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ねぇ奏兄ちゃん、僕と付き合ってよ  作者: きなこともちお
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「次で降りるぞ。」

少し揺らしながら起こすと、しっかり開いていない目で俺を捉える。行くぞ、と声をかけると、うんと返事だけをして手を伸ばしてくる。焦点の定まらない頭で動く身体は幼子のようで、庇護欲を掻き立てられた。伸ばされた手を握り返し、駅を出てスーパーへ向かう。買い物をする頃にはしっかり目も覚め、一緒に荷物を持ってホテルへ帰った。

部屋に入るなりソファーへ走り出す彼女は勢いよく飛び乗る。

「はぁー、疲れた。楽しすぎて何か疲れた。それとも幸せ疲れ的なのかな。」

「それはよかったな。俺も楽しかったぞ。夕飯できるまで、また寝ててもいいけど。」

電車では十分に寝れなかったはずだしな、と思い買ってきたものを冷蔵庫へしまう。ソファーで寝っ転がっている彼女は仰向けに体勢を変えるとこちらを向いた。

「いや、奏兄ちゃんのそんなにできないがどれほどなのか見届けたいな。」

「さすがにレシピ見れば作れるからな。」

ま、どうせ作ってるうちに寝るだろうと気にせず作り始める。以外にも、卵を焼く用意をしている頃までは起きていたが、その後ぐっすりと寝てしまっていた。無理に起こすのも可哀想だと思い、起きてから卵は焼くことにして寝ている彼女を眺めることにした。こんなにも非生産的な時間を過ごすことに幸せを噛みしめていた。寝ているのを良いことに面を向いて言えないことを伝えることにした。

「俺はお前のことが本当に好きだ。ふとした瞬間に目があったり、外で手を繋いで歩いたり。俺には一生無縁だと思っていたことをこんなにも好きな人とできて、今毎日が楽しい。お前を愛しいと思うし、守りたいと思ってる。そのためには俺が強くならないとな。一人で壊れないように。お前が俺の隣で安心し続けられるように。これからもずっと一緒にいてくれよな。俺、お前居ないと生きていける自信ねえよ。好きになってくれてありがとうな。地元に来て逃げたつもりだったが、案外悪くなかった。俺を救ってくれてありがとう。」

起きねえか、これだけ喋ってもピクリともしない彼女の頬に口を寄せ、触れるだけの親愛を込めた口づけをする。床に座りソファーに背を預ける。起きるのを待つ間、明日のことを考える。今度は何か自分の方からアクションを起こしたい。しかし、交際経験がない自分としては相場が分からないため、立案は困難を極めた。するとふとホテルの雑誌が目に入った。それぞれの部屋ごとに少し置かれているもので、この部屋には観光地がまとめてあるものがあった。それをめくりデートできる場所を探す。

「イルミネーションか。」

良いものを見つけた、とばかりに場所を確認する。ホテルから乗り継いで2つ隣の街にそのイルミネーション施設はあった。明日の夜はここで過ごそう、それまでの時間は近くにあるカフェでも巡る時間にすればいい。自分の立てた計画が完璧に思えてしまい、無自覚に口が緩む。これまで楽しませてくれた彼女に少しでも返せるのなら、と嬉しさで心が満たされた。

「何ニヤニヤしてんの。もしかして僕のことでも考えてた?」

後方から声がする。調べたりしているうちに音を立てていたらしく彼女が目を覚ました。

「そうだな。お前のこと考えてた。明日の予定は決まったぞ。」

まさか、本当に言ったとおりだとは思わなかったのか豆鉄砲を食らった鳩のように目が開かれた。

「あ、そう。どこ行くの?」

「カフェ巡りだ。2つ隣の街にカフェがたくさん立っているところがある。そこでゆっくり過ごそう。」

イルミネーションは最後のお楽しみにしてもいいな、そう思って言わないことにした。

「奏兄ちゃんにしてはいい案だね。僕気に入ったよ。」

そう言えば夜ご飯を起きたら作ろうと、思っていたことを伝えキッチンに向かう。

「ごめんね、僕が寝ちゃったから。先に食べててもよかったのに。」

「別に、お前と一緒に食べようと思ってたからな。」

そっか、と頬を少し赤くする彼女を卵を焼く俺は見ることができなかった。

「いただきます。」

ケチャップライスの方は温め直し、焼きたての卵を乗せたオムライスは上出来に思えた。

「どうだ?」

「うん、特徴もなくおいしい。」

褒めてるんだかどうだかわからないが、悪くないならそれでよかった。目の前でケチャップを頬に付けながら頬張る姿が見れただけで満たされたからだろう。でも、素直になれない自分の口からはそっけない言葉しか出てこない。

「普通においしいでいいだろ。」

「まあね、でも奏兄ちゃんならもっと美味しく作れると思うんだ。」

何を根拠に、と口に出そうだったがスプーンによって阻止された。お互い食べながら話すことが苦手なので、やはり食べている間は無言が続いた。しかし苦痛な時間にはならず、無言であっても一緒に居て辛くなかった。今までなかった体験が重ねられ、厚みを増していく。

「ごちそうさまでした。」

「今日の片付けは僕がやる。昨日はやってもらったからね。ソファーで座って休んでてよ。」

ありがたく言葉に甘えソファーに腰を下ろす。キッチンで食器を洗う姿はまるで新婚だな、なんて重症とも捉えられる考えが脳裏を過り思わず笑みが溢れる。最近微笑む回数が増えた気がする。なんでもないことでも口角があがり、ちょっとしたことで笑顔になっている。数日前の自分では考えられない。それもすべて帰ってきたからだろう、この地に。

「先にご飯食べちゃったね。お風呂どうしようか。」

「あ、そうだったな。食べてすぐ入るのは辛いし、落ち着いたら沸かそう。それともシャワーで済ますか?」

「シャワーでいっか。寝る前に交代で入ろう。」

洗い物が終わった彼女を引き寄せ自分の膝の上に座らせる。夢ばかりを見ていてはならない、脳裏の隅っこへ追いやったその考えは冷静になった今、目の前に立ちはだかった。気持ちを落ち着かせ、言葉が揺れないようにまとめ、腕に力を込める。


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