第三十八話 ドワーフの剣匠 (2)
ドワーフの剣匠が炉を起こした工房は、王城から南の方角へ馬車で一時間ほど走った工業地区にある。
通りに面した店舗は、工房というより雑貨屋のような雰囲気を醸し出しているが、その背後に連なる工房はちょっとした工場並の規模があった。
エレノアによれば、その中には大中小と三つの炉が置かれ、製作する物によって使い分けているとのことだった。
工房には、常に二十人の鍛冶師やその補助になる者、そして弟子などが作り上げる武器の出来を競い合っている。
それを束ねているのが、王家から剣匠の称号を与えられたドワーフ、グルム=フレアハンマである。
グルムは、剣匠とは呼ばれていても好奇心が服を着て歩いているような男で、新しい物、興味のあるものには目のない男だった。
それもあって、エレノアが持ち込む難題とも言える依頼を嬉々として取組みキッチリと仕上げていた。
レールマシンガンの弾丸や金砕棒もその中のものである。
エレノアは、店舗の入口前に止まった馬車を跳ねるように降りると店の扉を開けた。
「剣匠殿はいるか?!」
入るなり、正面奥の小さなカウンターに向かって声をかける。
すると、その向こうから如何にも、『ちっこい』という表現が当てはまるドワーフの女の子がトコトコと現れてエレノアの前でお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。賢者様。」
エレノアは、その姿に顔を完全にデレさせると女の子に抱きついた。
「くぅ~!いつ見てもミルンは可愛いのう!」
「け、賢者様!苦しいです!」
ミルンと呼ばれた女の子は、エレノアの豊満な胸に埋もれて赤髪のおさげを上下させると、手足をバタバタしながら抗議した。
「良いではないかぁ〜。ウムウム…いい子にしておったかぁ?」
すると、後ろから付いてきた耕助がエレノアの後頭部にガン!とゲンコツを食らわす。
「いい加減にしろ、このヘンタイ賢者。」
エレノアは、思わず両手で殴られた後頭部を押さえて膨れっ面になって睨みつける。
「貴様、賢者の頭を殴るなど、この世界では死罪だぞ?!」
「知るか!俺が殴ったのは只のヘンタイだ。断じて賢者なんて者じゃない。」
そう言うと、解放されたミルンを見下ろすと指で差してエレノアに聞いた。
「もしかして、この子もドワーフなのか?」
「そうだ!この世で一番可愛い生き物だ!」
エレノアは、そう言ってドヤ顔で胸を張る。
「生き物って…。」
ミルンは、エレノアの言いように少なからずショックを受ける。
耕助は、その様子を見てミルンが頬を膨らませてるのを見るとエレノアに言った。
「なんか、怒っているみたいだぞ?…生き物って言い方が悪いんじゃねえの?」
「え?おお、ミルン!そんなつもりで言ったんじゃないのだ!お前は、この世で一番可愛い女の子だ!」
エレノアは、さっきまでのドヤ顔から一転して慌てるとミルンの前に膝をついて頭を撫で始める。
すると、店の奥から背丈が耕助の胸の辺りまでの筋骨隆々な髭面の男が現れた。
男は、溶接用のゴーグルを頭に巻いた布地の上にずらしながら大きな目でジロリとエレノアを見つけると破顔した。
「おお!これは賢者様!また、お越しになったのですか?!」
その声を聞いたミルンが、男に駆け寄って抱きつくとポロポロと泣き出してしまう。
「旦那ぁ〜…。」
「おお?!どうした、ミルン?」
男は、戸惑いながら受け止めると固まっているエレノアに呆れた表情を見せた。
「…賢者様。ウチの看板娘を可愛がって下さるのは結構ですが、泣かしてしまうってのは、どうも…」
「い、いや、グルム殿!そんなつもりではなかったのだ!ミルンがあんまりにも可愛いものだから、つい…」
グルムと呼ばれた男は、鼻で息を吐くと呆れたままミルンに優しく声をかけた。
「ミルン?ここはいいから、工房にお行き?」
「うん…。」
ミルンは、鼻をぐずつかせながら頷くと、エレノアの方に振り向きべー!っと舌を出して奥に引っ込んでしまった。
そこには、ピシッと固まったエレノアと呆れ顔の耕助とグルムが残る。
「おお?!グルム殿!私は、ミルンに嫌われてしまったぞ?!」
エレノアは、ミルンが引っ込んで行った方を見ながら狼狽した。
すると、横の耕助がジトーっとした目で突っ込む。
「よく言うぜ?あんた、いつもあんな調子なのか?」
「…まあ…たしかに…あんな感じだが…」
耕助は、エレノアがバツが悪そうに小声でボソボソと呟いているのを無視してグルムに近づいた。
「あんたが、ドワーフの剣匠さんなのかい?」
「ああ、如何にも…だが…」
グルムは、近づいた耕助の顔を見ると急に大きく目を見開いた。
「ダレン!!ダレン=ヒルドではないか?!貴様、生きていたのか?!」
「はあ?!ダレン?!」
耕助は、心底から驚いてグルムと同じ様に、目を大きく開いた。
「ちょいちょいちょーい!俺は、ドワーフに知り合いなんていねえぞ?!」
「なに?!…だが、人違いにしては…」
グルムが、釈然としない顔をしているとようやく解凍されたエレノアが答える。
「グルム殿。この者は、私が召喚した異世界人だ。おそらく、グルム殿の知り合いとは違うと思うが?」
「…ウム。たしかに、髪の色と目の色が違うが…それにしてもよく似ている…。」
グルムは、耕助の周りを上下左右見ながら何回も回った。その様子にエレノアは、怪訝な表情を作ってグルムに聞く。
「…それほど似ているのか?」
「はい。まだウルバスドゥームにいて、五槌の一人であった頃、王家の血筋の者を弟子にしておりまして、その者に瓜二つの顔をしています…。」
「ああん?てことは、俺がドワーフだと思ったってのか?…悪いけど、スタイルが違い過ぎないか?」
耕助は、思わず不満を漏らす。
エレノアは、手に顎を乗せると物知り顔で言った。
「…耕助。ドワーフの王家の血筋の者は、人族と同じ様な背格好でな。髪の色は様々だが、目は金色と青色のオッドアイをしているんだ。」
「…なるほど、それで髪の色と目の色が違うってわけか。」
グルムは、納得すると頭からゴーグルと布地を取るとペコッと頭を垂れた。
「すまんかった。ワシが早とちりをしたようだ。…グルム=フレアハンマだ。」
「いや、気にしないでくれ。…そのままだとなんか頼み事がしづらくなる。…神代耕助だ。」
耕助は、そう言うと右手を差し出した。
すると、グルムはその大きな目で差し出された耕助の手を見ると、なにか含むような感じで握り返した。
途端に、驚いた顔を浮かべて耕助の顔を見直す。
「ほほう!…おぬし、ラグナロクとやらの使い手と聞いていたが、剣の腕も相当だな?!」
「…なんだと?グルム殿。分かるのか?」
エレノアは、そう言って笑い合う二人の顔を交互に見ながら聞いた。
「…はい。これまでも多くの騎士や剣士達の剣を打ってまいりましたから。それに、その者の力量に応じて使う槌も変えますので…。」
グルムは、ゆっくりと手を離すと自信ありげな笑みを見せる耕助に言った。
「…おぬしほどの者なら、ワシの『グルム』で打つしかないでろうな。」
グルムは、自分の名前を付けた槌の名前を言って、嬉しそうに笑った。
「え?!いいのかい?…っていうか、話が早いぜ!…実は、それを頼みに来たんだよ。…剣匠の親方、俺に剣を一本打ってくれよ。金なら、城のツケじゃなくてちゃんと持ってきたからさ!」
そう言って、耕助は革袋をポン!と叩きながらエレノアを皮肉っぽく見る。
「なんだ?!その目は?」
エレノアは、その視線に気づいて頬を膨らませる。
グルムは、二人のやり取りを見ながら耕助から革袋を受け取ると怪訝な顔で聞く。
「…だが、その『オヤカタ』というのはなんだ?」
「ああ、俺の国じゃ職人の中でスゴイ人を『親方』って呼ぶんだ。…だから、剣匠のおっさんは親方なんだよ!」
耕助は、そう言ってご機嫌な笑顔を見せた。
グルムは、それが気に入ったのか同じ様に満足そうに笑うと答える
「そりゃいいな!…たしかにワシはちょっとは名の
知れた職人だ。早速、使わせてもらうぜ?…それで?お前さんはどんな剣が欲しいのだ?…ワシに任せるってわけではないのだろう?」
「さすが、親方!本当に話が早いぜ!…実はさ…」
耕助は、そう言いながらグルムに近寄り剣の材質から形までを細かく注文する。
「…う~む。形は以前に東方の剣士の剣に似ているからなんとかなるが、問題は材質だな。…お前さん、本当にそれで振れるのか?」
「平気、平気!」
耕助は、そう言って力こぶを作って答える。
グルムは、諦めてため息を吐きながらも俄にニンマリすると言った。
「ま、ワシが認めた男だ。それぐらいはしてもらわなきゃな!…久しぶりに、グルムでとんでもない剣を打ってやる!」
「頼むぜ?!親方?!」
「おう!!」
エレノアは、悪ノリする二人を呆れた表情で、只々、ため息を吐いていた。
…後に、その時に打った剣が伝説の剛剣と呼ばれるほどになることを、無邪気に笑う今の耕助とグルムには、知る由もなかったのだった。




