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ねぇ奏兄ちゃん、僕と付き合ってよ  作者: きなこともちお
3/18

「起きて!お腹空いた!」

やっぱり。どうせ起こされるのだ。いつものことだし対策はできている。被っていた上着から口元だけを出す。

「キャリーケースの中にカップ麺入ってる。食べていい。」

端的に内容だけ伝え再び眠ろうとするが、また起こされる。引き剥がされた上着はサイドの机に乱雑に投げられた。

「一緒に食べよ!一人じゃやだ。」

これが千年に一度の美女とかだったら飛び起きるだろう。だが、それでも馴染みの時間はなんとも代えがたい力を持っている。仕方ないなと体を起こしてカップ麺を開ける。お湯はどうやら沸いているようで、準備の周到さが感じられる。3分待つ間に今日の予定を立てようと考えを巡らす。勢いで来てしまったため何も計画がない。やりたいこともなく、やることもない。そんな日々を過ごすのも悪くないかもな、なんて思えてしまうほど今は心が落ち着いている。行動を起こす前に彼女にはしっかりと言っておくべきことがある。

「俺さ、実家にはあんまり帰りたくない。あと、できれば親戚とかにも会いたくない。詳しくは言えないけど、わかってほしい。」

言っていることはアバウトなのに、何一つ質問することなく頷きながら彼女はラーメンを食べる。

「わかった。とりあえず今日はどうする?」

まだ半分も入っているラーメンをお腹いっぱいと渡しながら彼女は問う。

「何も決めてない。逆に何したいとかある?」

顎に手を当て考える素振りをすること一秒。隣町の映画館に行こうよ。準備をしていた答えのようにすんなりと口から出てきた。

「いいよ。何見る。」

ラーメンをスープまで飲み切るとゴミ箱へ水を切り捨てる。映画なんて何年見ていないのだろう。映画館に足を運ぶなんていつからしなくなっていた。

「そりゃ、もちろんラブでしょ。」

「はぁ!?俺とお前で見るのか?」

ありえない、なんてリアクションを起こした。が、逆に他に見るものが思いつくかと言えば出てこない。ミステリーを見て理解できるほどの学力がお互いにあるとも思えず、だからといって、コメディーは普通に笑って見れるように家で見るタイプの二人で妥当なのはやはりラブだろう。

今上映している一覧表をスマホで見せてくる。恋愛モノは2つほどやっているようだ。先生と生徒の禁断の恋、消えてしまった彼女を忘れられない男の幻想劇。

「僕は2つ目がいいな。先生のやつなんかエロそう。」

「お前の偏見だろ。ま、どっちでもいいけど。それじゃ行くか。」

ホテルの宿泊は長く一週間取ってある。お金の心配をしたくなかったため、気にしなくてもいいほど用意してある。

ホテルを出て隣町へ歩く。奏太はタクシーでも拾うのがいいと提案したが、できるだけ人に会わない道があると彼女が言って譲らなかったため歩くこととなった。

「お前、本当に大丈夫かこの道。」

今、足を進めているのは大通りから逸れた先にあったトンネル。お昼前であるのにも関わらず空気は澄んでいて冷たかった。

「大丈夫。怖かったらくっついてあげてもいいよ。」

こいつ俺が苦手なものをわかった上で連れてきたな。奏太がわかった頃にはもう遅かった。前を見ないように、何も感じないように彼女にしがみつきそのトンネルを後にした。視界が光で満ちるところまで来ると、面白いものを見るように覗き込んでくる彼女。

「本当にビビるとは思わなかった。嘘だと思ってたんだけどな僕。本当は奏兄ちゃんおばけ怖くないと思ってた。」

「あんな恥ずかしいこと嘘でも言うかよ。なんか疲れた。飲み物買おうぜ。」

トンネルを抜けた先は隣町の入り口ですぐに街が見えた。道路沿いにあった自販機を見つけ、恥ずかしさを隠そうと足を向けると彼女に腕を引っ張られる。

「街まで待ってよ。おすすめのお店あるから一緒に行きたい。」

今日はとことん付き合ってやるかと決め、向いた足を直しその掴まれた手を握り歩き始める。横で小さく息を吸う声が聞こえた気がした。

連れてこられたお店は外にある出店のようなところで、レモネードが売られていた。彼女がお手洗いに行くと言うのでその間に二人分を購入して少し離れたところで待つ。ただのレモネードではなくほんのりとはちみつの香る甘みがあった。飾りで置いてあるミントがただの甘さの中に鋭さを放っていた。光に当たった氷が更に多くの光を生む。太陽にかざしたカップから水滴が頬に落ちる。手がふさがっているため、手の甲で拭い前を見るとそこには着替えをした彼女がいた。片手に大きめの紙袋を持って。

「お前、洋服なんて持ってきたのか?」

「ううん。前からいいなって思ってた洋服屋さんで買ってきた。あ、お金なら気にしないでね、お小遣い貯めてたし。」

そうか。それで会話は終わった。深く問い詰めることでもないだろう、年頃の女の子だし、色々思うこともあるはず。

「ほら、これ。持っててやったぞ。」

「奏兄ちゃんって素直なのか何なのかわかりにくいよね。」

映画館へ歩きながら彼女が言う。思ったことを百パーセント伝えていないだけで、どちらかと言えば素直に近いはずだと思っている。

「どうだろうな。ただ、俺は自分が不器用だと分かっているから言葉を選んでいるだけだ。」

「ふーん。そうなんだ。うまく行かなくても思ったことを全力で伝えてみたら?何か変わるかもよ。」

「お前に何がわかるんだよ。おこちゃまが。」

そう言ってレモネードを飲み干す。幸い近くにゴミ箱があったためそのまま捨てる。丁度彼女も飲み終わり二人分のカップがゴミ箱に添えられた。

着いた映画館は人も疎らで空いていた。それは当たり前で、平日の昼時。そんな時間に映画を見ている人など限られる。

二人分の座席を買うと飲み物とポップコーンも買い座席に座る。上映まであと五分ほどある。

「ねぇ、奏兄ちゃん。明日何するか決めようよ。まだ始まらないし。」

「そうだな。俺は。」

そこまで言いかけて言葉に詰まってしまった。彼女と出会ったことで、白紙だった計画に色が載り始めた。それは、赤や青、黃、緑。それだけでなく、花柄や星、マーブルや蛍光色のようなものまで。色んなものがあり、なんでもあった。

「お前が行きたいところならどこでもいいよ。」

咄嗟にでた言葉はそんな無責任な発言にまとまった。

「別にどっか行きたいわけでもないし。だから、明日はホテルで一日過ごそうよ。料理とか一緒にやりたい。帰りに材料買わないとだよね。近くにスーパーあったかな。」

彼女特有の話の進み方がどうも懐かしく感じる。離れていた時間は少しだったはずなのに、随分と昔の記憶を辿っているようだった。昔は、人の話を聞いているようで聞いていないとよく言われていたが今も顕在で、安心する。

「あ、でも人が多いのいやだよね。」

伺うようにそっとこちらを見た。人のことを気にかけられるようになったのはやはり成長なのだろう。

「買い出しくらい行ってやる。人が多くなる前に行けばいいだろ。」

「分かった。ありがと。」

会話の終わりが上映の始まりだった。照明が落ちるとともに正面を向き直る。

映画の内容は予告やあらすじ以上に性的な表現が多かった。途中でたまに心配になり横を見るが、こちらが気を使いすぎていると勘違いしそうになるほど何も変化はなかった。まるで自分だけが思春期の高校生に戻ったようだった。勝手に気まずくなりそうだと勘違いして、恥ずかしくなる。自分もまだ若いかもしれない、と勝手に結論づけ視点を正面に戻す。映画の中の男は亡くなった恋人の幻想を追いかけ、一人で思い出の場所を旅していた。道中で何度も蘇る感情が彼を幸せの苦しみへと縛り付けていった。物語が進むほど精神の正気を失っていく男は見ているこちらも苦しくなるようだった。大切な人ほど、失った実感を受け入れるのは難しい。特に彼は恋人の最後に立ち会えなかった。治らない病気にかかり、迷惑をかけたくないと彼に恋人が伝えなかったのだった。ドラマやアニメでよくあるシナリオだが、そのすべてがハッピーエンドになるとは限らない。この映画の男のようにその優しさが永遠の苦しみを生むこともある。

映画が終わり視界が明るくなる。鮮明に見えた彼女は水分の多い瞳をこちらに向けていた。

「めっちゃ泣いた。」

「言わなくてもわかる。落ち着いたら出ようぜ。」

小さく頷いた彼女の肩を優しく叩く。いつも笑顔溢れる顔が涙に濡れている。新たな一面を見ることができたようで嬉しいと感じてしまった。傍らにあるポップコーンは綺麗に完食されていた。それも昔を思い出させる影で、慰めるように撫でる肩に力が入る。変化が大きくないというのが、これほどまで嬉しいとは、まるで心が若返っているようだった。

彼女が案外落ち着くのは早く、まだ劇場内に人が残っているうちに退場することになった。お昼前に見始めたため、終わった今はすでに昼食時間を過ぎていた。

「昼飯食べるか?」

「今はいいかも。ポップコーン食べたしそんなにお腹すいてない。夜ご飯の材料買わないとだね。」

そうだな、と言いホテルへ戻る途中にスーパーへ寄ることにした。籠を片手に商品を見ながら話しかける。

「何作るんだよ。俺そんなに料理できないけど。」

「そうだっけ。でもキャリーケースの中のカップ麺を見る限りじゃ、それも納得できるわ。それじゃあ、何食べたい?」

「何でもいい。」

はいきたー。と指を指しながら彼女は、それが一番迷惑だと指した指で腕をつついてくる。

「どうせ俺の金なんだからお前の好きなもん作ればいいだろ。俺に食べさせたいやつとかないのかよ。」

「いいの?」

「いいよ。んで、何作るんだ。」

別に、今更食の好みがわからないわけでもないのだ。どちらかと言えば、知りすぎているほどの仲であるため、意地悪でもしない限り失敗することはないだろう。

その問いかけには答えず彼女はささっと材料を探しに行ってしまった。数分後戻ってきた彼女の腕の中には明らかに豚汁を作る材料が収められていた。

「豚汁か。」

「なんで分かっちゃうかな。そういうのは完成するまで言わないもんだよ。」

「知らねえよ。ほら会計すんぞ。」


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