第3話 んー、ピンチ……?
朝、いつもより念入りにポニーテールを整える私。
「よーし!今日も……!」
鏡に向かってガッツポーズをしながら、スマホに新着メッセージが。亜海からだ。
[今日、お昼一緒に食べよ〜!]
亜海と美優は私の片思い応援団。中学校も違うし2年では違うクラスだったけど、入学式の日からすっかり親友になった。
「おはよ〜、莉沙ちゃーん!」
教室に入ると、私の席にいる美優が元気に手を振る。
「おはよ!」
「今日は葵くんと来なかったの?」
「朝練だって〜。バスケの大会近いんだって」
実は私、帰宅部なんだよね。中学のときは軽音部だったんだけど、高校に入ってからは家の手伝いもあって部活は諦めた。だから葵の活躍はいつも遠くから見てるだけ。
教室でおしゃべりしていると、いつの間にか教室にクラスのみんなが揃っている。葵もだ。
「あっ、時間じゃーん」
「じゃっ、りーまた昼ね」
亜海と美優はそう言ってそれぞれのクラスに戻った。
すると担任の佐々木先生が入ってきた。
「はい皆さん、おはようございます。始業式から一週間経ちましたね。さて、今日は座席替えをしましょうか」
え?聞いてないよ!
「今は五十音順ですよね?じゃあ、今回はくじ引きで決めます。みんな前に来て、番号を引いてくださいねー」
動揺しながらも、私はくじを引く。「17番」か……。
葵も朝練から戻ってきて、くじを引いている。なんだか真剣な表情。
「葵、何番だった?」
思わず聞いてしまう。
「18番」
私と葵の番号はたった1つ違い……!となると隣は厳しいかな……。
「じゃあ、番号書いていきますねー」
先生は黒板に席を模倣したマス目を作ると、番号をつけていった。
えーっと、「17番」は〜……。
えっ?!窓側から一列空いて後ろから二番目?!
ラッキー!
「それでは自分の番号の席に移動してください」
「18番」は〜……。
私の左隣っ?!
「やったー!」思わず声が出そうになるのをぐっと堪える。
新しい席に座ると、葵も隣に腰を下ろした。
「隣……だったね」
葵が少し照れたように言う。
「う、うん……!喋れる女子が隣って、感謝してよねっ!」
内心では「やったー!」と叫んでるのに、なぜか素直に喜べない自分がいる。
だって、喜んだらあまりにも露骨すぎるでしょ!
葵が教科書を取り出しながら、
「てかさ、昨日の数学の宿題、わかった?」と話しかけてきた。
「え?あ〜……実は最後の問題で詰まっちゃって」
「俺も最初わからなかったけど、なんかまぐれで解けたんだよね」
「うそだー?まぐれじゃなくて調べたりしたんでしょー?」
「いやマジでまぐれなんだって。信じらんないなら、見てみろよ、それに終わってないなら写せよ。まぐれでいいならだけど?」
「マジ?!ありがとう!」
葵のノートを覗き込む。こんな風に勉強を教えてくれるなんて珍しい。
いつもはめんどくさがって「自分で考えろー」とか言うのに。
授業が始まり、窓の外を春の風が吹き抜けていく。
葵の横顔を見ていると、なんだかドキドキする。こんな近くで一日中一緒にいられるなんて……。
お昼休み、美優が私の席にやってきた。
「いいじゃーん、葵くんの隣なんて!」
美優がささやく。
葵は友達と一緒に購買に行っていて席を外している。
「うん!しかも今日は数学の宿題見せてくれたの!」
「マジで?!」
美優は目を輝かせる。
「でも、これからどうやってアプローチしていけばいいのかな……」
「とにかく会話の機会を増やすしかないよね」
そんな会話をしていると、教室のドアが開き、担任の佐々木先生が入ってきた。隣には見知らぬ女子生徒。
「皆さん、注目してくださーい。今日から新しいクラスメイトが加わります」
教室がざわつく。転校生?こんな中途半端な時間に?
「篠原 千尋さんです」
「愛知から来ました。よろしくお願いします」
短い黒髪に切れ長の目、背もちょっと高くてスタイル抜群……モデルみたい。
男子たちが一斉にざわめいた。
「席は……そうですね、窓側の一番後ろの空いている席にしましょう」
窓側、1番後ろ……それって……!
葵の真後ろの席。私と斜め後ろの位置。
ちょうどそのとき、葵が教室に戻ってきた。篠原さんとすれ違い、一瞬、立ち止まる。
「篠原……?」
んん……?!葵、あの子のこと知ってるの?!
篠原さんも葵を見て、驚いた表情をした後、笑顔になる。
「あ、坂倉くん!こんな所で会うなんて!」
クラス中の視線が二人に集中する。
「ん?葵、知り合いなん?」
誰かが聞く。
「まあ、冬の遠征試合で会っただけだけど」
葵が説明する。
「篠原は愛知の強豪、青嵐高校の女子バスケ部のキャプテン」
キャプテン?!す、すごい……。
「そうなんです。坂倉くんとは合宿練習でお世話になりました」
篠原さんが笑顔で言う。
「篠原こそ、うちのチームに技術教えてくれたじゃん」
葵も珍しく笑顔だ。
んー??葵、あんな表情するんだ……?
篠原さんは葵の後ろの席に座り、昼休みが再開した。
先生がいなくなると、篠原さんはあっという間にクラスメイトたちに囲まれていた。当然と言えば当然。
転校生って珍しいし、特に彼女みたいな実力者となれば……。
「なんで転校してきたの?」
「青嵐高校って全国大会出てたよね?」
質問攻めの中、篠原さんは落ち着いた様子で応えている。
「お父さんの転勤で引っ越してきたんですよ。もちろんこちらでもバスケは続けるつもりです」
「篠原さんが入ったらもっと強くなりそっ!あっ、それにタメ口でいいよっ!」
「ありがとっ。部活は明日から入部させてもらうつもり」
そして彼女は葵の方を見た。
「坂倉くん、こちらのバスケ部はどう?強いの?」
「まあ。県大会はいつも上位」
葵が胸を張る。
「また一緒に練習する機会あるかな?」
「絶対あるだろ。学校一緒なんだし、合同練習とか」
二人の会話が自然すぎて、なんだか胸が痛い。葵の嬉しそうな表情を見るのは本当は嬉しいはずなのに……。
……い、おーーーい、りー、聞こえてる〜?」
「りー、屋上行こー」
亜海と美優が私の腕を引っ張る。
「お弁当、一緒に食べようって言ってたじゃーん」
「あ、ごめんごめん!」
屋上では、いつもの三人でお弁当を食べながらおしゃべり。でも、私の頭の中は教室の様子が気になって仕方ない。
「葵くん、あの子と知り合いだったんだね〜」
美優が言う。
「うーん……さすがに予想外だった」
「大丈夫?」
亜海が心配そうに尋ねる。
「なんか落ち込んでる?」
「ううん、ちょっと驚いただけ」
「でも転校生、バスケのキャプテンだったんだよね。葵くんと共通の話題あるし……」
トホホ、気持ちが沈む。
「私、帰宅部だし、葵のバスケの話とかあんまり詳しくないしな〜……」
「そんなこと気にすることない!」
美優が励ます。
「莉沙ちゃんは莉沙ちゃんの良さがあるんだから!」
「そうだよ!」
亜海も同調する。
「それに、幼馴染ってステータスがまず強い。絶対負けない!」
「確かに……?」
屋上から教室に戻ると、まだクラスメイトは篠原さんを囲んでいる。でも私には、葵と篠原さんが話し込んでいる姿しか映らない。
スマホの画面を見せ合って、何かを楽しそうに話している。
「これ、あの時の試合の動画」
葵の声が聞こえる。
「ほら、ここで篠原のクロスオーバーが決まるんだよな」
「懐かしい!でもこの後のシュート、ちょっと甘かったな〜……」
動画を見てる周りからは「おぉ〜」と歓声が起こる。
二人はバスケの試合映像を見ながら、専門的な話をしている。私には全く入り込めない世界。
授業が再開し、午後の日課が始まる。集中しようとするけど、頭の中は複雑な思いでいっぱい。
隣の葵がメモを回してきた。「放課後、今日も部活あるから先帰れ〜。お前の母さんによろしく伝えといて〜」と書いてある。
「おっけー」とメモを返す。
放課後、教室が空いていく中、葵は急いでバスケの練習着に着替えて出て行った。
「千尋ちゃん!良かったら体育館まで案内するよ!」
クラス委員の女子が篠原さんに声をかけている。
「ありがと。女子バスケ部の見学に行くつもりだったから助かる」
二人が出て行くのを見送りながら、私は一人教室に残った。
家に帰る途中、ふと立ち寄った公園のベンチに座り、スマホを取り出す。何も考えず、ショート動画を垂れ流す。
ん〜、明日からどうしよう……。
篠原さんは葵と同じバスケの世界の人。私にはない共通点がある。
それでも、簡単に諦めるわけにはいかない……!