第18話 決着
─「・・・絶対帰ってくるから,生きて帰ってくるから・・・.だから,心配しないで待っててほしい.私のこと信じてほしい.」
「ぅっ,・・・わかった.信じるよメリー.わたし,わたし・・・待ってるから」──
三本のシアン色のトゲが,メリーの浴衣を突き破り,肉と内臓を突き破り,胴体を貫いている.
メ:「・・・がふッ」
苦しみとともに,喉の奥からこみ上げてきた生暖かいモノを吐き出したメリー.ゆっくりと視線を下に,自らの腹部の方へと移す.
メ:(・・・血?)
そうしてようやく,メリーは,自らの服部にトゲが刺さっていること.刺さっていつトゲの周りから,じわじわと赤黒い色が桜色の浴衣に染み込んでいっていることに気が付いた.
・・・下半身の感覚がない.身体から力が抜けていく.呼吸が変なリズムになっていく.
メ:(・・・そっか,わたし─)
メ:(約束,守れないんだ.)
・・・メリーの目が潤み始めた.
タッ・・・タッ・・・
ロ:「ほう.まだ意識があるのか.驚いたなぁ.」
トゲの三点脚に支えられ,宙で八つ裂きにされたまま地面に落ちることもできないメリー.
そんな彼女の下に,右腕を元に戻したロウジーがゆっくりと歩いてくる.
─ポニョポニョッ
トゲによって地面にぼっかりとできた無数の穴.その穴の中から,大福のような水色の塊がはい出てくる.全部で8つほどのそれらは,歩いているロウジーの足元へとポニョポニョと移動すると,そのまま足にくっつき,ロウジーの身体に溶け込んでいく.
なるほど.どうやらロウジーは自身の身体の一部を分裂させて操っていたらしい.だから離れているメリーに向かってあれほどの手数の攻撃が出来たのだろう.
メリーの目にも,涙越しにそんな驚くべき事実が映っているはずだ.そのはずなのに,取り乱す素振りも,驚く様子も一切ない.
メリーにそんなことを意識する余裕がなかったからだ.
メリーの心が,罪悪感と無力感,楽になりたいという気持ちであふれていたからだ.
ロ:「・・・ん?なんだ?泣いているのか?・・・クハハハッ!泣いているじゃないかっ!これは面白い!・・・どうして泣いているんだ?痛くて苦しいのか?それとも死ぬのが怖いか?まだ,子供だもんなぁ.そりゃあ泣くに決まってるわ.クククッ,いい気味だなぁ.魔女の泣き顔とは・・・.」
メ:「・・・.」
・・・否定する気力もわかない.意識が朦朧としてきている.何も考えられなくなってきている.ああ,まずい.目がかすんできた.自分が呼吸しているのかどうかも分からなくなってきた.
ロ:「おっ,なんだ?目がうつろになってきているな?もう死ぬのか?残念だなぁ.まだ見ていたかったんだが・・・」
ロウジーの言葉しか,聞こえなくなってきた.おそらく,もう間もなく,その言葉も聞こえなくなるだろう.
─ごめんなさい,みんな─
その一言を胸に,メリーの意識は,そのままゆっくりと,闇の中へといざなわれ・・・
ロ:「まっ,魔女にはふさわしい末路だなぁ.これもひとえに─」
ロ:「─自業自得ってやつだ.」
─めらっ
ロ:「・・・さて,それじゃあそろそろ俺の身体に収納するか.主に早く報告しないといかんしなぁ.」
メ:「─何がなの?」
そのとき突然,メリーが口を開いた.
ロ:「・・・ん?おまえ,まだしゃべれたのか?」
メ:「何が・・・ゲホッ,ゴホッ,自業自得なの?」
メリーは血を吐きながらも,力を振り絞り質問を繰り返す.
ロ:「・・・なんだ?怒っているのか?自業自得と言われて.・・・クハハハハ,傑作だなぁ.まったく・・・何様のつもりなんだ!!?疫病を蔓延させ,何人もの罪なき人々を殺してきている貴様らがっ!何十万人もの人々を苦しませてきた貴様らがッ!怒れる立場だと思っているのか!立場をわきまえろ!身の程を知れッ!!この何の価値もないムダ毛どもがっ!」
ロウジーの激昂が,路地裏に響き渡る.しかし,メリーはうろたえない.
メ:「・・・わたしのお母さんも.」
ロ:「あっ?」
メ:「おばさんも,村のみんなも.・・・みんな優しいの.困っていたら助けてくれるし,間違ったことをしたらちゃんと叱ってくれるし.絶対に仲間を見捨てたりもしない.」
ロ:「・・・.」
メ:「魔女にだけじゃない.・・・人に対しても優しいの.山の中で遭難してた人を助けたり,病気の人のために薬を売ったりもしてた.」
細々としていた声がだんだんと大きくなっていく.
メ:「・・・魔女ってばれて罵詈雑言を浴びせられた時も,石を投げつけられたときも,弓矢で射られた時も・・・.一緒に怒ったり,一緒に泣いたり,一緒に励まし合ったりはしても,人を攻撃しようとはしなかった.やりかえそうとはしなかった.誰一人として!人を傷つけようとはしなかった!!」
ぽとっ
そのときふいに,浴衣の帯の隙間から長方形の何かが地面に落ちた.
ロ:(・・・おまもり?)
そう,それは護符.母のアリシアに渡された黒色の下地に白い文字で文様の書かれたお守りだ.
その白い文字が何やらぼんやりと光っている.
フワァ・・・
ロ:「!?」
そのとき,ロウジーは頭上からより強い光を感じ,再びメリーへと視線を戻す.メリーの身体は,淡く,そして濃い緑の光を纏っていた.
ロ:(なんだ?緑色に光って・・・)
メ:「あなたが,過去どんな辛い思いをしたのか知らないし.どれだけの怒りを抱えているのか知らないけど─」
メ:「魔女ってだけで,優しい人達まで悪者扱いするあなたのような人に,わたしは絶対に負けないっ!!」
メリーはロウジーを真っすぐ見据え,言い放つ.その気迫に,その気持ちに,勢いに,ロウジーは少し,少しだが,気圧された.不本意にも,気圧されてしまった.
ロ:「・・・魔女の分際で,大口をたたくんじゃないッ!」
憤慨したロウジー.トドメを刺さんとすかさず右手をかざして一気に伸ばし,メリーの胸を貫かんとする.
メ:「火壁!!」
ロ:「!?」
バジュアアアッ!
と,そのとき,ロウジーの右腕は突然地面から出現した業火の壁によって焼き切られた.
その炎の壁はメリーを囲うようにして,地面から伸びている.いわば,炎の円柱の中にメリーの身体がすっぽりと隠れている状態だ.
ロ:「くっ!!」
ロ:(だが,所詮は炎.真正面からの攻撃は防げない!)
ロウジーはすかさず切り替え,流れるようなしぐさで左腕を前に向ける.
ロ:(この炎の壁で,三本のトゲもちぎれた.炎の音で着地の音は聞こえんし姿も見えんが,トゲの支えがなくなったメリーの身体は十中八九地面についているはず.つまり─)
ロ:「ここだぁ!!」
ロウジーは自身の胸と同じ高さで左腕を伸ばした.そして,
─ブワッ
炎の壁を突き破り,その一撃は空を切った.
ロ:「なっ!?」
流石のロウジーもこれには,おどろく.そして,トゲの風圧によって炎の壁に開いた穴から見えた光景にまたもや度肝を抜かれた.
メリーは地面についていた.ロウジーの読み通り,地面にはついていた.しかし,立ってはいなかった.しゃがんでいたのだ.クラウチングスタート・・・いや,ジャンプをする直前の蛙のように足を折り畳み,重心を前にしてしゃがんでいたのだ.
ロ:(しまった.)
そのメリーの姿を見た瞬間,メリーが何をしようとしているのか悟ったロウジーの抱いた感想がそれだった.
メ:(・・・最初からこうすればよかった.)
メリーは火壁により,支えがなくなり,地面に落下したときから,次にやることを決めていた.
それは,リスキーな手だった.とてもリスキーな手段だった.だからこそ,メリーはその攻撃をしようとはしなかった.思いついても,やってみようとは思わなかった.
メリーは,人の為ならどんな危ないことでもやろうとするが,自分一人のためにはリスクを選べない.どこまでも安全志向の人間だ.だから,できるだけ安全で,確実で,無理のない手段を取る傾向が今まではあった.
だが,今のメリーは違う.メリーにはもう,相手の懐に潜り込む捨て身の覚悟が出来ている.
右手には十分魔力を込めた.相手はまだ動揺している.今がチャンスだ!
─土壁
ブワァ!
ロ:「ぐッ!」
土壁を踏み台にした高速移動.
一瞬にして,メリーの拳がロウジーの胴体との距離を詰める.
ロウジーに身体を変形させて攻撃をよける余裕はない.
ブワブワブワッ
そんな状況下で,ロウジーは反射的に両胸の辺りの腎臓の辺りから計4本のトゲを伸ばし,反撃の手にでた.
それが,ロウジーにとっての最善策.
今までのメリーなら,突然の攻撃に反射的に思考を割かざるをえなかっただろう.
しかし,今のメリーは怯まない.動じない.止まらない.一瞬たりとも,余計なことに思考を割かない.
その時,メリーにあったのは,「この一撃で決める」その一心だった.
グじィイイイ!!
4本のトゲがメリーの身体に突き刺さり,肉を抉っていく.尋常じゃないほどの激痛だ.それでも,メリーの覚悟は変わらない.意志の決まった瞳は真っすぐ前を向き続ける.
メ:「う゛ぉおおおおお・・・!!!」
─初級魔法
ロ:「ぐッ!」
バジュッ
灼手!!
バジャアアアアアアアア・・・・!!!!
灼熱を纏った拳が,ロウジーの身体を貫いた.




