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第四十一話 それぞれの一夜

「…だ〜か〜ら〜、隊長!一体、いつになったら、私達は出陣出来るんですか〜?」


 訓練が終わり、翌日が非番ということで酒場に他の団員達と飲みに来ていたルーシェ=ローベルは、空になったジョッキを振りながら隣の白竜騎士団第二部隊の隊長、ブライ=ロックウェルに絡んでいた。


 ルーシェは、キレイな顔立ちに付いている紺碧の瞳を据わらせながら、頭を振る度にポニーテールに纏めた薄い青色の髪を左右に揺らしている。


 今日は、ブライを除いた騎士団の第二部隊百名でトーナメントの模擬戦を行い、優勝したルーシェのために打ち上げついでに祝っているところだった。


「お前の気持ちは、俺もよ〜く分かる!…だが、大将軍閣下の命令は絶対だ。…王国侵攻を停止した今、我々が参戦出来る戦線はない…本当に慙愧の念に堪えん!」


 ブライは、そう言って白髪の頭を一旦項垂れて、不意に天井を見上げると、褐色の丸太の様な腕の先に付いている拳悔しげに握った。


「いくら部隊内で勝っても、武功にならないせいで私達は蔑まされてばかりですよ!…四竜騎士がいなくなった今、帝国で最強なのは我々、白竜騎士団ではないのですか?!」


「…ルーシェ、気持ちは分かるが少し飲み過ぎだぞ?」


 他の男性の団員が、肩に手を置きながら嗜める。

 しかし、本来なら一緒に止めるハズの隊長であるブライが一緒になって(くだ)を撒き始めた。


「い〜や、ルーシェが正しい!…ルーシェ!今のお前なら、あのジェリル=ライラよりも強い!…異世界人共など恐るるに足らん!」


「…隊長、良くないですよ?死んだ人を引き合いに出すなんて…。」


「いいんだよ!死んじまったヤツが悪い!…ジェリルめ…楽な戦だとか言っておいて死にやがって!」


 ブライは、サトラムス渓谷の戦いで死んだジェリルの名を出して喚くと、ジョッキをテーブルに叩きつけた。すると、ブライを諫めた団員の隣に座る他の者が小声で囁く。


「…ライラ殿は、隊長とは同郷で一緒に帝国に志願したんだ…。」


「…そうなのか?…だから…。」


 そんなやり取りを余所に、ルーシェは再びジョッキを掲げるとブライに叫んだ。


「隊長!もう、今夜は飲みましょう!どうせ、明日も我々に命令なんて来ませんから!…お姉さん!エールおかわり!」


「おう!それじゃ、トコトコ飲んでやるぜ!…お前らも付き合え!」


 ルーシェが煽ったせいで、他の団員にも飛火する。

 しかし、団員達は一回顔を見合わせると頷いてジョッキを持ち上げた。


「分かりました!飲みましょう!…俺もおかわり!」


「やりましょう!…おかわりお願いします!」


 団員達は、ブライに続いて威勢良くジョッキを煽っていく。


 するとその時、酒場の空気が俄に変わる。

 それは、店の入り口現れた二人の騎士の姿が見えた時からだった。


「ん?」


 逸早く、その雰囲気の変化に気づいたブライは入口に向かって目を細めた。


 如何にも酒場でこれから飲み始めるという感じではない二人の騎士は、ブライ達の姿を認めると喧騒の中を割りながらブライの前に立った。


「ん〜?なんだ。第一部隊の連中じゃねえか。…俺になんの用だ?」


「ハッ!おくつろぎの所、誠に申し訳ありません!レラリウス総隊長から非常招集命令です!…本日、二十四時、各部隊長は本部に集結されたし!以上でございます!」


「…総隊長が?…団長命令か…?」


「ハッ!団長からの勅命であります!」


 ブライは、怪訝な顔をしていたが、団長からの命令であることを確認すると、テーブルで騒いでいるルーシェを含めた団員に向き直った。


「おい、お前ら!」


「…なんですぁ?隊長ぉ…。」


 ルーシェは、更に酔いが回って眠そうな顔をブライに向ける。


「おい!喜べ!…こいつぁ、もしかすると出陣かもしれねえぞ?!」


 その言葉を聞いた途端、そこにいた全員が目の色を変えた。


「本当ですか?!隊長!」


「ああ。…よく考えてみろ。訓練後のこの時間に団長からの非常招集。コイツは、なにかあったに違いない!」


 ブライは、そこまで言うと直立したまま、その様子を見ていた騎士達に振り向くと声を上げた。


「第二部隊隊長ブライ=ロックウェル、招集命令、たしかに了解した。その旨、総隊長にお伝え頼む!」


「ハッ!かしこまりました!」


 その言葉を最後に、騎士達は足早に酒場を出て行った。ブライは、それを見送ると改めて、さっきまで騒いでいたのが嘘のように目を輝かせている団員達に振り向いた。


「…聞いての通りだ。俺は、後で本部に行くから各員は自宅に戻り、命令が入り次第本部への出頭を準備せよ。…分かったか?」


「「「「はい!」」」」


 その場にいた全員が、機嫌良さそうに返事をして立ち上がると、胸に手を当てる敬礼を一斉にするのだった。


■△■△■△■


 その夜。


 仁と耕助は珍しくエレノアに呼び出されて、研究室に近い応接室で飲んでいた。


 応接室は、各階にいくつかある中では広めの部屋で十人ほどが座れるソファやカウチがあり、点在する大小、三つのテーブルを囲んでいる。


 仄かに灯る光の魔道具が作る明かりが、ゆったりとした空間を演出していた。


 喧騒に包まれた酒場が好みの耕助も、ワインを傾けながら大きいテーブルにある三人掛けのソファに座っていた。


「たまには、こういうのも悪くないな。」


 耕助は、そう言って満足気にグラスを煽る。

 その様子を見てエレノアは呆れたように指摘する。


「どうでもいいが、エールみたいな飲みっぷりだな。味わって飲むのがワインの嗜みじゃないのか?」


「知るか。酒は酒だろ?飲んでうまけりゃそれでいいんじゃないのか?」


「…ワイン農家が聞いたら、悲しむだろうな…。」


「…そう言うなよー。」


 耕助は、そう言いながらも手酌でワインを注ぐ。

 しばらく、黙ったままテーブルに置いたワインの入ったグラスを見ていた仁がエレノアに聞いた。


「…それで?話ってのはなんなんだ?」


「…そうだな。私も話がないわけではないのだが…」


 エレノアは、そこまで言うと応接室のドアを見て続けた。


「…実は今日、お前達に話があるのは私ではないのだ。」


 すると、その言葉に合わせるようにドアをノックする音が鳴った。

 エレノアは、スッと立ち上がりノブを回して開けると恭しく頭を下げる。


 それの姿に、仁と耕助が怪訝な表情を浮かべているとそこからイリーナが現れた。

 そして、かしこまって一礼するとその後ろから、滅多にお目にかかれない人物が姿を見せる。


「…陛下。」


 仁と耕助は、フィオナールの慄然とした様子を目に止めると自然とソファから立ち上がった。

 フィオナールは、黙ったまま二人に手を向けるとそのままで良いと制して温和な笑みを浮かべる。


 だが、以前と同様に顔色もあまり良くない上に王冠も付けていないことで、言われなければ国王と気づかないかもしれないほど窶れていた。


「…寛いでいるところ、邪魔をしてすまない。…私も混ぜてもらっていいか?」


 二人は、顔を見合わせて笑うとそれぞれに答えた。


「…どうぞ。」


「ここは、陛下の家でしょ?」


 そして、上座に当たる一人掛けのソファに座るよう促した。すると、イリーナは、フィオナールの前を進み、腰を下ろしたのを見届けると自分はその横に立った。


「…謁見式以来だな。息災だったか?」


「まあね。…陛下は…そうでもないみたいだな?」


 耕助は、そう言いながらイリーナに視線を向ける。


「…はい。陛下は、あなたと違ってお忙しい身です。日々、お疲れになっているのです。」


 イリーナは、気安く国王に話しかける二人に苛立ちながら皮肉っぽく答えた。


「…イリーナ。よい。今の私は王冠も置いてきている。…それに、二人も一応は気を使ってくれてるようだ。」


 フィオナールは、片目を瞑って二人に笑みを見せる。それに、二人は肩を竦めて笑みを返した。

 耕助は、グラスに一旦口をつけると朗らかな笑顔のまま聞いた。


「…で?陛下は俺達に何の話があるんだ?」


「…そうだな。二つほどある。…一つは言うまでもなく礼だ。先のサトラムス渓谷の戦いのこと…大義であった。」


「…気にしないでくれ。それほどのことじゃなかった。…ま、凱旋式は嬉しかったがな。」


 仁は、グラスを掲げながら笑って見せる。


「…いや、我々にとってはそれほどのことだった。…あの後、侯爵家が軍事行動の準備をしていたことがわかったのだが、結局、実行することなく大人しくなった。…改めて礼を言う。…ありがとう。」


「「…。」」


 二人は黙ってフィオナールの顔を見て微笑んだ。


「…それから二つ目だが、これは詫びだ。…あの戦いにお前達を送り出すしかなかった非力な王を許して欲しい。…すまなかった。」


 フィオナールは、ゆっくりと頭を下げる。

 イリーナは、その姿に慌ててフィオナールよりも低い体勢になって体を支えた。


 仁も耕助も、静かにその様子を見るとグラスをテーブルに置いた。


「…陛下。頭を下げる必要はない。」


「俺達は雇われた。だから、当然のことをしただけだ。」


 フィオナールは、顔を上げる。


「…だが、私にはなにも出来なかった。それが口惜しい。…これでも一国を預かる、良き為政者として生きてきたつもりだ。民を守り育み、良き国に仕上げそれを子へ繋ぐ。…しかし、私はどうやら、それが出来そうにない…。」


 フィオナールの言葉に、仁は頷くとその顔を見つめて静かに話し始めた。


「…国民を守り良い国にする…理想を掲げるのは大いに結構な事だ。…だが、力のない理想は無意味だ。」


「…。」


 仁の言葉に、フィオナールは言葉をしまう。

 すると、耕助が言葉を継いだ。


「…だから、俺達がいるんだろ?俺達は傭兵だぜ?力がないならある奴を使えばいい。…自分ですべてを賄うなんて考えなくていい。…陛下は、俺達をどう使うかを考えればいいんだぜ?」


 その言葉に、仁も眉を上げて微笑む。

 フィオナールは、その二人の姿に首を振りながら肩を竦めた。


「…まったく、お前達は…。」


 二人は、その様子にため息を吐いてグラスを手にした。そして、俄に真剣な顔つきになると口を開く。


「…それじゃ、俺から一つ聞いてもいいか?」


 仁は、体をフィオナールに向けて聞いた。


「…私に答えられることであればな。」


「王女殿下は、四番目の子供と聞いた。…後の三人はこの戦時下でなにをしているんだ?」


「…そうか。娘は話してないのか…。一番目の息子はグランディア侯爵領の南部で侯爵の南下に対し睨みを利かせている。…二番目の息子は、王国領の最南部で南部諸国連合を牽制している。…そして、三番目の息子は…」


 フィオナールの言葉に、イリーナの顔が一瞬曇る。


「…十の時に死んだ。」


「…そうか。すまん。悪いことを聞いたみたいだな。」


 仁は、イリーナの様子に気づいて頭を下げる。

 フィオナールは、軽く手を振って笑みを浮かべた。


「…昔のことだ。…忘れてはいないがな。」


 遠くを見るようなフィオナールの目を見て、二人は悲しみの深さを感じる。

 すると、耕助はその場の空気を一転させるように破顔しながらフィオナールの顔を覗き込んで言った。


「わかった!それじゃ、難しい話はここまででいいよな?!」


 そこにいた、すべての者が耕助を見て怪訝な表情を見せる。


「それじゃ陛下、せっかくだから、王女さんのちびっこい頃の話を聞かせてくれよ!…やっぱり、昔っからお転婆だったのか?」


「耕助!本人がいない所で、悪趣味だぞ?!」


 それまで、神妙に話を聞くだけだったエレノアが嗜めるように言う。


「ああん?何言ってんだよ!ここには、あの王女殿下のことにめちゃくちゃ詳しい人が二人も揃ってるんだぜ?…あの紅焔の戦姫がどんな子供だったのか知りたいじゃん?!…興味ないのか?」


「…そうだな。それは俺も聞いてみたいな。」


 珍しく、仁までが耕助の悪ノリに付き合い始めた。

 それを見て、エレノアは一転して含みのある笑顔を見せてさっきまでの態度を覆す。


「フフフ…。実は、私も気になっていた。」


「お前は、イジるネタが欲しいだけだろ?!」


 耕助が、笑いながら突っ込んだ。

 すると、フィオナールは嬉しそうな笑み浮かべると口を開く。


「そうか…。そんなに聞きたいのか?…では、話さぬ訳にはいかないようだな?」


「へ、陛下!」


 横に立っているイリーナがフィオナールの変わりように目を見開いて止めようとした。

 しかし、フィオナールがイリーナを焚き付ける。


「イリーナ。まずは、お前からアノ話から披露してやれ。たしか、四歳の頃に王城で迷子になったことがあったな…」


「陛下…。そ、そうですね…あれはたしか…」


 イリーナは、戸惑いながらもこの場にいないアリステルの幼い頃の話を始めた。

 フィオナールは、目を細めてイリーナの話を笑いながら聞いている二人を眺める。

 そして、気づかれないようにもう一度心の中で、二人に頭を下げるのだった。





 



 




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