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ギンガリ  作者: 秀一
月影機関
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第十三話 「チームの格付けと新たな任務」

アルファとの死闘から二日後。

シロ、カイ、サキの三人は、機関の中枢にある、滅多に通されることのない第一作戦指令室に立っていた。彼らの前には、ハヤマ・センセイとは対極の、いかにも堅物といった風情の、白髪の幹部が座っている。


「――以上が、先日発生したK地区倉庫街における、特殊個体“アルファ”との交戦報告書の要約だ」

幹部は、淡々とした口調で言った。

「結果として、君たちは目標の無力化に成功した。これは、賞賛に値する。特に、新兵装“銀の雨”の有効性、そして、絶望的な状況下での君たちの連携は、高く評価された」


幹部の言葉に、カイは少しだけ胸を張った。サキは、腕の傷をさすりながら、無表情を装っている。シロは、ただ静かに、次の言葉を待っていた。


「だが」

幹部の声が、少しだけ低くなる。

「その過程は、無謀極まりない。作戦を無視した独断専行、そして、必要以上の自己犠牲を前提とした戦術。一歩間違えれば、君たちは全員、あの倉庫で死んでいた。今回の成功は、奇跡的な幸運に過ぎん」


厳しい言葉が、三人に突き刺さる。

「……本来であれば、君たちは懲罰対象だ。しかし、アルファという未知の脅威を排除した功績は、それを上回る。よって、上層部は、君たちを正式な実戦部隊として認可することを決定した」


幹部は、机の引き出しから、三つの小さな徽章を取り出した。それは、翼と剣を象った、銀色の記章だった。


「本日付で、君たちのチームを『戦闘分隊デルタ-7』と命名する。そして、機関の規定に基づき、君たちには初期ランクとして“C”ランクを付与する」


Cランク。

それは、新人部隊としては、破格の評価だった。ほとんどのチームは、最低ランクのDからスタートする。それは、彼らの戦果が、どれほど規格外であったかを物語っていた。


「これが、君たちの身分章だ。誇りを持って、身につけるように」


三人は、それぞれ、その徽章を受け取った。

カイは、その重みに、込み上げてくるものを感じていた。俺たちは、ついに、本当のチームになったんだ。

サキは、悔しさと、ほんの少しの誇りが入り混じった、複雑な表情をしていた。Cランク?まだまだだ。私は、もっと上へ行く。

シロは、その徽章を、ただじっと見つめていた。ランクには興味がない。だが、これがあれば、また、奴らと戦える。それだけで、十分だった。


「以上だ。サキ隊員は、完治するまで、医療セクションから出ることを禁ずる。解散」

幹部の言葉を最後に、三人は部屋を後にした。

彼らの、新しい物語が、今、正式に始まったのだ。


その日の午後。

月影機関の医療セクション、その一室で、サキはベッドの上に座り、盛大に、そして、あからさまに、不機嫌なオーラを撒き散らしていた。


「……だから、もう大丈夫だと言っているだろう!」

彼女は、診察に来た看護師に、猫のように唸っていた。腕の傷は、機関の特殊な医療技術によって、驚異的な速さで回復しつつあったが、それでも、完治にはあと数日を要する。それが、彼女には我慢ならなかった。一刻も早く、訓練に戻りたかったのだ。


その時だった。

バーンッ!と、病室のドアが、勢いよく開かれた。


「ヤッホー!サキちゃん、お見舞いに来たぜー!」


そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべたカイだった。その手には、これでもかとフルーツが詰め込まれた、巨大なバスケットが抱えられている。

その後ろから、シロが、静かに入ってきた。その手には、なぜか、スポーツドリンクのペットボトルが一本だけ握られていた。


「てめえ、カイ!ノックくらいしろ、ノックを!」

サキが、枕をカイに投げつける。

「いって!ひでえな、病人!せっかく、俺様が、この最高級のフルーツバスケットを持ってきてやったってのによ!」

カイは、大げさに痛がりながら、バスケットをテーブルに置いた。


「……誰がゴリラだ、誰が」

「え?俺、そんなこと言ったか?」

「今、心の中で言っただろうが!」


いつもの、くだらない口喧騒。だが、それが、今のサキにとっては、少しだけ、心地よかった。

「……傷は、どうだ」

シロが、静かに尋ねた。

「問題ない。明日には、訓練に復帰できる」

「無理だ。安静にしていなければ、回復が遅れる。非効率的だ」


シロの、あまりにも合理的で、しかし、的確な言葉に、サキはぐっと詰まる。それが、彼なりの心配の仕方なのだと、最近、少しだけ、分かり始めていた。それが、また、腹立たしいやら、気恥ずかしいやらで、複雑な気持ちだった。


「……まあ、でも、昨日は、助かった」

サキは、そっぽを向きながら、ボソリと言った。

「……あんたの、あの、下品な一撃と、カイの、まぐれ当たりの一発がなけりゃ、危なかった」

「下品って言うなよ……。あれが、最善手だったんだ」

「まぐれ当たりじゃねえよ!実力だっての!」


三人が、ぎゃいぎゃいと騒いでいる、その時だった。


コン、コン。


ドアではなく、窓から、ノックの音が聞こえた。

三人が、一斉に、窓の方を振り返る。

病室は、三階にある。


そこには、窓枠の外側に、まるで蜘蛛のようにへばりつき、にこにこと手を振っている、ハヤマ・センセイの姿があった。


「「「!?」」」


彼は、何でもないことのように、カラリ、と窓を開け、ひょいと、病室の中に入ってきた。

「よっ。病人の見舞いとは、感心感心。青春だねぇ」


三人の驚愕を、完全に無視して、ハヤマ・センセイは、話を続けた。

「朗報だ、デルタ-7の諸君!君たちが、晴れてCランクチームになったお祝いに、早速、新しい任務を与えてやろう!」


「新しい、任務……?」

カイが、聞き返す。


「ああ。君たちには、要人の警護についてもらう」

「警護?俺たちが?」

サキが、訝しげに言う。


「その要人とは?」

シロが、核心を突いた。


ハヤマ・センセイの口元が、にんまりと、三日月のように歪んだ。

「我らが友人、分析部のシキ君だ」


「「「…………はぁ!?」」」


三人の、間の抜けた声が、綺麗にハモった。

ハヤマ・センセイは、そんな彼らの反応を、心底楽しむように、説明を続けた。


「例のアルファの遺体から回収したデータ……それを、シキ君が、不眠不休で解析してくれてな。どうやら、奴らの発生源である、例の研究施設に繋がる、とんでもない情報を見つけちまったらしい」


「その情報は、あまりにも機密性が高すぎて、デジタルでの送信は危険だ。だから、シキ君本人が、京都にある第二支部まで、物理的にデータを運ぶことになった」


「で、ですが、なんで、俺たちが……?」

カイが、嫌な予感をひしひしと感じながら、尋ねた。


「うん?」

ハヤマ・センセイは、心底不思議そうな顔をした。

「決まってるだろ」


彼は、カイの肩を、ポン、と叩いた。

「先日の、君たちの“熱烈な歓迎”のおかげで、シキ君は、戦闘部隊の人間を、蛇蝎の如く嫌っている。だが、君たちだけは、別だそうだ」


「『あの人たちなら、俺をどう扱えば、一番痛いか、よく分かっているから、逆に信頼できる』……と、本人が、君たちを、直々に、ご指名だ。信頼の証じゃないか。よかったな!」


その、あまりにも理不尽で、あまりにも自分勝手な理屈。

シロと、カイと、サキは、顔を見合わせた。その顔には、絶望、という二文字が、くっきりと書かれていた。


彼らの、記念すべき、最初のCランク任務。

それは、自分たちが、半殺しにした男の、護衛。

全ての原因は、自分たち自身。

その、あまりにも皮肉な現実に、三人は、ただ、立ち尽くすことしかできなかった。


ハヤマ・センセイは、そんな三人の姿を、満足げに眺めた後、「じゃ、よろしくな!」と言い残し、来た時と同じように、ひらりと、三階の窓から、飛び降りていった。

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