第三十九話 依頼 (1)
その馬車は、周辺の村々を回った後、帝都に繋がる街道を八人の乗客と二人の護衛を乗せのんびりと走っていた。
転移ポータルが使用出来ない、貴族などの上流階級以外の人々に取って、移動手段が限られるこの世界では、定期的に街や辺境近くの村まで周回するこのような馬車が生命線の一つになっている。
長距離を走るため、馬が二頭だての馬車に乗っている乗客たちの顔ぶれもバラバラで、帝都に買い出しに向かう商人や、実家のある村へ里帰りしていた四人家族、これから兵士に志願するために帝都へ向かう傭兵くずれの三人の男達、そして、二人の護衛が馬車の後方を警戒しながら座っていた。
馬を操る御者の席には、親子らしき二人が並んでのどかな風景を楽しんでいた。
「…親父様、ここまでくれば後は森を抜けるだけだな?…体は大丈夫か?」
手綱を握る息子が、隣で起きているのか眠っているのか分からないような老いた父親に話しかける。
息子は、すでに三十になったばかりだったがその精悍な顔つきは、だいぶ若く見えて二十代と言われてもおかしくない風体をしていた。その体も日頃の労働で培われたのか丸太のような腕をしている。
父親は、黙ったままコクコクと頷いて返事をした。
すると、すぐ後ろに座る商人の男が息子に声をかけた。
「…ロレンツォさんも、本当に親孝行だな?嫁さんも貰わないで爺さんの世話ばかりで…。」
商人はバイゼンと言い、この馬車の常連で月に一度は利用して、店を構える辺境の村と帝都の間にある街から日用品などの仕入れに向っていた。
「バイゼンさん、そんなことないですよ。俺なんてまだまだです。…俺の方が世話になっているくらいなんで…。」
ロレンツォと呼ばれたアンドレア=ロレンツォは、歯を見せながらはに噛んでバイゼンに答える。
「…それにしてもこの先の森は、最近、帝国には珍しく盗賊の様な連中が出るみたいじゃないか?…大丈夫なのかい?」
バイゼンは、訝しげな表情を浮かべてアンドレアに聞く。
「…そうですね。帝国が戦線を拡大してから、騎士達の巡回する頻度が少なくなって、そんな輩が出てくるようになったんですかね?…でも、大丈夫ですよ。ウチにはそのために傭兵上がりの連中を従業員にしてるんで。」
アンドレアは、そう言って荷台の最後尾にいる護衛の二人を見やる。
護衛の一人である、緑色のショートヘアに整った顔立ちをした若い女は、一般の兵士が身につける金属製の胸当てと肩当てを着け、腰にはショートソードを刺している。
その眼つきは、年相応には思えないほど鋭い。
もう一人は、身長が二メートルはある見事な体躯を持った豹の顔をした獣人で、刃渡りが身長にも届くのではと思うような大剣を背中に背負い両腕を組んで後方を睨見つけていた。
その手練れの雰囲気を纏う二人の佇まいを見ると、バイゼンは頼もしそうに微笑んだ。
「ついこの前までは、護衛なんて必要なかったのに、なんだか物騒になったもんだね…。それでも、護衛を雇わずに、従業員にしているなんて心強いよ。」
「ありがとうございます。どうか、安心しておまかせ下さい。」
アンドレアの言葉にバイゼンは安心したように荷台の背もたれに体を預けた。
その時、馬車はちょうど野原を抜けて話に出ていた森に入って行く。
「皆さん!ここからは盗賊が出るかもしれないエリアになります!…護衛の二人もいるので心配はありませんが、万が一の時は、一気にこの森を駆け抜けるので、その時は、しっかりとなにかに捕まって下さい!お願いします!」
アンドレアは、後ろに向かって振り向くと全員に言葉をかけた。すると、傭兵くずれの男達の一人がニヤニヤと笑いながら答える。
「…なぁに、安心しな!もし、そんな連中が来ても俺達が片付けてやるぜ!」
そう言うと、下品な笑みを浮かべて最後尾にいる女の護衛に近づいた。
「あんたも、俺がちゃんと守ってやるからよ?」
「…いい。その必要はない。」
女は、男を無視したまま後方を凝視している。
「なんだ、姉ちゃん?俺を無視するのかい?!」
「…うるさい。気が散る。」
女は、それでも顔すら向けずに無視し続けた。
「てめえ、女だと思ってつけ上がりやがって…」
その様子に、堪らずアンドレアが声をかけた。
「すみません、お客さん!彼女は、仕事をしているだけなんで、どうか、許してもらえませんか?お願いします!」
すると、それを見兼ねた連れ立っていた二人うちの一人が男の肩を掴む。
「よせ。こんな所で騒ぎを起こしてどうする?」
その言葉に、男は少し怒りを鎮めると席に戻りながらアンドレアに言った。
「…まったく、従業員の教育がなってないぞ?!」
「…申し訳ありません。よく言って聞かせますので…。」
アンドレアは、眉毛をハの字にして謝罪する。
それを見て男が渋々座ると、咎めた男が耳打ちをした。それに応えるように男の口元に下卑た笑みを浮かべながら女を見る。
ようやく収拾がついたのを見届けるとため息をつきながらアンドレアは正面を見据えた。
すると、少しばかり先の方で、街道を挟む森の木の陰から数人の男が姿を現す。
「なんだ?」
それに合わせたように、後方を警戒していた女の護衛がアンドレアに向かって声を上げた。
「旦那!後ろから妙な連中が出てきました!…その数、十人ほど、全員武器を持っています!」
その声に、乗客達は悲壮な表情を浮かべて体を強張らせる。アンドレアは、ゆっくりと馬車を止めた。
「父ちゃん、なにかあったの?」
家族連れの男の子が、馬車の空気が一気に変わったことを察して体を引き寄せる父親に聞いた。父親は、母衣の出口を見つめながら額に汗を滲ませて囁く。
「大丈夫。なんでもないよ。」
それを見ながら母親も、もう一人の娘を抱き寄せながら祈りを始めた。
すると、馬車の前方に体が他の者よりも一回り大きい男がロングソードを肩に担いで表れた。
そして、馬車に向かって声を上げる。
「おい!聞こえているか?!…その馬車にバイゼンって商人が乗っているはずだ!…そいつを引き渡してもらおう!」
アンドレアは、反射的に怯えた様子のバイゼンに振り向いた。バイゼンは、大きく首を振る。
大男の口上は続いた。
「その男が帝都に持ち込もうとしている『竜の宝玉』という宝石を頂戴したい!…それさえ寄越せば他の者達には用はない。生きて返してやるから、さっさとこちらに寄越せ!…もっとも、荷物は全部頂くがな。」
その声を合図に、更に三十人ほどの盗賊たちがゾロゾロと現れて馬車を取り囲んだ。
アンドレアは、立ち上がると大男に向かって叫ぶ。
「バイゼンさんは、たしかにこの馬車に乗っている!だが、その竜の宝玉とやらは持っていないみたいだ!なにかの間違いじゃないのか?!」
「そんなことはねえ!バイゼンは南の辺境伯からそれの鑑定を頼まれて帝都に向かっているバズだ。…それをさる高貴な方がご所望でな!それを持ち帰るのが俺達の仕事だ!」
そこまで聞いて、アンドレアはこの盗賊団が全員の命を奪おうとしていることを悟った。
たとえ、盗賊でも依頼主の事情をここまで話すはずがない。
アンドレアは、諦めてため息を吐くと後ろの護衛に話しかけた。
「…ロイ、お前は後ろに行け。」
ロイと呼ばれた獣人は、それを聞いて黙って頷くと馬車を降りて剣を構えた。
「ルカ。お前は前の連中を片付けてこい。…頭目は殺すな。聞きたいことがある。」
ルカと呼ばれた女は、馬車を飛び降りると前方へと走り始めた。
「おいおい!こっちは五十人はいるんだぞ?!二人でなにが出来るんだ?!」
そう頭目が叫んでいる間にも、ルカは目にも止まらぬ速さで迫ってくる。
その前に、三人の盗賊が剣や斧を振り上げて立ち塞がった。
ルカは、それを横に飛んで避けると右端の男の脇腹を斜め上に向かって突き刺して一瞬で引き抜いて、隣の男の首を跳ねた。
そして、左端の男が二刀目を振り下ろす前に背後に回って背中から心臓を一突きする。
ルカは、それを発端に襲いかかって来る盗賊達を次々と斬り裂いて行った。
「な、なんだ、コイツら…」
頭目は、その状況に狼狽しながらも手にしていたロングソードを構える。
その頃、馬車の後ろでは、獣人のロイが十人はいた盗賊達を剣や盾ごと体を真っ二つにしながら大剣を振り回し、最後の一人を前にしているところだった。
「や、やめ…」
「…。」
ロイは、無言で大剣を高々と振り上げ、風を切るような速さで振り下ろした。
一人残った盗賊は、何かを言いかけたのを最後に縦に真っ二つにされて絶命する。
自分の部下達が残り十人を切ったところで、頭目は馬車に向かって叫んだ。
「おい!お前ら!なんとかしろ!!」
すると、その声を聞いた馬車の三人の傭兵くずれが立ち上がった。そして、その脇で震えていた男の子の手を引っ張り上げて叫ぶ。
「おい、お前ら!武器を捨てろ!さもないと、このガキを殺すぞ!」
ルカに言い寄った男が、男の子の手を高々と掲げながら見せつける。
それを見た父親は、慌てて駆け寄ろうとしたが、他の二人に阻まれる。
二人は、ニヤつきながらショートソードを抜くと、父親に向かって振り下ろした。
…だが、その剣が父親に届くことはなかった。
いつの間にか背後にいた、アンドレアの父親が短刀で二人の心臓を立て続けに刺していたのである。
「な、なんだ、このジジイ…」
男は、二人が立ちどころに殺された姿に男の子の手を離すと、腰のショートソードを構えた。
すると、父親は顔の前に左の掌を開くと呟く。
「ライトニング・クロウ」
それと同時に光が五本の指先に宿り、長さ二十センチほどの爪が現れた。
そして、男に襲いかかると左手を左右に振る。
男の顔は五等分に斬り裂かれて、ドスン!とその場に崩れ落ちた。
まるで、それが合図のようにロイとルカはそれぞれが握っていた大剣とショートソードを投げると、頭目を守るように立つ盗賊に向かって走った。
数名の盗賊達は、武器を捨てた二人にそれぞれ剣を振り下ろす。
ロイは、右の回し蹴りを放って並んだ二人の剣をまとめて弾き返し飛ばすと、岩石の様な拳を握って一発ずつ腰の入ったストレートを打ち込んだ。
二人の盗賊は、あまりの威力にボン!と頭部を破裂させてその場に倒れる。
ルカは、両手首から透明な硬質ワイヤーを出すと三人の男の顔面をキュルルン!と音を立てて巻きつけた。そして、クイッと手首を捻って引くと三人の頭部だけが細切れになってその場に散らばる。
二人の姿は、剣を手にしていた時よりも、まるでこれが本当の自分達の姿とばかりに、卓越したように見えた。
「ヒィッ!。」
頭目は、言葉にならない悲鳴を上げると背中を向けて走り出した。
その後をロイとルカが追う。
その姿に頭目は、突然、振り向くと左腕を高々と上げて振り下ろした。
その瞬間、頭目の背後から四、五百メートル向こうより炎の弓矢が三本飛来する。
炎の矢は、ロイとルカを素通りして馬車の近くに着弾した。
「てめえら!よくもやってくれたな!…この先で俺達の魔法使いがそのオンボロ馬車に狙いをつけてる!もし、このまま抵抗するなら、乗客もろとも燃やしちまうぞ?!」
頭目は、高らかに二人に向かって叫んでさらに続ける。
「こっちは、竜の宝玉さえ手に入ればいいんだ!馬車と一緒にお前ら全員を焼き殺して、後からゆっくり取ったっていいんだぞ?!わかったら、抵抗せずにここから立ち去れ!」
頭目の叫びに、その方向に小さく炎が立ち上るのをその場にいた全員の目に止まった。
ルカは、それを見て駆け出そうとする。
だが、それを頭目が再び左手を上げて制した。
「おおっと!…妙な真似はするんじゃねえ!…お前らに選択肢はねえ!…もう一度、言う!ここから黙って消えるんだ!」
その叫びに、それまで戦いの成り行きを見ているだけだったロアンドレアは荷台に手を伸ばした。
すると、そこから一メートル八十はある金属製の長弓と矢を一本取り出した。
「なにをしようってんだ?!…弓はたいそう立派だが、この距離が届くものか!!」
「…うるせえな。」
アンドレアは、頭目の喚き声に辟易としたような顔を見せながら弓に矢をつがえて引き絞った。
そして、口元に笑みを浮かべながら呟く。
「…千里眼」
その言葉とともに魔法が発動して、遠くで小さく見えていた盗賊の魔法使いが、アンドレアの目には間近に見えた。
魔法使いは、すでに勝ち誇ったように余裕の表情で二つ目の魔法を詠唱している。
それを見ながら、アンドレアはギリギリ…と音を立てて更に弓を引くと別の魔法を口にした。
「…ライトニング・アロー…。」
すると、手にしていた弓と矢が青白い光に包まれる。その全体がビリビリ!っと弾けるような音をたてると矢を撃ち放つ。
矢は、青白い光を纏ったまま一直線に魔法使いへと飛ぶと、その眉間に刺さり一瞬でその全身を消炭に変えた。
「そ、そんな…そんなバカな?!」
それまで、焦りながらも勝利を確信していた頭目の目が大きく見開く。
そこに居合わせたロイとルカ、アンドレアとその父親は頭目の周りを囲んだ。
頭目は、すべてを諦めてその場に膝をつく。
「…お前達は、一体、何者なんだ…。ただの馬車屋にこんな事が出来る訳がねえ…。一体、お前らは…。」
力なく、取り囲む四人に呟きながら見上げた。
すると、アンドレアはゆっくりと膝を着いて、頭目の耳元に顔を寄せると小声で言った。
「…黒曜だ。」
それを聞いて、頭目はみるみる内に顔を青ざめさせるとガックリと項垂れた。
その場にいた四人は、その様子に満足気な表情を浮かべると口元に笑みを見せたのだった。




