第十六話 シャルガン=ルイズ=ヴィルヘルム (2)
「神代殿!そこまでにしてもらおう!」
グロックの銃声を聞きつけて、ホールから飛び出してきたアリステルとカレン、エレノア、仁の四人と娘のマリーの姿がそこにあった。
「神代殿。ここからは我々に任せて貰いたい。頼む。」
アリステルは、毅然とした態度で耕助の側に寄ろうとする。
「悪いが今、商談中なんだ。とりあえず、そこに転がっている連中を引き上げてくれないか?」
そう言って、太腿を押さえて蹲っている騎士達に視線だけを向ける。
アリステルは、カレンにその事を頼むと再び耕助に声をかけた。
「この件は非常に政治的な話になる。どうか、我々に辺境伯を引き渡してくれ。」
「嫌だね。俺はこの城塞都市が気に入った。コイツを殺して貰うことにする。それにコイツは謀叛人なんだろ?あんたにとっては好都合じゃないのか?」
「な、なにを証拠に!!」
この期に及んでシャルガンは耕助の言葉を全否定する。すると、マリーが前に進み出て叫んだ。
「父上!あなたの叛意はすでに殿下もご存知です!そして、その証拠はここにあります!」
マリーは、魔法結晶の入った小箱を取り出すとその蓋を開けて見せた。そこにはエメラルドのような結晶石が入っている。
「その箱は…。」
シャルガンは、見覚えのある小箱を見て絶句する。
「父上。この結晶石には、あなたと侯爵家の者とのやり取りや、ここ数日の子爵との会話が収められています。その事はすでに殿下もご存知です。…もう、ヴィルヘルム家は終わりなのです!」
そう言って、マリーは涙ながらに訴えた。
シャルガンは、今まで見てきた娘の素行からは考えられない言葉に驚愕する。
「マリー!お、お前は私を裏切るのか?!」
「裏切っているのは父上でしょう!王国に仇なし、家族を質に入れるような画策をまで…あなたは、もう闘将と呼ばれた辺境伯ではありません!」
マリーの瞳からは止めどなく涙が流れていた。
「……。」
その涙に、シャルガンは言葉を失い項垂れる。
そこにいたすべての者が、その場の終焉を感じた。
だが、その時突然、耕助はマリーに近づくと小箱に収まっていた結晶石を取り上げると床に叩きつけた。
そして、更に上から踏みつけて粉々にする。
「神代殿?!気でも触れたのか?!」
アリステルもカレンも、そしてマリーも耕助の信じられない行動に驚きを露わにする。
しかし、耕助はシャルガンに振り向いて喚き散らした。
「謀反?!反乱?!知ったことか!!俺は、ここが気に入った!だから、今日からここは俺のものだ!誰にもなにも言わせねえ!!」
その様子に、耕助を止めて欲しいとばかりにアリステルは仁を見た。
しかし、仁は肩を竦めると諦めた様に口を開く。
「ああなったら、俺にも止められない。」
アリステルは、再び耕助に向き直る。
耕助は、シャルガンに向かって振り向くと騎士達が落とした剣を拾った。
「そういやオッサン。昔は闘将とか呼ばれてブイブイ言わせてたみたいじゃねえか。」
「…昔のことだ…。」
「知らねえよ。そんなにここが大事なら俺と戦いな。でなけりゃ、本当にもらっていくぜ?もし、あんたが勝ったらまた元通りになるんたぜ?証拠とやらも粉々になったことだしな。」
そう言って、手にしていた剣をシャルガンの近くに投げた。
シャルガンは、しばらくその剣を見つめていたが、その瞳に光が戻ってくると手を伸ばした。
「傭兵風情が…。この闘将ヴィルヘルムをなぶるか!!」
シャルガンは、剣を握り立ち上がると大きく構えた。耕助は、すかさず他の騎士の剣を取るとそれに相対する。
「やっとやる気になったか!正々堂々やり合おうぜ!!」
「黙れ!!」
シャルガンは、掛け声と共に耕助に打ち込んだ。
しかし、容易く弾かれてシャルガンの重い体はフラついてしまう。
「どうした?!そんなもんか?!」
「うるさい!!」
シャルガンは、もう一度上段から斬り掛かっていく。しかし、それでも及ばない。
(体が重い。かつて、羽根のようだった剣が思うように振ることが出来ない…。)
何度も何度も、シャルガンは耕助に斬りかかるがその剣が届くことはなかった。
…そして、剣を振るたびに思い出していた。
初めて剣を振るったのは男爵だった父に認められたい一心だった。
その後、妻を娶り子供が出来た時、家族を守るために剣を振り続けた。
そして、父から家督を継いだ時、村一つしかない小さな領地だったが、その領民達を守るために剣を振り続けた。
シャルガンは、自然と涙を零しながら何度も繰り返し耕助に斬り掛かった。
…その顔は、長年、シャルガンの奥底に眠っていた武人の顔になっていた。
「渡すものか!!奪われてなるものか!!家族も、名誉も、領民も!すべて俺が守ってみせる!!」
「そうだ!もっと全力でかかってこい!…どこの世界も根っこは弱肉強食なんだよ!弱いヤツは食われるだけなんだ!守りたいモノがあるなら、命懸けでかかってこい!」
「忠誠も騎士道も矜持も持たぬ、傭兵如きが、語るでない!!!」
ヴィルヘルムは、息を切らしながらも更に剣を振り上げようとした。
たがその時、ふと夜のガラスに写った自分の姿が目に入る。そこには、醜く太った男が髪を振り乱して汗みどろになっている姿が写っていた。
(こ、これが私なのか…?!)
シャルガンは、その姿に愕然としてようやく振るい続けていた剣を下ろした。
「…私は、一体何をしていたのだ…。」
そして、後悔の念に涙を流すと耕助に言った。
「…殺せ。私には、もうすべてを守る力はない。怠惰に生き、謀略に溺れ家族を道具としか見えなくなった私に、この地を守る資格はない…。」
「そうか。じゃ、苦しまないようにサックリ殺してやるよ。」
耕助は、そう言ってシャルガンに近づいた。
しかし、その目の前にマリーが割り込んでシャルガンの剣を奪い、耕助の前に立ち塞がる。
「神代殿!ここからはこのマリーがお相手します!叶わぬまでも父が守ろうとした物を私が守ります!」
マリーは、戦う父の姿を見て昔、闘将と呼ばれていた頃の父を思い出していた。
その頃の父を、マリーは心から尊敬し愛していた。
今、戦う父にその時の姿が重なっていた。
「よせ!マリー!お前まで殺されてしまうぞ?!」
「いいえ!父上が守りたいものは私の守りたいものです!今の父上のためなら、命も惜しくありません!」
マリーは、そう言うなり耕助に向かって斬り掛かった。すると、その剣の根元に当たる部分が耕助の肩を捉える。だが、非力なマリーにはそこから切り落とすことが出来ない。
しばらく、そのまま二人は動きを止めていたが、ゆっくりと耕助はマリーの剣を取り上げると言った。
「…まったくなんだってんだよ。…わかった。俺の負けだ。すべてを貰うことは諦めてやるよ。」
「神代殿…。」
マリーは、耕助の言葉に剣を手放すと、背後の父親に近寄り丸まったその背中に手を回した。
耕助は、それを見てシャルガンに声をかける。
「オッサン。娘に感謝するんだな。いつか、また闘将とか呼ぼれるようになったら手合わせしようぜ?」
そして、言葉もなく立ち尽くしているアリステルに近づくと肩に手をかけて言った。
「ここからは、あんたの仕事だろ?…あの姿を見てどう思ったかだけどな。」
「…まったく、無茶をする…。」
「性分なんでね。でも、なかなかカッコよかったろ?」
耕助は、そう言うと屈託のない笑顔を見せた。




