1話 私の日常
R15は保険です。戦闘シーンなどはありません。
爽やかな青空が広がる夏。
私を乗せた荷馬車はお城の裏口にあたる城門をくぐった。
ここは王宮から注文を受けた品物を納品する商人たちが利用する門だ。
お父さんの隣に座っている私はすれ違いさま、騎士さまにご苦労様です、と愛想笑いをした。
城門の先は荷馬車が通れるよう整備された道と品物の荷下ろしができるような中庭がある。
「モニカ。次この箱を運んでくれ」
荷馬車を止めたお父さんは御者台から降りて、王宮務めの料理人と帳簿の確認作業をしながら、私を見習い小僧のように顎で使う。
ちょっと偉そうに見えて腹が立つ。
「はーい」
「はい、だ。ここは王宮なんだぞ」
私が気の抜けた返事をしたら、お父さんが注意してきた。
そんなのわかっていますよーだ。
「はい」
ちょっと頬を膨らませた私は馬車の中から野菜が入った箱を出し、黙々と調理場の出入口まで運ぶ。
「?」
運び終えて荷馬車に戻ろうとしたら、ふと上から聞こえてきた音に気がついて、私は空を見上げるように顔を上げた。
厨房がある建物の隣の建物から見える、屋根付きの歩廊の先にある円錐形の塔の最上階に人がいた。
距離があるので金髪の人ということしかわからない。
自分の耳が正常なら、音はその人のいる方角から何かの楽器の音が流れてきている。
いいわよね、お貴族さまって。私は毎日働いているのに、あんな暇そうにしてて。
名前も知らない人を見つめ続けながら心の中でぶつぶつ言っていると、お父さんのしかる声が聞こえた。
「モニカ、まだ運び終わっていないじゃないか」
「あ、ごめんなさい!」
私は急いで走って荷馬車に戻る。その途中で、名前も知らない人を見ていた方角から二頭立ての馬車が走ってきたのが視界にはいった。
見覚えのある馬車だったが気づかないふりをして納品の箱に手を伸ばしたとき、荷馬車の横で止まった。
案の定、聞きたくない声が上から降ってきて、耳に入った。
「ごきげんよう、モニカ。あら、また素肌なの? こんな日差しの強い日に肌を晒したら荒れてしまいますわよ? 白粉をつけたらよろしいのに」
「だめよ、お姉さま。そんな風に言っては。モニカは白粉というものを知らないのですから」
「あらそうなの? 淑女なら知っていて常識なのに」
馬車の窓から仕立て屋の娘の姉妹が口元を扇子で隠し、私を見下ろして笑う。
この店は腕のよい裁縫ができる娘を雇入れ、王侯貴族を中心に商いをしている。仕立て屋の娘なので看板娘としての役割もあり、毎回会うたびに違う服を着ている。
白粉くらい知っているわよ、と私は心の中で睨みつけて言い返す。
「私、まだ仕事中な――」
「今日も王女さまは素敵だったわね」
「ええ本当に。淡い水色のドレスにイエローダイヤモンドのネックレス。初夏らしい爽やかな装いでしたわ」
仕立て屋の姉妹たちは私の言葉を無視して喋る。
こうやって会うたびに嘲笑されるのも、王宮内の様子を自慢げに話をしてくることも今に始まったことではない。
私が初めてこの姉妹と会ったとき、姉妹の装いに羨ましいと顔に出してしまったからいけなかったのだ。
目ざとく私の心中を読んだ姉妹はこうして会うたびにわざわざ馬車を止めて窓を開け、私の知らない世界を自慢してくるのだ。
「私まだ仕事中なの。さようなら」
口を挟まれる前に早口で言いきった私は、納品の箱を抱えて姉妹に背を向けた。
しばらくして背後から鞭と馬蹄の音が聞こえた。
納品の箱を抱えて運んでいる私ははあ、と重い息をはいた。
自分の機嫌が良かろうと悪かろうと仕事を終わらせないと家には帰れない。黙々と馬車と調理場を何度も往復した。
「お父さん、終わったわ」
最後の納品を運び終えた私は、料理人と雑談をしているお父さんに声をかける。
「じゃあ帰ろう」
お父さんと私は料理人に別れを告げて御者台に乗った。
行きと違って帰りは荷物がないので馬の走る速度は少し早い。
「モニカ。あちらさんも商売だから」
「わかっているわ」
お父さんは言外に羨ましいと思っても現実は変わらない、きりがないぞと言ってきた。
私はむっとした顔で答えた。
そんなの言われなくともわかっている。
子供は生まれてくるとき親を選べない。生まれ育つ環境の中で幸せを見つけるしかないのだ。
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