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ギンガリ  作者: 秀一
月影機関
12/17

第十二話 「信頼、嘲笑、そして……」

「今だ、カイーーーーッ!!」


シロの絶叫が、廃倉庫に木霊した。

カイの指が、引き金にかかる。銃口の先には、友の姿。その友を殺そうとしている、怪物の姿。思考が、一瞬、停止する。

――本当に、撃つのか?


だが、シロを信じる、と、彼の心は、疾うに決めていた。


その、カイが引き金を引く、コンマ一秒にも満たない刹那。

アルファの爪が、シロの心臓を抉らんと迫る、その瞬間。


シロの動きが、変化した。

彼は、防御を捨て、身を捩り、握りしめた刀の軌道を、僅かに、しかし、決定的に変えた。刃が、アルファの振り下ろされた腕の下をすり抜け、その巨体の、最も無防備で、そして、最も屈辱的な一点へと突き立てられた。


股間。


「(どれだけ硬かろうが……ここなら、効くはずだ!)」


ザクッ、と肉を抉る、鈍い感触。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


アルファの咆哮が、苦痛と、驚愕と、そして、雄としての尊厳を砕かれた、悲痛な絶叫に変わった。

その巨体が、一瞬、完全に硬直する。防御が、がら空きになる。


「撃てええええええええっ!!」


シロは、好機を逃さなかった。

その声に、カイも、寸分の遅れなく反応した。

パーンッ!

放たれた“銀の雨”は、アルファのがら空きになった胸の中心、心臓の真上へと、吸い込まれるように着弾した。


アルファは、自分の胸に空いた、小さな穴を見た。一瞬、何が起きたのか、理解できていないようだった。

だが、次の瞬間。


クポッ、と内部で何かが破裂する音。

アルファの胸の中心から、銀色の亀裂が、蜘蛛の巣のように、その全身へと、爆発的に広がっていく。


「がああ……あ……ぎ……ぎぎぎぎぎ……!!」


声にならない悲鳴を上げ、アルファはその場に崩れ落ちた。強靭な肉体が、内側から、銀の毒によって、完全に破壊されていく。黒銀の体毛は抜け落ち、鋼の筋肉は萎み、その巨体は、みるみるうちに、人間の姿へと戻っていった。


やがて、そこには、血の気を失い、青白い顔をした、一人の男が横たわっているだけだった。彼は、ぜえ、ぜえ、と浅い呼吸を繰り返しながら、最後の力で、言葉を絞り出した。


「……これで、終わりだと、思うな……俺は、この力を、制御できなかった、ただの……クズだ……」


それが、彼の最期の言葉だった。

男の瞳から、光が消えた。


シーン……。

廃倉庫に、静寂が戻った。

残されたのは、荒い呼吸を繰り返す、三人の若者と、一体の亡骸だけだった。


サキは、腕に走る深い傷の痛みに、顔を顰めた。彼女は、男の亡骸の頭を、ブーツの先でコツン、と蹴り、吐き捨てるように言った。

「……てめえが付けたこの傷、どうしてくれるんだ、この野郎……」


その横で、シロが、ぽつりと、低い声で呟いた。

「……それは、少し、意地悪じゃないか」


「ああん?」

サキの、匕首のような鋭い視線が、シロに突き刺さる。

「……何か、言ったか?」


「いや……別に、何も」

シロは、ぷい、とそっぽを向いた。


その後、到着した機関の医療部隊によって、シロとサキは応急処置を受けた。幸い、傷は深かったが、命に別状はなかった。

そして、三人が本部のロビーに戻ると、そこには、腕を組んで、彼らを待っているハヤマ・センセイの姿があった。


彼は、三人のボロボロの姿を見ると、ぷるぷると肩を震わせ、必死に笑いを堪えているようだった。

だが、それも、数秒しか持たなかった。


「……ふっ……ふふっ……」


「ぶっふぉおおおおおおおおおおおおおっ!!ふぁーははははははは!ふぁーはははははは!!」


ハヤマ・センセイは、腹を抱えて、その場に崩れ落ち、床を転げ回りながら、大爆笑し始めた。その笑い声は、ロビー全体に響き渡った。


やがて、涙を拭いながら、彼はゆっくりと立ち上がった。

「あぁ〜……でもさ、君たち、めっちゃボコボコにされてたよね〜」


彼は、ふらふらとカイの肩に寄りかかると、シロとサキを、からかうような目で見た。

「カイ君は、よくやった。最後、アルファを仕留めたのは、紛れもなく君だ。俺が、ドローンで、ちゃーんと見てたからな。君がいなかったら、どうなってたことか」


「い、いえ……そんな、大したことじゃ……」

カイは、照れくさそうに、頭の後ろを掻いた。


「ほーらほら、照れちゃって、このシャイボーイめ!」

ハヤマ・センセイが、カイの頭をわしゃわしゃと撫でた、その時だった。


フワッ……。

突如、何の脈絡もなく、世界の空気が変わった。


背景が、淡いピンク色になり、どこからともなく、純白の花びらが、きらめきながら舞い始めた。

カイとハヤマ・センセイの周りだけを、金色の光の粒子が、キラキラと照らし出す。まるで、二人は、魔法の国の王子様か、何かのように。


カイは、自信に満ちた表情で、すっと片手を天に掲げた。

その隣で、ハヤマ・センセイは、我が事のように、誇らしげな笑みを浮かべている。

全ての動作が、過剰に、そして、ドラマチックに演出されていた。


ハヤマ・センセイが、熱のこもった声で言った。

「カイ君のスキルは、まさに天下一品!彼は、天才だ!」


カイは、そっと目を伏せ、クールな笑みを浮かべた。

「……俺は、ただ、最小限の努力をしただけですよ」


その、あまりにもキラキラしすぎた光景を、少し離れた場所から、シロとサキが、見ていた。

彼らの周りだけ、世界の彩度が、ゼロになっていた。全てが、色褪せた、灰色の景色。


サキが、虚無の目で、呟いた。

「……なんだ、これ……」


シロもまた、絶望的な声で、囁いた。

「……ああ……そうらしいな……」


その時、カイの視線が、遠くの二人と、合った。

一瞬の、奇妙な沈黙。


次の瞬間――


ペッ!

ペッ!


シロとサキは、完璧なシンクロで、それぞれ、あらぬ方向に向かって、同時に、地面に唾を吐いた。その顔には、心の底からの、最大級の軽蔑と、嫌悪が浮かんでいた。


その、あまりにも無慈悲な意思表示を見た瞬間。

カイの周りの、ピンク色の世界が、音を立てて崩れ落ちた。

花びらは消え、金色の光は霧散し、彼の背景もまた、シロたちと同じ、虚無の灰色に染め上げられた。


カイの瞳から、光が消えた。

彼は、その場で、石のように、凍りついた。


「…………あれ……?」


か細い、困惑した声が、静まり返ったロビーに、ぽつりと、響いた。

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