第三十四話 カレン=ヴィジャットの初恋 (5)
一撃目はカレンからだった。
カレンは、半分だけ間合いを詰めると仁の頭部に向かって突きを放つ。
仁は、それを見切ると後ろに下がることなく首を傾けて、ギリギリにその突きを避けた。
それと同時に、身を翻しながらカレンの懐に飛び込むと短刀を斬り上げる。
カレンも、それを見切って顎を上げるとスレスレで躱しながら避けられた剣を回すと横薙ぎに払った。
仁は、脇腹に迫ったその刀身を短刀の柄で叩きつける。
「なっ?!」
カレンは、その神業のような芸当に驚いたが、しゃがみ込んだ仁が、脇腹に向かって短刀を振るってくるとバックステップで距離を取った。
「…どうした?そんなものか?」
仁は、再び構える。
強い。
カレンは、沸々と喜びに心を満たしていく。
仁は、決して自分を侮っていたわけではなかったのだ。その思いが、歓喜に変わると同時にもっと打ち合いたいという欲求に駆られた。
「このくらいでいい気になるな!」
カレンは、今度は距離の有利と武器の重さの有利を活かすために袈裟斬りで襲いかかった。
その勢いは、刃引きの剣でも骨を砕くような威力がある。
仁は、それも見切って斬り下ろした右側から左にステップすると、短刀の柄をカレンの右腕に叩きつける。
そして、怯んだ隙にカレンの首に向かって踊りかかった。
「クッ!させるか!」
カレンは、打ちつけられた右手を剣から離し、無理矢理体を捻ると短刀を躱す。
しかし、意識を離した隙に左手一本で握られた剣の柄に向かって仁の蹴りが飛んだ。
「ギイッ!」
思わずその痛みにカレンは顔を歪めたが、剣から手を離さずに耐え、自分も右脚で仁の顔面に向かって蹴りを放つ。
仁は、すかさず蹴りを見切ると上半身だけを反らして避けた。
すると、カレンは自ら間合いを取って右足に重心を乗せると腰だめに剣を構える。
そして、全身に溜めた力を一気に爆発させた。
「剣技、十雷穿!!」
その叫びと共に、十本の突きが仁に襲いかかった。
カレンの放った十雷穿は、身体能力が異常に高い彼女が鍛錬を重ねようやく会得した剣技である。
しかし仁は、それですら短刀を順手に持ち替えるとその突きをすべて打ち払った。
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「バカな!!」
その光景に、アリステルは驚愕する。
カレンの放った剣技は、当たれば死に至るやもしれないほどの威力があった。
それにもかかわらず、仁は短刀一本で容易く弾き返したのである。
耕助は、その様子を鼻で笑うと楽しそうに言った。
「…別に大したことじゃないだろ?」
「カレンの十雷穿は、生身の体で魔装騎士すら倒した事があるのだぞ?!」
「魔装騎士と一緒にされてもな。…あのくらいなら俺にも出来るぜ?」
耕助は、そう事も無げに言ったがアリステルと同様に観客達もさっきまで囃し立てるように上げていた歓声を止め、戦いの行く末を食い入るように見つめていた。
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「これも届かないのか?!」
カレンは、苦悶の表情を見せる。
仁は、その大技を放ったことでカレンに隙が出来た事を見逃さず、再び一気に距離を詰めた。
「チィッ!!」
堪らず、カレンは下段から剣を振り回しながら後ろに飛んで距離を取る。
すると、仁はカレンの様子に構えることなく口を開いた。
「…カレン。手加減はしないんだったよな?」
「もちろんだ!」
カレンは、そう言いながらもすでに肩で息をしている。逆に仁は、その様子は全くない。
「そうか。じゃ、魔法を使うんだな。…このままだと俺が勝つぜ?」
ギリッ!
カレンは、その言葉に奥歯を鳴らす。
「…使えると知っていたのか?」
「ああ。この戦いに誘ってきた時、俺は、魔装騎士か剣のどちらかと聞いた。その時、お前は魔装騎士を扱えないとは言わなかった。…たしか、魔装騎士は魔法が使えないと乗れないんだよな?」
「…使えば、これは試合ではなくなるぞ?」
カレンは、額に汗を浮かべた。
そう。たしかにカレンは魔法を使える。
それも、火と風のニ属性を操れる、ロナルディア全土でも珍しい多属性魔法使い《マルチキャスター》だった。
だが、それでも魔法を使うことに躊躇っていた。
それは、使うことによって仁の命にかかわるからという理由ではない。
仁の言う通り、このまま剣だけで戦えば負ける。
だが、魔法を使っても勝てるイメージがカレンには湧かないのだ。
「いい加減にしろ。何回言えばいいんだ?言いたいことがあるなら勝ってから言え。…それとも、お前こそ俺を舐めているのか?」
その言葉にカレンは奮い立つ。
「…仁殿!死んでも後悔するなよ?!」
そう叫ぶとブン!と音を立てて剣を振るった。
すると、その刀身が炎に包まれる。
それは、サトラムス渓谷で四竜騎士のガイウスが見せた物と同じだった。
「その調子で頼むぜ?これで面白くなってきたな?」
カレンは、剣を上段に構えた後、グルリと頭の上に輪を描くように振ると短く詠唱した。
「フレア・ブラスト!!」
そして、剣を振り下ろすとその剣先から炎が仁に向かって伸びた。
そして、その速度が突然、風魔法の効果で加速して二本に分かれる。
「スゴイな!」
仁は、目の前まで引きつけると横に飛んでギリギリ躱すことが出来た。
「さすが、カレン!今のはヤバかったぜ!」
「その余裕がいつまで続くかな?!」
カレンは、再び同じ様な形で剣を振るい、炎の顎を仁に放った。
仁は、一歩だけ前に出る。
だが、次の瞬間にその姿が消え、剣を振り下ろしたカレンの背後で短刀を振り下ろそうと構えていた。
「?!」
カレンは、驚愕しながらも、それを剣で払おうと再び振り上げた。
しかし、それは間に合わない。
仁は、短刀を逆さに返すと、柄でゴン!とカレンの首根を一突きした。
すると、カレンはその強烈な衝撃で意識を飛ばされその場に崩れると前のめりに倒れてしまう。
…そして、二人の勝負はその一撃で決することとなった。
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「…なんと。仁は、魔法が使えたのか?」
アリステルの驚きの問いに耕助が答える。
「…そんなわけないだろ?」
「だが、最後のアレは転移魔法であろう?!」
耕助は、肩を竦めながら首を振る。
「あれは、魔法なんかじゃない。…虚を突いた歩法を使っただけなんだ。別に消えた訳じゃない。」
「虚…だと?」
「ああ。人はな、自分が見ているものに対して意識を向けているモノなんだ。だから、一瞬でも意識から外して移動すると、恰も突然目の前から消えて、現れたように錯覚するんだ。…仁はそれを使っただけだ。」
「…そんな事が人に出来るものなのか?」
「まあな。相当な鍛錬が必要だけどな。…ちなみに、アレくらいなら俺にもできるぜ?」
耕助は、そう言って自慢げに鼻を高くした。
「そうか。わかったわかった。」
アリステルは、その様子になんだか釈然としない気持ちになって雑に扱った。
「うわー。酷いお姫様だな…。」
耕助が、イジケ出したのを見るとアリステルは、試合場に視線を移し、倒れたカレンが他の騎士団員に運ばれて行くのを眺めた。
観客達は、大きな拍手でカレンを送り出している。
仁は、その様子を見送ると観客達に応えるでもなく短刀を腰に刺すと試合場を後にした。
アリステルは、カレンを褒め称えたいと思っていた。途中で気づいてはいたが、仁とカレンでは明らかに格が違っていた。
おそらく、それはカレン自身も気づいていただろう。それでもカレンは最後まで戦った。
その姿に、アリステルは改めて自分の騎士団の副団長がカレンであることを誇りに思うのだった。
「カレン…。負けてしまったな…。」
「…そうですね。」
アリステルの言葉にイリーナが答える。
二人はしばらく黙ったまま、さざ波のように人が去って行く試合場を眺めていた。
すると、その後ろから声がかかる。
「ところで、王女殿下?」
「…なんだ?」
せっかくの余韻を商人顔の耕助が邪魔をする。
「負け分の金貨一枚なのですが、今、頂いてもよろしいですか?」
「まったく、お前という男は…。後で王城に来い。キッチリ払ってやるわ!」
「まいどあり!」
耕助は、満面な笑みでそう言うと、呆れ顔のアリステルとイリーナを尻目に、他の負けた者達の所へ回収に向かったのだった。




