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第三十二話 カレン=ヴィジャットの初恋 (3)

 宿舎を出たカレンは、失意の表情を浮かべてトボトボと歩いていた。

 食堂で見せていた、勇壮とも言える姿は見る影もない。


(まったく、私はなんということを…これでは、逆に嫌われてしまうではないか…。)


 グルグルとそんな自分を責める言葉が頭の中に巡り続けている。

 カレンは、しばらくまだ賑わいを見せる商業地区の通りを歩きながら、ふと、その先に見える王城を見上げた。

 

 何も語ることなく、カレンは重い足取りでそのまま進んで行く。

 そして、気が付くと王城の跳ね橋を渡り、正門の脇にある小扉の前に立っていた。


 そこには、警備の騎士が立ってカレンの様子を怪訝な顔で見ている。


「…これは、カレン副団長。こんな夜にどうかされましたか?」


 騎士は、長槍を手にしたままカレンに聞く。


「…こんな時間にすまない。火急の用事があると王女殿下に取次いで貰えないか?」


「…火急…ですか?」


 騎士は、その割に走ってきた様子もないカレンの姿に不思議そうな表情を見せる。


「…すまない。なにも聞かずに取次いで欲しいのだが…。」


 騎士は、懇願するようなカレンの姿に少し慌てて答えた。


「かしこまりました。すぐに、お伝えしますので、ここで今しばらくお待ち頂けますか?」


「…かまわない。」


 カレンの返事に、騎士は扉の中に消えると他の騎士と交代して王城へと走って行った。


 カレンは、その後、アリステルの許可を受けたということで、専用の執務室に通された。

 そこでアリステルの到着を待つ。


 そして、数分もしない内に白い寝具の上にガウンを羽織ったアリステルが専属のメイドを伴い現れる。


「カレン!こんな夜にどうしたのだ?火急と聞いてきたのだが…?」


 アリステルは、慌てたように入ると声をかけた。

 すると、カレンはアリステルの顔を見た途端、堪らなくなって涙声で言った。


「…殿下ぁ〜!」


「ど、どうしたのだ?!なにがあったのだ?!」


 アリステルは、今まで見たことのないカレンの狼狽ぶりに慌てふためいた。

 カレンは、答える事なくポロポロと涙を流す。

 その様子に、アリステルは、更に慌てた。


「カレン!と、とにかく落ち着くのだ。…そこに座るが良い。…イリーナ。悪いが、なにか暖かい飲み物でも用意してくれ。」


 アリステルはメイドのイリーナにそう言って、カレンを宥めながら執務室の一人掛けのソファに座らせる。

 カレンは、手で涙を拭いながら膝をついて心配そうに自分を見ているアリステルに言った。


「…すみません、このような時間に殿下のおやすみをお邪魔してしまい…。」


「よいよい、気にするな。…それで?一体、なにが起きたのだ?」


 アリステルは、出来るだけ優しい声色で尋ねた。

 すると、カレンは静かに話し始める。


「…実は…」


 そして、途中、イリーナが入れてくれたレモンのような柑橘系の果物の薄い輪切りが浮いた紅茶を啜りながら、宿舎の食堂での顛末をすべて話した。


「なんと。」


 アリステルは、それらを聞いて目を丸くする。

 その頃には、カレンは泣き止みすっかり落ち込んで項垂れていた。


「…殿下。私はどうしたらいいのでしょう?」


「ウム。答えたいのは山々だが…色恋は私では相談にならんぞ?」


「殿下ぁ。」


「そんなに、情けない声を出すでない…。…それにしても、あのカレン=ヴィジャットの初デートが手合わせとはな…ククク…。カレンらしいと言えば、カレンらしいが…。」


 アリステルは、カレンを気の毒に思いながらも段々と笑みを零してしまう。 

 すると、後ろで控えていたイリーナが無表情のまま口を開いた。


「…僭越ながらカレン様。」


 カレンは、イリーナに顔だけ向ける。


「…おそらく白神様は、カレン様を脳筋女と思われていることでしょう。」


「おい、イリーナ!よさないか!」


 アリステルは、あまりにド直球なイリーナの物言いを嗜める。しかし、その顔からは笑みが消えない。


 アリステルの専属メイドであるイリーナ=サディーヌは、長年アリステルに仕える完璧メイドである。


 年齢は、アリステルの二つ上しか変わらないにもかかわらず、礼儀作法や勉学を含めた教育から剣術、魔法の指導まで基本的な事はすべてイリーナから教わっていた。


 そして、イリーナが得ている風属性の魔法は紅焔の騎士団でも敵う者はいないほど卓越しカレンをはじめ多くの者が一目置いている。


 カレンは、イリーナの言葉とアリステルの表情に益々落ち込んだ。


「ああ、本当にどうすればいいのでしょう?」


「…しかし、これはチャンスかもしれません。」


 イリーナは、そう言うと僅かに口角を上げた。

 アリステルは、その表情に気づくともう一度嗜めようとイリーナを見た。


「おい、イリーナ…。」


「男性経験のない、殿下は何も仰らないで下さい。」


「…。」 


 アリステルが大人しく黙るのを見届けると、イリーナはカレンの肩にそっと手を乗せた。


「…カレン様。この状況はかなり芳しくありません。ですが、私めが逆転一発の秘術をお教え致しましょう。」


 その言葉に、アリステルは嫌な予感がして思わず立ち上がろうとした。しかし、それをイリーナは掌を向けて制する。

 カレンは、パッと顔を上げて優しく微笑むイリーナを見た。


「本当か?…本当にそんな物があるのか?」


「ご安心下さい。このイリーナ、実は恋愛に関しては百戦錬磨でございます。」


(ウソつけ。)


 アリステルは、反射的に心の中で突っ込む。

 今まで、イリーナは王城にいる間は常にアリステルの側にいた。そのイリーナが男と歩いている事すら見たことがない。


 イリーナは、かまわず話を続ける。


「良いですか?カレン様。…それは、白神様を完膚なきまでに叩きのめすのです!」


「?!なんだと?本当にそれで良いのか?!」


「良いのです。白神様はこの世界に来てまだ一月も経っていませんが、すでに二回の戦で負け知らずにございます。…その白神様をキッチリと倒し、鼻っ柱をポッキリ折った所を、カレン様が優しく包むように癒すのです。」


 それを聞いて、アリステルは頭を抱える。

 しかし、当のカレンは目を輝かせてイリーナの話に聞き入っていた。


「大丈夫なのか?鼻っ柱を折った者など、顔も見たくないのではないか?」


「なにを仰るのです。カレン様がお心を寄せる白神様は、その様な器量の狭い方なのですか?」


 カレンは黙って首を振る。


「そうでしょう。…そうすれば、白神様も否応なしにカレン様を意識なさって必ず射止めることが出来るはずでこざいます!」


「おお!さすが、イリーナ殿。」


(どこがさすがなのだ?カレン。イリーナ(この女)はめちゃくちゃなことを言っているぞ?)


 アリステルは、心の中で呟く。

 だが、その思いは届くことはなかった。

 その意に反して、それまで沈んでいたカレンの表情が明るくなってくる。


「その調子です、カレン様。女が強い殿方に想いを寄せる様に、殿方もまた強い女性に惹かれるものなのです!」


 イリーナは、そう力説して胸の前に拳を握った。

 カレンは、すっかり気分を高揚させ笑顔を見せている。


「分かりました、イリーナ殿!女らしさは自信がありませんが、強さなら私にも分があると思います!」


「頑張って下さい、カレン様!」


「ありがとう!イリーナ殿!」


 二人は、そこで硬い握手を交わす。

 それを、呆れた様子のアリステルが見ている。

 カレンは、執務室で会った時とまったく違う明るい表情になるとアリステルに向き直った。


 アリステルは、咄嗟に笑顔を作る。


「殿下!明日はなんとかなりそうです!」


「そ、そうか?それは良かったな?」


「はい!それでは、明日、必ず仁殿を倒しますので、殿下も試合場へお越し下さい!」


 「ウム。分かった。一騎当千のカレンの力、存分に奮うがよい!」


「はい!それでは失礼致します!夜分に、申し訳ありませんでした!」


 カレンは、そう言って頭を下げると残っていた紅茶を飲み干して飛び出すように執務室を出て行った。


 静まり返った室内で、アリステルはイリーナをジロリと見る。


「イリーナ。悪ふざけが過ぎるぞ?カレンは本気なのだ。…お前が楽しんではダメではないか。」


「…僭越ながら、殿下の方こそ失礼です。私めにそのようなカレン様をからかう気持ちは一切ございません。…ただ、面白くなったとは思いますが。」


「どういうことだ?」


「殿下は、あの二人が魔装騎士マジックメイル以外で戦っている所を見たり、聞いたりした事はございますか?」


「…ない。」


 アリステルは、イリーナの言わんとしている事が読めた。

 今後、どのような戦いになるか分からない以上、二人の本当の実力を知っておくべきだと言っているのだ。


「…そうか。分かった。…それでは明日、我らも行かねばならぬな。…しかし…。」


「…どうかされましたか?」


 イリーナは、怪訝な顔で真剣な眼差しのアリステルに聞く。


「明日の朝一番に、賭けの締め切りはまだか、耕助に聞かねばならぬな?」


「…殿下…。」


 アリステルの言葉に、イリーナは呆れたように目を細めた。


 そして、セレスティア王国の夜は静かに更けて行くのであった。





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