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第十一話 密談

 アリステルとカレンがマリーと連れ立って奥の別室に消えた後。

 エレノアは二人に向き直ると口を開いた。


「…他に聞きたいことはないのか?」


「…そうだな。もう一つ聞いておこう。言葉のことだ。この世界の連中の言葉が俺達には日本語に聞こえるんだが、これもなにかの魔法なのか?」


「…日本語に聞こえるのか?」


「ああ。あんたの言葉も日本語に聞こえる。」


 仁の返事に、エレノアは優しい笑みを浮かべた。


「そうか。お前達はやはり日本人なんだな…仁。実はこの世界には言葉の壁がないのだ。」


「言葉の壁がない?バカな…。」


「事実だ。この世界には魔法を行使し続けるために大気中に『魔素』が蔓延している。その魔素の影響で、会話ができる知性ある者達は脳内の言語野が未発達でも、自分が育った言語に翻訳されるのだ。」


 すると、耕助が身を乗り出す。


「だから、ゼルバとも会話出来たってことなのか?」


「ゼルバ?」


 怪訝な顔をするエレノアに仁が答える。


「ここに来るまで、俺達を護衛していた獣人の騎士の事だ。」


「そうか。獣人族とも話が出来たか。…つまりそういうことだ。この世界ではこのような現象を『ロナルディアの六恵』と呼んでいて言葉の壁がないことはその一つとされている。」


「大したもんだ…。この世界じゃ通訳も商売にならないってことだな。」


 仁はそう言って肩をすくめた。

 二人が納得した様子に、エレノアはもう一度念を押す。


「…他にはないのか?」


「いや、俺はもういい。ここがどこで、どうやって来たのか、そしてあんたがどうしてここにいるのかもわかったからな。…十分だ。」


「そうか…耕助はどうだ?」


 耕助は、頭を捻って少し考えると思い出した!とばかりに手を打った。


 「さっきの戦いで相手にしたデカイ騎士はなんだ?あれは、こっちの世界のコングなのか?」


「…デカイ騎士…ああ、マジックメイルのことか。」


「マジックメイル?」


「そうだ。『魔装騎士』と呼ばれている。数年前にダルキア帝国で生まれた物だ。開発思想や動力源に操縦系などコングとはまったく違うが、同じようなモノと言って差し支えないだろう。」


 そこまでエレノアが言うと、耕助の目がまたまた輝いた。


「魔装騎士?!なにそれ、メッチャカッコいいじゃん!俺も乗りたいわ!」


「残念だが、お前達には無理だ。」


「えっ?!なぜさ?!」


 耕助は、驚いた顔で聞き返すとエレノアは肩を竦めながら答える。


「あれの動力源は魔力なんだ。…この世界は、さっきも言った『魔素』の影響でロナルディアの人口の約半数ほどが魔法を使えている。」


「半数?それは多いのか?少ないのか?」


「さあな。…それで、その魔法の行使は当然、一人一人の魔力属性と魔力量に比例して使用出来る魔法の種類や規模も変わる訳だが、魔装騎士マジックメイルは搭乗者の魔力によって稼働しているのだ。それに、まだ総数も少なくてな。王国もまだ数十体しか保有していないのが実情だ。戦場の前線に配備出来るのは、帝国ぐらいなものだ。」


「ということは…。」


 耕助の顔は見る見るうちに曇って行く。


「魔力のないお前達には、動かすことも出来ないだろうな。」


「いやいやいや、異世界人には界渡りでなにかしらのチートが貰えるもんだろ?!魔力とかスキルとか。」


「ない。そんなものはない。」


 エレノアは、情け容赦なく断じる。


「ええー?…マジか…。」


「だいたい、お前達は今がチートみたいなものだろ?今更、それ以上に欲しいものがあるのか?!」


 耕助のジト目にエレノアは若干キレ気味に答えた。


「なに言ってんだよ?!異世界だぜ?!魔法が使えるようになるのは鉄板じゃないのかよ?!」


 食い下がる耕助に、エレノアは少し考えてため息混じりに言った。


「無駄だとは思うが、今度、魔力測定をしてみようか?無駄だとは思うがな。」


「二回も言うな!…でも、頼むわ。魔力測定も異世界ならではだからな!それに、実はメッチャ魔力があって、測定機を壊したりしてな!」


「お前が言うと、異世界ツアーに参加した観光客を見てるみたいな気分になるな。」


 そう言ってエレノアは再びため息を吐いた。


「…それで?もうないか?」


 さすがにエレノアも飽きてきたのか、聞き方が雑になってくる。


 すると、耕助はしばらく上を向いたまま考えていたが、不意に指で何かを数え始めた。

 そして、不思議そうな顔をしてエレノアと向き合う。


「あんたは、この世界に少なくとも三十年はいたんだよな?」


「ああ。ちょうどそのくらいの時期に転生した。」


「…で、あっちの世界で二十数年から三十年暮らして戻ってきた。と、すると…」


 耕助の言葉に、その場の空気が不穏なものになっていく。しかし、それに耕助は気づかない。

 そして、無邪気な爆弾を落とす。


「すると、あんたってもう六十かそれ以上の年齢ということなのか?」


 そう耕助が屈託のない笑顔で言った瞬間、エレノアの右手の指先にバチバチッと小さな稲妻が起こる。


「ほほう。お前はあの時じゃなく、ここで死ぬつもりなのか?」


 こめかみに青筋が浮かべながらエレノアが凍りつくような笑顔で言った。


「あー!大丈夫!耕助くん、聞きたくなくなっちゃった!テヘッ!」


「お前さ、普段からバカなんだから変な時に賢くなるなよ。周りが迷惑するだろ?」


 仁がため息をつきながら言う。


「でも、だとしたらなんでこんなに若いのかとか気になるじゃん。」


「フフン。魔法を極めた者はな、秘術によって歳を取らんのだ。」


 エレノアは若いと言われたことに胸を張る。

 すると耕助はもう一つ爆弾を落とす。


「歳を取らないって…つまり歳は取っているってことを認めたってことか…?」


「なにぃ!!」


 エレノアの指先に帯電していた稲妻が、バチッ!と音を立てて耕助に放たれる。耕助は、咄嗟にそれを避けると稲妻は壁に当たる直前で霧散する。

 それを目で追った耕助は慌てて謝った。


「ごめん!ごめんて!わかったって!あんたにはもう二度と歳のことは聞かねえって!」


「分かればいいんだ。そもそも、女性の年齢を聞いたり数えたりするのは、この世界では死罪だぞ?」


「マジか?!」


 耕助は思わず目を丸くする。

 すると、エレノアはイタズラっぽく笑って言った。


「ウソだ。」



■△■別室■△■


「…なるほど、やはり辺境伯の裏切りは明白か?」


 目の前に片膝をつくマリーから、この最近の辺境伯の動向を聞いていたアリステルはそう言って視線を落とした。


 マリーは、自らの父が裏切り者と言われても表情一つ崩さずに口を開く。


「はい。この所、侯爵家からの使者が頻繁に訪れ王城内での動向をつぶさに報告し、今回の戦においても周辺貴族への圧力を辺境伯が、侯爵家の名代として行っていた節もございます。」


「…証拠はあるのか?」


 アリステルの隣に立つカレンが尋ねる。


「はっ。こちらに。」


 マリーは、執務室から持ち出した化粧品入れと言っていた小箱を差し出した。


「この箱の中には風魔法の魔結晶が入っています。この十日間、辺境伯の執務室に置き、あの部屋に入った者達の会話をすべて記録しております。」


「確認はしたのか?」


「はい。お渡しする前に確認した所、侯爵家の者達との会話や宰相であるイヴァノビッチ子爵との会話などが収められています。それによれば、此度の戦で辺境伯は殿下の軍が敗れたことを機に、このセレバスを帝国軍に開城する手筈になっていたようです。」


「なんと…。」


 カレンは驚きながら、沈黙するアリステルを見る。

 マリーは更に言葉を続けた。


「その後、辺境伯は帝国にくだり侯爵家の蜂起を待つ算段だったようです。そして、帝国のいずれかの貴族に私の身柄を預け、所領を安堵することを考えていたようでした。」


 そこまで言うとマリーは押し黙った。

 アリステルは、下を向いたままで表情を窺えないマリーの姿を見つめている。


「マリー。ご苦労だった。…それで、貴公はどうしたい?このままでは実の父を死地に追いやるかもしれんぞ?」


「実の父と言えど、王家に仇なすことは許されません。厳しい処罰を与えるべきと愚考します。」


「そうか。」


「はい。まだ、殿下に入団のご許可を頂いておりませんが、私の心は、紅焔騎士団の一人として王家に忠誠を誓っています。」


 マリーはそこまで言うと言葉を区切った。そして、思いを込めるように息を吸うと言葉を続ける。


「…誉れある武人として名を成し、国王陛下よりこの地を任された父はすでに死にました。この地にいるのは策を弄し私腹を肥やす、只の謀叛人に過ぎません。」


 マリーは、ゆっくりとアリステルに顔を見せる。

 その瞳にはすべてを覚悟した色が浮かんでいた。

 アリステルは、よわい十四の少女があまつさえ父を謀叛人と呼び、その断罪を求める姿に苦悩する。


 仮に、辺境伯が死罪ともなればこの少女も無事では済まされない。

 そう考えると、安易に決定を下すことができなかった。それにまだ侯爵家の真意を探る必要がある。


 アリステルは、マリーに優しい表情を向けると柔らかい声で言葉をかけた。


「マリー。…お前は十分に立派な騎士になれる素養がある。それだけに、焦って欲しくないというのが私の願いだ。今ここで安易に断罪してはお前の身を守るのも難しくなる。だから、少しだけ私に時間を貰えないだろうか?」


「そ、そんな…勿体ないお言葉を…。私はまだ剣もろくに振るえず、魔術もまだまだでございます。素養など…」


 マリーは、アリステルの言葉に頬を染める。


「そうか。マリーは今年で十四だったな?すると、魔術学院に入るのは来年か?」


「はい。そのつもりではいました。ですが、父が断罪されればそれも叶わぬものとなるでしょう…。」


「では尚更だな。この件は私に預けてもらおう。悪いようにはせぬ。…しかし…」


 そこまで言うとアリステルは相好を崩す。


「…それにしても、あの戦に勝ったことで幾ばくかの考える有余が出来たというのは、改めてあの二人に感謝せねばならぬな。」


「誠にそうでございますな。」


 隣のカレンも、腕を組みながら大きく頷いた。

 すると、マリーは俄に頬を染めてアリステルの表情を探るように聞いた。


「殿下…その…異世界のお二人なのですが…」


「ん?なんだ?」


「…片方の美しいお方は、何というお名前なのでしょうか?」


 マリーは、そう言って赤くなった頬を隠すように顔を伏せる。

 それを見たアリステルは、高らかに笑った。


「アハハハ…!そうか、マリーも大人びているとはいえお年頃だな!そうかそうか!」


「いえ!…その…他意はないのですが、どのような方かと思いまして…。」


 マリーは、小さく弁明するがアリステルは聞く耳を持たない。


「よいよい。まったくマリーといい、カレンといい、白神殿には困ったものだな?」


「殿下!そこで、なぜ私の名が出るのですか?!」

 

 カレンは、マリーと同じように顔を赤くしてアリステルを責める。


「良いではないか。せいぜい、マリーに取られぬ様に気をつけることだな?…マリー?あのお方の名は、白神 仁殿だ。宴の時にでも話すと良い。…そうか、それにしても、ここまで差をつけられるとは…神代殿が気の毒だな?」

 

 アリステルはそう言うと、満足気に顔を赤くする二人を眺めながら、今後の事が良い方向に進むことを心の奥底で願ったのだった。

 

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