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ギンガリ  作者: 秀一
月影機関
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第六話 「地獄の特別メニューと、カイの秘密」

技研を訪れた翌朝。月影機関の寮の空気は、鉛のように重かった。

食堂のテーブルで、三人は無言で朝食を口に運んでいた。シロは、まるで敵を分析するかのようにトーストを睨みつけている。その思考は、昨日メイが口にした「アルファ」という脅威、そして銀の効果が減衰するという最悪の可能性について、延々とシミュレーションを繰り返していた。


サキは、フォークでスクランブルエッグを苛立たしげに突き刺している。

プライドをズタズタにされた屈辱と、新たな脅威への焦りが、彼女の中で渦を巻いていた。自分はもっと強いはずだ。なのに、あの教官にも、そしてまだ見ぬ敵にも、自分は及ばないのではないか。そんな不安が、彼女の冷静さを奪っていた。


そしてカイは、テーブルの上の自分の拳銃を、ただじっと見つめていた。今まで、この銃は相棒であり、自分の力の証明だった。だが、昨日のメイの言葉が、それをただの無力な鉄塊に変えてしまった。アルファには効きにくいかもしれない、銀の弾丸。では、自分は前線で何ができる?仲間が斬り結んでいる間、ただ後ろで怯えているだけか?あるいは、意味のない援護射撃を繰り返すだけか?


(そんなのは、ごめんだ……!)


その重苦しい沈黙は、突如として破られた。


「やっほー!今日もいい天気だねぇ、諸君!」


声の主は、言うまでもなくハヤマだった。彼はどこからともなく現れ、三人の座るテーブルの真ん中に、ドン!と一枚のホワイトボードを置いた。そこには、彼の悪趣味な筆跡で、こう書かれていた。


【対アルファ用・地獄のチームワーク強制育成メニュー】


「今日から君たちには、このスペシャルなフルコースを味わってもらう。名付けて『地獄のディナー』だ。好き嫌いは許さんぞ」


ホワイトボードに書かれたメニューを読み、三人は絶句した。


一の皿:『二人三脚・模擬戦』

(内容:シロとサキは足首を特殊なバンドで繋ぎ、二人三脚の状態でホログラムの敵集団と戦闘する。強制的な同期と連携の訓練)


二の皿:『戦場の指揮者コンダクター

(内容:カイは一切の発砲を禁ずる。シロとサキの二人を、声による指示と、閃光弾や煙幕弾などの補助装備のみで勝利に導く。戦術眼と指揮能力の訓練)


デザート:『お仕置き』

(内容:任務失敗――転倒、被弾、指示無視など――と判断されるごとに、全員が装着したリストバンドから、心地よい高圧電流が流れます♡)


「な……なんだ、これは……」

カイが呆然と呟く。


「ふざけてる……」

サキの顔から血の気が引いていく。足を繋がれる?この男と?冗談じゃない。


シロだけが、メニューを冷静に分析していた。馬鹿げている。だが、その意図は明確だった。俺とサキの、致命的な連携能力の欠如を、物理的に矯正する。そして、カイの役割を、火力支援アタッカーから司令塔ゲームメイカーへと強制的に転換させる。アルファという脅威を前に、これがハヤマが出した答えだった。合理的だが、あまりにも過酷すぎる。


「さあさあ、ぐずぐずしない!早速、訓練室に移動だ!最初の犠牲者が出るのが楽しみだねぇ!」


訓練シミュレーターは、市街地を模した広大な空間だった。

シロとサキは、右足と左足を、カチリという音と共に特殊なバンドで繋がれた。一メートルほどの長さ。近すぎず、遠すぎず、絶妙に動きにくい距離だ。


『訓練開始!』


無機質なアナウンスと共に、四方から狼人のホログラムが出現した。数は十体。


「カイ!状況は!?」

サキが叫ぶ。


カイは、一段高い場所にある指揮ブースから、戦場全体を見下ろしていた。

「右翼から三体、左翼から四体、正面に三体だ!まず右から崩すぞ!サキ、前に出ろ!」


「言われなくても!」


サキが踏み込む。だが、当然、繋がれたシロがそれに引きずられる。

「ぐっ……!合わせろ、シロ!」

「あんたが速すぎるんだ!」


ガクン、と体勢が崩れる。その隙を、狼人の一体が見逃さなかった。鋭い爪が、サキの肩を狙う。


「避けろ!」

シロが叫び、サキの身体を強引に引き寄せる。サキは舌打ちしながらも、その力に従い、爪撃を紙一重でかわす。

だが、それで終わりではなかった。体勢を立て直そうとした瞬間、別の方向からの一撃が、シロの背中を捉えた。


《被弾を確認》


ジジジジジッ!


「「いっっ……!?」」


リストバンドから、鋭い電流が迸る。筋肉が強制的に痙攣し、二人はその場に膝をついた。


「あーあ、早速だな。今の、完全にサキの勇み足と、シロの反応の遅れが原因だね。息ぴったりじゃないか、悪い意味で」

ハヤマの呑気な声が、スピーカーから響き渡る。


「……くそっ!」


サキは歯を食いしばって立ち上がる。隣のシロも、無言で立ち上がった。


「カイ!次!」

「正面の三体が来るぞ!シロ、斬り払え!サキは体勢を低くして、足払いの準備だ!」


カイの指示が飛ぶ。今度は、先程よりはマシだった。シロが一体を刀でいなし、サキがもう一体の足を払って転倒させる。

だが、三体目が、シロとサキのちょうど中間、死角となる場所から飛びかかってきた。


「マズい!」カイが叫ぶ。

「「!」」


シロとサキは、互いに逆方向へ動こうとして、バンドに引かれ、無様に転倒した。


《転倒を確認》


ジジジジジッ!


「ぐあああっ!」

「きゃあっ!」


再び、身体を突き抜ける不快な衝撃。


それが、延々と繰り返された。

カイの指示。二人の、息の合わない動き。被弾。転倒。そして、罰の電流。

汗と、土埃と、焦りと、屈辱。シロの冷静さは苛立ちに変わり、サキのプライドはズタズタに引き裂かれていく。


カイは、指揮ブースのガラスを拳で殴りたい衝動に駆られていた。

自分のせいだ。自分の指示が悪いから、二人が苦しんでいる。もっと的確な指示を、もっと早く。だが、焦れば焦るほど、思考は空回りする。

そして何より、自分は、安全な場所から声を出しているだけ。銃を撃つことすら許されず、仲間が傷つくのを見ているだけ。


(こんなことのために、俺はここに来たんじゃない……!)


その日の訓練が終わる頃には、三人は言葉を発する気力すら残っていなかった。シロとサキは、全身打撲と感電の疲労で、床に倒れ込んでいる。カイは、無力感に唇を噛み締めていた。

その夜、カイは決意した。


深夜。寮の自室を抜け出したカイは、人気のない技研へと足を運んでいた。

煌々と明かりが灯る研究室の奥で、メイは山のような資料とエナジードリンクの空き缶に囲まれながら、まだ作業を続けていた。


「……メイさん」

カイが声をかけると、彼女はゴーグルを額に押し上げ、眠そうな目を向けた。

「ん……カイ君?どうしたの、こんな時間に。ハヤマっちのイジメが恋しくなった?」

「……内密に、お願いしたいことがあるんです」


カイの真剣な表情に、メイは興味をそそられたようだった。

「ハヤマっちに内緒話?いいわよ、乗った」


カイは、懐からデータパッドを取り出し、彼女の前に置いた。そこには、びっしりと書き込まれた、複雑な化学式と、弾丸の設計図が表示されていた。

メイは、その画面を見て、目を見開いた。


「……これ、あんたが?ただの脳筋キッズだと思ってたけど」

「実家が……金属加工と、薬品関係の町工場だったんです。継ぐのが嫌で、ここに来ましたけど……」


カイは、自分の過去をぽつりぽつりと話した。そして、本題に入る。


「アルファ個体は、皮膚か体毛が硬質化してて、銀の接触面積が足りないから効果が薄い……そうですよね?」

「まあ、平たく言えばそうね」

「だったら……」


カイは、設計図の一点を指さした。


「弾丸が命中した“後”に、内部で銀を飛散させればいいんじゃないかって」

「……なんですって?」


カイが提案したのは、前代未聞の特殊弾丸だった。


「“銀・雷汞・榴散弾”……仮称ですけど」

彼のアイデアは、こうだ。

弾丸の芯に、ごく微量の、衝撃に弱い雷酸水銀(雷汞)を仕込む。弾丸がアルファの硬い皮膚に命中した衝撃で、その雷汞が起爆。その爆発力で、弾丸本体(銀とタングステンの合金)を、内部から破裂させる。

結果、何十もの、高熱を帯びた銀のマイクロ粒子が、狼人の体内で四方八方に飛散する。外側からではなく、内側から、銀の毒を叩き込む。


メイは、口を半開きにして、カイの設計図と数式を交互に見ていた。

「……あんた、正気?雷汞を弾芯に?不安定すぎて、暴発の危険性が高すぎる。それに、こんな精密な構造、製造コストが跳ね上がるわよ。完全に規格外の、無許可プロジェクト……」


彼女はそこまで言うと、ふっと笑った。その目は、科学者としての、抑えきれない好奇心に爛々と輝いていた。


「……最高じゃないの。クレイジーで、危険で、実現が絶望的に難しい。……大好きよ、そういうの!」


「メイさん……!」


「でも、材料も、設備も、ハヤマっちの許可なしじゃ動かせないわ。どうするの?」

カイは、深く頭を下げた。


「お願いします。俺に、牙をください。仲間が切り刻まれるのを、ただ叫びながら見てるだけの、無力な司令塔で終わりたくないんです。この弾丸があれば、俺の銃は、アルファの装甲を貫く“鍵”になれるかもしれない」


その必死な声に、その瞳に宿る覚悟に、メイは何かを感じ取ったようだった。彼女はやれやれと肩をすくめ、にやりと笑った。

「……バレたら、私達、営倉じゃ済まないわよ。いいのね?」

「はい!」

「……分かったわ。この世紀の大馬鹿プロジェクト、付き合ってあげる。私の技術者としての魂が、面白そうだって叫んでるからね!」


翌日の訓練。

地獄のメニューは、まだ続いていた。だが、何かが、ほんの少しだけ違っていた。


「シロ、三歩前へ!サキ、それに合わせて半回転、右薙ぎ!」

カイの声が、以前よりも力強く、明瞭に響く。


シロとサキは、まだぎこちないながらも、その指示に従う。もう、口論している余裕などなかった。反発すれば、待っているのは電流のお仕置きだけだ。

シロが前に出る。サキが、彼の動きを軸に、コマのように回転する。二人の動きが、初めて一つの流れを生み出した。


ザンッ!


狼人のホログラムが、二体同時に霧散する。


「よし!次、煙幕!中央に投擲しろ、カイ!」

「了解!」


カイが投げた煙幕弾が、敵集団の中心で炸裂する。視界を奪われたホログラムたちが、一瞬動きを止める。

「今だ!突っ込め!」


シロとサキは、無言で駆け出した。繋がれた足が、もどかしい。だが、昨日よりは、遥かに息が合っていた。


訓練施設の監視室で、ハヤマはその光景をモニター越しに見ていた。彼はコーヒーを啜りながら、口元に、誰にも気づかれない、ほんの僅かな笑みを浮かべていた。


(……ガキが、一丁前に牙を欲しがりやがったか。面白い)


その日の訓練の終わり。

シロとサキとカイは、昨日と同じように、疲労困憊で床に倒れ込んでいた。だが、その表情は、昨日とは違っていた。

まだ、互いを認め合ったわけではない。まだ、友人ですらない。

だが、三人は、ボロボロになりながらも、同じハヤマに立ち向かい、同じ痛み(電流)を共有し、そして、初めて同じ勝利ウェーブクリアを掴んだ。


カイは、自分の拳銃を握りしめた。

それはもう、無力な鉄塊ではなかった。

来るべき未来のための、仲間を守るための、そして、自分の存在価値を証明するための、“秘密の力”への約束の証だった。

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