第二十二話 サトラムス渓谷防衛戦 (1)
渓谷の入口から一キロばかり離れた場所に、グランディア侯爵軍七千は布陣した。
その本陣に当たる天幕で、グレイブは黒狼騎士団の副団長を含めた数名と陣営の展開を協議していた。
「先陣に、あの二人を加えることとする。」
グレイブが、開始早々に宣言した。
「先陣…でありますか?…団長。先陣はどの騎士にとっても戦の誉れ。本当にヤツらを先に行かせるのですか?」
憤慨した様子で副団長が質問する。
「そうだ。確かに貴様の言うことは最もだ。この戦いは我が王国の今後を大きく左右されるものとなる。その戦の先陣は、騎士として何においても代えがたい。」
「それでは…」
「だが、これはグランディア侯爵様のご命令でもある。」
グレイブは、そう言って断じると俄に不穏な笑顔を見せた。副団長も、そして周りの騎士達もそれに気づくとグレイブの側に寄った。
「…なにか、策がおありなのですね?」
グレイブは、その言葉に居並ぶ騎士達を見渡すと勿体ぶる様に言った。
「帝国はこの戦に四竜騎士を呼んでいる。」
「なんと!それぞれが一騎当千の力を持つというあの騎士達をですか?!…我々はそれらと戦わなくてはならないのですか?」
そこにいた者達は、グレイブが笑みを浮かべる意味を理解出来ずに狼狽する。
グレイブは、言葉を続けた。
「いや、戦わない。帝国軍が戦うのは、あの二人だけだ。四竜騎士なのか他の者なのかはわからんが、あの二人を倒した後、我々は帝国に降り、そのまま帝国軍と共に王国へ攻め込む。」
「…謀反ですか?」
副団長は、すでにその気配を感じていたのか、それ以上慌てることなく顎を引く。
「王国はもう終わりだ。…侯爵様のお考えはこの戦をきっかけに反旗を翻すおつもりだ。そのために帝国と繋がり、四竜騎士までを引っ張り出した。」
「それでは、この戦を名乗り出たことも…。」
「そのための一部である。今頃は、こちらの動きに合わせて侯爵領内で王都への出撃の準備を成されているはずだ。」
「…なるほど、理解出来ました。我々は王家ではなく、侯爵様に忠誠を誓う者です。…王城に侯爵様の旗を掲げてご覧に入れましょう。」
天幕の中は、グレイブから発した謀反の企みの色一色に染まる。
そして、グレイブはその後に用意した作戦を語り始めた。
一時後。
時刻が夕暮れ時になった頃に協議は終わりを告げると、グレイブは天幕の外で警護する騎士に、二人に本陣へ来るように伝えることを命令した。
しばらくして、二人が天幕に入って来る。
それを、グレイブと他の部下たちは鷹揚な態度で迎えた。
「ようこそ、異世界人。」
「…。」
二人は、その様子に返事もせずに憮然と腕を組んでグレイブを見据える。
「さすが、傭兵とは上官に対する礼儀も弁えぬのだな。軍令もあることだ。それなりの態度というものがあるだろう?」
二人よりも頭一つ身長の高いグレイブは、見下すように睨んだ。周りの者達からは失笑が聞こえる。
すると、耕助が惚けたように口を開いた。
「仁。なんか聞こえないか?」
「そうだな。ロナルディアの六恵とやらも動物の声は訳してくれないみたいだな?」
「なんだと?!」
グレイブは、耕助の襟首を掴んで絞め上げた。
だが、耕助はニヤリと笑って人差し指を立てて、グレイブの股間を指す。
「?!」
グレイブは、慌てて襟首を離すと股間のボタンを確認した。しかし、何の異常もない。
それを見た二人は、グレイブの慌てように声を上げて笑う。
「ワハハハ!なかなか良い反応だな?」
「クククク…笑わないつもりでいたが…これはちょっと無理だな。」
「き、貴様ぁ!」
グレイブは、その様子に激昂して再び耕助に掴みかかる。しかし、横の仁が知らぬ顔をしながらその足を引っ掛けた。
グレイブは、派手な音を立ててひっくり返る。
耕助はすかさずグロック18カスタムを抜いて、グレイブの襟首を掴むと眉間に銃口を突きつけた。
周りの部下達はなにも出来ない。
「あんまり、笑わすなよ。出撃する前に笑い死んじゃうだろ?」
「こ、こんな事をして只ですむと思っているのか?」
目を血走らせながらグレイブは呻く。
「じゃ、あんたはここで死ぬのか?俺は別に構わんぜ?…騎士として、出陣前にさぞかし無念だろう?」
耕助はそう言って、今度は銃口を口に突っ込んだ。
そして、凶悪な笑みを浮かべる。
グレイブは、その目が本気であることを感じると目を丸くして両手を小さく上げた。
「…いい子だ。あんたがどんなに偉いか知らんが、ちゃんと話そうぜ?」
耕助は、そう言ってグロック18をホルスターに納める。
解放されたグレイブは、襟元を直しながら二人に向き直った。
「この事は、侯爵様にも報告するからな。…だが、そんなことのためにお前らを呼んだ訳では無い。」
「だから、何の用なんだ?とっとと飯を食って寝ちまいたいんだよ、俺は。」
耕助は、ぶっきらぼうに言って再びグロックに手をかける。
グレイブは、それに慌てると話始めた。
「貴様らには、明日の出陣の際、先陣を務めてもらう。これは、侯爵様の言葉でもある。」
「先陣?…いいのかい?先陣は騎士にとって大事
なもんなんだろ?」
仁はそう言って周りの者達の顔色を窺う。
「私には侯爵様のお考えはわからん。しかし、そのお言葉は絶対だ。…貴様らがどれほどのものか、俺は知らんが二千の敵を屠ったという貴様らの姿を見てこいとも言われている。…侯爵様のために、その力を存分に振るうがいい。」
そう言われると、二人はなんとなく坐りが悪くなる。ましてや、侯爵は謀反を企む真っ最中である。
それが先陣を言ってくるなど、罠でしかない。
だが、二人はそこに乗ることにした。
「いいぜ?先陣、確かに行かせて貰うぜ。勝手に飛び出して抜け駆けとか言われるのも癪に触るしな。」
「そうだな。どうせ前に出るつもりではいたんだ。好きにやらせてもらうぜ。」
そう言った二人の雰囲気が異様なものに変わる。
グレイブとその部下達は、思わず空気のために背中に冷たいものが伝うのを感じる。
「それじゃ、話も終わりだな。さっさと引き上げさせてもらうぜ。…出陣はどのくらいだ?」
「…夜明けとともに渓谷に潜る。せいぜい、死なぬ様に準備をしておけ。」
グレイブは、額に汗を浮かべながら、やっとそれだけを言うことが出来た。
二人は、なにも答えることなく天幕を出るとそのまま軍勢の中に消えた。
「…団長。本当にヤツらは終わるのでしょうか?」
副団長が部下達を代表するように、疑念の言葉を口にした。
二人が醸し出していた雰囲気に、彼らは二人が死ぬ姿を想像出来なくなっていたのだ。
「そ、そのための四竜騎士だ。その後には一万もの軍勢が控えているのだ。どんな間違いが起こっても、あの二人はもうおしまいだ。」
グレイブは、そう自分にも言い聞かせるように言ってみたが、他の部下達同様の思いに駆られ疑念を抱かずにはいられなかった。
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その頃、渓谷を挟んで布陣した帝国軍の本陣の天幕では、この軍の指揮官を務めるローディック=セルム=ルドウィック将軍がここまで足を運んだ四竜騎士を迎えていた。
「これは、ギース殿、遠路遥々忝ない。」
ローディックは、出来るだけ柔らかな姿勢で四人を迎え入れ、ガイウスに手を差し伸べた。
ガイウスは、この戦いが元々どのような展開を見せるのか知っているだけに、この茶番のようなやり取りに辟易としていたが、それを表情に出すことはしなかった。
「出迎え、痛み入ります。ルドウィック将軍。」
「この戦は、重要ではあるがそれほど大きな戦にはならない。それでも、そこに貴殿らが来てくれたのは本当に心強い。ルヴェル将軍に感謝ですな。」
そう言いながら、天幕の中心にあるテーブルに広げた地図へと案内する。
「今、ちょうど陣形を再確認していたところです。そして、四竜騎士殿にはどこの陣に入って頂けるのかを伺いたいと思っていたところでした。」
たしかに、地図を見ると先陣の部隊を表す白い丸石だけが置かれ、それ以外はまだ置かれていなかった。
「報告によれば、敵の先陣には例の異世界人も含まれているとのことです。ですので、こちらの先陣には半数の五千を投入しようかと思っています。」
「なるほど、良い手ですね。しかし、そこまで戦力は割かなくてもよろしいでしょう。…せいぜい二千もあれば十分かと。」
ガイウスはそう言って五個置かれていた丸石のうち三個を後ろに下げる。
「それは、どういうことで?」
「異世界人が噂通り、二千を屠るものであればここを突破するのは間違いありません。しかし、そのすぐ後に、我々が控えます。…噂通りでなければ二人はここまでで終わりましょう。仮に破ったとしても、我らが必ず討ち果たします。」
それを聞いてローディックは目を見開く。
「なんと頼もしいお言葉!では、そのようにさせて頂きましょう。」
ローディックは、そう言ってガイウスから三つの石を受け取ると後方の本陣周りに置いた。そして、先陣の後ろに、赤、青、茶色、緑の四色の石を横一列に並べる。
そして、再びガイウスに向き直ると握手を求めた。
ガイウスは、それに笑みを持って答えると居並ぶ他の三人を見据える。
三人は、黙ったまま頷いて返した。
「それでは、出陣は明日の明け方。敵も同刻にしてまいりますので、よろしくお願いいたす。」
ローディックのその言葉を最後に四人は天幕を出た。
ゼフィルスは、出るとすぐにガイウスに声をかけた。
「相手の出陣時刻といい、先陣に異世界人がいることを知っていることといい、将軍はなぜそこまで把握しているのですか?」
「簡単な話だ。敵のグランディア卿から情報を得ているからだ。」
「え?どういう意味ですか?」
ガイウスの言葉にゼフィルスは怪訝な表情を見せる。
「グランディア卿は、この戦を利用して謀反を起こすつもりなのだ。だから、邪魔なのはあの二人と王城に控える第四王女が率いる紅焔騎士団だけということになる。」
「では…」
横にいたジェリルが的を得たような顔をする。
「ここを突破した後は、黒狼騎士団と合流して一気にセレスティアの王城になだれ込む算段だ。」
ガイウスの言葉に、ゼフィルスはピンとくる。
「ということは、ここの後に、カレン=ヴィジャットと戦えるということですか?!」
そう言って顔を明るくした。
「そういうことだ。…だが、先を譲るつもりはないぞ?」
ガイウスは、片目を瞑って笑みを浮かべる。
それに、ゼフィルスは不満顔になって懇願した。
「そんなぁ。ギース様が先はずるいですよぉ…。」
四人、ゼフィルスの声を聞いて笑いながら自分たちの天幕へと戻って行った。




