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第三十五話 カレン=ヴィジャットの初恋 後日譚

 翌日。

 仁は、朝から昨日とは打って変わって、まったく人気ひとけのない静かな試合場に呼び出されていた。

 呼び出した相手は、意外にもアリステルの専属メイドのイリーナからだった。

 

 イリーナは、試合場の中央に立つ仁を見つけて側に寄ると、恭しく頭を下げて言った。


「…朝からお呼び立てして申し訳ありません。…私、王女殿下専属のメイドでイリーナ=サディーヌと申します。」


「…聞いた事がある。なんでも完璧メイドなんだってな?」


「はい。その通りです。」


 仁の言葉にイリーナは謙遜の一つもせずに即答した。

 仁は、思わず笑みを浮かべながら話を促す。


「それで?話というのは?」


「はい。ですが、その前に、昨日の戦いは見事でございました。この度の勝利、おめでとうございます。」


「おめでとうと言われてもな。只の模擬戦だったんだが。…まあ、ありがとう。」


 ため息を吐きながら返す。


「ありがとうございます。それで、話というのはカレン様の事でございます。」


「…。」


「…あの戦いは、決してカレン様の本意ではありませんでした。戦うように煽ったのは私でごさいます。…本当に申し訳ありませんでした…。正直、あそこまで盛り上がりを見せるとは思いませんでしたので…。」


「いや、あれは俺の耕助ツレが悪乗りしたせいだろ?…逆に悪かったな。」


「いいえ。神代様の性格も織り込むべきだったと、反省しております。」


 そう言いながらも、イリーナは両手を前に重ねて感情の読み取れない表情を見せたままで、反省の様子は感じられない。


「…分かった。それで、話は終わりか?」


「いえ。ここからが本題なのです。…本当に差し出がましいことなのですが、カレン様の本当のお気持ちをお伝えしたいと思い、お呼び立てさせて頂きました。…実は、カレン様は一昨日の夜に殿下の所においでになりまして…」


 イリーナは、そこから一昨日の夜の執務室での話を恙無(つつがな)く話した。


「…そうか。…たしかに差し出がましいことだが、俺にも原因があったということだな…。」


 仁は、そう言って試合場の一点に視線を向ける。

 そこは、最後にカレンが倒れた場所だった。

 その顔は、憂いがあるにもかかわらずとても美しく見えた。


「…なるほど。これですね…。」


 イリーナは、その破壊力のある横顔に心を揺らしたがそれを表に出すことなく無表情を貫いた。


「…それで?」


 仁は、視線をイリーナに戻すと聞いた。


「…それで、と申しますと?」


 怪訝な顔を浮かべてイリーナは聞き返す。


「あんたや、アリステルから見て俺は合格だったのか?」


「?!」


 イリーナは、思わず僅かではあるが驚いて小さく目を見開いた。

 そして、肩を竦めると諦める。


「恐れ入りました。お気づきになられた様に、あの戦いを白神様の実力を推し量る場にさせて頂きました。

…申し訳ありません。」


「仕方ないさ。ああいう場所でもなければわからないもんな?…カレンには悪いがな。」


「恐れ入ります。…お二人は、自分達が試されるのをお嫌いと聞いておりました。…もし、お許し頂けないようでしたら、私が全ての元凶でございます。ご存分に処分をお願い致します。」


 仁は、もう一度ため息を吐くと少しばかり体を強張らせているイリーナに言った。


「いいさ。俺達もあんた達のことをもっと知りたいと思っているように、そっちも知りたいってことだろ?こういう展開になったのはたまたまってことだ。」


「ありがとうございます。」


「…それで、どうなんだ?俺はやっていけそうか?」


「十分以上でございます。合格などと本当におこがましく感じております。…どうか、これからも王国を、王女殿下をよろしくお願い申し上げます。」


 イリーナは、そう言って今度こそ心の底から頭を下げて見せた。


「わかった。こちらからも頼む。…それじゃ、そろそろいいか?行かなくてはならない所が出来たんでね。」


「はい。ありがとうございます。…それと、よろしくお願い致します。」


 仁は、イリーナに笑って返すと騎士団の宿舎の方へと歩き出した。


■△■△■△■


 仁は、宿舎に戻ると出掛ける準備して、朝食の時間で賑わっている食堂に立ち寄った。

 そこでは耕助が騎士団の団員達を相手に昨日の賭けの配分をしている。


「あ!白神様!」


 一人の女騎士が、仁の姿を見つけると他の女騎士達も一斉に走り寄って来る。


「白神様!昨日はおめでとうございました!すぐに、お祝いをと思ったのですが、お部屋に戻られたと聞いて…。」


「ありがとう。…昨日はかなり疲れてて、すぐに

部屋で休んでいた。」


「そうでしょう?…あのような結末でしたが、やはり副団長は強かったですか?」


「もちろんだ。俺は運が良かった。」


 そう言って、笑顔を見せるとお金を勘定している耕助に近寄った。


「お?出掛けるのか?」


 耕助は、仁の姿を見て意外そうに言った。

 知る限り、仁が一人で出かけるのを見たことがない。


「まあな。…夜までには帰ると思う。」


「分かった。それじゃ、気を付けてな?…俺もちょっと用事が出来たんでな、帰りは夜になるわ。」


「ああ。わかった。」


 仁は、そう言うと踵を返して食堂の扉へと歩き始めた。すると、背中越しに耕助が声をかけてくる。


「…仁。」


「なんだ?」


 耕助は、仁に振り向くことなく答えた。


「…手ぶらでは行くなよ?」


 思わず、仁はため息を吐いた。


「…わかった。それじゃ、行ってくる。」


 そして、耕助が掌をヒラヒラさせているのを見ると再び歩き始めた。


■△■△■△■


「もう、あの娘は何時まで寝てるつもりなんだい?このままじゃお天道さまも上がり切ってしまうよ?」


 カレンの祖母は、両手を腰に当ててカレンの部屋がある二階の方へ視線を向けた。


「…たまにはいいじゃろ?きっと色々とあるんじゃないのか?」


「それにしたってね、突然、夜中に傷だらけで帰ってきたと思ったら、家中のエールをかっ喰らって寝るなんて…あれは本当に今時の娘なのかい?」


 祖父の言葉に祖母はまくし立てる。

 それでも、祖父は優しい顔で祖母を宥めた。


「いいじゃないか。そういう日もある。元気であれば、それでいい…。」


「…まったくじいさんは、そればっかりだね…。」


 祖母は、呆れながらもう一度天井を見上げた。


■△■△■△■


 その時、カレンは自室のベッドの上でシーツを頭からすっぽりと被り、うずくまって自己嫌悪の真っ最中であった。


 昨日の出来事が、次々とフラッシュバックして、その度に呻き声を上げている。


(私は、なんであの時、あんな事を言ったんだ?!)


「ヴヴヴ…。」


 模擬戦だったはずなのに、魔法を放ってしまったこと、売り言葉に買い言葉であったが、怒りに身を任せて口走ってしまったことなどなど、一つ一つ思い出す度に顔から火が出そうになる。


(そもそも、なんであんな事になったのだ?!)


 カレンは、昨日のお祭り騒ぎの理由を考えてみた。

 すると、そこに耕助が二人の対決をダシに賭けを始めた事を思い出す。


「…耕助〜。」


 そして、今度は煽りに煽っていたイリーナの顔が浮かんでくる。


(大体、なんで叩きのめした相手に恋慕などするのか?!)


「…イリーナぁ〜。」


 カレンは、耕助とイリーナのせいにしようとしたが、結局、乗せられた自分が悪いと、また自己嫌悪に陥った。


 すると、突然、 部屋のドアがドンドンドン!!と、激しく音を立てる。


「カレン!起きてるのかい?!」


「お、起きてるよ!なんか用か?!」


「なんだい!だったらさっさと起きて下に来なさいよ!」


 カレンは、それにイラついて怒鳴ろうとしたが、祖母が続けた言葉に口を閉ざした。


「…まったく。あんたにお客さんだよ!…しろ…白神さんって人が来てるんだよ!早くしなっ!!」


「じ、仁殿?!」


 それを聞いて、カレンは咄嗟に飛び起きてタンクトップにショーツという姿のままドアを開けた。

 そこには、呆れ顔の祖母が立っている。


「白神さんなら、下でじいさんと話してるよ!…あんた、そんな格好で会うつもりなのかい?!」


「え?!あ!」


 カレンは、すぐにパンツを履いて上着を羽織ると、普段、あまり見ることのない鏡を覗き込んで寝癖の髪を簡単に整えた。


 祖母は、両手を腰に当ててため息を吐く。


「あんた、あんなにイイ男と知り合いだったのかい?だったら一度くらい、連れてくりゃ良かったのに…」


「そ、そういうのじゃないんだよ!」


 カレンは、適当な所で整えるをやめると、一階へと駆け降りた。

 そこには、祖父と笑いながら語り合う仁がいた。


「遅かったね、カレン。白神様がお待ちかねだよ。」


 祖父は、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 仁は、カレンを見て立ち上がると、持参していた白い花の花束をカレンに渡した。


「な、な、なん…。」


 カレンは、あまりの事に言葉に出来ずにいる。


「おはよう。昨日のケガがどうなったかと思って見舞いに来た。…大丈夫のようだな?」


 そう言って仁は微笑んだ。


「あ、ありがとう…。」


 さっきまで自己嫌悪に堕ちまくっていただけに、まったく状況が飲み込めない。

 なんなら、拳で自分を殴りたいくらいだ。


「…カレン。話は聞いた。なんで俺に手合わせを挑んで来たのかもな。」


「…イリーナ殿か?」


 仁は、静かに頷くとカレンの目を真っ直ぐ見て話し始めた。


「…あんたの気持ちは素直に嬉しい。…だが、俺は色恋ってのは、まだよく分からなくてな。なんと言っていいか分からないんだ。」


「そ、そうか…それは、私もだ…。」


(そうか、これがフラレるってヤツなのか…。)


 花束を抱きしめながら、カレンは泣きそうになる。

 すると、仁は言葉を続けた。


「…それに、俺達は出会ってからまだ一ヶ月も経ってないんだぜ?…これからゆっくりとやって行かないか?…カレン?」


「!!」


 カレンは、その言葉で自分の想いがまだ終わったわけではないことを理解した。

 そう思うと、自然と涙が零れてくる。

 仁は、困ったような仕草をしながら笑うと右手を差し出してきた。


「…カレン=ヴィジャット。これからもよろしく頼むぜ?」


 カレンは、花束を更に強く抱きしめながら、その手を握り返すと笑顔にならない笑顔で言った。


「こちらこそ!よろしく頼む、白神 仁。」




……カレン=ヴィジャットの初恋はこれから始まるのだった。


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