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ギンガリ  作者: 秀一
京都
16/17

第十六話 「銀の拳」

ゴゴゴゴゴ……

空気が、震える。

竹林が、まるで巨大な檻のように、デルタ-7と、一台のセダンを、完全に閉じ込めていた。

異形の“人間”たちが、じり、じりと、包囲の輪を狭めてくる。その動きには、一切の感情も、躊躇もなかった。ただ、命令に従う、完璧な、殺戮人形。


「シキさん!こいつらは、一体何なんだ!?」

カイが、絶叫に近い声で尋ねた。


「……説明している時間はない!」

シキは、アタッシュケースを胸に強く抱きしめながら、叫び返した。

「言えることは一つだけだ!こいつらの身体組成は、狼人と酷似している!――つまり、“銀”は、有効だ!」


その言葉を待っていたかのように、助手席に座っていたカゲヤマが、静かに、ドアを開けた。

彼の表情は、先程までの、部外者を見下すような、冷たいものではなかった。

それは、これから、ただ、そこに在る“害虫”を駆除する、専門家ハンターの顔だった。


彼は、懐から、鈍い銀色の輝きを放つ、一つの武器を取り出した。

――銀色の、メリケンサック。


「……では、少し、京都支部の流儀を、お見せしましょう」

カゲヤマは、そう呟くと、もう片方の手で、小さなガラス製のバイアルを取り出した。中には、不気味な紫色の液体が満たされている。彼は、躊躇なく、その中身を、自分の首筋に突き立てた。


ブスリ、と、鈍い音。


次の瞬間。

カゲヤマの、スーツの袖から覗く腕、そして、首筋に、バキバキバキッ!と、血管が、蚯蚓腫れのように、浮き上がった。その身体から、異常な圧力が溢れ出す。


彼は、僅かに、身をかがめた。

そして。


ドォンッ!!


彼が立っていたアスファルトが、蜘蛛の巣状に砕け散る。

カゲヤマの姿は、そこには、もうなかった。

あったのは、残像と、衝撃波だけだ。


「なっ……!?」

カイが、目を見開く。


次の瞬間、包囲していた“人間”たちの、一体の、胴体が、爆散した。

ドシャアアアッ!と、黒い血と、肉片が、竹林を汚す。

その背後に、銀色の拳を構えた、カゲヤマの姿があった。


彼は、止まらない。

一体、また一体と、異形の群れの中を、まるで、嵐のように駆け抜けていく。その拳が振るわれるたび、一体の“人間”が、上半身と下半身が分離した、ただの“肉塊”へと変わっていく。

それは、もはや、戦闘ではなかった。

一方的な、殺戮。あるいは、解体作業。


「……………」

シロも、サキも、そして、カイも。

その、あまりにも、圧倒的な光景に、言葉を失い、立ち尽くしていた。

これが、京都支部の、エリート。

これが、自分たちと同じ、“討伐特化”の、戦闘員……?


やがて、カゲヤマの動きが、ふと、止まった。

彼は、肉片と、血の海の中に、静かに立っていた。その顔の半分が、返り血で、赤黒く染まっている。


彼は、自分の眼鏡に、血飛沫が付着しているのに気づくと、やれやれ、といった風に、息を吐いた。


「やれやれ……どうやらメガネが汚れてしまったようだ」


彼は、懐から、真っ白なハンカチを取り出すと、レンズを丁寧に拭き始めた。その、あまりにも、場違いで、あまりにも、冷静な仕草。

そして、彼は、何でもないことのように、再び、殺戮の宴へと、身を投じた。


「――いつまで、呆けているつもりだ!君たちも、始めろ!」

シキの怒声が、三人の硬直を、解いた。


「……行くぞ!」

カイの号令。

サキが、獣のように、車から飛び出した。

シロもまた、銀の刀を抜き放ち、その後を追う。


だが、敵の動きは、彼らが今まで戦ってきた、どの狼人とも、違っていた。

彼らは、個として、襲いかかってこない。常に、複数で、完璧に連携し、一人の隙を、別の者が突く。まるで、一つの、巨大な、群体生物のように。


「くそっ、こいつら、鬱陶しい……!」

サキの蹴りが、一体を吹き飛ばす。だが、即座に、別の二体が、その隙を埋め、左右から、彼女の腕に、食らいついてくる。


「サキ!」

シロが、刀で、一体の腕を切り裂く。銀が、その肉を焼き、悲鳴が上がる。

カイもまた、数少ない“銀の雨”を、敵が密集している地点へと撃ち込み、内部から、数体をまとめて、破壊していく。


凄惨な戦いが、数十分、続いた。

やがて、最後の一体が、カゲヤマの拳によって、頭部を粉砕され、その場に崩れ落ちた時、竹林には、再び、静寂が戻った。

残されたのは、夥しい数の、異形の死体と、肩で息をする、デルタ-7の、疲弊しきった姿だった。


「……はぁ……はぁ……終わった、のか……?」

カイが、膝に手をつきながら、呟く。

その、一瞬の、気の緩み。

それが、命取りだった。


「――助けて……」


茂みの中から、か細い声が聞こえた。

見ると、そこには、旅行客のような格好をした、若い女性が、足を怪我して、座り込んでいる。先程の、事故の、巻き添えだろうか。


運転手のナギが、それを見て、慌てて車から駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか、お嬢さん!」


その、あまりにも、善良で、あまりにも、無防備な行動。

カゲヤマの顔色が変わった。

彼だけが、その女から放たれる、微かな、しかし、決定的な“違和感”に、気づいていた。


「逃げろ、ナギ!そいつは、人間じゃない!!」

カゲヤマの、絶叫。


だが、遅かった。

ナギが、心配そうに、カゲヤマの方を、振り返る。

その、緊張した顔。

次の瞬間、彼の目の前にいた“女”の背中から、ブシャアアアアッ!と、何本もの、骨のように鋭く、そして、禍々しい、関節状の突起物が、射出された。


ザクザクザクザクザクッ!


ナギの身体が、頭頂部から、股下まで、一瞬にして、何本もの杭によって、貫かれた。

「……あ……」

彼の口から、意味にならない声が、漏れる。


「――てめええええええっ!!」

カゲヤマの怒号。

ドゴォォォォンッ!!

彼の拳が、女の顔面に、炸裂した。もはや、それは、殴るというより、爆破に近かった。女の上半身は、跡形もなく、吹き飛んだ。


カゲヤマは、串刺しになったナギの身体を、慎重に、引きずり出した。

ナギの口から、ゴポッ、と、大量の血が、溢れ出す。


「……カゲ……ヤマ、さん……」

途切れ途切れの、声。

「……頼みが、あります……。俺、もう、ダメみたい、なんで……。明日、娘の、誕生日……なんです。大きな、人形、買ってやるって……約束、しちまって……」


ナギは、血塗れの手を、ゆっくりと、空へと、伸ばした。

その、虚ろな瞳には、青い空と、愛しい、娘の笑顔が、映っているようだった。


「……愛してるぞ……ミカ……」


ぽつり、と、彼の目から、一筋の、涙が、零れ落ちた。

そして。

す、と、彼の手が、力なく、地面に落ちた。

その瞳から、光が、永遠に、失われた。


「……………」

カゲヤマは、何も言わなかった。

ただ、その場に、拳を、一度だけ、強く、強く、叩きつけた。

そして、優しい手つきで、親友の、開かれたままの瞳を、そっと、閉じた。


やがて、応援部隊の車両が、サイレンを鳴らしながら、到着した。

カゲヤマは、立ち上がった。その顔は、既に、いつもの、無表情な、エリートの顔に戻っていた。

「……ご愁傷様です」

隣に立っていたシキが、静かに、言った。


「……これが、俺たちの仕事だ」

カゲヤマは、吐き捨てるように、言った。

「いつ、誰が、命を落とすか、分からない。それだけのことだ」


到着した処理班が、異形の死体を、そして、ナギの亡骸を、手際よく、回収していく。


「……シキ分析官」

カゲヤマが、言った。

「あの化け物たちの正体……支部に戻ったら、詳しく、説明してもらいます」



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