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ギンガリ  作者: 秀一
月影機関
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第十話 「カイの弾丸、完成」

遊園地での「最終試験」から一夜明けた。

気まずさと、奇妙な連帯感が入り混じった空気の中、シロ、カイ、サキの三人は、機関のブリーフィング室に呼び出されていた。部屋の隅には、まだ顔に青痣を残し、腕を三角巾で吊るした分析部のシキが、怨念のこもった目で彼らを睨んでいる。


「――というわけで」

ハヤマは、けろりとした顔で報告書を読み終えた。

「昨日の君たちの連携、状況判断、そして、目標シキを半殺しにした実行力。全てを総合的に評価した結果、本日付で、君たちを正式な一つの実戦チームとして認定する。おめでとう」


パチパチ、と気の抜けた拍手をするハヤマ。誰も、喜べなかった。


「さて」

ハヤマは、話を変えるように、カイへと視線を向けた。

「カイ君。君、最近、夜な夜な“自主研究”に励んでいるそうじゃないか。感心感心」

その言葉と共に、ハヤマは悪戯っぽくウィンクをした。カイの心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。

(……知ってやがったのか)


ハヤマは、足元に置いてあった、小さなアタッシュケースをテーブルの上に放り投げた。ズシリ、と重い金属音が響く。


「技研のメイが、『個人的なプロジェクト』で『素材が足りない』とかなんとか、ブツブ-ツうるさくてな。倉庫の隅に、こんなガラクタが転がってたから、拾ってきてやった。せいぜい、有効活用することだな」


カイは、恐る恐るそのケースを開けた。

中に入っていたのは、鈍い銀色の輝きを放つ、高純度のタングステン=シルバー合金のインゴット。そして、厳重に緩衝材に包まれた、数本のガラスバイアル。中には、安定性の高い触媒と思われる液体が満たされていた。

それは、メイが「これさえあれば」と喉から手が出るほど欲しがっていた、希少な素材そのものだった。

これは、ハヤマなりの、非公式な、しかし決定的な「承認」だった。


「……あ、ありがとうございます、先生」

カイの声が、僅かに震える。

「ん?何のことだ?俺は、ただガラクタの再利用を推奨しただけだぞ」

ハヤマは、大きくあくびをしながら、そう言ってのけた。

シロとサキは、何が起きているのか完全には理解できずにいたが、カイとハヤマの間で、何か重要なことがやり取りされたのを感じ取っていた。


カイは、アタッシュケースを抱え、技研へと走った。

研究室の扉を開けると、メイが待っていたかのように、万全の準備を整えて立っていた。


「……来たわね、カイ君。で、首尾は?」

「これを見てください」

カイがケースを開けて見せると、メイの目が、子供のように輝いた。

「っ……!これ、S級の装備にしか使われない高純度合金……それに、軍用の特殊触媒!あのクソ教官、どこからこんなものを……!?」


メイは、興奮を隠しきれない様子で、カイの肩を掴んだ。

「よし!これだけあれば、理論上、最高の“作品”が作れる!さっさと始めるわよ!徹夜覚悟しなさい!」


そこから先は、まさに戦場だった。

高精度のレーザー旋盤が、金属の塊をミリ単位で削り出していく。真空チャンバーの中で、特殊な熱処理が施される。カイとメイは、まるで長年連れ添ったパートナーのように、阿吽の呼吸で作業を進めていった。


「カイ君、旋盤の冷却速度をあと2%下げて!合金の結晶構造を、衝撃に対して脆くなるように調整するのよ!」

「了解!メイさん、チャンバー内の圧力を、規定値の1.05倍に設定します!その方が、合金の均質性が上がるはずです!」


彼らの会話は、もはやシロやサキには理解不能な、専門用語の応酬だった。

カイは、実家の工場で培った知識と経験を、ここで遺憾なく発揮していた。彼は、ただの銃の使いシューターではない。銃と、弾丸という“システム”そのものを、深く理解していた。


そして、最も緊張が走る工程がやってきた。

雷酸水銀(雷汞)の調合と、弾芯への充填だ。


メイは、分厚い防護服に身を包み、特殊なグローブボックスの中で、ピンセットよりも細い器具を操っていた。ハヤマが持ってきた触媒を、一滴、また一滴と、雷汞の溶液に加えていく。僅かな量の違い、僅かな温度の変化が、大爆発に繋がりかねない、危険な作業だ。


カイは、固唾を飲んで、モニターに映し出される化学反応のデータを見守っていた。


「……よし、安定したわ」

数十分後、メイが、額の汗を拭って言った。

「次は、充填。ここからは、機械に任せるわよ」


ロボットアームが、完成したゼリー状の爆薬を、極微量、注射器のような器具で吸い上げる。そして、レーザー旋盤でくり抜かれた、弾丸の空洞へと、静かに、そして正確に注入していく。

最後に、特殊なポリマー樹脂で蓋をして、一発の弾丸が完成した。


それは、まるで工芸品のように、美しく、そして、禍々しい輝きを放っていた。


「……できた」

カイは、完成した一発の弾丸を、震える手でつまみ上げた。

「これが……俺の……」


「名前をつけなきゃね」

メイが、満足げに言った。

「これのコンセプトは、命中した瞬間に、内側から銀の雨を降らせて、敵をズタズタにする……でしょ?」

「はい」

「なら、決まりね。この子のコードネームは――」


メイは、悪戯っぽく笑った。

「――“銀のシルバー・レイン”よ」


数時間後。

カイとメイは、機関の地下最深部にある「レベルX射撃場」にいた。そこは、未認可の兵器や、暴発の危険性があるプロトタイプを試験するための、特別な施設だ。分厚い防爆壁と、衝撃を吸収する特殊なゲルで覆われている。


カイからの連絡を受け、シロとサキも、そこに集まっていた。


「一体、何を始める気だ?」

サキが、訝しげにカイに尋ねる。

「見れば、分かる」

カイは、短く答えると、完成したばかりの“銀の雨”が込められたマガジンを、愛用の拳銃に装填した。マガジンには、たった十発の弾丸しか入っていない。だが、その一発一発が、ずしりと重い。


射撃レーンの先には、紙の的ではなく、巨大な黒いブロックが置かれていた。

「アルファ個体の硬質化した皮膚を、再現したターゲットよ」

メイが説明する。

「強化カーボン繊維を編み込んだ、特殊な生体ゲル。並の銃弾じゃ、表面に傷一つつかないわ」


カイは、射線に立った。

彼は、ゆっくりと息を吸い、そして、吐いた。

雑念を払い、意識を、銃と、的と、そして、その間にある空間だけに集中させる。

遊園地の射的ゲームとは、わけが違う。これは、遊びじゃない。

これは、仲間を守るための、自分の存在価値を証明するための、一撃だ。


カイは、銃を構えた。

彼の心は、静かだった。

そして、引き金を引いた。


パーンッ!


発射音は、通常の弾丸よりも、僅かに甲高く、鋭く響いた。

弾丸は、一直線にターゲットへと吸い込まれ――中心部に、着弾した。


だが。

何も、起きなかった。

ターゲットブロックには、ただ、小さな弾痕が一つ、空いているだけ。ゲルは、その衝撃を完全に吸収してしまったように見えた。


「……なんだ。大したことないじゃないか」

サキが、呆れたように呟きかけた、その瞬間だった。


――クポッ。


ターゲットブロックの、内部から、何かが泡立つような、奇妙な音が聞こえた。

次の瞬間、小さな弾痕を中心に、ブロックの内部に、無数の銀色の亀裂が、蜘蛛の巣のように、爆発的に広がった。


「「「!?」」」


それは、まさに“内側からの破壊”だった。

外見は、小さな穴が空いただけ。だが、その内部は、飛散した何百、何千という銀の粒子によって、完全に、ズタズタに引き裂かれていたのだ。ゲルに混じった銀の粒子が、まるで体内の銀河のように、キラキラと光っている。


「……成功、ね。それも、理論値を遥かに超える、大成功よ」

メイが、興奮を抑えきれない声で言った。


シロは、言葉もなく、破壊されたターゲットブロックに歩み寄り、その断面を食い入るように見つめていた。

(……凄まじい威力だ。これならば、アルファの硬い装甲を、内側から破壊できる。戦術が、根本から変わる……)

彼は、カイの方を振り返った。その目には、初めて見る、純粋な尊敬の色が浮かんでいた。

「カイ……お前、すごいな」


サキもまた、絶句していた。

彼女が信じていたのは、鍛え上げた自分の肉体、圧倒的な腕力だった。だが、目の前にあるのは、技術と、知識と、そして、仲間を想う心が作り出した、全く異質の“力”。それは、彼女の信念を、静かに、しかし、確実に揺さぶっていた。


カイは、硝煙の立ち上る銃口を、ゆっくりと下ろした。

マガジンに残った、九発の弾丸。

それは、美しく、冷たく、そして、命の重さを持っていた。


(……これが、俺の牙)


彼は、自分の拳銃を、強く、強く握りしめた。

その手にはもう、不安も、焦りもなかった。

あるのは、仲間と共に、これから始まる本当の戦いに立ち向かうという、静かで、そして、揺るぎない覚悟だけだった。

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