第二十話 謁見
王城に着くと、一行を待ち受けていたのは盛大な出迎えであった。
正面の大きな入口から入ると、高らかにトランペットに似た楽器が、入ってすぐの小ホールにファンファーレを鳴り響かせ一行の到着を知らせる。
小ホールとは言っても、セレバス城のメインホールよりも大きい。
そこには、多くのメイドや執事、その奥には騎士が、通路を左右に別れ整列をして、しっかり斜め四十五度でお辞儀をしている。
その中を通ると、小ホールの奥にはエントランスがあり、ここでも騎士達が左右に二重にも重なってお辞儀をして迎えていた。
そして、白を基調とした巨大な金縁の大扉の前で一旦止まる。
大扉は、豪華な装飾が施され高さは七メートルは下らない程のサイズがあった。
耕助は、呆気に取られてすっかり田舎者のように周りをキョロキョロと見回していたが、仁は落ち着いた様子で成り行きの一部始終を見ていた。
大扉の前で止まると、アリステルが他の四人に振り向いて説明する。
「ここから先が謁見の間だ。貴族達が序列事に並んでいる。そして、一番奥の玉座が国王陛下だ。くれぐれも失礼のないように頼むぞ?…耕助?」
「分かったよ!なんで、俺だけ…。」
耕助は、小声でブツブツと言っていたが、正直、そうだろうなぁとは思っていた。
そして、いよいよ大扉が護衛の騎士によって左右に開かれる。
そこは、ここまで通ってきた小ホールやエントランスとは違うことが一目で分かるほど違っていた。
広さは最初の小ホールよりも少し広めだったが、中の様子は別物だった。
見事なまでの彫刻品や、調度品が通路や窓際に並べられ、その出来栄えも素人が見ても格の違いが分かるほどであった。
「贅の限りを尽くすってのは、こういうことを言うんだな。」
耕助は、思わず呟く。
「静かに。」
左斜め前のカレンが嗜めるように言った。
「スマン。」
耕助は、詫びながら前を見据えて歩を進めていく。
耕助と仁は、黙って歩きながらも、両脇に並ぶ貴族達が一行の様子を眺めて値踏みしているのを感じた。
(やれやれ。これだから偉いヤツってのは…)
五十人はいる貴族達の間を歩いて辟易とした頃、先頭のアリステルは自らの父でもあるフィオナール国王の手前十メートルのところで止まると片膝をついた。
フィオナールは、肩まで伸びた長い白髪を後ろに流しその上に王冠を乗せている。
その顔は、長い施政の苦労から窶れているように見えた。
そして、アリステルは口上を始める。
「王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。」
フィオナールは黙ったまま顎を引く。
それを見て、アリステルは続けた。
「紅焔騎士団一同、只今、城塞都市セレバスより帰還致しました。セレバス先の荒野での戦いでは、敵軍二千を殲滅した事に対し我軍の損害は皆無。まさしく、大勝利でございます!」
「「「おおお〜。」」」
謁見の間、全体に貴族達のどよめきが響き渡る。
「一人の犠牲者も出さずにか?」
フィオナールの隣にいる宰相が、全体に聞こえるような声で質問した。
アリステルは、顔を上げることなく気迫の籠もった返事をする。
「ハッ!ここにおります、賢者殿の召喚にて現れた二人の傭兵の力にて、二千にも及ぶ敵兵はわずかな時間で殲滅された由にございます!」
「「「おおお〜…たった二人でとは…」」」
貴族達の驚く声が、再び謁見の間に広がって行く。
「その証になるものはあるのか?二千の相手を二人だけでとは、とても信じがたい…もし、本当であれば、王国には大いなる力を手に入れたことになる。」
「証になるようなものはございませぬ。ただ、我が紅焔騎士団百名が戦いの全てを見ております。お疑いであれば、ぜひ聴取などをなされればと思います。…自慢ではございませんが、我が騎士団には嘘をつけるような器量持ちもおりませんので。」
そう言うと、あちこちから失笑が聞こえてくる。
アリステルは、その言葉で貴族達を皮肉ったのだ。
すると、フィオナールの玉座から下がった右の位置から、一人の貴族が進み出る。
ここにいる大半の貴族よりも大きな体躯を持ち、手足も長く、その顔はどこか爬虫類のような印象を持たせる。
その者こそ、現在の王国を仕切るヴォルザック=ド=グランディア侯爵であった。
「恐れながら皆様に申し上げます。紅焔騎士団と言えば、全ての騎士が騎士団団長の忠臣。団長の一言で白い物も黒と言う者達であると伺っております。そのような者達から聴取しても何の意味もなさないのではありませんか?」
ヴォルザックの言葉に貴族達はどうすれば自分の利益になるのかを考え迷う。
すると、その後ろから神経質そうな顔の貴族が追随する。
「グランディア卿の仰る通り。そのような戦果を僅か二人で上げたなどとても信じられません。」
アリステルは、見覚えのあるその顔にため息を吐いた。それは、シャルガンの腹心だったイヴァノビッチだったのである。
「では、戦場となった荒野をお調べになればよろしいでしょう。あの場には二人が戦った痕跡が残っているはずです。それにイヴァノビッチ子爵もあの場にて二人の戦いぶりをご覧になったのでは?」
アリステルは苦も無く言葉を返した。
「私は、殿下にセレバスへ引き返すように言われ、そのまま帰参いたしましたので件の戦いは目にしておりません。」
イヴァノビッチは、堂々と王女であるアリステルに嘘をついた。それだけ、侯爵家の力は王国内に浸透しているのである。
しかし、アリステルはそれも予想の範囲内として心を泡立てることもなかった。
そして、改めてヴォルザックに向き直ると胸を張って問い返す。
「グランディア卿。私も王の前で偽りを申す訳にはいきません。一体、どうすれば二人をお認めになるというのですか?」
すると、ヴォルザックはその言葉を待ち受けたように口を開いた。
「帝国と我が王国の境にあるレヴェール山脈の渓谷に、帝国軍一万の進軍が確認された。私は、そこに我がグランディア軍自慢の『黒狼騎士団』を派遣するつもりでいる。そこに、その二人も同行させては如何かな?…さすれば、帝国軍も撃ち破りその二人が本物ということであれば真偽も分かるのではないか?」
ヴォルザックは、自分の勝手な考えを当たり前の様に語り、決まった事の様に言った。
それに対して、反対する者や意見をする者は、もちろんいない。それは、玉座に佇むフィオナールも例外ではなかった。
アリステルは、唇を噛んで沈黙する。
国王が言葉を出せない以上、自分が何かを発することはできない。
それを見ていた耕助は小声でカレンに聞く。
「なぁなぁ、謁見ってただ国王に会うだけじゃなかったのか?なんか、変な方に話が進んでるぞ?」
カレンは、話の行く末が見えない事に焦りつつも、アリステルの事を思い耕助を制する。
「耕助殿。もう少し黙っててもらえないか?」
「分かったよ…。」
ヴォルザックは、アリステルを見据えると一人の騎士の名を呼んだ。
「騎士団団長グレイブ=アッシュフォード!」
「ハッ!」
名前を呼ばれた騎士は、それまで片膝をついて控えていたがゆっくりと立ち上がるとその凛々しい姿を誇示するように胸を張った。
全身を黒で染められたフルプレートの鎧に、眼光の鋭い顔つきが騎士が強者であることを知らしめる。
「この者は我が騎士団最強の騎士でもある。二人が本物かどうか、この男が見極めよう。」
ヴォルザックはそこまで言って、その顔に余裕の笑みを浮かべた。
すると、それを見ていた耕助が呟く。
「…怖え。メッチャ強そうじゃん。」
そう言いながらも耕助の瞳は逆にギラギラと獲物を狙うような色に変わって行く。
そして、いきなり立ち上がってヴォルザックの前に来ると、片膝をついて頭を下げた。
「?!」
周囲の者は突然の行動に言葉を失ったまま耕助の姿に目を奪われる。
耕助は、顔を伏せたままヴォルザックに話を始めた。
「侯爵様のお話はごもっともにございます。私たちのような下賤な傭兵に、名誉挽回の機会を与えて下さること、そのお心遣いに深く感謝いたします!」
「ほほう。それは殊勝な心構えなことだ…」
ヴォルザックは、その耕助の姿を見下ろして満足気な笑みを零す。
すると耕助は、なんの前触れもなく素早くスッと立ち上がる。
その瞬間、何かを見つけた仁が頭を抱えた。
「アイツ…」
その様子にカレンが心配そうに声をかけた。
「仁殿?どうかしたのか?」
「…見ていれば分かる。」
仁は、苦笑しながら耕助の行動を見つめた。
「それでは、侯爵様。一つ大切な事に気付きましたのでお話ししてもよろしいでしょうか?」
「フン。本来なら貴様のような者の話など聞くこともないが…いいだろう。先程の態度に免じて許してやろう。」
「ありごとうございます。…それでは…」
耕助は、そこまで言うとヴォルザックの股間を指差して言った。
「侯爵様。股間のボタンが外れております。」
耕助が、指さした所にはボタンが外れ見事にパックリと菱形に開いた社会の窓からシャツの裾までが外に飛び出していた。
「な、なんだと?!」
ヴォルザックは、これ以上ないほどに慌てて股間に手を伸ばし、シャツを中に入れてボタンを閉める。
「き、き、貴様ぁ!この侯爵である私を愚弄するのか?!」
「とんでもございません!あのままにしておけば、更に侯爵様が恥をかかれると思いお伝えしたまでです。」
当然、ウソである。
ヴォルザックの目の前に立ち上がる瞬間に、耕助は目にも止まらぬ早さでボタンを外しご丁寧にもシャツの裾まで出したのだ。
思わずその姿にエレノアは、前の世界でもスコットがこれをやられて笑い者にされていたのを思い出して吹き出してしまう。
「お館様!ここは王の御前です!どうか、お心を鎮めて下さい!」
後ろに控えていたグレイブが、ヴォルザックを支えるように両肩を抱いて押さえようとする。
ヴォルザックは、怒り心頭という表情で楽しげに笑う耕助を睨みつけた。
「貴様、このまま只ですむと思うな?!覚えておけ!!」
「かしこまりました!此度の事は絶対に忘れません!」
「!!!!」
居た堪れなくなったヴォルザックは、グレイブの両手を振りほどくと、御前であるにもかかわらずフィオナールに挨拶もせずに踵を返した。
そして、一言も語ることなく出口へと足を運ぶ。
それに、おそらくは侯爵派の貴族達もバラバラとその後について謁見の間を出ていった。
しばらく、謁見の間はそれまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
すると、誰かの突然の高笑いに静寂が破られた。
誰もが、その高笑いの主に視線を向ける。
そこには、玉座に座り、今まで一つの言葉も発していなかったフィオナールの姿があった。
「ワハハハ…!!!あの侯爵もあのような顔をするのか!!そうかそうか!!ワハハハ…!」
その笑い声に今度はアリステルがつられる。
アリステルは、嬉しかった。
侯爵が台頭してから数年。父がここまで楽しげに笑った姿を見たことがなかったのだ。
「アハハハ…!!父上、そこまで笑っては…!…まったく、耕助!お前ってヤツは…!」
「だって、なんかあのおっさん、ムカついたんだもん。」
その声に、王族派の貴族達もそれぞれに笑い声を上げ始めた。
「見たか?あの侯爵の惨めな姿を…」
「まったく、末代までの語り草だぞ…」
すると、カレンは仁の方に心配そうな顔をして振り返った。
「まさか、仁殿もあのようなイタズラをされるのですか?!」
「冗談だろ?アレは耕助のオリジナルだ。」
「…良かった。」
「おい、カレン!それはどういう意味だよ?!」
耕助はそう言いながらも笑みを見せたままだった。
その様子に、一頻り笑い終えたフィオナールは、ため息を一つ吐いて語りかけた。
「アリー。お互い、久しぶりに笑ったな。」
「はい。父上…いえ、陛下。」
アリステルは、ようやく一息ついて笑顔をしまう。
「父で良い。…それにしても、面白い者達を呼んだな?…神代…耕助殿か?」
「はい。陛下。」
耕助は、その言葉に笑顔をしまって恭しく頭を下げた。周りの者達は、その意外な所作に驚きながら見守る。フィオナールは、今度は仁の方に顔を向けて語りかけた。
「…白神 仁殿だな?」
「はい。陛下。」
仁も、胸に手を当て静かに、そしてゆっくりと頭を下げた。
「このような時に、遠いところから呼び立ててすまない。どうか、この王国をよろしく頼む。」
そう言ってフィオナールは頭を下げようとした。
それを仁が言葉で制する。
「陛下。頭を下げないでくれ。俺達は、一国の王が頭を下げるほどの者じゃない。…それに先に言っておくが俺達は傭兵だ。だから、タダ働きはしない。しっかり貰うものは貰うんでね。頭を下げられたら貰い辛くなる。」
すると、フィオナールは下げかけた頭を上げながら仁を見て片目を瞑って言った。
「だから、下げようとしたんだがな。」
仁は、呆れたようにため息を吐くと笑った。
「抜け目のないお方だ。…とりあえず、レヴェール山脈だったな?朗報を楽しみにしていてくれ。」
……そして、ようやくあまりに変わった謁見が終わったのだった。




