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隣の席の女子がなぜか俺だけを睨んでくる件

作者: 神経水弱

*本文に登場する英文は翻訳サイトで出したものです。正しい英語ではないかもしれませんが、ご了承ください。



 隣の席の女子が俺だけを睨んでいる。



 今も、俺の横顔には突き刺さるような視線が絶え間なく注がれている。


 その視線の主は隣の席の女子、今西いまにし夏希なつき


 肩上ボブの黒髪に切れ長の二重瞼。誰がどう見ても、美人の部類に入る今西さん。


 でも彼女が俺に向ける目つきは般若のようで、その細めた目つきからは恨みか憎しみか、はたまた怨念か、そんな得体の知れない情念を感じる。

 しかもそんな目つきで彼女が睨む対象はなぜか俺に限定される。他の男子や女子に対しては、ごく普通に振る舞う。目立ちすぎず、目立たなさすぎずに。もちろん挨拶もするし、必要な会話もする。

 少なくとも、俺以外にあんな眼差しを向けているところを一度たりとも見たことがない。


 誓って言っておくが俺は彼女に恨みをかうようなことは何もしていない…はずだ。全く、当てつけもいいところだと思うくらいだ。

  むしろ、女子に対しては人一倍気を遣っている方だと思ってる。


『相手のことを知ろうとせず、一方的に決めつけるこうくんのそういうところ…私大嫌い』


 無神経だったかもしれない俺に対して幼馴染が吐いたこの言葉が俺の女子に対する言動を慎重にさせているのだから、間違いない。

 フェミニストといってもいいくらいには、礼儀正しく接してるつもりだ。


 そもそも今西さんと接点ができたのは、記憶が正しければ、二年に進級した先月の始業式である。


 そしてその日、初めて彼女と顔を合わせたその瞬間からなぜか俺だけを彼女は睨み続けてきた。


 そんな具合に、俺の戦々恐々とした高校二年の学校生活も早くて、もう一ヶ月が経ち、この六限目の英語IIさえ乗り越えれば、明日からはゴールデンウィークだ。この連休中の五日間、俺は彼女の鋭く突き刺さるような視線から解放される。

 そんな一抹の安堵の中、起立、礼の号令を済ませ着席すると、教科担当の佐久間がぱんっと手を叩き、口を開いた。


「はい!そしたら今日は前回の授業でも予告したように隣の席の人とペアになって、今やっているユニットの感想を英語でスピーチしあってもらいます」


 となると、俺のペアは隣りの席が今西さんだから…


 あー…なるほどね。


 オワタ。


「そしたら向かいあって各自スピーチ始めていってくださーい。あと、今からスピーチの評価表配っていくんで、評価して提出することー!」


 完全にオワタや。


 恐る恐る隣の席に顔を向けると、ぎろっと憎悪のようなものを宿した相変わらずの目つきで睨みつけて、既にこちらに正面を向けて座っている今西さんが視界の端にフェードインした。


 無理ぃー!スピーチできねぇ!


 逃げ出したい衝動を抑え込むが、身体からだは正直で、膝がわずかに震えてる。


 生唾を飲み込み、意を決して今西さんの方を向いたが案の定、彼女は微動だにせず、ただ相変わらずぎろっと俺を睨んだままこちらを向いて座り、黙り込む。

 しばらく続く沈黙はもはや重圧だった。押しつぶされそうになり、耐えきれなくなった俺は、こちらからアクションを起こさなければ打開することは不可能だと察して、自ら口を開くことにした。


「えと、今西さん…スピーチ俺から発表してもいいかな」


「どうぞ…」


「じゃ…じゃあ」


 俺は原稿を震える手でなんとか持ち上げると、その間も今西さんはただ一点、俺を見据えたままその鋭すぎる視線を向け続けている。そんな彼女からいくら目を逸らしても、その視線が突き刺さる感覚は消えない。むしろ強まっていく気がする。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!


 と何に対しての謝罪かわからないごめんなさいを脳内で反芻はんすうし、緊張で辿々しくなりながらもスピーチを続けた。


「え、えー……マイ……マイ・スピーチ、イズ……あ、いや……I’ll start my speech now……」


 滑り出しから怪しかった。英語力がどうこう以前に、声が震えている。手も震えている。いや多分、全体的に小刻みに震えている。


 それでも、やるしかないと俺は覚悟を決めて原稿を読み進める。感情がどこかにすっ飛んでいるせいで、どこまで読み上げているのかも把握できていない。


 とにかく、行き当たりばったりでも良いと開き直り、噛まないように、途中で止まらないように、そして今西さんを不愉快にさせないように、なんとか最後の文まで読み終えた。

 

「……以上です」


「……はい」


「あの…こんな感じで大丈夫かな…」


「いい……と思います」


「ほんと?不快に…じゃなくて、聞き辛くはなかった?」


「……はい。…ちゃんと…聞こえました」


「そっか。よかったぁ」


 途切れ途切れで片言な日本語を話す今西さんだが、初めて会話が成立した瞬間だ。表情には相変わらず変化がないけど、どこか達成感と安心感と小さな余裕すら湧いてきた。


「なんか安心した…えへっ」


 この余裕ぶった愛想笑いを浮かべたのが間違いだった。

 俺の愛想笑いを見事にスルーすると、今西さんは即座にスッと机に向き直り、ざっざっざっざとものすごい勢いで、評価表にボールペンを走らせ始めた。


 筆圧が尋常じゃない。紙が破れるんじゃないかって勢いだ。


「あ、あの……今西さん……?」


 震えた俺の声はボールペンを走らせる音で掻き消され、無言の今西さんは眉間に力が入り。その険しい剣幕からにじみ出る雰囲気は、まるで『調子乗んなよカス。お前に対する今日までの鬱憤うっぷんと恨みを全部この評価表にぶつけるからな』と物語っているようだった。


 一学期の中間と期末で取り返せる程度で済めば良いなあと項垂うなだれているところでぽつりと今西さんが口を開く。


「次…私……いい…ですか?」


 静かに放たれた今西さんの途切れ途切れな片言に、思わずびくっと肩を跳ねさせながらも、ゆっくり顔を上げると、今西さんが再びこちらに正面を向いていた。


 目つきはさらに鋭くなり、そんな風に睨まれたら、必然と声が震えてしまうのは俺だけではないはずだ。


「あの…」


「いい…ですか?」


「あ、え、ははいっ!ど、どうぞどうぞ!」


「じゃあ…読み……ます……」


 小さく返事をすると今西さんは細めていた鋭い目つきを急にぐわっと力強く開眼させる。


 すると今西さんは小さく一つ息を吐き、原稿を持つ手に力を込め、くしゃっと原稿の持ち部分が潰れるほどに握りしめた。


 その力の入り方に、紙じゃなく俺の腕だったとしても同じように握り潰されていたのではないかという馬鹿げた妄想が自然と脳裏をよぎるほど、緊張感が尋常じゃなかった。今から彼女が始めようとしているのは本当に単なる英語のスピーチなのかと疑うほどにピリついている。


 そのピリついた雰囲気に口の中の水分が抜けていく。俺はごくりと生唾を飲みこむとそのタイミングで今西さんのスピーチが始まった。

 

「I have something to say to you today. As I listened to you and got to know you, I fell in love with you and with Kazumi. I still love you. I like you so much that I find myself staring at you…」


 流暢すぎる発音。滑らかな抑揚。圧倒されていたせいか、いや、たぶん俺のお粗末なリスニング力が要因だと思うが、所々しか聞き取ることができなかった。


 原稿を読み終えた今西さんはすっと正面を向く。


 にしても、気のせいなんかではないと思うのだけれども、LOVEって単語聞こえたんだけれども。このユニットってたしか、メアリー先生が生徒のケンに放課後に英語の補習をした話だよね?恋愛要素なんかないよね?

 あとなんかコウイチって聞こえたんだけど。え、感想文読み上げると思わせて、なんかディスられてた?


 なんて疑問が頭を過ぎるも、ひとまずここは今西さんに媚びへつらうことにして、何を言っていたか理解はしていないが、とりあえず適当に今西さんをべた褒めした感想に仕上げることにした。


「じゃあ評価表を回収します。集計終わったら、この評価表は本人に渡しまーす」


 教室内では「まじ無理……」「英語嫌い……」などとスピーチの自己評価を気にした嘆きや不満に満ちた声が飛び交う。


「よかったぁ…」


 俺だけはこっそりと胸を撫で下ろし、戦場から生き延びた兵士のような顔をしていたと思う。


 英語の成績はたぶん落ちた。だけど、彼女の評価は落としてない。それだけで満足だ。







 ホームルームを終え、号令を済ませると俺は足早に教室から退散しようとした。

 

 正直、もう精神面のHPは一しかないから、今日は勘弁してほしい。

 そんな俺を担任の上村は案の定、呼び止めてきたもんだから、これを予見していた俺は忘れていましたと言わんばかりの惚け様を演じ、向き直った。


「なんすか?」


「なんすか?じゃねぇよ。お前、昨日掃除サボって帰ったろ。しかも俺が今西と話し込んでることをいいことによ」


「いやぁ、そもそも俺当番でしたっけ?」


 まぁ、当番だったのはちゃんと覚えていたのだが聞いてくれ上村。

 昨日の放課後確かに、俺は教室の掃除当番だったが、今西さんが居ただろ?

 しかもわざわざ彼女を教室に呼び止めて、職員室でもできるような話を始めてさ。


 つまりは俺が掃除当番をサボらざるを得なくなったのはお前が余計なことをしてくれたからだ。それが理由だよ。上村、お前が悪いんだ。


「罰として、これから屋上の定期清掃に行ってこい。お前が悪いんだ」


「それで許していただけるなら、喜んで」


「何良い気になってんだ。適当に済ませていたら反省文書かせるからな」


「いえ!心 配 ご 無 用!です!」


 歯を見せて満面の笑顔を返してやったその瞬間だった。すぅっと上村の背後に、異様な気配が立ちのぼった。


 教室の隅で完全に気配を消していたはずの今西さんが、上村の影からすぅっと現れたのだ。


 その姿は、いつもの般若のような様相のさらに上をいっていた。目をさらにきゅっと細め、鋭く俺を射抜く眼光。背後には禍々しい黒いオーラのような何かを纏っていて、あれはもう人間じゃなかった。怨霊の部類だ。


 俺のどのいつの振る舞いが彼女をそのような様相に仕立て上げたのかはわからないが、今までに感じたことのないくらいの身の危険を感じた俺はすぐさま上村に「じゃ、じゃあ行ってきまふっ」と恐怖心からでた間抜けな声を残し、教室の掃除用具入れからほうきとちりとり、あとはバケツに雑巾三枚を放り込み、教室から勢いよく走って飛び出した。


 本当の意味で見てはいけなかったものを見てしまったのだと思う。おかげで今でも身体中の汗腺から脂汗が止まらない。


 とはいえ、昨日のツケを反省文ではなく、得意分野の掃除で精算できるなら安いもんだし、これが終わればゴールデンウィークだ。

 そう思ったら今までの恐怖はすっかりなくなり、自然と口元が緩んだ。くつくつとご機嫌に解放感に満ち溢しながら足早に軽快に二階から屋上まで続く階段を駆け上がる。

 

 何度か担当したことのある屋上清掃。段取りも頭に入っている。


 鍵を開けてさびれた扉を開き、さっと風の抜ける屋上に出た俺は、流れるように作業の準備に取りかかる。掃除用具を定位置に置き、蛇口をひねってバケツに水を溜めながら、鼻歌まじりに口笛まで吹いていた。


 そのときだった。


 ぎいぃぃと古びた金属が軋むような、低く鈍い音が屋上の空気を裂く。どうせ上村が追加注文でもしにやって来たのだろうと高を括っていた俺は一拍遅れて扉に顔を向けた。完全に油断していた。


 屋上に軋む金属音と、閉まる扉の衝撃音が重なって響く。それの音を背に現れたのは━━




 今西さんだった。



「鳥羽……くん」


 俺の名前を力のない震えた声音で呼ぶ今西さんは心なしかさっきと比べていささか様子がおかしい。なんというか、先ほどよりも遥かに濃く、禍々しい黒いオーラを身に纏っているようだ。そして顔を伏せたまま、こちらへゆっくりと歩みを進めてくる。そんな彼女の眼球は黒目がぐりんと上を向き、ほぼ白目だった。

 ジャパニーズホラーで良く目にする女性の怨霊だ。実際に目の当たりにするのは今が始めてだ。

 その怨霊…いや今西さんはほぼ白目の恐ろしい目つきで俺を真正面から睨んでくる。


「…鳥羽…くん………たい……」


「い、いいいいまいままにししゃんっ?!」


 舌が回らず、彼女の名前を口に出すのもやっとだ。


「……あ……ない………まって………たい……」


「へ…?」


「わた……し……たい……鳥羽くん………たい…」


 そんな俺に今西さんは全く聞き取れない途切れ途切れの片言で、何やらぶつぶつと呟きながら、じわりじわりと獲物を追い詰めていく怨霊のように、にじり寄ってくる。


 なんだろう。今西さんの両手には今のところ何もないのだけれど、たぶんポケットに刃物とかアイスピックとか、縄とかを忍ばせているのではないかと思ってしまう。まぁ、そんなわけはないが、いや、そんなことはあってもなくても怖いのは事実だ。


「鳥羽……くん……」


 今西さんが俺を呼ぶ声は鼓膜を過ぎると恐怖心に変換され、全身を駆け巡り、末端へ到達すると足から力が抜けていき、がくんっと膝から崩れその場にへたり込んでしまった。

 力が入らない棒同然の足を引きづりながら腕の力だけで後退あとずさりをするも、すぐ後は柵だった。


 詰んだ。


 柵に背中をつける頃、俺は棒同然になった足をなんとか動かすことに意識を注いでいたため見れなかった今西さんを下からゆっくり見上げると、あろうことか目があってしまった。


「ひいぃっ」


 思わず小さく抑えられた悲鳴が口から溢れ出してしまい咄嗟とっさに口を押さえる。今西さんのかんに障っていないことを願いながら、再度彼女を下から見上げると未だにこちらに視線を向けていた。

 俺はついに硬直し、不本意ながら彼女の底知れぬ邪気を宿したような瞳から視線を逸らせなくなったところで、彼女の瞳が白目寄りではあるが黒目の割合が多くなっていたことに気づく。俺に対する憎しみか恨みかわからないが、そんな気持ちが鈍り出したのかと勘繰るが、そんなことは無意味だった。


「鳥羽くんっ!」


「はいっ」


 初めて聞いたはっきりとした彼女の言葉に俺はついに意識が遠のきそうになった。鈍器で唐突に殴られた感覚にグロッキーな俺は居た堪れなくなり、素直に本音を伝えることにした。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい━━」


 反芻する謝罪も虚しく空に消え、今西さんは訝しげに顔を歪め首を傾げると再度口を開いた。


「あのっ………わたし……鳥羽くん……つた……ことが………ある……」


「俺に…なんの用…ですか?」


「鳥羽くん……わたわた……わたし……と……く……す……で……ず………つた………った……こ……したかっ……」


 たぶん呪文か、はたまたお経のようなものを唱えているのだろうと思った。しかしそれが邪推じゃすいだとわかったのは、柵に身を寄せ、苦悶くもんを浮かべる俺の真横に彼女がしゃがみ込んだ時だった。


「…したい」


「え…」


「だ…から、鳥羽くん…こ……したい。今日の……英語の時間……」


「英語の時間?スピーチの時?」


「そう……私……鳥羽くん……こ………した………けど………なかった……から」


 断片的にしか聞こえない今西さんの声に訝しめな表情をしてしまったからだろう。次の瞬間、細めていた目をグワッと見開いた彼女の切れ長の瞳が、まっすぐ俺を射抜いた。そしてぐっとその彼女の顔が一気に近づけば、唇の動きがはっきりと見え、読めたその言葉が脳内に表示されるや否や俺は死を覚悟した。



━━鳥羽くんを殺したい


 

 今西さんの禍々しい黒いオーラは俺を恨む彼女の本気の殺気だったようだ。


 あの英語の時間で、俺のどの振る舞いが彼女の恨みを殺気にまで変えてしまったのかわからないけれども、それでも今からたぶん彼女に殺されるだろうということだけはわかる。


 その殺気が足元から全身を覆うほどの絶望感となり這い上がってくるのを感じ、同時に身体中の感覚が、意識が薄れて、俺はとうとうフリーズしてしまった。逃げられなくなった。


 あぁ、俺、本当に殺されるんだ。


 そうやってとうとう死へのカウントダウンが自発的に始まろうとしていた頃、自然と俺の十七年間の思い出が脳内に止めどなく溢れ返ってくる。


 小学六年の春、空手で初段を取り、喜びながら黒帯を締めたこと。中二の秋、幼馴染の永倉舞との間に蟠りが生じ、苦い思いをしたこと。去年の夏、人生で初めてたぶん同じ高校と思われる女の子をチャラ男から助けて誇らし気になったこと。あとエトセトラ。


 それにしても走馬灯って本当にあるんだな。


 てことはやっぱ俺死ぬんだ。殺されるんだ。あー、恋したかったな。


 そんなことをぼんやり考えつつも、意識がはっきりするや否やようやく俺は生きることに諦めがついた。


「さ、やれよ。今西さん。もう覚悟を決めたから。いつでもいいよ」


 人は死ぬことを本当に覚悟すると恐怖心はぶっ飛んでしまうようだ。もう怖いものなんてない。


 死を前にした者にだけ宿る不思議な余裕を盾に俺はふっ…と口角を上げ、視点が再び目の前の今西さんを捉えた時、ようやく鮮明に今西さんの声が聞こえた。


「鳥羽くん?」


「いいよ、今西さん」


「え?」


「今西さんの気持ちをちゃんと理解しようとしなかった俺が悪かったよ」


「え…なんで…謝るんですか?」


 困惑したように眉を下げる彼女の声が、またしても不自然なほど優しいがそれすらも俺の思考では最後の情けにしか聞こえなかった。


「わかってる。わかってるから。悪いのは俺だから」


「あの…本当に…」


「今西さん。とにかくじわじわ痛ぶられるのは嫌だから、一思いにやってくれ」


「本当に…いいんですか?」


「あぁ、俺はもう怖くない」


「やっぱり…私…怖いん…ですか?」


「あ、いや、もう大丈夫。もう怖くないから。だから…さぁ、やるんだ、今西さん。一思いに」


「じゃ…じゃあ………」


 今西さんが、すうぅぅぅっと深呼吸を始めた。

 それを見届けた俺もまた、まるで十七年の人生に静かに蓋をするかのように、ゆっくりと目を閉じた。


 刺されるのかな?締められるのかな?切り落とされるのかな?痛いのかな?どれくらい苦しむのかな?


 そんなことを脳裏でぐるぐる考えながら、俺は鼻から深く息を吸い込む。


 人生最後の呼吸って、案外、普通だな。そう思った、その瞬間だった。


 耳元に今西さんの息遣いをふっと感じた。


 それと同時に鼻腔をくすぐる、シャンプーだろうか、優しくて、ふわりとした甘い香りだ。


 慌てて目を見開ける頃には、視界の右側に頬を朱に染め、瞼をとろんと垂れさせた今西さんの顔が信じられないほど近くにあった。

 

 そして、そっと彼女の唇が動いた。


「好き……………です………鳥羽くん…が」


「へ?」


 あまりにも予想外の言葉だった。死を覚悟していた俺の脳は処理を拒み、完璧にフリーズしていた。


 今西さんはそっと一歩身を引き、俯きながら顔を真っ赤にして、指先をぎゅっと握りしめる。


「あのっ…だ…だだだから、好きっ………なんですけど…」


 え?

 

「えっ!?」


「あれ…聞こえてなかった……ですか?……私……鳥羽くんっ……が好き……大好き……で…」


「いや、聞こえてる!聞こえてるから!聞こえてるから…なんだけどさ。自信がないから確認させてほしいんだけど……えっと…好きって言ったよね?」


「は…いっ…言い…ましたっ」


「それは、今西さんが俺のことを好きって意味で間違いないよね?」


「間違いっ……ないっ…です」


 ものすごい勢いで首を縦に振る今西さん。


 いや、待て待て。状況がさっぱりわからない。


 今西さんは今の今まで俺を恨んで、睨んでいて、俺を殺そうとしてたのに、途端に告白してきて…って。

 

 やはり意味不明すぎてショートした思考回路から火花が散り、煙が立つ頃、今西さんは頬を赤く染めたまま、またぽつりぽつりと語り出す。


「ずっと…ずっと好きでした…一年生の頃から」


「一年…って、俺たち、そんな時から面識あったっけ?」


「はい…一度だけ……一年生の時に……鳥羽くん……と……おは…お話……したこと……あります……」


 はて、俺が今西さんを知ったのは本当にこのクラスになってからだし、共通の友達もいないし、舞からも聞いたことも紹介されたこともない。


 記憶を幾度めくらせても彼女との面識がないのだ。思い当たらないのだ。


「ごめん、一年生のいつに会ったのかな?俺たち」


「え…」


「そもそもちゃんと話したの、たぶん今日が初めてだと思うんだけど…」


「あ……ですよね……やっぱり、覚えてないですよね。私のことなんて……」


 その声はかすれていき、啜り泣く声と共に目を少し充血させ、瞼に涙を蓄えた今西さんが視界に映った。   


 俺はただせわしなく視線をうろうろと動かすしかなく、ただただ慌てふためき、本日、何度めかわからない謝罪をするために、力がいつのまにか戻っていた足を折り畳み、日中の日差しでほんのり温まった屋上の床に額を押し付けた。


「あ、いや、俺本当にわからなくてっ!…あ、あの、ほ…本当にっ!申し訳ございませぇぇぇんっ!」


「あ、あ、あぁっ…の…やめ…やめてください!」


 今西さんの『やめてください!』の声にすぐさま反射的に身体が反応して顔を上げて、正座し、彼女に向き直った。


 するときょとんと目を丸くした彼女が見えたので、俺はとりあえずこの場を明るく仕切り直すために、にっと歯を見せて口角を上げてみれば、彼女は目尻に涙を残しながらも、くすくすと鈴を転がすように笑ってみせてくれた。

 これが同じクラスになってから初めて見た彼女の笑顔だった。


「笑った」


「え…」


「今西さんが…笑った!」


 安心感で緩んだ口から思わずそのまま言葉を出してしまい後悔したが、今西さんは変わらず柔らかな笑みを浮かべていた。だから、まぁ、とりあえずよしとしよう。


「いい!今西さん、今めちゃくちゃいい顔してる!めちゃくちゃいい笑顔してる!」


「あ…あの…そ、それ以上は……言わないで……恥ずかしい…から」


 あれ、今西さんって、天使だったっけ?


 茶色よりの黒髪で肩上ボブは夕暮れの心地よい風に揺らされ、切れ長二重瞼は夕日により綺麗に見えた。


━━キュンッ


 待て、今キュンッてした?!俺キュンッてした?!


 恋か?!恋をしているのか?!さっきまで畏怖の存在だと思っていた相手にか?!


 そのあまりの感情の温度差に、戸惑いが止まらない。


「なぁ、今西さん。俺が悪いのだけれども、本当に記憶にないんだ。一年前、何があったか教えてくれないかな?」


「鳥羽くんは……私を……助けてくれました」


「俺が?!今西さんを?」


「はい……私にとって…鳥羽くんは……ヒーロー……なんです」


「ヒーロー?俺が?」


「はい……一年前、帰りに……駅で隣りの高校の男の子たちに……その………変に絡まれていた時、鳥羽くんが………私を……助けて……くれました……あ、あの………やっぱり……覚えて………ないですか?」


「まぁ、たしかに一年前…女の子を助けた…ことがあるにはあるが、今西さんとは大違いで、天パロングの眼鏡っ娘で」


「私あの時………まだ髪の毛が……て……天パで……今よりも長くて……黒ふちのメガネを……」


「そうそう!黒ぶちのメガネをかけた地味目な女の子がめちゃくちゃきょどってて、見るにみかねて……って、え?……えぇぇぇぇぇぇっ!?」


 驚きの声が甲高く弾んでしまい、思わず今西さんもぎょっと目を見開く。


「まじかよ」


「はい……まじ……です………驚き…ますよね」


「そりゃね!てか、いやいやいや、変わりすぎでしょ」


「これは……その……鳥羽くんの……ため」


「俺のため?」


「あ、いや…ごめんなさいっ……私です……私のためです」


「つまりはどういうこと?」


「鳥羽くんが……好きな……タイプの……女の子の……容姿の…話……を……していたのを……盗み聞いた……じゃなくて……その……聞いた……から」


 んー、確かにそんな話を以前、クラスの男子数名としたことがあるような気もするが…って、まさか


「その…話の……通りに……髪型……変えた……メガネも……外して……コンタクトに……しました……どう……ですか?」


「え?あぁ!似合ってる!」


「ほ…ほんと?」


「本当!本当に似合ってる!」


「よ…よかった……」


 今西さんは気まずそうに頬にかかる髪を摘んでは頬を染めながらそっぽを向いてしまった。  


 およそ数分前の彼女とはまるで別人の天使に変身した彼女に未だに見惚れてしまっていた。


 「あ…ああ…あまり……み…みみないでください…」


 「あ、ごめん。ついつい可愛くて━━」


──可愛い…か。


 なぜだか、自分の口から自然に出たその言葉に、思考が、本能がはっきりとした違和感を覚えた。


 可愛いって……。俺が、今西さんのことを“可愛い”って言った?今まで彼女のことを、まるで災厄みたいに畏怖し続けてきた俺がそんな言葉を?


 違和感の苦味が俺の中で広がっていく中、今西さんは相変わらず顔を赤くして、またそっと口を開いた。


「あ、あのっ……か…かかかわ……可愛い…ですかっ?」


「か、か、可愛いっ!! 可愛いに決まってる!」


 気がつけば反射的に叫んでいた。勢いで叫んでしまっていた俺の心の中はぐちゃぐちゃで、罪悪感が芽生えたのがわかる。


 そんな俺の今西さんに対する今までの振る舞いと矛盾した言葉に、彼女は無邪気にも未だに頬を染めながら一瞬目を見開き、目を逸らすとまた言葉を紡ぎ始めた。


「私…こういう…性格だから…なかなか…感情とか……言いたいこととか……あまり上手く表現できなくて……だから鳥羽くんに……も勘違いされて……私……」


 一生懸命に想いを言葉にしている今西さんは、おそらく以前からもこうして俺に話かけたかったのだろう。


 だけど俺は、その声に気づこうともしなかった。いや、気づかないふりをしていた。


 彼女から歩み寄ってくれた結果、やっと今こうして、俺は彼女の想いに触れている。


 そしてそんな大切な瞬間に、俺は軽薄にも『可愛い』なんて言葉を投げてしまった。


 確かに今の彼女は可愛い。けれど、それを言っていい資格が俺にはあるのか?


 自己嫌悪が込み上げる。俺はどこまでも自分勝手だと初めて思い知った。



『相手のことを知ろうとせず、一方的に決めつけるこうくんのそういうところ…私大嫌い』



 中学二年の頃、文化祭の準備でクラスのやつらから陰口を叩かれながらも一人奮闘していた幼馴染の舞に対し、俺だけは味方だと伝えたつもりで、彼女を庇うつもりで言った。


「あんま頑張りすぎんなよ。成績のためとか、そういうのだろ?舞は普段から頑張ってんだから大丈夫だって。たかが文化祭でそんな力入れなくても━━」


 彼女の力を抜くための軽いジョークを交えた労いの言葉だった。


「……何、それ」


「え?」


「もういいよ。続きあるし、私一人で準備こなすから」


「なっ…なにそんなムキになってんだよ。舞らしくない」


「私らしくない?」


「う…うん。らしくない…頑張りすぎ…って言うか」


「光くんのそういうとこだよ。そういうとこ」


「は?何?」


「相手のことを知ろうとせず、一方的に決めつける光くんのそういうところ…私、大嫌い」


 きつい言葉だった。

 

 それでも俺は、その意味をちゃんと考えなかった。逃げるように受け流して、わかったふりをして、自分を正当化した。


 理解する努力なんて、最初からしてなかった。


 それがどれほど愚かなことだったか、今になって痛いほどわかる。


 一方的な視点からしか物事を見ず、勝手に評価し、決めつけていたその罪の重さに。


 今西さんに対してもそうだ。


 彼女はただ、気持ちを伝えたかっただけだった。俺に、歩み寄ってくれようとしていただけだった。


 それなのに俺は、彼女を畏怖の存在に仕立てあげて、彼女を理解することから逃げた。


 目を逸らし、関わらないようにして、自分を守るばかりだった。


 じゃあ俺のその身勝手な振る舞いで、一体どれだけ彼女を傷つけてきたんだ?舞に対してもだ。


 胸が、ずしりと重くなる。


 背筋に悪寒が走るほどの後悔が、全身を締めつけていた。


「今西さん」


「……はい?」


 首を傾げる今西さんを見て、その行き場のない罪悪感から来る謝罪をしまい込めずには余計いられなかった。


 「本当にごめん。いや、ごめんなさい」


 本日二回目の土下座は心底からの謝罪だった。今までの振る舞いで俺は今西さんにどれほどの傷を負わせてきたのだろう。


 床の冷たさすら感じない。視界は緑色のタイル一色で埋め尽くされていたが、彼女が戸惑い、あたふたしている気配がはっきりと伝わってくる。


「あのっ…顔上げてくださいっ」


 今西さんの優しい気持ちに漬け込んでしまうような気がして、俺は顔を上げることができなかった。


「無理だ…」


「どう…して?」


「俺、ずっと今西さんのことを見ようとしてなかった。知ろうともしなかった。それなのに俺は今西さんに身勝手な振る舞いをして、逃げて……俺は…」


「それは………私が……悪いです。鳥羽くんと…話したいだけ…なのに…いつもあんな顔して……嫌な思いさせてました……よね」


「違う…違うんだ!今西さんが悪いんじゃない。俺がちゃんと今西さんを見ようとしなかった、知ろうとしなかった俺が悪いんだ!」


 本音だった。心の底から出た言葉だった。


 でも、それを言った直後なのに、俺はまだ顔を上げることができなかった。


 今西さんはどんな顔をしているのだろう。怒っているだろうか。困っているだろうか。それとも━━


「鳥羽くんは……やっぱり変わって……ないです……たぶん…私の周りで……そんな正直に…打ち明けてくれるのは……鳥羽くん……だけ……です……だから……ありがとう…ございます」


 予想外の今西さんの言葉に俺は目をぎょっと開けながら顔を上げると、涙をぽろぽろとこぼしながらも、まるで花が咲いたように穏やかに微笑んでいる今西さんの姿が視界に映った。


「鳥羽くんは…ちゃんと私を……見てくれようと……してくれてる………やっぱりいい人……です。間違いなく」


「違う。俺はいい人なんかじゃ━━」


「いい人です。あの日から……正直な……嘘をつかない……すごく勇気を持った…優しくて……私が尊敬する……人です」


「それは…いや、だとしても過去は変えられない。今西さんを傷つけてきた過去は」


「私は…傷なんて……ついてません。私は……知ってましたから……鳥羽くんがいい人だって。でも…ふふっ」


 くすくすと笑う今西さんはやはり可愛い。俺はまたうっとり見惚れてしまっていた。


「鳥羽くんに……もっと私のこと知って……ほしい…のは……本当です」


「知りたいっ!俺、今西さんのこと、もっともっと知りたい」


「じゃ……あ…も……もう……逃げませ……んか?」


「逃げないよ!だから、いっぱい教えてほしい!今西さんのこと」


 気づけば、俺は本音を次々と、ためらいも恥じらいもなく口にしていた。そんな自分の姿に気づいた瞬間、顔がぐわっと熱を帯び、煮え滾るような恥ずかしさが襲ってきた。


「てか俺なんてこと言ってんだろ。なんかごめん。気持ち悪いよね」


「そんなこと…ないです」


 今西さんが涙を拭いながらも、満面の笑顔を見せてくれる。それを見た途端、心がすっと落ち着き、顔の熱も少しずつ冷めていき、思考回路もようやく機能し始めてきた頃。


「あの…鳥羽くんっ」


「は、はいっ」


 声が裏返るほど驚いたのは、涙の余韻がまだ残るその瞳から強い意志の光を湛えてまっすぐ俺の瞳の中に映り込んで来たからだ。

 初めて見たそんな今西さんに驚くのも束の間、彼女は大胆にも、それを凌駕するサプライズを用意していた。


「わわ…わたわたわた……わたしとっ、付き合ってくださいっ!」


 心臓が跳ねた。


 予想もしていなかった展開に、目を思わず大きく見開いた。そんなの嬉しいに決まってる。


 だが今西さんが差し出してくれた手を、俺はあと数センチのところで、そっと引っ込めた。


「今は無理だ…」

 

「え…」


「今の俺に今西さんの彼氏になる資格なんてない」


「そ…そんなことない…ですっ!鳥羽くんは私にとって…いい人で……尊敬できる……人なんですっ!」


 そう言って今西さんは差し伸べた手で俺の右手を握るもんだから、思わず涙が溢れてきてしまった。


 本当に今西さんはバカだ。逆にいい人すぎて、危なっかしいくらいだ。


 ますます強くなる彼女の握力に背中を押されるように、俺は烏滸おこがましくもお願いを口にした。


「今西さん」


「なんでしょう…」


「俺と友達になってほしい」


「友達…ですか……もちろん…です。それでも嬉しいです」


「それでこれからいっぱい話して、いっぱい遊びに行きたい」


「私…と?」


「そう。今西さんが嫌でないなら」


「嫌なわけない…ですっ。鳥羽くん……と……もっと…もっと……話したいし……いっぱい……いっぱい…遊びに……行きたいっ……です!」


 目を輝かせて力強く頷く彼女に、生唾を飲み込みながら、俺は本題を口にした。


「そうして俺は今西さんのことをいっぱい知りたいし、今西さんにも俺のことをいっぱい知ってほしいんだ」


「わ…わわたしも……いっぱい知ってほしい…し、いっぱい鳥羽くんのこと…知りたいですっ」


「それで…それでも、俺なんかのことをまだ好きでいてくれたら、今度は俺が今西さんに告白するから、その時に返事くれたら…すごく嬉しい」


 はたから見れば都合が良すぎると思われることを俺は言っているのかもしれない。だけど、俺は今西さんがもし俺以外の人を好きになっても構わない。 

 その上で、彼女にとって、俺が本当の意味で良き理解者、良き友になりたい。本当にそれだけでいいんだ。


 そんな俺の真意を今西さんはまるで理解している様子はなく、また涙を目に込み上げながら、くしゃっと笑顔になった。


「鳥羽くんのことなら……私……これからも…ずっとずっと好きです。大好きっ……です」


 今西さんには、たぶん間違って解釈されてるけど、この間違いが間違いでなくなる頃には、俺は彼女の隣に胸を張っていられるのだろうか。


 いや、そうなるようにするんだ。


 もう俺は決して目を背けない。


 今西さんと約束したから。



━━翌年三月。卒業式の朝。



 俺は高校の最寄り駅の改札口を出たところにある構内の広場で、ある人を待っている。


 そのある人とは━━



「誰待ってんのぉ」



 聞き馴染みのあるこの明るい声は幼馴染の舞だ。


「誰だっていいだろ?てか、あんまり外で話しかけんなっていったろ」


「うわぁ、冷た。卒業式だってのに、幼馴染と話せる最後の機会になるかもしれないってのに」


「うるさいな。舞だって、彼氏居んだろ?いいのかよ、見られても」


「まだ彼氏じゃないし」


「え?!まだ付き合ってないの?あんなにずっと喋ってんのに?」


「それ、周りからもめっちゃ言われるんだけど。そんなに私達って、付き合ってるように見られる?」


「そりゃあな。久米はともかくお前の接し方が、親友ってレベルじゃねぇんだよな」


「ほう…やっぱ彼女持ちは言うことが違いますな」


 にやっと控え目に唇の端を上げながら、肘で胸をこついてくる彼女に嫌気がさしたところで俺は彼女を一足先に学校に向かわせることにした。


「もういいから早く行けよ。久米に見られたら、今日の告白も成功しなくなんぞ。ただでさえ、俺が舞といいかんじだって疑ってんのに」


「あーあ、それねー、前に好きな人をイニシャルで答えたせいだねぇ。逆にしてT.Kって言っちゃったんだよね。てかT.Kが光くんって、全く、そんなわけないのにね」


「弊害も良いところだよ。そのせいで俺に向けられる視線がもう一つ増えて、混在して、迷惑してんだよ。てかなんか似てんだよなぁ」


「はいはい。ごめんごめん。てか光くんこそ、彼女さんとうまくやりなよ」


 そう言うと舞は手を振りながら、背を向け歩き出した。


 しかし数歩歩いたところでこちらに振り向き、まだ何かあんのかと鬱陶しさを滲ませながら顔をしかめるも、舞はあっけらかんとして口を開いた。


「そう言えば、彼女さん…あ、夏ちゃんね。こないだ言ってたよ。自分にとって光くんはたった一人の良き理解者、良き恋人だって」


「え…」


「なんか幸せそうだったよぉ。妬けるくらいに。まぁ光くん…変わったからねぇ」


「それは良い意味で?」


「うん!今の光くんだったら、中学の時の告白もオッケーしてたかもねぇ」


「浮気か」


「ばーか。久米くんの方がまだまだ魅力的だもん」


 いたずら気に笑いながら去っていく舞の背を見ながら、彼女の評価に思わずくすりと笑ってしまう。


 そんな俺の背中にぐさりと、いつも視線が刺さる。


 その視線の主は見なくともわかる。


 隣の席の女子である。


 一年経ち、もう卒業する今でも━━




 隣の席の女子が俺だけを睨んでいる。




 そんな彼女の視線も今の俺には温かくて、心地よい。


 その視線を辿るように振り返ると、膨れっ面を作って睨む彼女がいた。


「お、おはよう…夏ちゃん」


「光一くん…舞さんと楽しそうにお話……私、光一くんの彼女なのに……浮気…卒業式で、春から…同じ大学なのに…浮気…ですか」


「そんなんじゃないから!だいたいま…永倉さんは久米が好きで━━」


 身振り手振りを披露しながら、一生懸命説明していると、耐えきれず夏ちゃんは破顔し、鈴を転がすように笑う。


 いや、俺だってわかってたさ。彼女が俺を揶揄からかっているって。


 とはわかりつつも、内心ほっとした自分がいるのは間違いない。


「光一くんは…私の唯一の良き理解者で、唯一の…かけがえのない良き恋人だから…浮気なんてしない…のです」


 そう言うと夏ちゃんはいつものように俺の左側に来て、左腕を抱きしめる。


 全く、可愛いでしかない。


「なぁ、夏ちゃん」


「ん?」


「ありがとうな」


 首を傾げる夏ちゃんは、相変わらずの鈍感さを見せつけてくるが、それも愛嬌だ。


「何がありがとう…なんですか?」


「んーん、別に」


「えぇ……気になる…もやもや」


「あ、夏ちゃん、それはそうと卒業式終わったら、どこ行こうか。ゲーセン?それとも映画かな?」


「あ…話逸らした…話さないとお仕置きするから━━」


 ありがとう。


 相手を知ろうとすることの大切さを教えてくれて。


 俺を見てくれて、知ってくれて。


 俺ももっともっと君を知って、君を幸せでいっぱいにしたい。そんな目標もくれて。


 ありがとう。


 そう言う意味のありがとうだと言うことは、今度改めて言おうと思う。

まだまだ未熟者で勉強中ですので、おかしい点や不明な点、また誤植、誤字、脱字があればぜひ教えてください!

あ、友達のように気軽に教えてくださいね!


もし仮に、上記に当てはまらず、純粋に良かったと思っていただいた場合はお星様★★★★★をお願いします。

めっちゃ喜びます(๑˃̵ᴗ˂̵)

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