表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギンガリ  作者: 秀一
京都
15/17

第十五話 「古都の罠」

ゴオォォ…と音を立て、純白の車体が滑り込む。

任務の舞台、古都・京都。その玄関口に、デルタ-7の三人と、不機嫌な保護対象が降り立った。近代的な駅の構造と、遠景に見える寺社の瓦屋根が、奇妙な不協和音を奏でている。


「……で、出迎えの人間は、どこにいるんだ?」

シキが、苛立たしげに周囲を見渡す。その目には、行き交う観光客の一人ひとりですら、潜在的な敵として映っていた。


「落ち着いてください。もう、こちらに向かっているはずです」

カイが宥めるように言うが、彼自身、その警戒を解いてはいなかった。


その、瞬間だった。

音もなく、まるで空間から滲み出るかのように、一人の男が、彼らの前に立っていた。

隙なく着こなされた黒のスーツ。一分の乱れもなく整えられた黒髪。そして、眼鏡の奥で、感情の一切を殺した、氷のような瞳。


「――月影機関、京都支部のカゲヤマと申します。お待ちしておりました、デルタ-7、及び、シキ分析官」


男――カゲヤマは、抑揚のない声で言った。


「……どうも。ご足労、感謝します」

カイが、チームを代表して応じる。

カゲヤマは、カイを一瞥し、次に、腕に包帯を巻いたサキを、そして最後に、手ぶらで立つシロを見た。サキは、その視線に、ほんの僅かな、しかし、確実な侮蔑の色が混じっているのを見逃さなかった。


「こちらへ。車両を用意してあります」


カゲヤマは、それだけ言うと、くるりと背を向けた。その歩き方には、一切の無駄な動きがなかった。


「……なんだ、あの野郎。最高に、気に食わねえな」

サキが、毒づく。

「京都支部の、エリートさん、ってとこかな」

カイは、やれやれと肩をすくめた。


黒塗りのセダンが、古都の街並みを滑るように走る。

車内は、重い沈黙に支配されていた。運転手も、助手席のカゲヤマも、一言も発しない。


シロは、窓の外を流れる景色から、目を離さなかった。寺社の瓦、古い町家、柳の木……その全てが、彼にとっては、未知の“地形”だった。


沈黙を破ったのは、カゲヤマだった。


「……シキ分析官の報告書は、拝見しました」

彼は、バックミラー越しに、後部座席の三人を値踏みするように見た。

「例の“アルファ”を仕留めたチームが、あなた方だと……。正直、信じ難い。報告書に記された戦術は、あまりにも、無謀で、非正規だ」


「……結果が、全てでしょ?」

サキが、挑戦的に言い返す。


「結果が全て、ですか。我々、京都支部は、手順と、規律を重んじる。あなた方のような“狂犬”を、野放しにはしておけない」


「てめえ、この……!」

サキが、思わず腰を浮かせかける。それを、カイが、手で制した。


その時、シキが、フン、と鼻で笑った。

「狂犬、ね。言い得て妙だ。だが、カゲヤマさんとやら……あんたのような優等生は、覚えておいた方がいい」


シキの目が、愉悦に細められる。

「――その狂犬たちは、あの、ハヤマ・センセイの、生徒だということをな」


シキの言葉に、カゲヤマの眉が、ぴくり、と痙攣した。


「……おい」

サキが、シキの顔の横で、低い声を出す。

「さっきから、犬、犬、って……いい加減、腹が立ってきたんだが」

「ん?何か言ったかね?聞こえなかったな」

シキが、わざとらしく耳に手を当てる。サキは、握りしめた拳が、ギリ、と音を立てるのを感じた。

(……こいつ、絶対、楽しんでやがる……!)


車は、市街地を抜け、嵐山へと向かう、静かな一本道へと入っていた。

道の両脇には、美しい竹林が、まるで壁のように、どこまでも続いている。観光客の姿も、まばらになってきた。

その静寂が、逆に、不気味だった。


キイイイイイイイイイイイイイイッッ!!


突如、甲高いブレーキ音と共に、車体が激しく揺れた。

運転手が、悲鳴のような声を上げる。


「どうした!?」

カゲヤマが叫ぶ。

「ぜ、前方に……!」


道の、真ん中。

一台の軽トラックが、横転していた。荷台から、大量の野菜が、路上に散らばっている。

その傍らには、農夫らしき老人が、頭から血を流して、倒れていた。


「……事故か?」

カイが、呟く。


「違う!」

シロが、叫んだ。

「――これは、罠だ!」


次の瞬間。

倒れていたはずの老人が、ギギギ…と、ありえない動きで、起き上がった。その動きは、およそ、人間のそれではない。

老人の目が、カッ、と赤く輝く。

そして、その口が、耳まで、裂けた。


「狼人……!?」

カゲヤマが、息を呑む。

だが、シロは、即座にそれを否定した。


「……カイ、気をつけろ!こいつは、狼人じゃない!……“何か”が、違う!」


ブチブチッ!

老人の身体から、肉が裂ける、嫌な音が響いた。

その背中を、突き破って、数本の、巨大で、黒光りする、昆虫の脚のような突起物が、生えてきた。


「な、なんだ、こいつは……!?」


ザッ、ザッ、ザッ……。

左右の竹林の中から、同じように、赤く輝く目をした“人間”たちが、次々と現れる。

農夫。サラリーマン。主婦。誰もが、ごく普通の一般市民の格好をしている。だが、その瞳からは、完全に光が失われていた。そして、その身体からは、異形で、醜悪な突起物が、歪に生えていた。


彼らは、まるで、糸で操られた人形のように、完璧に統率された動きで、ゆっくりと、車を、包囲していく。


「……“組織”の、歩兵ポーンか……!」

シキが、アタッシュケースを強く抱きしめながら、吐き捨てた。

包囲の輪が、じり、じりと、狭まっていく。


【???・監視室】


暗い部屋。

壁一面に並んだモニターの、一つが、竹林の中で、完全に包囲された、一台の黒いセダンを映し出している。

カシャ、というキーボードの音だけが響く。

闇の中に沈んだ人影が、その光景を、静かに見つめていた。


やがて、その人影が、ぽつりと、呟いた。

その声は、温度も、感情も、何も感じさせなかった。


「…………これが、あの裏切り者の息子か」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ