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第四十三話 新しい剣

 ガイからの報告を受けたゲイルは、顎を掻きながら考えていた。


「滅多に出て来ない『当たり』が外に出てきたのはチャンスだが、一緒にいるのが一騎当千と魔女っていうのはリスクが高すぎるな…。」


 ゲイルの横で同じ様に考えていたグレンが呟くように言った。

 ゲイルは、それに同意すると頷いて、自分の言葉を待っている他の者達の顔を見回した。


「…仕方がない。ここは諦める。だが、俺達も工房に向かうとしよう。」


「…どうしてなのか、聞いてもいいか?」


 マークスが、怪訝な顔で聞いてくる。

 すると、ゲイルは立ち上がって自分の上着を羽織りながら楽しげに笑みを浮かべて答えた。


「お前たちも、世にも珍しい異世界人ってのを拝んでみたくないか?」


 その言葉に、全員がゲイルに感化されたような同じ表情を見せて頷くと、それぞれに出掛ける準備を始めた。


■△■△■△■


「それにしても、耕助。お前はいつまで飲んでいたんだ?…体中から酒の匂いがするぞ?!」


 顔の半分を窓から出したながら、エレノアが耕助を睨みつける。


「いや、ボルガンの奴がさ、飲み比べを挑んできて指しでの勝負になったんだよ。…それから五、六杯目までは覚えているんだけど…。」


「…勝ったのか?」


 仁は、その様子を微笑ましく見ている。


「…たぶん、負けたなー。仁、仇取ってくれよー。」


 そう言いながら、二日酔いの頭を押さえる。その上に馬車の揺れがなおさら辛い。


「どうでもいいが、ここで粗相はするなよ?私のお気に入りの馬車なんだからな。」


「分かってるよ…。ところで、仁。」


「なんだ?」


「…わかってるよな?」


 耕助はそう言って気だるげな瞳を仁に向ける。


「へえ。俺がお前に聞こうと思ってたんだけどな。」


 仁は、意外そうな顔を見せてそう言うと笑った。


「…なんの話だ?」


 二人の様子にエレノアは、少し顔を顰めながら仁に聞く。仁は、それに答えずにカレンを見た。


「…カレンはどうだ?」


「…そうか。なんとなくだったが…それなりの手練れと思った方がいいのか?」


「俺達は、この世界のことは知らないからな。…カレンから見てそうなら、それなりの相手ということだな。」


 仁の言葉にカレンは神妙に頷く。

 それを見ていたエレノアは、話が飲み込めたのか仁に視線を送った。


「…ネズミが付け回している…ってことか?」


「まあな。十中八九、帝国からだな。…あれだけ派手にやられたら侵攻は止めても手は回す。…それにしても、そんな輩を王都に入れることが出来るのは…」


「…侯爵家…だな。」


「「「…。」」」


 車内の四人は、エレノアの言葉に押し黙った。

 だが、すぐに耕助がその空気を掻き消す。


「ま、どうせ狙いは俺達だ。…どう出てくるのか、楽しみにしてようぜ?なっ?」


 仁は、その言葉に楽しげに笑う。


「…そうだな。それに、今日の所はなにも起きないだろ?なにしろ、王国最強のカレン=ヴィジャットがここにいるんだからな?」


「…仁殿。からかわんでくれ。」


 カレンは、思わず顔を赤くすると笑みを零した。

 先日、模擬戦で負けたものの仁にそう言われるのは内心嬉しい。

 すると、そうこうしている内に馬車は工房に着いた。そして、エレノアは跳ねるように降りると、いつものように店舗のドアを押し開ける。


「剣匠殿はいるか?!」


「…賢者様!いつも言いますけど、お店に親方はいませんよ?」


「おお!ミルン!今日も可愛いのう!…わかっておるわかっておる!私は、ミルンの顔が見たいのだ!」


 ミルンは、今にも飛びかかりそうなエレノアに警戒しながらも顔を綻ばせる。

 そして、その後に入って来た耕助を見つけた。


「耕助!おはよう!」


 ミルンは、弾けるような笑顔になるとエレノアの脇をすり抜けて耕助に駆け寄った。


「ミルン!おはよう!今日も頑張っているな?」


 耕助も、嬉しそうに迎えると高々と抱き上げる。

 ここ最近、通っていた事でミルンはすっかり耕助に懐いていた。


「うん!…それと、親方から聞いたよ!剣が出来たんだって?」


「そうなんだよ!これも、ミルンがお店を頑張ってくれてたおかげだな!ありがとう!」


 ミルンは、はにかんで見せる。

 しかし、その後に入って来た仁の顔を見た途端に大きく目を見開いた。


「そうか、この子がミルンか。…おはよう、ミルン。白神 仁だ。…はじめましてだな?」


「は、はじめまして…。」


 ミルンの顔はあっという間に真っ赤になる。

 仁は、その様子に耕助に抱えられているミルンの頭を優しく撫でた。


「耕助!降ろして!」


 ミルンは、恥ずかしさを全身で表して耕助の腕から降りた。


「…まったく、仁《お前》のソレは年齢制限はないのか?…俺だってやっと仲良くなれた所なのに。」


「そうだぞ?!ミルンは、最初に私が見つけたのに。」


 耕助と、エレノアの抗議を無視して、仁は片膝をつくと右手を差し出した。


「これからもよろしくな。」


「…っ、よろしくお願いします…」


 ミルンは、耳まで真っ赤にして仁の手を握った。

 すると、その後から入って来たカレンがミルンをジロリと睨む。思わずミルンは、その視線に怯えて一気に涙を目に溜め始めた。


「おい。カレン…まさか妬いてんじゃないよな?」


 耕助は、ジト目を作ってカレンに送る。

 カレンは、慌てながら抵抗した。


「ば、バカを言うな!なんで私がこんな子供に…」


 その様子に、仁は冷ややかな視線をカレンに送って肩を竦めた。


「じ、仁殿まで!…だ、だって私だってまだ仁殿に頭を撫でられた事がないのに…。」


「ククク…。おまえ、素直すぎるだろ?」


「なにを言っている!見ろ!この汚れのない可愛らしさを!思わず、誰でも頭を撫でたくなるのも当然だ!…世の中の者は、このミルンの可愛らしさにひれ伏すといいのだ!」


 笑う耕助の隣で、エレノアが意味不明に力説して拳を握る。

 仁は、再び優しげに微笑むとミルンを撫でながら言った。


「ミルン?この人が、カレン=ヴィジャットだよ。今はこんなだけど、いつもはとても優しい人なんだ。」


「?!か、カレン=ヴィジャット様?!一騎当千のヴィジャット様なのですか?」


 ミルンは、急に目を丸くするとマジマジと照れているカレンを見つめた。カレンは、その瞳に戸惑いながら胸を張る。


「如何にも、カレン=ヴィジャットだ。」


「あなたが、王国の守り神、ヴィジャット様なのですね?…いつも、親方からスゴイ騎士様がいるって聞いてました!…握手して下さい!」


 そう言って、カレンに近づくと両手を差し出した。

 カレンは、なんとか微笑むとその手を握る。


「ありがとうございます!」

「お、おう…。」


 そう言いながらも、カレンはミルンの可愛らしさにイチコロにされた。


「ミルン、親方は工房なんだろ?」


 耕助は、二人の様子を微笑ましく見ながら嬉しそうにしているミルンに聞いた。

 ミルンは、ニッコリ笑って耕助を見ておさげを揺らした。


「うん!すぐに呼んでくるから待っててくれる?」


「わかった。よろしく頼むわ!」


 耕助がそう言うと、無邪気な笑顔を見せて店の奥へ行くと工房へと走って行った。


「…どうだ?」


 仁は、ミルンが店から消えたのを見届けてから、窓の外を窺っているカレンに聞いた。


「…いないな。だが、宿舎を出る時には、離れていたが、いた…と思う。」


「…そうか。これでハッキリしたな。俺も同じ感じだった。…相手の狙いは俺とお前だ。」


「…俺はまた仁《お前》のストーカーかなんかと思ったぜ。」


 すると、耕助の言葉にカレンが反応する。


「それはないな。そんなヤツは私が許さん。」


「女の勘、こえー。」


 耕助が、そう言って首を竦めた時、店の奥の工房に繋がる扉からグルムが姿を見せた。

 手には、鞘に収まった剣を携えている。


「…早かったな、耕助。ようやく出来たぞ!」


 グルムは、そう言って店の中央にある、剣の素材となるミスリルやアダマンタイトなどのインゴットが並んだ頑丈なテーブルの上に剣をゆっくりと置いた。


「おお!親方!本当にありがとう!」


 耕助は、満面の笑みを浮かべながら触るのも勿体ないとばかりに、剣をじっくりと間近で眺める。

 すると、カレンが近づいて拍子抜けしたような顔を見せた。


「…耕助殿?あなたにしては、随分、細い剣だな?」


「剣…か。…いや、これは『刀』と言ってな。東方の剣士が扱う剣なのだ。」


 グルムは、両腕を組みながらカレンに言った。


「…しかし、これでは私達が扱う剣と打ち合うことも出来ないであろう?」


 カレンは、耕助が自慢げに話していた剣だけに相当大きな剣を想像していた。

 それだけに、その剣の姿があまりにも華奢で意外に感じる。

 すると、耕助はカレンに向き直ってニヤリと笑って見せる。


「…そうか。じゃ、カレン。その剣を持ってみな。」


「いいのか?…まだ触ってもいないであろう?」


「かまわない。…とりあえず持って見るんだな。」


 その様子にグルムも楽しげに笑っている。

 カレンは、二人の顔に怪訝な表情を見せながら、テーブルに乗った剣の鞘を握って持ち上げようとした。

 だが…。


「?!」


 一般の騎士が扱うショートソードよりも細いその剣が、異常なまでに重く片手では上がらないのだ。


「なんだ、この剣は?!物凄く重いぞ?!」


 カレンは驚きながら、片手で持ち上げるのを諦めて両手で持ち上げた。

 その様子にグルムがその場にいた者達に解説する。


「その刀はな、ロングソード十本分のアダマンタイトを使っている。…何度も何度も打ち続けて密度を高め、更に一定の大きさになったらまた打ち返して…その工程を繰り返して製作した物だ。」


「…そんなことが出来るのか?…というより、耕助殿はそのような剣を振るえるのか?!」


「…まあ、見てな。」


 耕助は、そう言うとカレンから刀を片手で受け取り、腰だめに構えてゆっくりと柄に手をかけた。

 その視線の先には、ミスリルのインゴットが置いてある。


「…剛剣神影流、居合術…『閃』。」


 そう耕助が呟いた瞬間、キン!と鍔鳴りの音が店内に響いた。


「…なんだ?なにかしたのか?」


 カレンは、戸惑いながら耕助を見た。

 耕助は、腰だめの姿勢から立ち上がると鞘に収まった刀で店の床にコン!と音を立てた。

 すると、テーブルの上にあるミスリルのインゴットに斜めに切れ目が入ると、ゴトッと上の部分が落ちた。


「…斬った…のか?」


 あまりの出来事に、カレンは目を見開いて言葉を失う。それは、仁を除いた他の者達も同様だった。


「ヘヘッ!親方!やっぱり、この剣は凄えな!」


 耕助は、得意げな顔をしながらグルムの方を見る。

 グルムは、言葉もなく怒ったような形相で斬り落とされたミスリルのインゴットを見ていた。


「…耕助殿。あなたもやはりとんでもない男だったのだな…。」


 カレンは、目にした神業に感嘆の声を上げる。

 

「…ま、このくらいのことは出来なくては、世界屈指の傭兵とは呼ばれないな。」


 エレノアは、まるで自分がやったようなドヤ顔で腕を組みながら胸を張った。

 すると、それまで固まったように押し黙っていたグルムが口を開いた。


「…耕助。」


「なんだ?親方?」


 耕助は、褒められようと満面な笑顔でグルムの顔を覗き込んだ。しかし、グルムは厳しい顔のまま大きな目をジロリと耕助に向ける。


「…そのインゴットだが、金貨十枚だぞ?」


「ええっ?!そんなにするのか?!」


 耕助は、慌ててインゴットを手にすると割れた二つの塊をくっつけようとした。

 すると突然、グルムは険しい表情から一転して、破顔すると高らかに笑い出した。


「ワハハハ!!冗談だ!!かまわん!それだけの技を見せてもらったからな!」


 その言葉に、耕助はホッとしたような顔を見せる。


「…親方ぁ。頼むぜー。」


「スマンスマン。あまりの事になんと言っていいのか分からなくなった。…それにしても…。」


 グルムは、耕助に近づいてインゴットを受け取り、塊の断面を親指で撫でると満足気に言った。


「…俺の見込んだ以上に、お前は本当にスゴイ男たったんだな?」


 耕助は、その言葉に屈託のない笑顔を浮かべると、右腕に力こぶを作って見せるのだった。


 

 


 








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