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2話 私と銀髪の少年

 翌日休みをもらった私は、今年の誕生日にお父さんにねだって買ってもらった令嬢風のドレス一式に着替えて家を出た。

 顔に白粉をつけ、ピンク色のワンピースを着ている。ささやかだが襟元と袖口にはレースがついている。

 普段履いている革靴は色褪せているのでピンク色のワンピースには似合わない。靴先が丸い革靴を新たに買ってもらった。今日はそれを履いている。


「ふふふふん、ふふーふふん、ふふふふ、ふふふーふん」


 お気に入りの傘地の下にフリルがついた白い傘をさして、鼻歌交じりで街中を歩く。

 本物の貴族令嬢は自分で歩かず馬車に乗って移動すると聞いた。さすがにそこまで真似できる経済的な余裕はない。

 別にいいのだ。普段頑張っている自分へのご褒美だから。

 平地の大通りの街路を歩き、喫茶店が並ぶ坂道を上がっていく。そして城下町を一望できる小さな公園へ行ける黄色系の石畳みで作られた階段が視界に入る。

 私はスカートの裾が汚れないように空いている手でつまんで、階段を上がる。

 上がりきると、落下防止のために作られた石畳と同じ素材で作られた低い壁とその壁に沿って作られた花壇があらわれる。

 ここは花壇と四阿しかない小さな公園。噴水がある大きい公園とは違ってここは静か。

 今日は陽射しが強い。傘をさしているが、空気が生温くて階段を上がっただけでじんわりと汗が出た。


「やった。誰もいないわ」


 花壇と花壇の間には四阿が設けられている。運よく誰もいないので、私はフリルがついた白い傘を畳んで中へ入った。中は木製ではなく石材を削った長椅子とテーブルが置いてある。

 私は石材の長椅子に座って、壁の真ん中を切り取っただけの窓から城下町を見下ろす。

 赤い瓦の切妻屋根と白い漆喰の壁の木組みで建てられた家々が立ち並ぶ。

 緩やかな風が窓から入り込んで、私の赤い髪が揺れた。

 私は休みの日に、ここから景色を見るのがとても好き。自分が住んでいる区域だけではなく、貴族令嬢たちが住んでいるお屋敷も見えるから。

 鳥って空を飛べていいなとか。

 貴族のお嬢さまは毎日綺麗なドレスを着られていいなとか。

 お嬢さまってどういう生活をしているんだろうと、自分の想像力を働かせて空想を楽しんだりする。

 両親に知られたら恥ずかしいので、これは誰にも言えないし、言っていない一人遊びだ。


「ねえ、君、暇?」


「?」


 四阿から景色を眺めていると、唐突に声をかけられた。

 四阿の入り口の方へ向くと、外套のフードを被った銀髪の少年が立っていた。

 出で立ちは、どこかの裕福な商人の子息風だ。

 肌は白くて顔立ちの良い少年。空のように澄んだ青色の瞳が印象的。


「ねえ、暇?」


 銀髪の少年は中に入ってもいい、とかも聞かずに、私と向かい合うように座った。


「暇、ですわよ」


 二度目の質問で私は貴族令嬢風に答えた。

 このワンピースを着ている時だけは貴族令嬢のつもりで振る舞うと決めている。

 いわゆるお嬢さまごっこだ。

 毎日毎日野菜を納品しては家に帰る。家とお城の裏口を往復するだけの日々から少しだけ現実逃避して気分転換しているのだ。


「おれこの街に来たばかりで知らないんだ。君は地元の人?」

「そうですわよ」


 私は答えつつ、あまり知らない人とは付き合いたくないのよねと思った。

 あとは人の断りも入れずに座るとか、ちょっと無神経だなとも思った。

 もしこれがデート中だったらどうするのだ。恋人と鉢合わせしたら険悪な雰囲気一色に染まるじゃない。別に恋人いないからそうはならないけれど。


「観光案内してほしいんだ。これでどう?」

「⁉」


 私は輝かしい硬貨をみてびっくりした。

 銀髪の少年が上着から手を突っ込んで出して見せてきたのは大銀貨三枚。

 私の国では、硬貨は銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨がある。

 大銀貨一枚あれば、四人家族なら一月は余裕で暮らせる。私みたいな平民の家庭では銅貨や銀貨が多い。

 大銀貨一枚の価値を知っているのは、お父さんが商人だから。


「案内は一回、大銀貨一枚。計三回」


 銀髪の少年は笑みを浮かべて、私の返事を待っている。

 私は銀髪の少年をじろじろと見て観察する。

 どう考えても年齢は十代前半だろう。童顔ですと言われても身長は私と同じくらい。ごまかしは無理。

 とすると、十三、四くらい?

 一日の観光案内の報酬が大銀貨一枚だなんて、どういう金銭感覚をしているのよ。

 もしかしてどこかの貴族の息子かしら?


「もしかして足りない?」


 銀髪の少年はいつまでたっても返事をしない私に不安そうな顔を見せる。


「違うわ。ちょっとしまいなさ……しまったほうがいいですわよ」


 いけない、驚きのあまり素が出てしまった。

 このワンピースを着ている時は、貴族令嬢の気分でいると決めたのに。


「現金を気安く見せるなんて、危ないですわよ」


 私は落ち着きを取り戻し、すました顔で忠告する。


「そうなの?」

「そうですわ。あなた、どこの方?」


 私がすました顔のままで言うと、銀髪の少年はくすっと笑った。


「な、なにかしら?」


 え、今の質問変だった? そんなことないよね?

 私は動揺してしまい、すました顔が崩れた。


「いや、なんでもないよ」


 銀髪の少年は笑って誤魔化し、上着の内側にしまった。


「おれは……カイル」

「わたくしは、フロンティーネよ」


 本当はモニカだけど、このピンク色のワンピースを着ているから名前も貴族令嬢風に変える。

 あとは、カイルと名乗った少年が何者かがわからないから。名乗るまでに間があったからちょっと気になるのよね。

 その年で大金を持っていることもちょっと不気味に感じる。


「フロンティーネか。じゃあ、ティーネでいい?」

「いいですわよ」

「観光案内お願いできない?」


 カイルは少しだけ首をかしげた。

 そういう仕草は女の子の特権なのに、負けず劣らず妙に似合った。

 よくわからないけれど敗北感みたいなものを感じて、なんか腹がった。


「わかりました。いいですわよ。ただし、わたくしの言うことは聞いてね。あなた危なそうだから」

「わかった。よろしく」


 カイルは手を出して握手を求めてきた。

 握手は挨拶だから誰とでもするものだ。だから私は、反射条件のように手を出して握手をした。


「君みたいな娘と出会えてよかった!」


 大きな商談が成立したかのような雰囲気で、カイルは満面の笑みを浮かべる。


「?」

「こっちの話。さあ、行こう!」


 カイルはうきうきしている。

 今にも走って行きそうな小さい童子みたいだ。

 承諾したからには案内はするけれど、彼は肝心な希望を私に言っていない。


「どこをご希望なの?」

「うーん。逆にどこなら案内できる?」

「お城の手前と噴水のある公園。演劇場、名物のお菓子が売っているお店、老舗の飲食店、女の子に人気のある装飾品のお店とか色々よ」

「お城の手前はいいや。名物のお菓子を売っているお店は気になるな。あと、老舗の飲食店」


 あんな立派なお城は王都しかないのにカイルはばっさりと切り捨てた。


「お腹空いているの?」


 私が家を出たのは午前中。そろそろお昼の鐘がなってもいいころだ。


「いや、単純に興味なんだけれど」

「わかりましたわ。では名物のお菓子が売っているお店から行きましょう。今の時間帯は、飲食店はどこも昼食を食べに大人たちが出入しているから」


 お菓子を食べながら時間をつぶして、混雑時を避けたほうがいいと思った。

 避けた方がすぐに席に座れるし、注文してから料理が運ばれるまでの時間も長く待たなくていいと思ったから。

 私はついてきて、と言いながら席を立ち四阿から出た。



  ◇◇◇◇◇◇



 フリルがついた白い傘をさした私とカイルは黄色系の石畳で作られた階段を下りて、名物のお菓子が売っているお店に行き、カイルの持っているお金で名物のドーナツを購入した。

 食べ歩きは行儀が悪いので噴水のある公園に行き、空いているベンチに並んで腰かけている。

 なぜカイルが支払ったかというと、私がお財布を持っていないから。

 貴族令嬢がもつようなお財布までは買ってもらえなかった。家に置いてきた色褪せたお財布は、現実逃避している私を現実に引き戻すから持ちたくないのだ。


「ティーネ。これは不良品ではないのか?」

「不良品ではないわ」

「普通ドーナツは円形だぞ。どう見てもこれは、ちぎって揚げただけの丸いお菓子だ」

「ええ。だから名物なのよ」

「はあ?」


 カイルは意味が分からないという顔をした。


「固定概念にとらわれない斬新なドーナツよ」


 だから有名なの、と私は説明した。

 カイルの言いたいことはわかる。ちぎって揚げただけのお菓子にドーナツという名称を名乗らせていいのかという疑問。

 噂によればお店の店主が、時間がなくて短時間で揚がる方法はないかと考えてたどり着いたという。言い方を良くすれば斬新、悪い言い方をすれば手抜き菓子だ。


「固定概念……なるほど。たしかに既存のものに囚われているだけではだめだな。新しい何かを生み出すときには壁になる」


 カイルは真面目な顔で指を顎下にあてて、勉強になるとぶつぶつ言っている。


「冷めてしまうわよ」


 そんなに真剣に考えるほどの深い意味はないと私は思う。


「ああ。そうだな」


 カイルは急ぐように斬新なドーナツを口に運んでいく。


「ねえ、カイルって今どこに住んでいるのか聞いてもいい?」


 住んでいる区域が解ればおおよその身分は把握できる。来たばかりというから仮住まいのかもしれない。それでも親の経済的状況下にいるから裕福層かそうでないかくらいは知れると思うのだ。


「!」


 カイルは斬新なドーナツが喉につかえたようでむせた。


「大丈夫?」

「ああ。……その質問に答えたら、ティーネも答えるんだぞ」


 自分だけ言わないのは不公平だぞ、とカイルが言う。


「……じゃあ、いいわ」


 教えてしまったら、正体が知られてしまう。

 このピンク色のワンピースを着ている間だけは、気持ちだけでも貴族令嬢でいたいから諦めた。



  ◇◇◇◇◇◇



 斬新なドーナツを食べ終えた私とカイルは老舗の飲食店へ向かった。

 代金の支払いはカイルが持っている大銀貨で十分だ。

 こういうお店はお父さんがいないと払えなくて来られない。だから子供だけで入店するなんて、ちょっとどきどきする。


「いらっしゃいませ」

「二人です。お金は父からもらっています」


 事前の打ち合わせで私とカイルは親戚関係ということにしている。


「では、こちらへどうぞ」


 店員のお姉さんは特に疑う様子もなく、にこやかに笑って席へ案内してくれた。


「ここは牛肉の煮込み料理がとても美味しいの」


 提供されるメニューの内容はその日によって違う。なぜなら、その日の朝に買いつけた材料によって決まるからだ。その代わり値段は定価。

 前菜やメイン料理、スープなどで使われる材料は出入口には黒板で掲示し、店内では羊用紙に書いて壁に貼られている。

 私は店員のお姉さんに二人分を注文した。

 料理が来るまでの間、私はカイルのことが知りたくて口を開いた。


「ねえ、ご両親は知っているのよね? 外出していること」

「も、もちろん」


 カイルは笑顔を浮かべて答えた。

 今、言葉の声音が不安定だった。

 本当に、と私は胡乱な目でカイルを見る。その笑顔、取って張り付けたような笑顔に見えるんですけれど。


「そういうティーネはどうなんだ? 年頃の淑女が一人であんな場所にいるなんて危ないじゃないか」


 取って張り付けたような笑顔のカイルは追及されたくないらしく、話題をそらそうと私に転換してきた。


「両親は知っているわ。心配は無用よ。だから声をかけたの?」

「それもあるけれど。なんか、色々知っていそうだなと思って」


 休みの日はこのピンク色のワンピースに着替えて、フリルがついた白い傘をさして出歩く。気になる場所があれば歩いて自分の目で確かめに行くから、自分の家の周辺とあの四阿周辺は詳しいけれど。


「カイルはいつからわたくしに気がついていたの? 声をかけられるまで、全然気がつかなかったわ」

「君が階段を上るところから。君だって人のことは言えないぞ。俺じゃなくて、知らない強面の大人だったらどうするんだ?」


 私は捨て身の覚悟で一言。


「逃げるわ」

「あの四阿からじゃ、無理だろう」

「うっ」

「ちゃんと周りは見た方がいい」

「気をつけるわ」


 話題を変えて追及しようと思っていたら、店員のお姉さんがナイフとフォーク、前菜と葡萄の果実水を運んできた。一度厨房に戻ってメイン料理とパンが入った籠をテーブルに置いた。

 前菜は茹でた野菜。メイン料理は牛肉で根野菜を巻いた煮込み料理。添物としてキャベツの酢漬けと茹でたジャガイモがある。

 パンは籠に四つ入っている。一人二つ。白くてふわふわした富裕層が食べるパンだ。香ばしい匂いがする。


「美味しい!」


 濃厚なシチューがお肉の旨味と合わさって思わず笑顔になってしまう。濃厚なシチューは茹でたジャガイモにつけても美味しいし、パンをちぎってシチューにつけて一緒に食べても美味しい。


「うん。美味しい」


 煮込み料理はカイルの舌も満足させたようだ。カイルはパンを小さくちぎって、シチューにつけてから口に運んだ。

 食事を進めながら私はカイルを観察する。

 カイルは落ち着いて食事をしている。入店した時も驚いた顔は見せず、平然としていた。

 金銭面から言えば、こういう老舗の飲食店なんて一年に一度来られるかどうかだから、驚いた反応があってもおかしくない。

 私はお父さんに何回か連れてきてもらったから動揺しなかっただけで。

 カイルは食べ方に品性がある。

 少なくともカイルは私よりも裕福な家庭にいると思った。


「ティーネどうした? せっかくの料理が冷めてしまうぞ」


 私のぶしつけな視線に気がついたカイルは首をかしげて聞いてきた。


「なんでもないわ」


 今度は私が取って張り付けたような笑顔を見せて食事を進めた。



  ◇◇◇◇◇◇



 飲食店を出た私たちは出会った場所、四阿に戻ってきた。

 それは私が住んでいる場所を言いたくなくて断った結果、お互い知らないまま観光案内が始まって終わったから。

 お互いに名前だけしか知らない関係。

 ちょっと不思議だ。

 普通なら怪しさが増すのに、カイルがすごく自然体だから、なんだか友人と接しているような感覚になってしまう。


「今日は楽しかった」

「わたくしもよ」

「明日は大丈夫か?」

「ごめんなさい。明日は難しいの。明後日の午後からなら」

「わかった。明後日だな」

「カイルは都合、大丈夫なの?」

「ああ。大丈夫だ。じゃあな」

「ええ」


 カイルは手を振ってから、私に背を向けた。

 私は彼の姿が見えなくなるまで、そこに立っていた。

 夕日が白い傘と私の背中を照らし、濃い影が地面に落ちていた。



次話は明日20日18時以降投稿します。



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