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第十話 エレノア=ミラー

 城塞都市に入り、 住民たちの凱旋祝いの歓声を受けながらようやく城に辿り着いたアリステル一行は、騎士団と一般兵と別れ、やっとの思いでそれぞれに安堵の息を吐いていた。


「王女殿下様、戦勝誠におめでとうございます!辺境伯様から盛大に宴を催せとの仰せで、我らも楽しみにしております!只今、準備をしておりますので、しばらくこちらにてお寛ぎ下さい。」


 アリステルを含めた五人を案内した警護の兵士は、豪奢な造りの両開きの扉を押し開けながら言った。


 そこは、テラスから外の景色を臨める二十畳ほどの広さを持ち、中には豪華な調度品、十人は座れる長いソファが横たわった贅を尽くしたような部屋だった。


「ここまでの案内、ご苦労だった。お前も休むと良い。…それから、しばらくはこの部屋に誰も通さぬように頼みたい。」


 アリステルは、そう言ってガントレットを外すとテーブルの上に置いて、上座に当たるソファに腰を下ろした。


「かしこまりました!…それでは先に何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」


「そうだな。人数分の果実水を頼む。」


「ええ?!エールじゃないのか?!」


 長いソファの真ん中にドサッと腰を下ろした耕助が不満の声を上げる。


「耕助。私の話は酔っぱらいに聞かせる話ではないぞ?」


 エレノアもそう言って腰を下ろす。


「まあ、そう言うな。神代殿。宴が始まれば浴びるほど飲めるぞ?」


 二人に慣れてきたのか、アリステルは気安く声を掛けた。


「しかし、凱旋ということで歓迎されるのは悪くないが、結局、戦ったのはあなた達だけだったからな。…なんだか心苦しい。」


 そう言って自嘲気味に笑うアリステルに、その場にいた他の者達も笑みを浮かべた。

 そして、案内の兵士が退出したのを見ると一人掛けのカウチに座った仁から話を始めた。


「…王女殿下。先に悪いが、俺から話してもかまわないか?」


「ああ。白神殿達にはその権利がある。」


 アリステルの言葉を聞いて、仁はカレンに顔を向けて確認する。カレンは、一瞬、ドキッとしたような顔を見せたが黙ったまま頷く。


 仁は、ゆっくりとエレノアに顔を向けると言葉を選ぶように口を開いた。


「エレノア少佐。あんたには聞きたいことが山ほどあるが、なにから聞けばいいのか正直迷う。だが、なによりもまず聞きたいのは、ここは一体どこなんだ?」


「当然だな。単刀直入に言えばここは『ロナルディア』と名のついた惑星の世界だ。」


「ロナルディア?ということは、俺達は宇宙を越えて来たということなのか?」


「違う。…仁。実はここは地球であって地球ではない世界なのだ。」


 そう言ってエレノアは他の者達が話についてこれているかを確認するように全員の顔を見渡す。


「…どういうことだ?」


「…仁は、向こうの世界で私が最も力を入れて研究していたことが何か知っているだろう?」


「物理学…か?」


「そうだ。その物理学で究極に至る研究テーマの一つは何だと思う?」


 エレノアはなるべく難しくならないように区切りながら話をする。とはいえ、すでに耕助とカレンはキャパを越えたように辟易とした表情を見せていた。


「さあな。」


「…それは『時間』だ。私は、元々ロナルディアにいた時から『時間』の研究に没頭していた。こちらで物理や科学はほぼ禁忌に近い学問だったからな、相当苦労したもんだ。…その研究過程で、私は世界の構造について一つの発見をしたのだ。」


「発見?」


「ああ。実は世界はまるで百科事典のように、次元はそのままに縦の流れで積層されているということだ。」


「積層、つまりパラレルワールドみたいなものか?」


「近い…とだけ言っておこう。積層が縦に対して時間は横だ。しかし、その流れに干渉するのは現時点では無理だと結論している。」


 エレノアがそこまで言った時、メイドが恭しく果実水を届けてきたので話を一旦区切る。

 そして、静かに出て行くのを見送って続けた。


「…通常、魂は肉体を失った後、横の流れに乗り『意思』の中央に回帰して輪廻する。その時に、縦の奔流に流され積層するそれぞれの世界で生を受けると仮定した。」


「…賢者殿、それを証明するのはまさしく神をも恐れぬ行為だぞ?」


 アリステルは、探るような視線を送る。


「はい。仰る通り禁忌に近いことです。故に、私は私自身でそれを証明することにしました。」


 エレノアはそこまで言って、目の前の果実水が入ったグラスに口をつける。


「…どうやったのだ?」


 その動作を眺めながらアリステルは続きを促すように聞いた。


「はい。半魂の秘術を用いて転移魔法を応用し、一方の魂をようやく通れるだけの回廊を作って、己の意識を繋いだまま縦の流れに乗せたのです。そして、二人の世界で生を受けました。」


「…転生。」


 アリステルは、自らの知識を総動員して、ようやく一言呟いた。

 エレノアは、難問を解いた生徒を褒めるように微笑む。


「すると、三十年前に姿を隠したのは、その間向こうの世界に転生していたからなのか?」


「半分正解です。私自身の体は、あの魔の山に結界を敷いて残しておりました。あそこには至る所に良質な魔素溜まりがあって、魔力の供給には事欠かなかったからです。」


「…魔の山、アブルルート山か…。それで、我々はあそこで賢者殿を発見したということか?」


「そういうことです。あの時意識がなかったのは、まだ二人の世界にいたためでした。そして、向こうで私が命を絶つ際に、半魂の術を解きこちらの世界でまた一つに戻ったということです。」


「…。」


 事も無げにエレノアは口にしたが、それがどれほど危険で成功の確率が低い事であるかを考え、アリステルは絶句する。

 それは、そこにいるものすべてが同様だった。


「そして、その副産物として魂の回廊が大きな力を与えるとその作用によって大きさを変えられることが分かりました。そこで、私は二人をこの世界に召喚することを考えたのです。」


 エレノアは、そう言って二人の顔を眺める。


「…少佐。するとあんたはこの世界からの転生者だったということでいいのか?」


「そうだ。私はお前達の世界では両親に付けられたエレノア=ミラーだが、本当の名前はイリーヤ=ベルトーネという。」


「そうか。…俺達はどっちで呼んだらいいんだ?」


「好きにしてくれていい。」


 すると、それまで興味なさげだった耕助が口を開いた。


「…でも、向こうの世界と同じ姿なのはなぜなんだ?」


 耕助は、そう言ってマジマジとエレノアの顔を見る。


「そうだな。これは私にとっても発見だったのだが、身体を形成していく遺伝子の組成は魂の影響を受けやすかったようだ。特に、私は半分とはいえ記憶も自我も持っていたからな。だから、両親がアメリカの白人だったおかげで違和感なく成長出来て助かった。」


「両親は向こうでまだ生きてたのか?」


 耕助は、エレノアの向こうでの最期を思い出して重い口調で聞いた。

 エレノアは、それを悟ったように頷いて返す。


「いや。非核大戦で二人とも亡くなった。本当に良い両親だったがな。」

 

 そう言ったエレノアの目は少し遠くを見るような印象を受ける。その場にいた他の者達も、エレノアの表情に沈黙した。


 すると、扉からノックの音がして警備の兵士の声が聞こえてくる。


「王女殿下様。ヴィルヘルム辺境伯様の御息女、マリー様が入室を求めています。いかがしましょうか?」


 アリステルは、その声にカレンと頷き合うと他の三人に言った。


「すまない。急用が入った。お二人には申し訳ないが、話は一旦ここまでにしてもらって良いか?」


 仁と耕助は、顔を見合わせてから頷く。


「ああ、構わない。俺達も少し疲れた。」


 仁はそう言って肩を竦めた。

 アリステルは、二人の顔を伺ってから振り向くと兵士に声を掛けた。


「入れてくれ。私も話がしたい事がある。」


「かしこまりました。…マリー様、ご許可を頂きました。お入り下さい。」


「もう、だから言ったでしょ? アリステル様なら大丈夫だって!」


 扉が開くと目が痛くなるような明るいピンクのドレスを着た金髪の女の子が入ってくる。


「申し訳ありません。…では、失礼します。」


 そう言って、兵士が扉の向こうに消えると、それまて溢れるような笑顔を見せていたマリーの顔が凛とした顔つきに変わる。

 そして、静かにアリステルの前で片膝をつくと恭しく頭を下げた。


「王女殿下、カレン様、ご無沙汰しております。」


「ウム。息災だったか?」


「はい。」


 マリーは頭を上げると他の者達にも、一人一人に会釈をしてから自己紹介する。


「賢者様、異世界のお二人、はじめまして。マリーと申します。」


 三人は、それぞれにマリーの変わりように戸惑いながら軽く頭を下げる。

 そして、部屋の奥にある扉に視線を送るとフワリと立ち上がった。

 アリステルは、それを見てから頷くと立ち上がって言った。


「申し訳ないが、少し席を外す。しばらくこの場で待っていてくれ。」


 仁は、アリステルの言葉に笑みを浮かべて奥の扉に歩み寄る背中に声を掛けた。


「…王女様ってのも気が抜けないものだな?」


「まあな。…だから騎士団などをやっている。」


 アリステルは、扉のノブに手をかけて肩を竦めるとそう言ってその向こうへカレンと共に消えた。

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