第四十ニ話 暗躍
黒曜が王都に潜入して五日。
帝都を出発して、侯爵家への献上品を積んだ馬車の装いを施していた三台の大型馬車は、城塞都市セレバスの警戒網にかからないように大きく南下しながら回って来た為、直接進めば二週間で到着出来た道のりを一ヶ月余りを費やして着くことが出来た。
王都の閉門時間ギリギリに着いた一行は、侯爵家への納品ということでスンナリと城壁の警備をパスして侯爵家の離れに潜り込んだ。
今回の仕事には、商会を二ヶ月休業にして団員十二人全員を動員している。
ゲイルは、早速三人ずつの四班に分け、異世界人に関する王都内の情報収集を始めていた。
「…それじゃ、そろそろ集めた情報を整理しよう。…それぞれ用意はいいか?」
離れは、多くの宿泊客を招く事が出来るほど大きく、一階にあるリビングは身内を集めてのパーティーが開けるほどの広さがある。
そこに、十二人全員が集まりこの三日の内に集めた情報を報告することになっていた。
「まずは、二人の一日を通しての行動内容だ。…リーベル。」
商会では、ルカと称して護衛をしているリーベルが、火の点いていない暖炉側にある一人掛けのソファに座ったまま口を開く。
「…王都内のアチコチで聞いたところによると、『当たり』の方はほとんど騎士団の宿舎からから出て来ないみたい。それに引き換え、『ハズレ』の方は頻繁に出歩いているみたいで、最近はドワーフの工房に足げよく通っているとのことだった。」
「『当たり』と『ハズレ』?なんだそれは?」
ゲイルが、怪訝な顔をして聞くとリーベルは冷淡な表情のまま答える。
「カレン=ヴィジャットを倒した方が『当たり』。そうじゃない方が『ハズレ』。」
その名付けに、その場の全員が思わず笑みを零す。
「…酷い話だ。…まあ、いいか。それで?工房に向かう道は決まっているのか?」
呆れたようにため息を吐きながらゲイルは、尾行を担当したゼンに顔を向けた。
「はい。…ただ、その時の気分によってなのか馬車の時もあれば徒歩で行く時もあるようです。実際、一昨日は馬車で、昨日は徒歩でした。」
「…そうか。…ゼン。それでヤツを見てどう思った?」
ゼンは、記憶を掘り起こすように逡巡して答える。
「…そうですな。見た目は如何にも傭兵を生業にしている目をしていましたな。…噂通り、笑いながら人を殺す男だと感じました。」
ゼンは、まず人物像の感想を述べると更に続けた。
「…ただ、こちらから分かりやすい尾行を二回ほど試しましたが、警戒する素振りは見受けられませんでした。おそらく、尾行されることには慣れていないのでしょう。」
ゼンの話に、何人かが呆れたようなため息を漏らす。
「…その後、多少、人となりを聞いてきましたが、異世界人ということで、初めは警戒されていたようですが、なかなか気さくな男のようで周りの評判は良いようです。」
「…やはり、ハズレはハズレかぁ。」
暖炉の横で、ピンクの髪色をしたサーシャが可愛らしい顔についた口元を尖らせながら呟く。
「…当たりの方は、どうにも掴めないな。、一度だけ花屋で花束を買ったことがあるというから、そこの花屋の女主人に聞いてみたんだが、美しすぎて言葉が出なかったそうだ。」
狼の顔をした獣人のガイが肩を竦めながら言った。
すると、サーシャがそれに反応する。
「そんなにイイ男なの?」
「そうらしい。見た者は皆、口を揃えてそればかりだった。まるで、流行りのおとぎ話から出てきた王子様のようだとかな。」
「団長〜。なんか、勿体なくないですか?…そんなにイイ男なら、いっそのこと、連れて帰りませんか?」
サーシャは、ガイの言葉にゲイルを見ながら聞く。
「…連れて帰ってどうするんだ?…まったく、お前は…だが、俺の勘では、当たりの方は相当出来るぞ?何しろ一騎当千に勝ってるんだからな。」
「…しかし、若。今の若ならばカレン=ヴィジャットも敵ではないでしょう?」
「…ゼン。耄碌するにはまだ早いぞ?どんな相手でも油断はしない。…それが俺達、黒曜だ。」
ゲイルが、そう言って全員を一望すると、それぞれが小さく頷いた。
すると、副団長のグレンが一歩前に出て手を挙げる。
「それじゃ、俺に半分を預けてくれ。ハズレの方を引き受ける。」
「…そうだな。…マークス。どうだ?」
ゲイルは、黒曜で一番の実力者でもある豹の顔をした獣人、マークスに声をかけ意見を聞いた。
マークスは、普段はリーベル同様にロイと名乗って護衛をしている。
「…いいだろう。人選は任せる。」
「そうか。…それじゃ、俺とサーシャ、リーベル、ガイとサポート二人で当たりを仕留めに行く。グレンは、マークス、リーベル、ゼン、これでサポート二人でちょうどいいな?」
「任せてくれ。」
グレンは、胸を張って笑みを浮かべた。
ゲイルは、大きく頷いてグレンに返事をすると、もう一度、全員を見回す。
「…他に意見がなければ、このままで行く。…決行はこの三日以内とする。その間、二人の監視を怠るな。…いいな?」
全員は、ゲイルのその言葉を聞いて、目の色に狂気を宿らせて頷くのだった。
■△■△■△■
翌朝。
珍しく騎士団の宿舎に来たエレノアが、食堂に顔を出した。
そこで、朝食を食べ終わったトレイを持つカレンと鉢合わせる。
「…おはようございます。賢者殿。…このような所になにかご用ですか?」
「…耕助はいるか?」
エレノアは、食堂を見渡しながら聞いた。
「いえ。…耕助殿なら夕べ、今日が非番の者達と飲みにいったので、部屋にいるか、いなければどこかで飲み倒れていると思います。」
「アイツは…。」
思わず頭を抱える。しかし、すぐに立て直すとカレンに向き直った。
「…わかった。とりあえず部屋に行ってみる。ありがとう。」
エレノアは、食堂を出て二階に上がると耕助の部屋の前に立った。そして、扉をドンドンドン!と力強く叩く。
「耕助!起きてるか?私だ!」
しかし、返事はない。エレノアは、更に執拗に叩き続けた。すると、ようやく中から呻き声が聞こえてくる。
「誰だって〜…?」
「私だ!エレノアだ!今朝、工房の使いが来て、お前の剣が出来上がったと知らせに来たぞ!…とりあえず、ここを開けろ!」
「ん〜?剣〜?…?!なに?!剣が出来たって?!」
そう言うや否や、扉が開いてボクサーパンツ一枚の耕助が現れる。
「クサッ!お前、なんだこの匂いは?!酒臭すぎるぞ?!」
エレノアは、思わず顔を背ける。
しかし、耕助は構わずにエレノアの両肩をガシッと握ると酒臭い息で捲し立てた。
「マジか?!親方はまだもう少しかかるって言ってたぞ?!」
「やめろ!臭くて敵わん!いいから、離れてくれ!」
すると、ちょうど二階に上がってきたカレンが二人の喚く声を耳にしてその方向に顔を向けた。
そこには、半裸の耕助が嫌がるエレノアを襲っているような光景が目に入る。
「耕助殿!!なにをしているのだ?!」
カレンは、咄嗟に駆け出してエレノアの背後から耕助の手を剥がそうとする。
だが、異常なまでに力が強くビクともしない。
その間も、耕助はエレノアの体を揺らして喚いた。
「いつ出来上がったんだ?!今日にでも受け取れるのか?!」
「だから、まずその手を離せ!私を殺す気か?!」
「耕助殿!宿舎でそういう行為は困るぞ?!」
エレノアは、カレンの言葉にギョッとして首を横にすると喚いた。
「こ、行為だと?!なんでそうなるのだ?!」
カレンは、ハッとして両手を離すと後退りして聞き返す。
「えっ?!…賢者殿、まさか合意の上なのか?!」
「おい!」
ついに、エレノアは収集の付かない状況に両手に雷撃を発生させると耕助の両腕を掴んだ。
「おわっ!!」
途端に、耕助は叫ぶと髪の毛を逆立ててその場に膝をついた。エレノアの後ろでは理由のわからないままのカレンが呆然と見ている。
「まったく!…いくら嬉しくても加減しろ!バカ者が!」
エレノアは、そう言って両手を腰に当てて蹲った耕助を見下ろした。
「ったく、それはお前の方だろぉ…?ムチャクチャ痛えぞ…?」
耕助は、掴まれた両腕をを擦りながらボヤく。
「なにを言っている!加減してなかったら、今頃お前は黒焦げになっているぞ?」
エレノアは、呆れた顔で言うとため息を吐いた。
カレンは、その様子にようやく状況が飲み込めたのかエレノアに探るように聞いた。
「…賢者殿。耕助殿が、襲っていた訳ではないのだな?」
それには耕助が答える。
「当たり前だろ?!なんで俺がこんな女を…」
その瞬間、エレノアの指先にバチバチっと小さな稲妻が走る。
「…いや〜、あまりにも美しかったのでつい、欲情しちゃったんだよね〜…」
「…耕助殿。…多分、それは違うと思うぞ?」
耕助のピントがずれまくった答えに、カレンがジト目をしながら突っ込んだ。
エレノアは、呆れたまま怒ったような表情を作って言った。
「いいから、早く服を着ろ!…どうするんだ?!行くのか行かないのか?!」
「わかったわかった!すぐに準備するって!」
耕助は、そう言うと扉を閉めて部屋の中に消える。
「アイツは、本当に好きなことになると見境がなくなるな…。」
「…本当ですね。…ところでなにかあったのですか?」
「ああ、アイツが剣匠殿に頼んでいた剣が出来たと知らせてきたんだ。」
「おお!耕助殿が自慢していたあの剣ですか?」
カレンは、ポン!と手を打って聞いた。
すると、エレノアはなにかを思いついたような顔になると、ニヤッと笑って見せた。
「…カレン殿も、剣士としては気になるのではないか?」
「…?ま、それはそうですね…。」
エレノアの表情にカレンは訝しげな顔で答えた。
「では、一緒に見に行かないか?…仁を誘って。」
「じ、仁殿をですか?!」
思いもしなかった仁の名前が出たことに、カレンは目を見開いて聞き返した。
エレノアは、楽しそうにニヤニヤしている。
「良いではないか!どうせ、部屋に引き籠っているだけなのだから、たまには外に連れ出してやれ。」
「…たしかに、それは健康にも良くないですよね?」
カレンは、少し顔を赤くしながら自分で納得すると一番奥にある仁の部屋の扉に視線を向けた。
「いいから、早く行ってこい。置いていくぞ?」
「分かりました!呼んできます!」
カレンは嬉しそうに笑って仁の部屋へと向かった。
……そして、 四人は顔を揃えるとエレノアが乗り付けていた馬車で工房へ向かうのだった。
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エレノア達一行が馬車に乗るのを、宿舎から離れた大衆食堂の屋根から見ていたガイは、同行していたリーベルに言った。
「…多分、あの二人だな。」
ガイは、先に馬車に乗り込んだ耕助の目を見て直感した。ゼンが言っていた通り、人を殺すことに躊躇いのない目をしているように見える。
そして、その後ろに続いた造形された様に整った顔立ちの男を見て確信した。
「あれが、異世界人か…。この世界の人族とまったく変わらねえな。」
すると、横のリーベルが否定する。
「いや、あれほどのイイ男はなかなかいない。…たしかに王子様。」
「おいおい。お前までなにを言い出すんだよ。…これから殺すんだぜ?」
「…勿体ない…。」
その後、二人は仁と耕助に同行する二人の女性を見て、この場での襲撃を諦めた。
「…クソッ、一騎当千とセレスティアの魔女か…。」
ガイは、思わず悔しげに呻いた。
その様子にリーベルが近づいて聞く。
「…どうする?」
リーベルの質問にガイは一瞬考えたが用意していた言葉で返す。
「とりあえず、団長に報告しよう。」
「…。」
ガイの言葉にリーベルが黙って顎を引くと、屋根裏部屋の窓に体を滑り込ませる。
それにガイが続いた。
二人は、そのまま一路、指示を仰ぐために侯爵邸へと向かうのだった。




