第十三話 宴 (2)
それぞれの紹介が終わり一頻りすると、一行はホールへと降りて歓談の中に加わった。
耕助は、真っ直ぐに壁際に並べられている豪華な料理の元へと向かう。
仁は、早速多くの貴族達に取り囲まれていた。その直ぐ側にはカレンが守るように付いている。
「…白神殿、貴殿らがいた異世界とはどんな所だったのですか?」
「白神殿、ぜひ一度私の領地にもお越し頂けませんか?歓迎致します!」
「…あの戦は、本当にお二人だけで戦われたのですか?なにか珍しい武器で戦われたとか…」
集まった貴族達は口々に質問をぶつけて来る。
その無遠慮なまでの様子に、カレンがそれらを制するように仁の前に出た。
「皆様方。白神殿は今日の戦でお疲れでございます。矢継ぎ早のご質問は少しお控え頂けますでしょうか?」
すると、一人の貴族がカレンを睨めつけるような目を向ける。
「お前は何者だ?私は、これでも公爵家に名を連ねる伯爵家でファブラン=エブル=コールドウェルという者だが?」
ファブランはそう言って、いかにも自分を知らないのか?という雰囲気を醸し出す。
「コールドウェル伯爵様。ご高名は伺っております。私は、紅焔騎士団副団長のカレン=ヴィジャットと申します。」
「フン。その一介の騎士如きが我々に意見をするのか?我々は白神殿に用があるのであって、貴様の言うことを聞く謂れもないのだがな。」
カレンはその不遜な態度に躊躇った。腹立たしい物言いだが相手は伯爵家。正直、名を聞いたことはなかったが、公爵家に名を連ねている事を公言出来るほどの家柄ということだ。
そのような家人に睨まれては、カレンはともかくアリステルの立場にも響く可能性もある。
すると、カレンの前に仁が静かに進み出る。
そして、その顔に爽やかな笑みを浮かべて言った。
「伯爵様。ヴィジャット副団長をお許しください。私は傭兵稼業が長く無作法者にございます。副団長は、それを知って、皆様にご不快な思いをさせまいと思ったのでしょう。そして、私にも恥をかかせまいとあのような発言に至ったのだと思います。」
そう言うと、ファブランに向かって静かに頭を下げ、同伴していた妻と二人の娘の方にも微笑んで会釈をした。
「見事な!貴殿は本当に只の傭兵なのか?!まるでその所作は高名な騎士のようではないか?!」
ファブランは、満足気にそう言うと仰々しく周りの貴族達の顔を見渡した。
すると、隣の妻が慌てたようにファブランに促す。
「あなた!早く、白神様と副団長殿にお許しの言葉を…。」
「おお、そうであった。ヴィジャット副団長と申したな?ここは白神殿の顔に免じて不問とする。以後、気をつけるように。」
「伯爵様、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。伯爵様。」
仁とカレンは同じようにファブランに恭しく頭を下げた。すると、仁はカレンの方に振り向くと顔を近づけて小声で言った。
「カレン殿。ここはもういい。大丈夫だ。」
「し、しかし…。」
その顔の近さに、カレンは体温が一、二度ほど上がる。
「心配するな。それに王女殿下の側を長い間、離れるわけにもいかないだろ?」
そう言った仁の瞳が揺らぐ。
「…気のせいならいいが、この城はなんだかキナ臭い。…それがなにか、あんた達は知っているんだろう?…ちゃんと守ってやれ。」
「……。」
カレンは、その言葉に顔を赤くしたまま俯くと、放心したような足取りでその場を離れた。
それを見送ると、仁は取り巻くファブランをはじめとした貴族達に向き直り言った。
「それでは、一つ一つお答えいたします。なんなりとお聞きください。」
一方、アリステルとエレノアも別のグループの貴族達に囲まれていた。それも、大半は女性達によるものだった。
「殿下!白神様を私にご紹介して頂くことはできませんでしょうか?」
「私もお願い致します!」
「白神様は、この後は王都に行かれるのですか?行くならばいつに…。」
アリステルは、あまりの勢いにたじろぎながらエレノアの方を見た。
エレノアの方も、アリステルと同様に数人の娘たちに迫られている。
(そう言えばあちらの世界でも、俳優やアイドルを追いかける風潮があったなぁ。…『推し活』だったかな?)
エレノアは、尻込みしながらもそんな事をボンヤリと考えていた。
すると、二人の間にマリーが割り込んで両手を広げる。そして、周りの女性達に言った。
「皆様、私はここの城主ヴィルヘルム卿の娘、マリー=リセル=ヴィルヘルムでごさいます。皆様のお気持ちはよく分かります。しかし、その振る舞いは貴族の淑女とは到底思えません。まずは、王女殿下のお言葉をお聞きになられてはいかがですか?」
そして、微笑みながらアリステルに振り向く。
「…マリー、助かる。…お前達の気持ちはよくわかった。しかし、あの者はまだ騎士の叙勲も受けていない身分でもある。そのような者にお前達のような身分ある淑女を軽々《けいけい》と近づけるわけにもいかぬ。」
アリステルは、そう言って話を区切るとそれぞれの顔を見渡して言葉を続ける。
「…そこでだ。後日、彼らが叙勲した際にまた宴を催す。その時には、必ずお前達の望む通りにしよう。それまでにしっかりと女を磨いておくがよい。」
アリステルの言葉に一同は、口を噤んで押し黙る。
マリーは、それを見て手を叩いた。
「さあ。そうと決まれば、どうぞ宴をお楽しみくたさいませ!」
マリーの言葉に女性達は口々に不満の声を漏らしながらアリステルとエレノアの側を離れて行った。
「マリー殿。助かった。」
エレノアもため息を漏らしながらマリーに礼を言った。アリステルも同じよう顔で安堵の息を吐く。
「よくやった、マリー。正直、あのように飢えた獣のような者共を会わせたら、この世界の女は皆がそうだと思われてもおかしくないからな。」
すると、マリーはアリステルの言葉にニッコリと微笑むと楽しげに言った。
「それでは、この褒美に王都では私を一番にご紹介くたさいますか?」
アリステルは、その言葉に一瞬、キョトン。としたが、口元を緩めると言葉を返した。
「いいだろう。…しかし、抜け目のない娘だな。」
そう言って、仁が取り囲まれている方を見る。
すると、その方向から仁のそばに付いていたハズのカレンが、ままならない足取りで近づいてくるのが見えた。
「カレン。どうしたのだ?白神殿は大丈夫なのか?」
アリステルの言葉に、カレンは瞳を潤ませながら更に近づくと困ったような顔をした。
その顔は、すっかり赤くなっている。
「殿下!やはり、あの男はとんでもない男です!」
「なんだ?!一体、どうしたというのだ?」
アリステルは、仁が取り囲んでいる人々と楽しげに談笑している姿を見る。
「私が心配するまでもなく、あっという間に周囲の人達を虜にしてしまい、まるでよく出来た貴族の子息のように振る舞っております。」
「そうか…。どうやらお前も虜にされたようだな?」
カレンの様子にアリステルは小さなため息を吐きながら言った。カレンは、その言葉に少し怒ったような表情を見せて抗議する。
「殿下のせいです!私が恋慕したなどと意識するような事を言ったから、ますます意識してしまったのです!」
今まで、剣一筋で自分よりも弱い男にはまったく目を向けたことのないカレンだったが、その反面、男性に対しての免疫がなく、仁の姿や言動にすっかりイチコロにされていた。
「そ、そうかそうか、それは、悪かったな。」
普段とのあまりの違いに、アリステルは戸惑いながら謝った。そして、カレンの腕をポンと叩くと宥めるように言った。
「とりあえず、カレン。ワインでも飲んで少し気持ちを落ち着けろ。私は、神代殿の所に行ってくる。」
「…はい。」
カレンの返事を聞くと、その場をエレノアとマリーに目配せをして任せると、大量の料理と格闘している耕助の元へと歩み寄った。




