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第三十三話 カレン=ヴィジャットの初恋 (4)

 試合場は、早い時間から大盛況であった。


 紅焔騎士団の者達をはじめ、王城で執務をしている下級貴族や、朝の仕事を終えた王城付けの仕用人者達までが大挙し、試合場を囲む十二段の階段状になっているベンチに座っていた。


 普段ならガラガラの試合場は、五百人近いギャラリーが、その中央に鎮座する三十メートル四方、高さ一メートルの試合場を取り巻いている。


 そして、これから始まる模擬戦を心待ちに、まだ二人が姿を見せない試合場を臨みながら口々に勝敗を予想していた。


「…やはり、魔装騎士マジックメイルの戦いはともかく、剣での戦いではヴィジャット副団長に分があるのでは?」


「いや、そうとも限らないぞ?…二回の戦では、尋常ではない速さで戦っていたと聞く。その速さを活かせる目を持っているということではないのか?」


「…副団長には、紅焔の騎士団の代表として、ぜひ勝ってもらいたいものだ。」


「あなたのそれは、白神様への妬みからでしょ?…やっぱり、白神様の勝ちよ!」


 その様子を、耕助は機嫌良さそうに眺めている。

 その手には、賭けの(ばん)と賭けに参加した者達のリストを記した帳面を持っていた。


 すると、その耕助の後ろから声がかかる。


「カレンに金貨一枚だ。」


 聞き覚えのある声に振り向くと、耕助は商人のような笑みを浮かべて返事をした。


「まいどあり!副団長に金貨一枚ね!」


 そして、そこにアリステルの名前を書くと半券を千切って渡す。


「…まったく、こんな物まで用意して…随分と楽しそうだな?」


 アリステルは、イリーナと共に現れると胴元然とする耕助に呆れたように言った。


「たまには、こんなお祭りも悪くないだろ?」


「こんな事が度々あってたまるか。…そもそも、この戦いを賭けのダシにするなどお前以外、誰も思いつかんぞ?」


 「…かもな?でも、これだけ人が集まるなんて、皆、退屈してたんじゃないか?」


 耕助は、観客席を一望しながら言う。


「…かもな。…まったく…今は帝国との戦時中なのだがな。」


 アリステルも肩を竦めながらも同意する。


「それにしても、まさか王女殿下が戦うように背中を押すとは思わなかったぜ?」


 耕助は、意地悪そうな表情をしながらそう言って口角を上げた。


「待て待て。背中を押したのは私ではないぞ?」


 アリステルのその言葉に、後ろのイリーナが恭しく頭を下げて口を開いた。


「…お初にお目にかかります。王女殿下の専属のメイドで、イリーナ=サディーヌと申します。…私めも、まさかこのようなことになるとは思いませんでした。」


 耕助は、イリーナの様子に察して肩を竦める。


「ま、仕方ないわな。…でも、王女さん?カレンはだいぶ拗らせてるみたいだぜ?…大丈夫なのか?」


「…なんだ。知っていたのか?」


 アリステルは、耕助がカレンの仁に対する気持ちに気づいていたことを意外に思った。


「分かりやすかったからな。…なんとかしてやりたいけど、色恋は俺はアドバイス出来ないからなぁ…。」


「ご安心下さい。殿下も神代様と同じでございます。」


「イリーナ…。」


 無表情に、アリステルの恋愛下手を揶揄するイリーナに思わず突っ込む。

 そして、それを誤魔化すように苦笑いを浮かべると耕助に聞いた。


「…それで?耕助(お前)は仁に賭けたのか?」


「賭けるわけないだろ?」


 耕助の即答に、アリステルは訝しげな表情を見せた。


「…どういう意味だ?」


「賭けにならないからさ。…カレンには悪いがな。」


「…ほう。…お前はカレンの実力を知らんのだろう?あ奴は、かなり強いぞ?一騎当千の二つ名は伊達ではない。」


 その言葉に、耕助の目が俄に据わる。


「…へえ。…じゃ、仁が俺達の世界でなんて呼ばれてたのか、エレノアに聞いてないのか?」


「賢者殿にか?…いや、聞いた事がない。」


「…まったく、エレノア(アイツ)も大概だな。」


 アリステルは、興味深そうな目をする。


「…では、なんと呼ばれていたのだ?」


「…世界最強。」


「世界最強だと?」


「ああ、そうさ。」


「それでは、お前とどちらが強いのだ?」


 その質問に、耕助は答えずに据わった目に凶悪な色を見せながら言った。


「…俺と(アイツ)の付き合いは結構長いが、つるんでいるのには二つの理由がある。」


 耕助は、そう言ってアリステルの目の前に二本指を立てる。そして、一本目を折ると続けた。


「…あんた達は、仁がどう見えてるのか分からないが、俺の知る限りアイツほど危ないヤツを知らない。」


「…危ない?」


「ああ。仁は本当にヤバい。だから俺が側にいるんだ。…そして、もう一つは…」


 そう言って、もう一本の指を折る。


「仁を殺すのが、俺だからだ。…アイツを殺せば、俺が世界最強だからな。」


 その言葉に、アリステルは思わず口を閉ざした。

 代わりに、後ろのイリーナが口を開く。


「…失礼ながら、白神様はその事を…?」


「もちろん、知ってる。アイツは、俺が命を狙ってる事を十分知ってて俺とつるんでるのさ。…な?ヤバいだろ?」


 それを聞いたアリステルとイリーナの二人は、思わず唖然とした顔を浮かべた。

 すると調度その時、試合場の方から歓声が上がる。


「お?来たみたいだな。…行こうか?」


 耕助の言葉に、二人は頷くと試合場の方へと向かった。


 三人が、試合場に近づくとこれから始まる戦いの舞台の中央に、仁とカレンは向かい合って立っていた。

 仁は、楽しげに笑みを浮かべ、カレンは微笑みながらもその瞳の奥には勝利を渇望する色を見せていた。


(必ず仁殿に勝って、私のモノにするぞ!)


 カレンは、両腕を組んで鼻息を荒くする。

 逆に、仁は微笑んだまま。


「…それで、仁殿は武器は何にするんだ?ここには、槍から大小問わず様々な剣もある。…好きな物を使ってくれ。」


 カレンは、自分の力に余裕の笑みを見せながら、試合場の周りに立て掛けてある武器を見た。

 もちろん、すべて刃引きされて斬ることは出来ないが、当たれば打撲や骨折は免れない程の威力がある。


 仁は、腰の後ろに刺していた刃渡り三十センチほどの短刀を抜いて見せると浮かんだ笑みを消すことなく言った。もちろん、刃引きされた物である。


「…これにする。」


「!!」


 カレンは、笑みを浮かべたまま言葉を失いつつも、瞳の奥に怒りの色を灯す。

 自分は、大振りの長剣を腰に帯刀していてそれを使用することは明らかだった。

 当然、それはカレンの方が大きく有利になる。


■△■△■△■ 


 耕助はその様子に笑いながら呟いた。


「…なるほど、そうきたか。」


「…どういうことか?!仁は、まさかカレンを侮っているのではないだろうな?!」


 アリステルは、思わず耕助に仁の行動の意味を聞いた。


「…どうかな?俺は、前にあんたには仁はなんでも出来るって言ったと思うけどな?…別にアイツは舐めてるつもりはないと思うぜ?」


 耕助は、そう言うと面白そうに試合場を眺めた。


■△■△■△■


 その仁の行動に、当のカレンは一気に浮ついた気持ちを吹き飛ばしていた。

 長剣に短刀。

 明らかな優劣にカレンは目を血走らせる。


「いくら仁殿でも…これは冗談ではすまないぞ?」


「…気が早いな。もう勝ったつもりなのか?」


「なにを言っているのだ?!私がどんな思いで…後悔しても遅いぞ?!」


 その瞬間、仁は微笑みから一転して、ギラリとカレンを睨みつける。


「カレン。俺があんたを舐めてると思っているなら、勝ってから言え。…俺はまあまあヤバいぜ?!」


 そう言うと、ユラリと短刀を右手で逆手に持ち、左手を首の側に置いて構える。そして、軽く下半身の重心を下げた。

 それは、現代世界の軍人が見せるナイフを構えた姿だった。


 その姿に、カレンは息を飲む。

 仁の、その構えにまったく隙がないのを読み取ったからだ。


「そうか。…そうだったな!お前は、この世界の人間ではなかったな!」


 カレンは、そう言うと腰の剣を抜いて両手で持つと、右側頭部に柄を持ち上げて剣先を仁に向けた。


 …そして、そこから二人の戦いが始まった。

 

 


 

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