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第二十九話 広がる噂

『王国軍が僅か一人の死傷者で帝国軍一万をサトラムス渓谷で撃退した。』


 その衝撃的な事件はロナルディア中に瞬く間に

広まった。

 各国の内偵する諜報員をはじめ、国から国へと旅をする旅人の口から、或いは情報収集を生業とする者達の口から、次々と都市から街へと流れていった。


 当然、それは少しずつ歪曲して広まり続け、恰も帝国が王国に敗北寸前まで追い詰められているような話にまでなっていた。


 そして、帝国軍が侵攻を停止した事が更に拍車をかける。


 その話を受け取った、大陸の南部に居並ぶ八つの国々が結集し連合を樹立した、南部諸国連合の評議会は、今後の対応を協議するために各国の評議員を招集されるところであった。


 連合は、三年毎に議長国を持ち回りで変え、それぞれの国の内情や予算を互いに(表向きには)開示して連合軍の軍備を強化し、帝国や王国などの大国に対抗し続けていた。


 しかし、近年は帝国の侵攻の脅威に晒され苦戦を強いられているところであった。


 そこにある意味、帝国軍一万が敗れたという朗報が入り、王国への対応を協議する必要に迫られたのである。


 今年で議長国を務めて二年目になる、ロンベルク公国の評議員であり評議会議長のポルト=フェルナンド=メイレス公爵は、議場に使用しているコローナ城の会議室に初めに到着した評議員と握手を交わしていた。


 会議室は、内装の壁が城の外見と同じように白で統一され、汚れない姿というのを顕現させている。

 中央には、三十人が一堂に会する大テーブルが鎮座し、椅子が十五脚ずつ左右に並べられていた。


 そのテーブルの上座の位置が議長席となるのだが、そこの近くで二人は難題を押しつけられたような顔で向き合う。


「…メイレス殿。此度の話だが、我が国の諜報部がすでに王国へ入り調べに入ったのだが、貴殿の方ではどこまで調べがついているのだ?」


 評議会では、互いの情報の齟齬が命取りになりかねない。

 そのため、基本的にはすべての情報共有が優先であると連合樹立の目録に明記されている。

 ポルトは、他の評議国同様に諜報員を派遣し調査させてはいるが、入って来る報告は恐らく同じであろうと感じていた。


「…そうですね。帝国の損耗に比べ、王国の損害がほぼ皆無であるというのは本当のようです。…実際の調査によると経過の一部ですが、凱旋式の後に執り行われた戦没者の葬儀で上がったのは、本当に一名のみだったそうです。」


「…なんと…。」


 それを聞いて、評議員は目を丸くして、まるで初めて聞いたかのように振る舞う。


「ただ、それがグランディア侯爵軍の騎士団団長だったらしく、その死に至った原因もハッキリしていません。…部隊内で揉め事があったとの情報も入っています。」


「…部隊内で揉め事?…そんな統制の取れていない軍が、なぜそのような大戦果を上げられたのだ…?」


 そう言いながら、二人は両腕を組んで首を傾ける。


「…やはり、王国との接触を図るしかありません。こちらに対して睨みをきかせている第二王子と交渉をすることを提案しましょう。」


「…たしかに。もし、王国が帝国との戦争を優位に進めているのであれば、我々は、今のうちに手を結ぶ事も考えなくてはならない。…まずは、こちらが帝国との戦争に乗じて王国に攻め入ろうなどという誤解を解かなければな。」


 二人は、意見の一致を見るとこれから始まる会議の方向性を決めたのだった。


■△■△■△■


 南部諸国連合より西にある三つの山脈が、まるで大陸のシワのように並んだマーデニア連峰を国土とするドワーフの国、鋼鉄公国ウルバスドゥームにもその伝聞は届いていた。


「…その話は、どこまで信用できるのだ?」


 平伏し居並ぶドワーフの諸将に向かって、ウルバスドゥームの女王グリーム=ヒルデは玉座から声をかけた。


 グリームの声は、冷静そのものであったが明らかに怒気を孕んでいた。

 それは、帝国に対するウルバスドゥームの微妙な立ち位置にも関わることだったからだ。


 現在、ロナルディア中に拡がりを見せる魔装騎士マジックメイルの基礎概念は、ウルバスドゥームの兵器開発研究部が発祥であったからである。


 その魔装騎士マジックメイルを、今、最も多く生産し戦線に投入し続けている帝国に対し並々ならぬ憤りをグリームは感じている。


 かつて、研究部でも天才と呼ばれ、魔装騎士マジックメイルの第一人者だった技術者を帝国は亡命させて、独自の技術も併せて完成させた。


 技術者の亡命の原因は、魔装騎士マジックメイルの兵器としての可能性と危険性を憂慮した先代国王が完成間近だったその開発を中断させたことにある。


 その後、その技術者は些細な事件で帝国を追放され失意の内に自ら命を絶っていた。


 グリームにとって、その技術者は従兄弟に当たり、初めての想い人でもあったのだ。


「…帝国に一矢を報いるのは、我らと思っていたが、まさか脆弱な王国に先を越されるとはな。」


 諸将の答えを聞く前に、グリームはそう言って美しい顔を横に向ける。

 グリームの姿は、他の背丈が低く筋骨隆々なドワーフ達とは違い人族に近い姿をしている。


 髪は濃いブラウンに、シャープな輪郭。

 クールな印象を持たせる切れ長の目は金色と青色のオッドアイをしていた。

 その風貌もさることながら、得ている土属性の魔法もロナルディア全土から見ても最強の力を持つ。


 それは、決して混血ではなく代々、王家に生まれた者達の特性であった。


 諸将は、そのグリームの想いを知ってかしばらく言葉を発することなく玉座の女王を見つめていた。


 本来、王の座には先代国王の一番目の男子がなるはずだったが、国の仕来りによる自らの剣を打つという儀式に習い、その剣の製作にかかっていた時に、炉が爆発するという前代未聞の事故が起こり帰らぬ人となってしまった。


 そのため、残った実子のグリームがウルバスドゥームでは初めての女王として国を治めている。


 グリームは、そのような過去を持つ事で腫れ物にでも触るように接する諸将達を前に、もう一度問いかけた。


「この話は信じるに値するのか?!」


 すると、諸将の一人である地下都市の防衛長官を任ぜられているドルム=バセージが顔を上げて答える。


「はい。諜報部からの話では、現在、剣匠と称され王国に身を寄せているグルム=フレアハンマなる者に裏を取った所、事実に間違いないとの証言を得たとのことです。」


「…そうか。グルムは今、王国におるのか。」


 グリームは、かつて『ウルバスの五槌』と呼ばれる五人の名工の一人だった者の名を聞くと、懐かしそうな目をして呟いた。


「はい。彼は今、王国の魔女イリーヤ=ベルトーネと知己の仲で武器の開発の手伝いをしているとのことです。」


 グリームは、それを聞くと、深く頷いてドルムを見て尋ねた。


「…今後、我が国はどのように動くべきだと思う?」


「ハッ。他国に比べ、我が国は帝国の侵攻を今は受けていません。常に情報を集めつつ静観するのがよろしいかと思われます。」


「…今は…か。しかし、王国がそれほどの力を持ったのであれば、帝国の侵攻政策を頓挫させた後、こちらに触手を伸ばす懸念はないのか?」


 それにドルムは自信を持って答える。


「相手が帝国ではなく王国であれば、恐れるに値しません。この地下都市に近づくことも出来ぬでしょう。」


 そして、不敵な笑みを浮かべる。

 グリームは、それを見ると呆れたようにため息を吐いた。


「その言葉、相手が帝国であってもと言ってほしいのだがな。」


「ハッ!かしこまりました!…王国に出来て我らに出来ぬ筈がございません!おまかせを!」


 ドルムは、太い腕の右拳を左手に当てると恭しく頭を下げた。


 グリームは、頼もしく笑って見せたが再び横を向くと憂いた表情を浮かべたのだった。


■△■△■△■


 早朝。

 まだ、人気ひとけが見えない王城の前に、一台の馬車が止まっていた。

 それは、王国からの要請で帝国が用意した馬車だった。

 そこには、馬車を走らせる御者以外に、解放され帝国に帰国するローディックが一人乗っている。


 その周りには、アリステルとカレン、そして仁と耕助が来ていた。

 本来、ここまで手厚く捕虜を解放する事例はなかったため、敢えて、なるべく人目のない時間帯が選ばれていた。


「将軍様!元気でな!」


 耕助は、無邪気な笑顔を浮かべて馬車の窓に手をかけて言った。ローディックは、口元に笑みを見せる。


「…耕助。それはおそらく無理だ。」


 耕助も含め、周囲にいた者達も耕助が呼び捨てにされた事に思わず驚く。


「…スマンな。これが最後になる故、呼び捨てにさせてもらうぞ?…良いな?仁?」


 ローディックの言葉に仁は笑みで返す。


「…おそらく、私は無事に帰れた事で尋問を受けるだろう。そして、その後に敗戦の責で処刑される。…王女殿下もご存知だろうが、帝国の大将軍はそのようなお方だ。…決して只ではすまぬだろう。」


 それでも、ローディックの表情は暗くなかった。

 寧ろ、憑き物が取れたように清々しい顔に見える。

 すると、仁は笑みを絶やさぬまま言った。


「大丈夫だ。あんたは絶対に死なないよ。」


「お前は、あのお方のことを知らんからな…。わかった。お前の言う事を信じよう。」


 ローディックも、仁に笑みを向ける。

 耕助は、その様子に笑いかけながら聞いた。


「仁が言うなら大丈夫だって!…将軍様、国に帰ったらどうするんだ?」


「…そうだな。もう、軍では私は用済みであろうから退役しようと思う。その後は故郷で土いじりでするつもりだ。」


「…楽しみだな?」


 後ろから、アリステルが半ば羨ましそうに言う。

 すると、ローディックは思い出したように口を開く。


「そうだ。耕助。これだけは言って置かねばな。…あまり王女殿下を戦姫と茶化すな。…ああ見えても、麗しき乙女なのだからな?…そんなことばかりしてるとモテんぞ?」


 そう言うと楽しげに微笑んだ。

 すると、アリステルが不機嫌な表情を見せる。


「ルドウィック将軍!言うに事欠いて乙女とは聞き捨てならんぞ?」

 

 しかし、そう言った後には笑みが浮かんでいる。

 

「それに、そんなことばかりしなくても、耕助コイツはモテないから心配するな。」


 今度は、仁が答えた。


「…お前ら、俺をなんだと思ってるんだ?」


 耕助は憮然とした表情で言ったが、その言葉に全員が笑った。


「…それでは、そろそろ行くとしよう。…王女殿下。世話になった。」


「…将軍。…ご武運を。」


 アリステルは、ローディックの瞳の中にこれから始まる自身との戦いがあることを感じてそう言った。

 ローディックは、その気持ちに気付いて礼を口にすることなく頷く。

 

「…やってくれ。」


 ローディックが、そう言うと御者は手綱を叩いて馬車を走らせ始めた。

 

 あれだけの部下を殺され、あれだけの窮地に自分を落とした相手であったが、ローディックは名残惜しく感じている自分に気づいていた。


 そして、揺られる馬車の中で覚悟を決めたように息を吐くと、窓の外の流れる風景に視線を向けた。

 帝国を出る時には一万の軍勢。たが、帰るときは一人だけの帰還。

 感慨深い思いで、しばらく逡巡したがゆっくりと背もたれに体を預けると静かに目を閉じた。


 ……アリステルを含めた四人に見送られながら、敵将ローディックは、一路、ダルキア帝国へと帰って行った。





 

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