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第四十話 依頼 (2)

 帝都の商業地域と工業地域の境目に、三台の大型乗合馬車と、五台の小型の馬車を扱うロレンツォ商会はあった。


 通りに面した三階建ての建物の裏に、商会で扱っている馬を外した馬車が並び、その奥には十頭の馬が養われている厩舎がある。


 その通りに面した建物の少し手前に、アンドレア達を乗せた馬車が到着した。


「…皆さん、色々ありましたが、なんとか無事に着くことが出来ました。この度のご利用、誠にありがとうございました。」


 アンドレアは、愛想よく笑顔を見せながら乗客達一人一人と握手をして降ろしていく。


「おじちゃん、ありがとう!」


「いえいえ、どういたしまして。気をつけて帰るんだよ?」


「本当に助かりました。ありがとうございます。」


 男の子の父親が力強くアンドレアの手を握って礼を言う。その様子にアンドレアは、にこやかな笑顔で答えた。


 すると、その後に商人のバイゼンが降りてくる。

 バイゼンは、怪訝な顔を見せながらアンドレアの手を握る。


「ロレンツォさん。今回は、本当に申し訳なかった。」


「…本当ですよ。バイゼンさんもずいぶん厄介なモノを持ち込んでくれて…。」


 そう言いながらも、アンドレアの顔から笑顔は消えない。


「すみません。…ですが、ロレンツォさん。あなた方は本当に只の馬車屋なのですか?」


 バイゼンは、ロープで簀巻きにされて騎士に引き渡されている頭目を見ながら聞いた。

 すると、アンドレアは人差し指を口に立てて答える。


「バイゼンさん。余計な詮索は命を落とします。…世の中には知らなくていいコトもある。…あなたは我が商会の常連さんです。これからも、どうかご贔屓に。」


「…。」


 アンドレアの笑顔に始め怪訝な顔を浮かべていたバイゼンだったが、ようやくそれをしまうと商人の顔を貼り付けた。

 アンドレアは深く頷く。


「バイゼンさん。どうぞ、良いご商談を。」


「ありがとう。しっかりと儲けさせてもらってくるよ。…帰りもまたよろしく。」


 二人はもう一度手を握り合った。


 アンドレアは、バイゼンが去り乗客の全員がいなくなったのを確認すると、ロイに馬車の片付けを頼んで商会の建物に入った。


 すると、それを待っていたように先に降りていた父親が近づいてくる。


「…若。お客様です。」


 それまで、外では好々爺な父親のていを作っていた老人は、そう言って恭しくアンドレアに頭を下げた。

 齢七十に手が届くその男の名はゼン。字名はない。


 ゼンは、普段、対外的にはアンドレアの父と名乗っているが、その実は黒曜の先代団長から団長に仕える最古参の暗殺者であり、幼い頃から暗殺術の師匠でもある。


 「どこだ?」


 アンドレアは、先程までの顔つきから一転して、険しい表情を浮かべるとゼンを見る。


「奥の応接にお通ししています。…大将軍の使いのようです。」


「フン。」


 アンドレアは、機嫌を悪そうに鼻息で返事をした。 

 そして、ズカズカと建物の奥へと足を運ぶと突き当たりの右側にある扉を押し開けた。


 部屋の中は、窓の向きが悪く薄い西日が差し込む程度で少し薄暗い。

 周りには、それほど高価ではない絵画や調度品が飾られ、中堅の商会の装いを見せていた。


 帝国は、黒曜を取り込む際に国軍省への入省を申し出たが、団長であるアンドレアはそれを断り、以前から帝国内の拠点にしていたこの商会をそのまま使用していた。


 それは、馬車屋であれば怪しまれることなく他国にも行き来して情報を集める事が出来る上に、暗殺後の脱出の際にも偽装にこと欠かないからであった。


 部屋には、二人の軽装備の騎士が二人掛けのソファに座ったまま、アンドレアが入ってくると値踏みするような目で迎えた。


「お初にお目にかかる。国軍省から来たジョセフ=バートンだ。」


「同じくデイル=ダーリオだ。」


 二人は、それぞれに自己紹介をしながらもその顔には不満な色が浮かんでいる。


 本来であれば、アンドレアが国軍省に赴いて勅命を受けるべきであり、男爵位を持つ自分達が使いに寄越されていることに対して釈然としていなかった。


「…ゲイル=ベリオスだ。」


 アンドレアは、臆することなく本名を口にしながら向かいのソファに腰を下ろした。


 ゲイル=ベリオス。

 この男が、ロナルディア全土を股にかけ、あらゆる国々にその名を響かせる暗殺集団『黒曜』の団長である。


 一国の重鎮から大店の商人、貴族など相手を問わず依頼を受ければ、黒曜は必ず相手を屠ってきた。

 そして、その確実な仕事についた二つ名は『絶死』。


 ゲイルは、二人の目の前で大きく足を組むとソファに挟まれたテーブルの上に置いていたタバコを手にして火を点ける。


 二人の騎士は、そのゲイルの態度に憮然とするとジョセフがそれを睨みつけながら口を開いた。


「…ベリオス殿。下級とはいえ我らは皇帝陛下から爵位を頂く騎士である。それ相応の礼儀というものがあるであろう?」


「そうかい?だったらキチンと仕事をしてほしいもんだな。…さっき俺達が引き渡した盗賊は、どこぞの貴族の依頼で俺の客から大事な商品を奪いに来たんだ。」


「本当の話か?」


「ああ。…もっとも、その情報はこっちも掴んでいてな。拍子抜けしたくらいだったけどな。」


 ゲイルは、そう言って森での戦いを邂逅しながら言葉を続ける。


「…皇帝は、汚え貴族を一掃したと息巻いていたが、まだまだそんな輩もいるみたいじゃねえか。…おちおち表の仕事もやってられねえ。」


「…分かった。その件は我々が取り調べて雇い主を洗い出し、大将軍閣下に報告しよう。」


「…それで?閣下はどんな厄介事を持って来たんだい?」


「…。」


 二人は、ゲイルの言葉にそれぞれ怒りを顔に滲ませながら黙った。


 帝国が、黒曜を取り込んだ理由は、表向きその力を帝国の為に振るわせることであったが、自分達に敵対させない為であることも透けて見えていた。


 それを知るゲイルに遠慮などない。

 二人の騎士は、冷静に努めながら怒りを鎮めると、ジョセフが口を開いた。


「分かった。こちらの用件が済み次第、早々に引き揚げよう。大将軍閣下からの勅命である。」


 そして、小脇に置いてあった細長い小箱をテーブルの上に置く。

 ゲイルは、無造作にその箱を手にして開けると中に丸められ入っていた羊皮紙を開くと、その内容に目を通した。


「…異世界人かい?」


「左様。」


「…豪気だな。…まともな戦いでは手に負えないから、俺達に依頼するのか?…それで侵攻を止めたってことか?」 


 騎士の二人は、その言葉に顔を見合わせる。

 ゲイルは、言葉を続けた。


「二回の戦いで、一万二千らしいじゃないか。…それもたった二人で。…まともじゃないな。」


「閣下の御心は、凡庸な我らでは遠く及ばない。なにかお考えがあってのことであろう。」


「考えもなにもない。単純に、ヤツラを始末すれば侵攻は容易になる。…手元に俺達のような者がいれば使わない手はないということだろう?」


 その言葉にデイルが怒気を孕んだ声で言う。


「しかし、その戦果は魔装騎士マジックメイルによる物だ。お主達なら簡単な仕事ではないのか?」


「カレン=ヴィジャットに勝っててもかい?」


「なに?!」


 二人は、カレンの名を聞いて顔色を変える。

 その情報は、二人の耳には入っていなかった。


「…こちらの調べでは、異世界人の一人は模擬戦だったとはいえ、あの一騎当千にそれも短刀で勝ったそうだ。…昔、俺はヴィジャットと同じ戦場に立ったことがあったが、アレは桁違いだった。…それを倒す相手っていうのは…簡単じゃないぞ?」


「…。」


 二人の騎士は、黙って逡巡したがゲイルの物言いに諦めて聞き返した。


「では、どうする?…閣下には出来ないと伝えればいいのか?」


 その言葉に、ゲイルは笑みを浮かべる。


「…簡単じゃないだけで、出来ないわけじゃない。依頼は受けたと伝えてくれ。…今までも、俺達の仕事は面倒な事が多かったんでね。このくらいのことはなんとかするさ。」


「…分かった。…王国ではグランディア侯爵が協力する。拠点も王都にある侯爵邸を用意するそうだ。」


「…手厚いな。それだけ早く片付けろということか?」


「…分からん。…ただ、それほど長くは待てないとは言っておこう。…閣下は、お主らの首尾次第では次の侵攻もお考えのようだ。」


 ゲイルは、一つため息を吐くと値踏みするような目つきになって言った。


「それじゃ、閣下に伝えてくれ。今回の報酬は二倍、それと次の更新も二倍だとな。」


「…随分と足元を見るんだな?」


 ジョセフが呻くように言った。

 すると、ゲイルは満面な笑みを見せて答える。


「当然だろ?!ご自慢の四竜騎士も殺られるような化物を相手にするんだ。それに、あんたらの命も救われるんだぜ?そのくらいは言わせてもらうさ。」


 そして、瞳の奥に凶悪な色を宿して続ける。


「…なぁに、任せておけ。その二人の首を土産に帰ってくるからよ。」


 その目を見た二人は、背中に冷たいものを感じる。

 ゲイルは、それを見て静かに口元に笑みを浮かべるのだった。



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