第二十六話 サトラムス渓谷防衛戦 (5)
「四竜騎士殿、全員、討死!」
その知らせが本陣に届いたのは、ゼフィルスが倒れて十分も経った時だった。
ローディックは、その知らせを届けた伝令の兵士の前で息を吐いたまま言葉を失った。
「ば、バカな。四竜騎士だぞ?!あの一人で一騎当千に及ぶ者達が…。そ、それで、ヤツらは?!」
「敵二人は、依然として周囲の部隊を各個に殲滅しながら、一直線にこの本陣へと向かっています!」
「なんだと?!一体、どれだけの兵がいると思っているのだ?!少なくとも、七千以上は控えているのだぞ?!」
唾を飛ばしてローディックは狼狽しながら、兵士にに当たり散らすように怒鳴った。
兵士は、口惜しそうな表情に前線の惨劇に怯えたような色を見せる。
「…報告では、前線の兵士や騎士達は戦意を失い、半ば逃げる様に後方へと向かっているとのことです。」
ローディックは、その言葉にセレバス戦で生き残った兵士達の話を思い出した。
そして、前線にどのような地獄が顕現しているのかを想像して身震いする。
「とにかく、相手はたったの二人なのだ!!人海戦術で力で押し潰せ!!」
「ハッ!」
兵士は、その言葉を受け取ると、また前線に戻るために天幕を足早に出て行った。
ローディックは、目の焦点が合わないまま呟いた。
「どうして…どうしてこうなったのだ?」
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四竜騎士が葬られた後の戦闘は、すでに戦の形をなしていなかった。
二人と四竜騎士の戦いを目の当たりにしていた者達は、心を折られて迫る二体のラグナロクに背を向け、必死に後方へと逃げていた。
それは、兵士達や獣人達はもちろん平時なら騎士道を語り勇猛さを誇示する騎士や魔装騎士らも変わりはなかった。
「うわあああ!!」
「助けてくれ!!助けて…」
口々に悲鳴を、呪詛を叫びながら戦場に立っていた者達は命を奪われていく。
叶わぬまでも刃を向ける者達は、次々と金砕棒とヘビーナイフの餌食になり、逃げ惑う者達はレールマシンガンによってバラバラにされていく。
「どうした!四竜騎士よりも強いヤツはいねえのか?!俺は、満足してねえぞ!!」
耕助は、仁に強い二人を取られた八つ当たりをするように、金砕棒を振りまくり兵士や騎士、獣人達の頭をトマトのように叩き潰していく。
「みっともないな。いい歳して八つ当たりは見てるこっちが恥ずかしいぞ。」
仁は仁で、魔装騎士の攻撃を簡単に掻い潜りながら的確にコクピットを金砕棒で貫いていた。
「サラ。そろそろ本陣の位置を確認できないか?」
『渓谷の出口に布陣したと仮定すると、残りニキロと推定。そこまでの残存兵力は約千五百と推測されます。』
「まだ、そんなにいるのか?さすが、一万だな。」
『NO。大半の敵勢力は戦線を離脱して、実際の撃破数は五千ほどになります。』
「すると、三千ほどは逃げ出したということか?」
『離脱の理由は不明です。敵の再攻撃の可能性はゼロではありません。』
「そうか。それは楽しみだ。」
仁は、そう言いながら馬上で長槍を突きかけてきた騎士の頭を金砕棒で粉砕する。
本当は、突いただけなのだが、その威力のために頭部が爆発したように見えた。
耕助は、手応えのない敵の姿にウンザリするとラグに話しかける。
「ラグ、敵の本陣の位置はどこだ?」
『ニキロ先のこの位置です。』
ラグがそう返事をすると、モニターに赤い三角形が灯り本陣の天幕が薄っすらと見える。
「それじゃ、一つ驚かせようか!…ラグ!荷電粒子砲はイケるか?」
『YES。砲身の冷却と次弾のチャージは終了しています。すぐにでもどうぞ。』
耕助は、ラグの返事に満足気な笑みを見せてトリガーに当たるスイッチに指をかけた。
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一方、帝国軍の本陣に当たる天幕には続々と後退する前線の報告が飛び込んできていた。
「前線の中隊はすべて全滅!生き残った者達もこちらへ殺到しています!」
「報告します!前線に張っていた魔法障壁も刃が立ちません!敵の攻撃に尽く破壊され依然、こちらへ向かってきています!!」
矢継ぎ早に入って来る知らせに、ローディックは浮足立つ。
堪らず、望遠鏡を片手に天幕を出て僅かに土煙の上がる方向を覗いた。
そこには、異世界の魔装騎士二体が、縦横無尽に暴れ回っている姿が映る。
上がっていたのは土煙だけでなく、バラバラにされる兵士や騎士達の血煙も混ざっていた。
「あれが、異世界人…まるで、化物ではないか…」
ローディックの目には、二人の姿が、恰も人里に降りてきた二匹の狼が人々を食い荒らしているように見えた。
その瞬間、キラッと前方が光ったと思うと本陣の隣の天幕がドォォン!!という爆音と共に、巨大な爆発を起こした。
ローディックは、あまりのことにその場に蹲って耳を塞ぐ。
「何事だ?!」
「敵による光の矢の攻撃です!二発目があるかもしれません!至急、この場から退避を!」
周りで慌てて走り回る側付の騎士達の一人が、ローディックの横に片膝をついて報告する。
「そんな…こちらは一万だぞ?!四竜騎士を伴っていた一万の軍勢がなぜ、たった二人の異世界人に退かなければならんのだ?!」
ローディックは、意味のない言葉を叫ぶ。
…この戦にローディックが指揮官として拝命したのは、すでに勝利が決まっていたからだった。
普段、将軍職にありながらも内政の調整役的なポジションだったローディックは、当然、戦場に出たことがない。
しかし、一万の軍勢に加え四竜騎士が参戦すると聞き、ローディックの勝利は盤石になった。
そして、異世界から来たという二人の傭兵を倒すだけでセレスティア王国を手中に出来る戦のはずだったのだ。
それが今、たった二人のために、全てを手に入れていた筈が数千の兵士や騎士を失い、四竜騎士を失い、全てを失おうとしているのだ。
「こ、ここで引くわけにはいかん!!このままでは帝国中の笑いものになるぞ!!」
ローディックは、周囲の者達に怒鳴りつけると同時に自分を鼓舞した。
しかし、側付の副官を始め取り巻いていた部下たちは諦めの表情を浮かべる。
「こ、こんなことで…こんなことで!!」
ローディックは、天幕に戻ると自分の剣を手にして外に出ようとした。
だが、その瞬間、本陣の天幕だけが吹き飛ばされて中が丸出しになり、中にあったテーブルや椅子だけがその周囲に散らばった。
「な、な、なんだ?」
ローディックは、恐怖に目を見張った。
そこには、肩に金砕棒を担いだ耕助のラグナロクが立っている。
耕助は、荷電粒子砲が作った射線上を一気に駆け抜け、本陣に到達したのである。
「一番乗りだぜっ!!」
満面な笑みを見せて、恐怖で顔を引き攣らせている帝国軍の面々を一望した。
「さあて!立ち尽くすのは勝手だが、俺の質問に答えてもらうぜ!」
ラグナロクのスピーカーから機嫌の良い耕助の声が聞こえてくる。
「この中で一番偉いヤツか、強いヤツは誰だ?!」
耕助の周りには、まだ二百人ほどの騎士や兵士達がいる。しかし、あまりに突然として現れたその姿に唖然と立ち尽くしていた。
「聞いてんのか?!」
まるで、聞き分けのない部下を怒鳴りつけるパワハラ上司のように叫びながら近くの騎士と兵士の頭を金砕棒で吹き飛ばした。
そこで、ようやく相手は動き出し、ローディックの周りを供回りの部下たちや魔装騎士が守るように取り囲む。
「は、早く、…早く、この者を殺せ!!」
ローディックは、自分を守る騎士の背中を越しに命令した。すると、三体の魔装騎士が取り囲みながら一勢に耕助に向かって魔法を放った。
「よぉし!まだやる気はあるみたいだな!」
耕助は、瞬時にファイヤーボール三発を避けて肉迫すると二体を金砕棒で薙ぎ倒し一体を蹴り飛ばした。
「将軍!今のうちです!」
ローディックを取り囲んでいた騎士達が、更に後方へと促す。
しかし、そこへ仁のラグナロクが眼前に現れ立ち塞がった。
「…その様子だと、あんたが指揮官のようだな?」
仁は、そう言いながらレールマシンガンの銃口をローディックの顔面の目の前に突きつけた。
供回りの兵士も、側近の副官も、護衛に付いていた騎士も、まったく身動きが出来なくなる。
仁は、キャノピーを開けてゴーグルを外すとその場にいた者達を見回した。
「どうだ?あんたがこの軍の指揮官で間違いないないのか?」
「クッ…。」
ローディックは、顔を背けた。
「どうなんだ?そうでないなら、とりあえず全員、死んでもらう事になるぜ?」
その仁の言葉に、耕助は金砕棒をゴン!!と大きな音を立てて突き立てる。
「かまうことはねえ!全員殺せば、その中に指揮官もいるだろ?!」
「ま、待ってくれ!そ、そうだ!この者がこの軍の指揮官だ!!」
取り巻いていた、部下達の一人がローディックを指差す。
「き、貴様!なにを言い出す…」
その様子に、仁はその顔に優しげな笑みを浮かべながら口を開く。
「もう一度聞くぜ?本当にこの男が、この軍勢の指揮官なのか?…もし、そうなら他の連中には用がないから生かしてやる。もちろん、負けは認めてもらうがな。」
「そうだ!この男がこの軍の最高指揮官だ!」
さっきの部下が、取り乱しながら喚く。他の者達はどうするべきか分からず顔をまた見合わせた。
「…どうなんだ?それとも、あんたらは死にたいのか?」
仁は、他の者達に視線を向ける。すると、別の者が口を開いた。
「…本当に、助けてくれると約束してくれるのか?」
「ああ。ちゃんと教えてくれたらな。…約束しよう。」
そう言って肩を竦めながらも微笑む。
それを見て、ローディックは狼狽して喚き立てた。
「貴様ら、それでも帝国軍人か!」
「うるさい!お前一人が死ねば、全員が助かるんだ!」
「そうだ!お前こそ帝国軍人の将軍ならば、その身を犠牲にして部下を守れ!」
それ以外の部下や騎士達までが、口々にローディックを責め立てた。
「…クッ!」
ローディックは、その様子を見て自分の非力さを思い知った。
…そして、この戦いが完全に敗北した事を知る。
「…分かった。それじゃ、あんたらはコイツを置いて逃げると良い。生き残った連中をまとめて帝国に帰るんだ。」
「い、いいのか?」
部下達は、靡くような卑屈な表情で聞き返す。
「ああ。約束だからな。」
仁がそう言うと、ローディックを突き飛ばし全員が後ずさりを始めた。
「き、貴様ら…絶対に許さんぞ!!忘れんからな!」
ローディックは後ろに振り返り、生き残れた喜びに卑下た笑みを浮かべる部下達を呪った。
だが、その瞬間にその呪いは達せられる。
突然、耕助のレールマシンガンが火を吹いて逃げ出そうとしていた部下達をバラバラに砕いたのだ。
「おい!なんで撃つんだ?逃がしてやるって約束したってのに…。」
仁は、ため息を吐きながら言った。すると、耕助は満足気な表情で言い返す。
「俺は約束してねえ。…これでおあいこだろ?…それに、将軍様もこれで満足したよな?」
耕助は、そう言ってキャノピーを開けると遠巻きにこの状況を見ていた残りの騎士や兵士達に向かって叫んだ。
「これで、この戦いは終わりだ!!帰りたいヤツはさっさと荷物をまとめて帰りやがれ!!それでも、納得が出来ないなら、今度こそ皆殺しにしてやる!!」
それを聞いた者達は、どうすればいいのか分からず戸惑う様にザワついた。
耕助は、もう一度念を押す。
「どうするんだ?!やるのかやらねえのか?!」
その叫び声に一部の兵士達が、脱兎の如く走り始めた。
すると、まるでそれに続くように次々と他の者達も西に向かって走り始める。
それは、更に広がりを見せ、千人近い生き残った者達が走り出していた。
「…なんということだ…。」
その光景に、ローディックはガックリと膝をついて呆然とする。
そして、その姿を笑みを浮かべながら眺めている仁に問いかけた。
「…私を殺さんのか?」
「ん?ああ。こっちの都合で悪いが、あんたには王国まで付き合って貰いたいんだよ。」
「そうそう!この戦いの証人になって欲しいんだ。だから、あんたは絶対に殺さない。」
耕助は、屈託のない笑顔で答える。
それは、先程まで数千人を殺し尽くした人とは思えないほど無邪気な笑顔だった。
一頻り経って、その場が累々と続く転がる死体の山と三人だけになると仁は口を開いた。
「それじゃ、悪いが渓谷の向こうまで歩いてもらえるか?別に逃げてもいいぜ?殺すだけだから。」
ローディックはその二人の様子にようやく悟った。
違う。違い過ぎるのだ。
もう、ローディックにとって生も死も意味をなさないものになっていた。
徐に、二人の方に顔を向けると言葉を選ぶことなく聞いた。
「…お前達は、一体、何者なのだ?」
その言葉に、二人は顔を見合わせると笑い合った。
そして、耕助が答える。
「それは、あんたらも言ってたじゃん。…只の異世界人だろ?」
その言葉にローディックは改めて、二人が異世界の住人であることを理解した。
……こうして、後に『サトラムス峡谷の悪夢』と呼ばれ、帝国史に残る戦いは幕を閉じたのだった。




