女だがそれが合流した。」
「…了解した。…どうしますか?」
カレンは、仁に向かって笑みを浮かべながら聞いた。
「…いや、あれは見ているだけだ。…おそらく、俺達の顔を確認しに来たついでに異世界人を見に来たんだろう。…珍しいだろうからな。」
仁は、そういうと一瞬、鐘楼の方向に意識を向けて耕助に言った。
「…でも、どうやら見ているだけじゃないヤツがいるみたいだな。」
「…。」
耕助は、黙って頷くとくわえていた串を吹き出して捨てた。
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鐘楼の巨大な鐘がかかっている最上階まで登ったゲイルは、響孔を乗り越えて足場に立つと長弓を足元に置いた。
そして、遠くに仁と耕助、カレンの三人を視線の先に認めると一つ目の魔法を呟く。
「…不可視化 」
すると、ゲイルの姿が周りの風景に溶け込み、恰も消えたようになる。
ゲイルは、その状態で長弓を構えると弓を一本、背中の矢筒から取り出してつがえた。
「…千里眼」
そのスペルの後、ゲイルの目に仁の顔がすぐ近くに映る。 仁は、微笑みながらカレンの話を聞いていた。
そこに、警戒している素振りは全くない。
「…異世界人。いいのかい?ここで終わっちまうぜ?」
ゲイルは、そう呟いて更に長弓を引き絞り口元に笑みを浮かべた。
だが、後コンマ何秒で打ち放そうとした途端、仁がゲイルを見た。
気づいたなどというレベルではなく、仁は確実にゲイルと目を合わせていた。
「?!」
その視線にゲイルが戸惑った瞬間、バン!!という音が響いたかと思うと、ゲイルの長弓の端部に掛かっていた弦がビンッ!と弾けるように切れた。
その為に、手にしていた矢が足元にポトリと落ちる。
ゲイルは、咄嗟に目が合っていた仁を見た。
すると、その横でグロックを構えて銃口から紫煙を揺らしている耕助を見つける。
耕助は、得意げに力こぶを作った後、アカンベーと舌を出して笑っている。
「…化物か…。」
そう口にすると、ゲイルは不可視化の魔法を解除して額に汗を浮かべるとその場に立ち尽くした。
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「…あんまり挑発するなよ。」
仁は、耕助の放った銃声に周りの者たちが騒いでいるにもかかわらず鐘楼に向かってバカにしたようなジェスチャーを続ける耕助に言った。
「…やっぱり、怒っちゃうかな?」
「怒らせてるんだろ?…まったく…。」
カレンは、はしゃいでいる耕助にため息混じりにそう言うと辺りから気配が消えた事に気づいた。
「いいんじゃねえの?…挨拶にはこのくらいが丁度いいだろ?」
耕助は、そう言って続けていたジェスチャーを止めると無邪気な笑顔を作った。
「…さて!第二ラウンドといきますか!」
「…そうだな。ここからはこっちのターンだしな。」
仁は、思わず笑みを零す。
それに重ねるように耕助は元気な声を出した。
「これで、ますます楽しくなってきたな?!」
「…なにを言ってるんだ?またヤツらはお前達をつけ狙ってくるぞ?」
カレンは、両手を腰に当てて怒ったように言う。
それには仁が否定する。
「ないな。…俺達にハッキリと気づかれた事を知った以上、ヤツらに出来ることはもうない。」
「…。」
「てことは、やっぱり今度はこっちの番だな!」
耕助は、野球でスリーアウトを取ってベンチに戻った球児のような顔で言った。
その顔を見たカレンは、相手のことが敵とはいえ少し気の毒に感じてしまうのだった。




