7
水族館に着いてレストランに向かう。早めのお昼の時間で人が少なかったため、テラス席へ通してもらった。
「何食べようかな。」
輝きのある目をメニューへ向け、あれがいい、これがいいと楽しそうに選んでいる。そんな姿に見とれていると、ひょこっと顔をあげた彼女と視線が重なる。
「僕のこと好きって自覚してから見すぎじゃない?そんなに好き?嬉しいけどさ、恥ずかしい。」
「好きだ。多分お前が思ってるよりも。」
こんなところで言うことじゃないでしょ、と言いながらその赤らめた顔はメニューに沈んでいった。
「俺は決めたけど。お前何食べるんだ。」
空気を変えるために咄嗟に会話を切り替える。
「僕はこのパスタにする。」
小声で指したメニューを確認し、店員を呼び注文する。少し不思議な顔をされたが、仕方ないのだろう。男の子っぽい格好をしている彼女と自分が恋人のような会話をしているのだ。まだ現代において少しばかり違和感が残るのだろう。
「先に夕飯を決めるか。何か食べたいものあるか?せっかくだ、俺が作ってやる。」
そう問うと顎に手を当て考える彼女。空腹のうちに考えておかなければならない、満腹になってからでは、ご飯について考えることが難しくなってしまう。考えるときは口が少し尖る。今まで何度も見ていた姿なのに知らないことを知れた気がした。
「そうだな。オムライス食べたいかも。前に奏兄ちゃんと二人でお留守番したとき僕に作ってくれたよね。あれ、おいしかったな。」
そんなこともあったか。詳細は思い出せないが、オムライスくらい作れるだろう。わかったと返事をする。
そのタイミングで料理が運ばれ手を合わせ、いただきますと言う。よほどお互いにお腹が空いていたのか食べている間に会話はなかった。ごちそうさまが重なると、顔を見合わせ思わず笑えてしまった。
「後で買い物に行かないとね。卵とかないし。」
「昨日豚汁だしな。早めにスーパーに行こう。」
食後の休憩も終わり、会計を済ませ園内へ向かう。日中の明るい雰囲気とは変わり、日の落ちた景色の中でライトに包まれた後ろ姿は儚さを纏っていた。館内に入り、泳いでる魚を見ながらおいしそうと言うタイプの彼女は蟹に見とれている。自分の目の前には深海魚の水槽がある。館内で特に暗いこの深海のゾーンは少し目を離したら姿を捉えることができなくなり不安になる。言葉にするのが恥ずかしさでできず、もどかしくなり手を掴む。きっと赤く見える頬は照明のせいで、繋いだ手が温かいのは空調のせいだろう。何も言わずその手を握り返してくれる彼女は暗さのせいで表情までは見えなかったが嬉しそうだった。
深海のゾーンを抜けて次に見えたのは淡水魚だった。トロピカルを感じる展示は暖かさがあった。普段見ることのないピラニアなどにテンションが上がっている彼女は、足取り軽く跳ねているように見えた。
「ピラニアだよ!かっこいいなあ。」
深海のところでは無かった会話が起こる。水音一つなかったあの場所では一言が大きく響いてしまいそうで憚られた。でもここなら水音もあり言葉の全てまでは伝わらない。多少はかき消してくれる。
「あそこにワニもいるぞ。ワニって魚だったか?」
「どうだろう。ってあれ置物だけど。」
奏太が指さしたところを彼女も指をさす。水槽の角の方に、照明に当たらない何かがある。
「そんなはずは、って本当だ。」
「奏兄ちゃん本当にそういうところあるよね。どこか天然っていうか。他の人の前で天然を出しちゃだめだからね。僕の前だけだからね。」
天然と言われる覚えはなかった。今まで言われたこともなかったし。それよりも言葉の最後の方に見せた独占欲とも取れる発言のほうが衝撃が大きい。
「天然の自覚はない。でも、まあこんなに気を抜いても居られるのはお前とだけだしな。」
「随分と素直ですこと。僕といるからなのかな?」
少しからかうように肘で突きながら寄ってくる。下から覗くように顔も寄せている。その行動が愛しさを生み、視線を合わせられなくてそっぽを向く。
「俺のこと見てて良いのかよ。魚見るんだろ?」
「分かってないな。水族館に来る目的が魚見るのカップル本気でいると思ってるの?」
「違うのかよ。だって水族館でできることって言ったらそれくらいだろ。」
当たり前だろ、という気持ちで言ったのにも関わらずありえないの一蹴。
「カップルってのは水族館に来て魚なんて見ません。じゃあせっかくだし問題。カップルは水族館に来て何をするでしょうか。」
ほらほらーと煽るようにして握っていた手を離し先へと進む彼女。考えながらあとを追うと、そこには円柱状の水槽があり中にクラゲが入っていた。
その周りでくるくる回りながらきれいっと漏らす姿を見て、答えが分かった気がした。近くまで行き、クラゲしか映らない瞳に自信を割り込ませる。
「びっくりした。いきなりどうしたの?」
「答え分かった。水族館に来てカップルがすることは相手を見ることだ。」
しっかりとその輝く瞳を捉え、真っ直ぐに伝える。そうでもしないと、羞恥心が言葉を隠してしまいそうだったから。
「何だ、少しアバウトな気がするけど。それもご愛嬌ってことで正解!」
だから僕のこと見ててよね、そう言って今度は彼女から手を取ってくれた。その後も、じっくりと一つ一つを見て、感想を言い合ったりなんて時間はあっという間に過ぎていった。最後まで見終わった外は、夕日の赤みに染まっていた頃。近くにあった時計を見て隣りにいる彼女の肩に手を置く。
「オムライス作るんだろ。早く買い物行くぞ。」
出口でそう言うと嬉しそうに微笑み、うん、と大きく頷いた。
帰りの電車の中、一日はしゃいだのが響いたのかすぐに自分の肩に頭を預け寝てしまった彼女。首元に触れる髪の毛が心をくすぐったくし、温度が安心させる。