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世の中、水と油というように混じり合わない属性というものが存在する。
オタクに対する非オタ、鉄オタに対する非鉄オタという程度ならば生ぬるく、互いにそこに触れることがなければどうにか付き合っていけるだろう。
たとえていうのならば、淡水魚と海水魚の関係のようなものだ。
テリトリーを争うこともない、全く別の生き物。
他所の属性ということで、理解できぬことならば下手に突かず放っておけばいい。
しかし厄介なのはアンチだ。
◆◆◆
「鉄平。腐女子なんぞという属性の女と付き合うことになったら、絶縁だ。よく覚えておけ」
年子の姉――大沼鋼羽は背中まで届くストレートの黒髪を掻きあげ、俺をまっすぐに見据えた。
洗いざらしのシャツにジーンズという、オシャレ感皆無な服装だが、不思議とダサさはなく、清潔感に溢れていた。
それも類まれなる美貌のなせる業なのだろう。
ただ、彼女の部屋の棚に陳列されたフィギュアと戦車と戦艦が彼女の容貌からは想像がつかないほど、ひどくミスマッチだった。
「う……な、なんで? オタクはオタクなんじゃないの? 俺も姉貴もオタクだろ。仲間みたいなもんじゃなんか。インドア派っていうか、おとなしいっていうか、少なくとも、運動部で熱血しているような連中よりは合うような気がする……よ?」
「仲間だと⁉ 貴様、あの連中と我々が同じだというのか!」
だん、と机を強く叩き、ちょっと痛かったのか、一瞬涙ぐんで鋼羽は黙った。
「た、多分非オタの人からしてみれば、どっちも変わんないよ……」
恐る恐るそう申し出てみたが、ぎっ、と鋭くこちらを睨んでくる。
俺は思わず「ひぃっ」と短く悲鳴を上げていた。
なまじ美人なだけに、恐ろしい……。
「いいか、わたしは……というか、我々は厨二病という属性だ。やや揶揄を込めた分類名にはなっているが、強い悪意は感じない。しかし奴らの呼び名には『腐敗』を意味する不吉で醜悪な文字が使われているではないか。どちらが上か下かという話ならば、我々の方が上位だと、オタクの上位層に居るのは間違いない」
なんだろう、この勝手な偏見と思い込みは……厨二病の『病』という字にはマイナスの要素がないというのだろうか。
俺は姉の言葉から腐女子に対する並々ならぬ敵意のようなものを感じ、背筋が凍りそうになった。
ちなみに腐女子とは野郎同士の同性愛――ボーイズラブ=略してBLなどの創作物を好む女性(女子)を指す言葉である。
その『ボーイズラブ』が男同士の恋愛モノのジャンルとしての名称だということは分かっているものの、オッサンだろうがじいさんだろうが、『ボーイズ』なのか? という疑問が沸きつつも、ああそうか……何歳になっても『体操のお兄さん』という肩書に倣ったような、年齢を超越した何かなのだろう、と無理矢理納得してみる……が、今抱いている俺の感情のキモはそこではない。
そう、俺が『腐女子』と無関係ならば、聞き流すことは可能だっただろう。
どれだけ姉が腐女子のことを悪く言おうが、BとLの文字の羅列を見るとむしゃくしゃすると八つ当たりされたところで、どうということはない。
だが、俺は俺で複雑な『秘密』を抱えていたのである。
この姉に対し、長いこと俺は『秘密』を打ち明けることが出来なかった。
現在付き合っている彼女が実は『腐女子』だということを――