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ギンガリ  作者: 秀一
京都
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第十七話 「狂人たちの研究室」

月影機関、京都支部。

その外観は、古都の風景に溶け込む荘厳な伝統的宮殿。しかし、一歩足を踏み入れると、そこは最新技術が息づく近代的な空間が広がっていた。伝統と革新が奇妙に同居する場所。それが、彼らの新たな舞台だった。


長い廊下を歩いていると、不意に、何の予兆もなく、白衣を着た影が空間から滲み出るように現れた。少し癖のある髪を無造作に束ねた若い女性。彼女は、カゲヤマの死角に滑り込むと、まるで舞を舞うような、しかし致命的なまでに正確な動きで、彼の体勢を崩した。


「ほら……言わんこっちゃない。自分でも分かってるでしょ、その無茶なセラムの使いすぎで、どれだけ身体が弱ってるか」


女性は、呆れたような、しかしどこか楽しげな声で言うと、カゲヤマをあっさりと地面に組み伏せた。カゲヤマは、床に倒れ込みながら、途切れ途切れの声で呻く。

「……すまん……」


女性は、ようやくデルタ-7の存在に気づいたように、ぱっと立ち上がった。

「ああ、あなたたちが東京からのゲストさんね」

彼女は、白衣についた埃を払いながら、にこりと笑った。

「ようこそ、京都支部へ。私の名前は……ええと……私の名前、なんだったかしら」


「「「ええええっ!?」」」

カイ、サキ、シロの三人の声が、完璧にハモった。


「ああ、思い出した!スズキ・ヨウコよ。よろしくね」

「カイだ」

「……サキ」

「……シロ」


三人が名乗ると、シキが咳払いをして、会話に割り込んだ。

「自己紹介は後だ。話すべき、重要な議題がある」

「もー、シキ君は相変わらずカタブツねぇ。そんなんだから、女の子にモテないのよ」

ヨウコの指摘に、シキの後ろで三人がくすくすと笑いを堪える。


「……場所を変えましょうか」

ヨウコは、楽しそうに一行を先導した。


通された部屋は、畳敷きの広間だった。中央には円卓が置かれ、大きな窓の外には、手入れの行き届いた日本庭園が広がっている。壁際に寄りかかって座るカゲヤマ。残りの者たちは、円卓を囲んで座布団に腰を下ろした。


シキは、持っていたジュラルミンケースからファイルを取り出し、話を切り出した。

「ご存知の通り、狼人の起源は、人体への遺伝子操作実験の産物だ。“フェンリル”と名付けられたウイルスを、人体に投与することで生まれた」


シロ、カイ、サキは顔を見合わせる。頭上には、巨大なクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。

その反応を見て、シキのこめかみに青筋が浮かぶ。

「……君たち、まさか、本部の狼人記録ファイルを一度も読んだことがないのか?」

「記録ファイル?なんだっけ、それ」

カイの、あまりにも屈託のない返事に、シキの堪忍袋の緒が切れた。


「この……馬鹿者どもがッ!貴様らは一体何を学んできたんだ!」

「まあまあ」とヨウコが宥める。

「とにかく、私たちが今日話すべきは、先日君たちが遭遇した、あの“新しい化け物”についてだ」

シキは、無理やり冷静さを取り戻し、話を続けた。

「先日、ハヤマ教官がある任務で――」


((あの人、仕事してたんだ……))

三人の思考が、一瞬だけシンクロした。


「――“組織”の可能性がある廃墟を調査中、君たちが戦ったあの化け物共に包囲された。もちろん、彼は全て返り討ちにし、分析用のサンプルとして二体、持ち帰ってきた」

「その二体を、私が分析、解剖、解析したわ。結果、奴らの身体組成は、狼人と酷似していることが判明した。知っての通り、狼人の弱点は“銀”。ウイルスの設計段階で、超速再生能力を持たせるために、科学者たちは、そのウイルスの根幹を、重金属に極端に弱い特殊なタンパク質と結びつけたの。後に、銀イオンが、そのタンパク質を連鎖的に崩壊させ、“基盤ウイルス”そのものを破壊することが判明した。これが、銀が奴らにとって猛毒である理由よ」


ヨウコが、専門家として補足する。

「でも、奴らには決定的な違いがあった」

シキが引き継いだ。

「奴らの脳細胞は、完全に破壊されていた。思考能力がない。ただ、命令に従うだけの、肉人形ポーンだ。“組織”の目的は不明。あれより、さらに強力な個体が存在するのかも、分からない。だが、一つだけ言える。――あれは、奴らからの“警告”だ」


重い沈黙が、部屋を支配した。

その沈黙を破ったのは、壁際のカゲヤマだった。

「……復讐、かもしれん」

「復讐?」

「ああ。あのプロジェクトに関わった研究員たちは、惨事の後、口封じのために、全員が“処理”された。だが、もし、生き残りがいたとしたら……我々、月影機関に、復讐を企てていても、おかしくはない」


「……とにかく、君たちは、しばらくここで休んでくれ」

カゲヤマは、そう言って、一行を解散させた。


部屋を出て、自分たちの客室へと続く長い廊下を歩きながら、カイが口火を切った。

「なあ、お前らはどう思う?」


シロが、静かに答える。

「……戦うべき敵が、増えた。それだけだ」


サキは、腕を組み、何かを深く考え込んでいた。

「新しい化け物なんて、どうでもいい。それより、気になるのは……」


彼女は、先程までカゲヤマがいた方向を、鋭い目つきで一瞥した。

「――あのカゲヤマって男が、自分に注射した“セラム”の方だ」

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