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ギンガリ  作者: 秀一
月影機関
11/17

第十一話 「初陣、そして最初のアルファ」

「――以上だ」


ブリーフィング室の空気は、凍りついていた。

ハヤマの声には、いつものような軽薄さのかけらもなかった。モニターには、K地区の寂れた工業倉庫街の地図と、そこで消息を絶った偵察部隊の最後の通信記録が表示されている。


『……目標、一体。異常な速度と、知性……まるで、人間のように……こちらを、観察して……ぐあっ!』


そこで、通信は途切れていた。


「任務内容は三つ」

ハヤマは、シロ、カイ、サキの三人を、一人ずつ、鋭い視線で射抜いた。

「第一に、目標の発見。第二に、その無力化。そして、最も重要な第三……」


彼は、そこで言葉を切った。

「――全員、生きて帰ってこい。以上だ」


その言葉は、命令であり、そして、彼が初めて見せた、先生としての、あるいは、一人の先輩としての、切実な願いのようにも聞こえた。

装備室の空気は、鉄と覚悟の匂いがした。

シロは、無言で、自分の愛刀である銀の刀の刃を確かめている。その切っ先は、闇を切り裂くために、冷たく輝いていた。

サキは、太腿と背中に、複数のコンバットナイフを固定していく。彼女のしなやかな筋肉は、これから始まるであろう死闘を前に、静かに張り詰めていた。


そして、カイは。

彼は、弾倉に、一発、また一発と、“銀のシルバー・レイン”を装填していた。完成したばかりの、彼の希望であり、切り札。その弾丸の重みが、ずしりと、彼の責任の重さとなって、指先に伝わってくる。


装甲車に乗り込み、現場へと向かう。

車内は、沈黙に支配されていた。誰も、口を開かない。ただ、互いの目を見て、静かに、しかし、強く頷き合うだけだった。

もう、訓練ではない。

これから始まるのは、本物の、命の奪い合いだ。


K地区の倉庫街は、まるで巨大な鉄の墓場だった。

夕日が、錆びついた建物の間を、血のような色で染め上げている。


三人は、完璧な連携で、音もなく進んでいく。シロが先頭で、感覚を研ぎ澄ませる。カイが、後方から周囲を警戒し、通信機で指示を送る。サキは、いつでも飛び出せるように、影のように二人に追従する。地獄の三人四脚訓練が、彼らの動きを、一つの生き物のように変えていた。


やがて、彼らは、目標の車両を発見した。

それは、巨大な缶詰が、中身ごと抉り出されたかのような、無残な姿をしていた。装甲版が、紙のように引き裂かれている。

「……なんて、力だ……」

カイが、息を呑む。


その時、シロが、ハッと顔を上げた。

「……この匂い……!」

それは、遊園地で嗅いだものとは、比べ物にならないほど、濃密で、攻撃的で、そして、邪悪な知性を感じさせる、獣の匂いだった。


匂いは、一際大きな、多層構造の倉庫の中へと続いていた。

三人は、武器を構え、ゆっくりと、その巨大な廃倉庫へと侵入する。

内部は、迷路のように入り組んでいた。山と積まれたコンテナ、錆びついたキャットウォーク、そして、巨大な機械の影。


その時だった。

ヒュッ、と風を切る音。

頭上のキャットウォークから、巨大な鉄製のコンテナが、三人の頭上へと落下してきた。


「散れ!」

カイの叫び。

三人は、コンマ数秒の差で、その場から飛び退く。

ゴオオオオンッ!!

凄まじい轟音と共に、コンテナが地面に叩きつけられ、床が砕け散った。


「(……試しているのか、俺たちを!)」


キャットウォークの暗がりから、二つの、赤く爛々と輝く光が、彼らを見下ろしていた。

ゆっくりと、その巨体が、闇の中から現れる。

それは、彼らが今まで対峙してきた狼人とは、明らかに、次元が違っていた。

一回りも、二回りも巨大な体躯。鋼のように硬質化した、黒銀の体毛。そして、何よりも違うのは、その瞳。そこにあるのは、飢えや本能ではない。冷酷で、残忍な、計算高い“知性”の光だった。


「……あれが、“アルファ”……!」


アルファは、咆哮した。それは、ただの威嚇ではない。開戦の狼煙だった。

最初に動いたのはサキだった。

「しゃあ、オラァッ!」

彼女は、壁を蹴り、弾丸のようにアルファへと突進する。だが、アルファは、まるでその動きを読んでいたかのように、僅かに身を捩るだけで、サキのナイフをかわした。


「なっ……!?」

空を切ったサキの体勢が、僅かに崩れる。その隙を、アルファは見逃さなかった。鋼の爪が、サキの肩を薙ぐ。

「しまっ……!」


ガキンッ!

横から割り込んだシロの刀が、その爪撃を受け止めた。火花が散る。

だが、アルファの力は、シロの想像を遥かに超えていた。

「ぐっ……重い……!」

シロは、じりじりと後ろへ押し返される。


「今だ、カイ!」

シロが叫ぶ。

カイは、その一瞬の隙を見逃さなかった。銃口が、正確にアルファの心臓を捉える。

(頼む……効いてくれ……!)


パーンッ!

“銀の雨”が、アルファの胸部に着弾する。

クポッ、と内部で破裂する、独特の感触。


「グルアアアアアアアアアッ!!」


アルファが、初めて、苦痛の咆哮を上げた。その巨体が、たたらを踏む。

「やったか!?」

カイが叫ぶ。


だが、違った。

アルファは、致命傷を負っていなかった。その胸からは、黒い血が流れている。確かに、ダメージは与えた。だが、その生命力と耐久力は、カイたちの想定を、遥かに、遥かに上回っていた。


そして、傷を負った獣は、より一層、凶暴になる。

アルファの瞳が、憎悪と殺意で、赤黒く染まった。

そこからの戦闘は、一方的な蹂躙だった。


アルファは、その巨体からは信じられないほどのスピードで、倉庫内を縦横無尽に駆け巡る。コンテナからコンテナへと飛び移り、影に潜み、予測不能な角度から攻撃を仕掛けてくる。

サキの腕が、深く切り裂かれた。

シロの刀は、アルファの爪と何度も打ち合ううちに、刃こぼれを起こし始めていた。

カイは、必死で援護射撃を繰り返すが、その度に、貴重な“銀の雨”が消費されていく。


「くそっ、キリがねえ!」

コンテナの影に隠れながら、カイが悪態をつく。マガジンに残された特殊弾丸は、あと三発。


その時、アルファが、大きく咆哮し、負傷しているサキへと、最後の爪撃を繰り出そうとしていた。

「サキ!」


シロが、サキを突き飛ばし、身代わりになるように、アルファの前に立った。

だが、連戦で、彼の体力も限界に近かった。

アルファの爪が、シロの無防備な胴体へと迫る。


「(……これまで、か……)」


シロが、死を覚悟した、その瞬間だった。

彼は、最後の賭けに出ることを決意した。それは、常軌を逸した、自殺行為とも言える作戦。


「カイ!」

シロは、通信機に向かって絶叫した。

「俺の合図で……俺を、撃て!」


「なっ……何を言ってるんだ、シロ!?」

カイと、腕を押さえているサキが、同時に叫ぶ。


「いいから、やれ!サキは、動ける準備をしておけ!」

シロの説明を待たずに、アルファの爪が、彼の心臓目掛けて振り下ろされる。


「今だ、カイーーーーッ!!」


シロの、魂の絶叫が、廃倉庫に響き渡った。

カイは、震える手で、拳銃を構えた。

その銃口が向けられているのは、目の前の怪物ではない。

傷だらけで、死の淵に立っている、たった一人の、親友だった。

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