『スレッジ・ハンマー未だ眠らず』
“お一人様篇”シーズン1#7
とある街、とあるBAR。
とある回想と、哄笑。
登場人物
■タニマチ
店員。怯む割に退かぬ男。
■オウミ
常連客。凶器じみた男。
-黎和3年10月某日−
タニマチ:
或る、心象のうた。
オウミ:
商業は旗のようなものである
貿易の海をこえて遠く外国からくる船舶よ
あるいは綿や瑪瑙をのせ
南洋 亞細亞の島々をめぐりあるく異国のマドロスよ。
商業の旗は地球の国々にひるがえり
自由の領土のいたるところに吹かれている。
商人よ
港に君の荷物は積まれ
そうして運命は出帆の汽笛を鳴らした。
荷主よ
水先案内よ
いまおそろしい嵐のまえに むくむくと盛りあがる雲を見ないか
妖魔のあれ狂うすがたを見ないか
たちまち帆柱は裂きくだかれ
するどく笛のさけばれ
そうして船腹の浮きあがる青じろい死魚を見る。
ああ日はしずみゆき
かなしく沖合にさまよう不吉の鴎はなにを歌うぞ。
商人よ
ふたたび椰子の葉の茂る港にかえり
君のあたらしい綿と瑪瑙を積みかえせ
亞細亞のふしぎなる港々(みなとみなと)にさまよい来たり
青空高くひるがえる商業の旗の上に
ああ かのさびしげなる幽霊船のうかぶをみる。
商人よ! 君は冒険にして自由の人
君は白い雲のように、この解きがたくふしぎなる愁いをしる。
商業は旗のようなものである!
―タイトルコール。
タニマチ:
『スレッジ・ハンマー未だ眠らず』
―【間】
タニマチ:(素っ頓狂に)
お茶漬け専門店??
―某月某日、某時刻。
―とあるバーの店内。カウンターには店員の男性と、長身痩躯、染めた髪を短く刈り込んだ、常連客の男性が1人。客はやけに尖った犬歯を剥き、矢継ぎ早に話していた。
オウミ:
ナンだお前コラぁ。文句アンのか? ア? オ? コラ、
タニマチ:
や、やっ。パっとイメージ出来なかったから、
オウミ:
出来ねーってナンだ? おいコラ。イメージに決まったやり方があんのかテメぇ。ア?
ガッコでイメージのやり方習った事あんのかテメぇ!
タニマチ:
やァーっ、ていうか、
オウミ:
決まってネぇモンに出来るも出来ネぇもネぇだろォがヨぉオイこらァ!
タニマチ:
そっス、そっス! 出来るか出来ないかじゃなくてやるかやらないかっスよね、
オウミ:
百っペン聞いたよーな糞みてェなフレーズ俺の耳に入れるんじゃネぇぞコラ。カンが腐ったらどォすんだオイコラ。
タニマチ:
すんませんっス! 気ィ付けます、
オウミ:
イイか? なァ。
まずお茶漬けっつってもヨぉ。クソ貧乏人が家で食ってるようなのじゃァネぇ。
タニマチ:
あ、説明はしてもらえる感じで、
オウミ:
コッチは喋りにキテんだボケ! 黙って聞いとけ電柱みてェにヨぉ!!
タニマチ:
はいっスっ! はいっ。
ー常連客の眼光は鋭く、三白眼は野獣の如く見開かれている。がぶり、とグラスを呷り。
オウミ:
まず器がチゲぇ。
タニマチお前みてェな貧乏人はよォ、お茶漬け食うトキ何で食う。
タニマチ:
え、箸っスけど、
オウミ:
器の話だっつってんだろォが! 聴こえねェ耳ならボンドで埋めるかコラ!
タニマチ:
あっ、あっ、茶碗っス茶碗っ。ちょいデカ目の、
オウミ:
まずはそっから攻める。
最近ラーメンの方でヨぉ、クソデケぇ丼で出す店が流行ってんの知ってるか?
タニマチ:
ありますあります、並盛でもめっちゃデカいみたいな、
オウミ:
あーゆー、ちゃんとした焼き物に見えるデカい器にだなァ、
タニマチ:
「に、見える」?
オウミ:
マジモンの高ェヤツ使うワキャねェわな。小料理屋じゃァネぇからよ。
タニマチ:
安いヤツありますもんね。
オウミ:
選び方よ。トータルで狙ったように見えりゃイイ。
タニマチ:
に、お茶漬け?
オウミ:
飲食じゃァ盛りと、皿のデカさも重要だろォが。デカい器の真ン中にチョコっと食いモン乗ってっと、味がマズくてもイイもんに見えてきやがる。
タニマチ:
あー、最初の印象でね、満足度も変わるみたいな、
オウミ:
お前らもそーだろ? グラス9割だろこんなモン。
―眼前のロックグラスを爪で弾く常連客。キン、キン、と高く鋭い音。
タニマチ:
ぶっちゃけ、まあねー。
後はシェーカーとかの小道具とかね。酒自体はドコでも買えるモンだし、
オウミ:
俺にコーシャク垂れてんじゃネぇぞコラ。BARなんざ何軒やったと思ってんだコラ。
タニマチ:
やァ、マジでホントに、そっスよね。
いっぱい、
オウミ:(遮り)
ココらでBARやったってツマンネぇけどなァ?
その辺の大学のガキやら糞サブカルかぶれやらパチもんアーティストやらが、安銭握り締めてチマチマ飲みに来やがるダケ。
タニマチ:
ちょい、飽和してるかもっスね今……。
オウミ:
「ソコソコ」が見え透いてる勝負ほどツマンネぇモンはネぇ。
タニマチ:
あとでも最近は結構、インスタとかSNS載っけるとかで割りかし遠くからも、
オウミ:
駅近だからあたりめェだな。あの手の客は一過性のモンで常連にゃならねェ。
ソコ狙いで新規に短くやるならBARは合わん、都心ならベツだがなァ。
タニマチ:
はァー、なるほど……。
オウミ:
四六時中ンな事ばっか考えて生きてんだ俺ァ。現場で動く人間が余計な事に気ィ取られてんじゃネぇぞコラ。
タニマチ:
ホントにそっスね、肝に銘じて、
オウミ:(遮り)
そのデカい器にヨぉ。盛んのは麦飯よ。
タニマチ:
えっ、あっ、
あー、お茶漬け。
オウミ:
聞いとけコラ。
普通の白米も置くが、ベースは麦飯で行く。
タニマチ:
トロロご飯とかのね。美味いっスよねー。
オウミ:
知らん。俺はキモチ悪ィから食わネぇ。
タニマチ:
あ、そっスか。トロロ?
オウミ:
米もだ。アタマ鈍りやがるから殆ど食わん。
タニマチ:
え、けどでも、お茶漬け屋を?
オウミ:
低脳かァお前。食いに来んのは俺じゃァネぇだろォが。お前やココのオーナーの女はンな酒飲みナンか? おいコラ、
タニマチ:
そっか、そっスよねェ。自分の好きなモノ売るワケじゃナイっスもんね、
オウミ:
道楽っつーんだろォが、そりゃ。眠てェボケのやる事よ。
タニマチ:
あー、ね、ホント、
オウミ:(遮り)
茶漬け出す店はあるがヨォ、ドコも大概飲みがメインよ。ランチやってても夜の宣伝だったりよ、
タニマチ:
〆(しめ)のイメージありますもんね、どうしても。
オウミ:
ソコをメインで押す。メシ大盛りに焼きモン乗っけても、小盛りに薬味でサラっと済ましても。
「茶漬け」って枠の中で出せる限りのバリエーション!
タニマチ:
おおー。自分で選べるうれしさ、みたいなね。
焼きモノってのは……、
オウミ:
シャケ、ブリ、タラ、鶏。
豚の角煮に煮卵、天ぷらも出す。
タニマチ:
うお旨そっ……。
天ぷらも??
オウミ:
出汁で行きゃ油も気にならん。うどんとオンナじ感覚だ。
タニマチ:
あそっか、お茶漬けってナニもお茶かけるだけじゃナイから……、
オウミ:
鯛茶漬けがあるだろォが。むしろ茶漬けっつったらモトモトはソッチだボケ。
タニマチ:
鯛茶漬けそのものは、
オウミ:
出す。
―常連客は歯を剥き、ギシリと笑う。
オウミ:
明石産の真鯛をなァ、ウマい値で確保出来そーでヨぉ。
焼きモンやらトッピングとは別枠で、看板の1つとして出す。
タニマチ:
うほぉ。
トッピングは、いわゆる薬味的な、
オウミ:
白髪ネギ、青ネギ、胡麻、高菜、シソ、エンドウ、キヌサヤ、ショウガ、クコの実、佃煮、あられ、アゲダマ、海苔、春菊、ほうれん草、梅干し、つぼ漬け、沢庵、カツブシ、柚子、唐辛子、キムチ、あと湯葉。
タニマチ:
湯葉? へえー。
ていうか……、全部丸暗記して、
オウミ:
業者と喋って俺が決めたんだぞ。忘れてどォすんだ、コラ。
タニマチ:
や、なっかなかそうも行かないっスよ……。
あ、かけるもヤツも選べるんスかね、上に、
オウミ:
選べネぇワキャねェわな。緑茶、ほうじ茶、麦芽茶、トウモロコシ茶。後は季節で変える。
出汁はカツオ、昆布、イリコ、これも時期で増やす。
タニマチ:
組み合わせ無限大っスね……、俺ならどうするかな……、
オウミ:
米もだ、米。
麦飯、白米、五穀米、十五穀米、赤米、玄米、黒米。
タニマチ:
くろまい?
オウミ:
古代米だ。知っとけボケぇ。
健康オタク共にゃ人気は根強い。様子見してからだが、コンニャク飯やらダイコン飯やら、ローファット方面も押す。
鳩巣坂の辺りは女も多いからなァ。
タニマチ:
OLさんとか、ショップの人とかね。
健康食強いもんなー、今。あのー、ちょっと前に流行ったスープの専門店とかも、
オウミ:
イマイチ定着しネぇまま廃れたがな。だが需要そのモノは生きてる。
奴ら、飼い慣らされてやがる上に……、自分の品質管理まで自分で賄おうってンだ、上等じゃネぇか。
―皮肉に言い捨て、常連客はグイと一口。
タニマチ:
あの辺でお店出すのは、初でしたっけ?
オウミ:
昔に2軒ほどナぁ。『ガレオン』の2階にクラフトビールの店と、裏通りで写真集カフェだ。
タニマチ:
写真集、カフェ??
それはあのー、エロい系の……、
オウミ:
洒落臭ぇサブカルのヤツよ。海外のアート系やらの写真集見ながら、コダワりの珈琲飲ませる店だ。
タニマチ:
あー、あー、
オウミ:
……店長で組んだボケが糞イケ好かネぇパーマ野郎ォでヨ。
そういやァ、お前のアタマ見てっと……、思い出しちまうナぁオイ……!
―常連客の眉が吊り上がり、眼が血走る。
タニマチ:(焦り、自前のニュアンスパーマを押さえ)
や、やーっ、ソレは流石にっ。トバッチリっスーっ。
あー、えと、その2軒は今は、
オウミ:
どっちも人に譲った。
ビールの方はブームが去りそうになったから損切り。カフェの方は軌道に乗った辺りでパーマのカスが調子に乗りやがったから、ヤレるモンならっつって売り付けた。
タニマチ:
その後は、
オウミ:
スグ潰しヤガったがナぁ。イキったカスに経営は無理よ。
タニマチ:
ああー……、
オウミ:
モチロン俺にゃァ一銭の損もネぇ。カハハハハハハァっ!
―常連客は哄笑し、グラスを野蛮に、且つ隙無く呷る。
―卓上にはスマートフォンが1台、古いタイプの携帯電話が2台。
オウミ:(飲み干し、卓上にカツンと置き)
もう1杯飲んでやる。1分で出しやがれコラ。
タニマチ:
おっ、かしこまりましたっス! おんなじ感じで、
オウミ:
聞くなボケ。出してから沙汰を受けやがれ。
タニマチ:
うっス!
―店員は手早くシェーカーを取り出し、酒類を揃える。常連客は機械的かつ迅速に、通知の確認。
タニマチ:
そう言えばオウミさんって、
オウミ:
(片目だけを向け)アぁ?
タニマチ:
昔、格闘家だったってマジですか?
―瞬間の静寂。
オウミ:(もう片方の眼もギョロリと店員を見、)
……誰から聞いた?
タニマチ:(眼光に怯むも、作業は止めず)
え、っと、
「Shrimpy」のヤナ、偶に来てくれるんスけど、
オウミ:
俺の店のバカ店員か。吹いてマワってヤガんのかァ? ヨーヤくクビかコラ、あの白髪女、
タニマチ:
あー、や、ていうか普通のカンジで。「今日オーナーに聞いたら教えてくれたんだけどォ」、みたいな。
……聞いちゃダメなヤツでした?
オウミ:(牙を剥くが如く獰猛に笑み)
カハッ。いいやァ? 別に知れても、構わネぇがヨぉ?
……オイ、手ェ止まってんぞ。
タニマチ:
あっ、すいませんっ。振りマスっ!
―シェーカートップを速やかに嵌め、シェーク。氷が滑る鋭い音。
タニマチ:(ロックグラスに注ぎ、サーブしつつ)
お待たせ致しました……。『スレッジ・ハンマー』ですっ。
―カクテル名を聞くや否や、常連客はピクリと反応。
オウミ:(ギョロリと見)
ソレも聞いたのか?
―獣の眼。
タニマチ:(完全に虚を突かれ)
……えっ? えっ?
オウミ:(独り言)
いいや……、ヤナには言ってネぇ。俺が言った言ってネぇを忘れるワケがネェ。
タニマチ:
え、っと、
オウミ:(遮り)
どっから聞いた? ソレか初めから知ってやがったンか? 答えろコラ。
タニマチ:
い、やァー、す、すんません、
ホント、マジで何の事だか、
オウミ:(遮り)
偶然かァ?
タニマチ:
あ、えっ、
オウミ:(眼を剥き、咆哮)
俺の現役ン時のリングネームとオンナじ名前のカクテルを、出しやがったのは偶然かどォか聞いてんだ!!
トットと答えやがれコラ!!!
タニマチ:
ゥえええぇーーーーー??
や、や、そォれはマジで、偶然っス、これはマジで!!
あのっ、『スレッジ・ハンマー』ってウォッカベースでは昔からあるヤツで、
オウミ:
俺が知らネぇとでも思ってンのかボケ!!
……偶然ナンだなァ? 大した事でもネぇが、俺はこんなんがハッキリしネぇのがイチバン我慢ならネぇ。
―カウンターに突いた腕に力が籠もり、乾いた木がミシミシと鳴る。常連客の額から眉間へと、筋のように血管が浮き上がっている。
オウミ:
マジでキレちまわネぇウチに、もう1回答えやがれ、コラ。
タニマチ:
はいっ、はいっス!
えー、と、はいっ。今日、オウミさんに『スレッジ・ハンマー』をお出ししたのは、完全に、本っ気で偶然っス。何も知りませんっス!
マジでもう、神とかに誓って!
オウミ:
…………、
―常連客は剃刀の如き眼光で、店員を観察する。
オウミ:
……嘘を吐いてやがる眼じゃネぇ。
と、俺が判断した。
まあ、イイ。
(眼光の刃を収め)
災難だったなァ。
タニマチ:(あからさまに安堵し)
……っはああぁーーーーっ。
や、もう、わかって貰えてマジで……。
あ……、
あの、どうぞ、飲んでくださいっス。
オウミ:
おう。
―常連客は憮然と、筋張った大ぶりの手でグラスを掴む。最小限の動作で一口、含み。
オウミ:
……無駄な味はしねェ。金払ってやってもイイ。
タニマチ:(胸を撫で下ろし)
っふいーっ。
……もー、オウミさん怖いっスわ、色々……、
オウミ:(もう一口含み)
ア? 他人は怖ェモンだろォが。
客でも身内でも年上でも年下でも。ビビるのをヤメんなよ。
タニマチ:
は、はいっス……。
……で……、その、『スレッジ・ハンマー』さんだった時は、
オウミ:
キックボクシングだ。俺のスタイルはなァ。
タニマチ:
……へぇえーっ。それはどっかの団体の、
オウミ:
地下格闘技よ。
半グレやら言われる連中がやってる、ノールールの、ヤクザやらが金賭けたりするヤツな。
タニマチ:
えっ。
(動揺隠し切れず)…………、
お、おぉゥ……。
オウミ:
ヒくぐらいなら聞いてんじゃネぇぞ、コラ。
タニマチ:
や、いや、ヒイてるとかじゃないスけど、
オウミさんは、その、実際、ファイターとして……?
オウミ:
他にナニがあんだコラぁ。ラウンドガールでもやってたってのかァ?
タニマチ:
い、や、
(吹き出し)ぶふっ。……ちょ、ちょい待ってください想像……、う、くく、
オウミ:(睨み付け)
……ナメてんな、タニマチてめェ……、
タニマチ:
いやいやいやいやっ。違うっス! 断じてそんな!
あ、あ、あの、ノールールって、噛み付きとか金的アリとかの、そういう……?
オウミ:
試合によるが、基本はそうだなァ。どっちかが動かなくなるまでヤる。
タニマチ:
動かなく……、
オウミ:
勝負付きゃスグに次の試合だ、負けたヤツのコトなんざ誰も構わん。興行終わったら死んでんのもザラだった。
タニマチ:
死…………、
え?
そ、え、そ、それっていうのは……、
オウミ:
控室に放り込まれてる間に死んだのか、俺のトドメの一撃で死んだのかはワカンねェけどな。死体なんざ届けネぇしヨ。
タニマチ:
そ、れ…………、
え、どうするんスか???
オウミ:
捨てて帰りゃしネぇわな。イベント終わってから業者呼ぶんだよ。
タニマチ:
業者……?
オウミ:
何でも説明させンなや、イメージしろコラ。
死体引き取る業者よ。ソイツらが死体の顔面ツブしてから、欲しがってるヤツらんトコへ売りに行く。
タニマチ:
……、……、
オウミ:元々行くトコも帰るトコもネぇカスばっかりだからよ。誰も困らん。
―高濃度の酒をグビリと呷り。
オウミ:
1回、乱闘試合で肘と拳割ってヨぉ。一月ぐらい試合出れネぇ時に、死体屋でバイトした。
……そん時だな、モノを仕入れてヒトに売るってのが、どんなモンか勉強出来たのァ。
タニマチ:
死、体、屋……、
オウミ:
死体っつっても商品だからよ。顔面ツブすのもキッチリやらにゃならんし、鮮度がキモだから納品先の距離によっちゃ保冷剤は切らせネぇ。梱包雑けりゃキレられるしな。
タニマチ:
鮮度……、梱包……、
オウミ:
俺が付いたのは神経症の犬みてェにキレた、中国系のジジイだったが……、
今から思えば、仕事に関しちゃ、ナンも間違った事ァ言ってなかった。
タニマチ:
…………。
オウミ:
その内、ウチの代表のオッサンがヘマこいて捕まりやがって、イベントも解体になったがなァ。
タニマチ:
えっと、でも……、
その、
オウミ:
ア?
タニマチ:
今の、話だと、もしか、その……、
オウミさん、
……人を、殺した事、
ある、かも、って事っスよね……。
オウミ:
…………。
タニマチ:
あ、や、試合だし勿論その、
オウミ:(遮り)
ある。
ソレが何だ? おい。
タニマチ:
いやっ、……、
えっと、……。
こんなコト聞いたらアレなんスけど、
……、あー、
オウミ:
モノもマトモに喋れネぇならクチ縫うか? コラ。
タニマチ:
や、あ、その。
……どんな、気分だったか、とか……。
ー暫し、静寂。
オウミ:
…………「どんな」ァ?
タニマチ:(慌て)
すんませんっス!
もうあの、
オウミ:(つまらなさげに)
ナンも思わネぇ。
俺の蹴りやら突きやらで、ソイツが死んだとしてヨぉ、
タニマチ:
は、はい。
オウミ:
死にたくナカったんなら、何でソイツは避けるなり、ガードするなりしなかったンだァ?
タニマチ:
ええ……?
そ、りゃ……、したくても、っていう……、
オウミ:
してりゃ敗けても死にゃァしネぇ。対処出来ねェのはソイツの責任だろォが。
ソイツはその日、死にに来たんだよ。イキったダケの喧嘩自慢が自覚してンのかは知らネぇがよ。
タニマチ:
…………、
オウミ:
準備も対処も出来ネぇボケは死ぬ。
殺し合いも商売もオンナじだ。覚えとけよコラ。
タニマチ:
…………、
は、あ、う、うス。
…………。
―常連客は粗野に呷る。ガラリ、と氷。
タニマチ:
それで……、
その後、スグにその、今みたいな経営者って言うか、
オウミ:
中学も出てネぇ野良犬が、イキナリ商売も糞もあるかボケ。
散り散りになったカス共全員そうだがよ、結局はヤクザやら半グレの犬よ。俺は闇カジノの用心棒をやってたが。
タニマチ:
はァー……。
なんかその、キッカケあって、
オウミ:
カジノの収支グダグダになって、始末番のオッサンが沈められた時によォ、
タニマチ:
沈められたんだ……。何かもう麻痺して来た。
オウミ:
タマタマ身内の人間が、俺しか居なくなりやがって。暫く回してたらソコソコ成績上がって身込みあるってんで、知り合いのヤクザに拾われて。
取引の仲介やら、買付けの助手やら色々やらされて、一通り仕込まれた。
タニマチ:
……取引とか買付けとか、って、その、モノは……、
オウミ:
知りてェのか?
知ってどォすんだ、別に教えてもイイがヨぉ。
タニマチ:
ええー、と、や、やめとこっかな……。
オウミ:
まあヨ……、売りてェヤツが居て、買いてェヤツが居るモン、だな。
タニマチ:
大概のモンはそうスね……、
オウミ:
そォだぜ。ビールだろォが真鯛だろォが、死体だろォが生きた人間だろォがよォ。
売り手が居て買い手が付きゃソレは商品だ。
違法だの脱法だのは、値ェ付ける為のスパイスでしかネぇ。
タニマチ:
言い切る感じで……、
オウミ:
ブッ殺し合い見せる為の商品だったからなァ、俺たちは。
売られる方から売る方になっただけで、ナンも変わらネぇ。
……だが、昼間に雇われて、働いてる連中はよォ。
ジブンの命と時間に、ジブンで値ェ付けて売ってやがんだぜ。
ソレが「当たり前」だってンなら、ソッチのがよっぽど、気違いじみてると俺は思うがな。
タニマチ:
…………。
―常連客はがぶりと呷る。店員は、思案顔。
オウミ:
商売の面白ェトコは……、読み切れネぇトコだな。
タニマチ:
よみきれない?
オウミ:
特に飲食は、大勢の人間を相手にすンだろォが。
地下の試合なら、相手は多くても3人だ。
タニマチ:
あー……、相手ってあの、勝負の、っていう……、
オウミ:
1人2人なら、動き読み切るなんざ造作もネぇ。見てりゃ判るからな。
タニマチ:
強、かったんスか、当時、やっぱり……、
オウミ:
他が弱過ぎたダケだ。
腕っぷし強ェか知らんが、怖さを知らネぇ、隙だらけのボケばっかりだった。
タニマチ:
こわさを、知らない。
オウミ:
俺はガキの頃チビだったからヨぉ。
いつも親父や近所のクズ共の顔色ばっか見て、ビクビクしながら育ったからよ、
面と向かやぁソイツが、次にどォ動くかなんざスグ判る。
タニマチ:
チビ、だったんスか、意外っていうか……、
オウミ:
後からデカくなったがよ。
親父半殺しにして少年院入った時も、オッサンに拾われてキックのジム通わされた時も、相手のカオと気配見て、動き読み切る事ダケ考えてた。
タニマチ:
…………、
オウミ:
そうすりゃ、デカいダケの素人の攻撃なんざ当たらネぇ。隙だらけのコメカミに、ハイ1発ブチ込んでやりゃソレで終いだ。
タニマチ:
で……、付いた仇名が、『スレッジ・ハンマー』……。
オウミ:(ギョロリと見やり)
馬鹿にしてンのかァ? オイコラ、
タニマチ:
や、全くそんなんではナイっス! はいっ。
オウミ:
……だが、客商売はチゲぇ。
―軋むように歯を剥き、
オウミ:
知りもしネぇ、見えもしネぇ人間共を、仕留めるも逃がすもコッチ次第。
手数揃えて、データ集めて罠張って! それでも狙い通りにゃ行きゃしネぇが、大した問題じゃァねェ。帳尻合わなきゃ、潰すなり売るなりすりゃァイイからな。
バイヤーやらスポンサー連中と雁首揃えて、あーでもネぇこーでもネぇと喚き合ってる時が1番楽しい!
―常連客は恐ろしくも無邪気に笑っていた。
オウミ:
ガキの頃好きだった釣りにも似てるしよ。
タニマチ:
へぇ……、釣り、お好きだったんスか。
オウミ:
飯もマトモに食えやしねェ、糞みてェな家と村だったからな。
―眼光僅か緩み、宙に浮く。
オウミ:
近所の、港でよ。
商船だの貨物船だのの、荷降ろしやら、積み込みやら出港やら。
色んな色の旗立ってんの見ながら、堤防の端で一日中、キタネぇガキが1人でヨぉ。
釣れなきゃ酔った親父にシバかれて。顔面グダグダにしてやった時は胸がスぅーっとしたぜェ。
カハハハハッ。
タニマチ:
…………うへェ。
―常連客がグビリと一口。澄んだ液体は残り僅か。
タニマチ:
最近だと……、「couch」はかなり、
オウミ:
軌道には乗ったな。
スタッフ共もノリ掴んで来やがったし、俺はソロソロ飽きて来たが、
タニマチ:
てことは、安泰、って事なんスよね。
オウミ:
俺は今は茶漬けと、去年開けた「Doctrine」でアタマぁ忙しい。
タニマチ:
は、何の店ですっけ、
オウミ:
葉巻と高級チョコレートの店だ。思ってた以上に受けてやがる。
タニマチ:
へぇー……。
あと……、ココの通りだとまあ、「Shrimpy」も。よくお客さん回してもらってるし、
オウミ:
この店からの客は流れて来ねェようだがナぁ。
タニマチ:
あー……、や、面目ナイっス……。
オウミ:
ココの陰気な客どもは、あの店にゃ合わん。もう惰性だからどーでもイイがよォ。
タニマチ:
あ、あと、ウチのスタッフが偶にお世話になってるみたいで、
オウミ:
……あの生意気な、金髪のガキだろ。ヤナよりゃ、キッチリ仕事しやがると聞いてる。
タニマチ:
いや、そんなそんな……。要領は良いヤツっスけど。
えっと、今って実際、何軒ぐらい……、
オウミ:
稼働してんのだと11軒だな。
タニマチ:
おおー……、
あの、大っきい人専門の店は、
オウミ:
「MAXIMUM」な。デブ専ガールズバー。
潰した。ありゃ、コンセプトに人材が追い付かなかった。接客出来るデカい女を揃えられたらまたやる。
タニマチ:
ほォー。あと、
オウミ:
「couch」に「Doctrine」に「Shrimpy」だろ。
焼酎BAR「地鎮祭」、折り紙カフェ「KATZE」、キャンプとサーフィンのセレクトショップ「山波」。
沖縄料理屋「あじくーたー」、絵葉書と万年筆の店「PenPal」。
ライブハウス「アンクルテンガロン」、台湾式フルーツパーラー「水果本舗」。
あと、来年にゃ売るつもりだが、クラフトジンの店「ElderMap」。
ドコも元気に、稼働中だぜオイ。
タニマチ:
見事に全部、バラバラって言うか何て言うか……、
オウミ:
似たような店やったってツマンネぇからなァ。
しかも、俺が興味ネぇモンの店がイイ。
タニマチ:
そうなんスか? そういやお茶漬けも、米食べないって、
オウミ:
自分が詳しいモンだと底が知れてンだろォが。
良いも悪いも、予測してネぇトコから襲って来ンのがイイ。
タニマチ:
ちなみに、オウミさん本人が詳しいジャンルってのは、
オウミ:
車と犬だ。あと燻製。
タニマチ:
あー……、ソコはソコで掘ったらナンボでもいけそうな、
オウミ:
相場も定番も知ってっから驚きがネぇ。
なら茶漬けやら台湾フルーツやら葉巻きやら攻める方がオモシレぇ。
タニマチ:
葉巻きも? オウミさんて煙草、
オウミ:(遮り)
吸わネぇ。親父に根性焼きされて嫌な記憶があるし、臭ェからな。
俺の前で吸うんじゃネぇぞ、コラ。
タニマチ:
俺は吸いませんし、ココ禁煙なんでダイジョーブっス……。
―粗暴にグラスを掴み、最後の一口。グビリと飲み干す。
オウミ:(タン、とグラスを置き)
……シケた店の、数少ネぇイイとこだナぁ。カハハ……。
―刹那、ブー、ブー、と折り畳み式携帯電話に着信。
タニマチ:
あ、電話……、
―瞬時に眼光尖み、
オウミ:
俺だ。用件を言えェ。
―神速の手捌きで受話。
タニマチ:(小声で)
速ァっ。
オウミ:
おゥ、……おゥ、あァ判る、「モルビド」の営業の、ニヤけ面のボケだろ。ソイツが、
……アぁ? この時間にか。ナメてやがンなァカスが。
ンで。まさか断ったりしてネぇだろォなァ。
おゥ、ア? おゥ、あたりめェだろボケ。……アッコにゃもう何段階かで揺さぶりかけるつもりだったが。手間が省けるかもしれネぇ。
聞けオイ、スグに折り返して、店はコッチから手配させろ。ア? 何が、
……ボケぇ、お前に任せるワキャねェだろ。ウツギに言や判る。見繕わせろ。
俺もスグ行く。一旦事務所に寄るからよォ、「猫町」の前まで車回せや。ア? そォだよあのビッコ女の。10分で来い。それ以上かけたらシバく。
……、おゥ、おゥ。
……全員で仕留めンぞ。
―通話を切り、携帯電話をパタリと畳む。眼光に殺気漲り、歯は剥かれ、肉食獣の笑み。
タニマチ:
……笑顔怖っ。
お仕事のヤツっスね、んじゃ、お会計、
オウミ:
……どうせスグには着かネぇ。
急ぐ必要ネぇぞ。ク、クク。
タニマチ:(伝票に書き込みつつ)
この時間から、接待的な?
オウミ:
アチラさんはよォ。自分が仕掛けてるつもりなワケだなァ、今。
半端な時間も計算だろォがよ。
―無邪気な凶笑はやまず。
オウミ:
ソコをコッチから先手を打つ。後の先で隙だらけのコメカミに叩き込む。
開いたばっかの、小せェ店だとナメた事を後悔させてやる!
ク、クク、カハハハハッ!
タニマチ:
……『スレッジ・ハンマー』さんだ……。
オウミ:
アぁ? ンだコラ。
タニマチ:
あー、や、その、なんか……、
今は、こう……、
ココが、オウミさんのリングなのかなー、とか、
そーゆー……、
オウミ:
……、……。
―ギシリと笑む度、
オウミ:
そりゃァ……、シケた地下の喧嘩屋の名だ、ボケ。
……俺を、誰だと思ってやがる。
―ゴングが鳴るのを思い出す。
―暗転。
―タニマチにスポット。
タニマチ:
【本日のカクテルレシピ】
『スレッジ・ハンマー』。
■ウォッカ 60ml
■ライム果汁 20ml
以上を強めにシェーク。本来はショートスタイルの所、本日はロックグラスにて、
……ちゃんと、ビビって。丁寧に、サーブ。
―【終】
―【空白】
―【空白】
―【空白】
―【ボーナス・トラック】
【モノローグ】(美月)
1998年の夏。
15歳の私は、とある寂れた漁村の、古い港に居た。
昔は沖合の漁で賑わって、もっとずっと、活気のある港町だったらしいけれど。
今は、運ばれ待ちの貨物を収める倉庫が並び、補給を受ける船たちが屯する、灰色、という印象の場所。
それでも船の入港・出港の時刻には、汽笛がうるさいほどに響き、行き先別に色とりどりのフラッグがはためいて、それは何とも見ものな、
……逆に言えば他に見るものの無い、
日本のどこにでもある、時代の流れと共に緩やかに終わりを待つ、痩せて僻んだ老人のような集落だった。
美月:
……確かに3日で飽きるなぁ、海……。
【モノローグ】(美月)
滞在3日目。
潮風に吹かれて、何をするでもなく堤防沿いを歩いていると。
一つの、小さな人影を見た。
……10歳ぐらいか、いやもっと……、
判然としないのは、堤防のブロックに座るその男の子の服が、靴が、……髪も、顔すらも、
一目で判る程に汚れて、荒んで、……有り体に言うと、
きたなかった、からで。
親の都合で貴重な夏休みの内の6日間を、この退屈地獄で過ごさなくてはならなかった私は、
……思わず、話しかけた。
美月:
こんにちはー。暑いねー。
男児:(反応せず)
…………。
三月:
おーい。
男児:
…………。
【モノローグ】(美月)
黙りを決め込む男の子は傍らにバケツを置き、
近くで見ると綺麗でもなんでもない、暗い色の水面に竿と糸を垂らしていて。
そして見れば、見るほどにやっぱり……、
きたなかった。
美月:
無視は良くないぞー。
釣りに集中してるのかなー?
こほん、「釣れますかァ?」、なんちゃって、
男児:(視線を向けず)
うるせェよ。
美月:
おっ、なーんだやっぱり、
男児:(遮り)
きこえてるに決まってンだろ。
……魚にげるから、どっかいけ。
美月:
私が来る前からバケツ、空っぽみたいだけど。
男児:(うんざりと)
…………。
きえろ。海におとすぞ。
美月:
怖いねー、君。何歳?
男児:
……、かんけいねェだろ。
美月:
当てちゃおっか。
んんー、見た感じから察するに……、
男児:
…………。
美月:
9歳! ん、いやっ、8歳!?
どうっ!?
男児:(歯を剥き)
10才だよ! フザケんなよてめェ!!
美月:
きゃっ! ごめーーん!
わ、若く見えるね、えーと、
男児:
チビなのはわかってるよ。
……えーよーじょーたいがわりィんだよ。
はついくふりょう、なんだとよ。
美月:
わっ、賢ーっ! 今度は大人ぁっ!
男児:
…………。マジでどっかいけよ。
ヒマじゃねーんだよ。
美月:
釣りしてるのに??
今、夏休み? 友達と遊ばないの?
男児:
…………。今日のばんメシ。
美月:
えっ。
男児:
…………。
美月:
え……、晩ごはんのおかずを、釣ってるの……?
男児:
そーだよ。わるいかよ。
美月:
釣れる、の……?
男児:
たまにな。
釣れなきゃ、パンの耳、食うだけだ。
美月:
……、……、
お父さんと、お母さんは……?
【モノローグ】(美月)
今なら、絶対にしないような質問を。
不用意に、考え無しに。まだ子供だった頃の私は、してしまった。
男の子は、ぼんやりと、投げやりな表情で、
男児:
……おやじはいる。
おかあさんとかは、知らねェ。
美月:
…………、
そっ、か……。
【モノローグ】(美月)
言ったきり、男の子は立ち上がって堤防を降り、去って行ってしまった。
小さな、痩せた後ろ姿は子供らしくなく疲れていて。
ご飯、食べさせて貰ってないのかな、とか。
どんな暮らしをしてるんだろう、とか。
訊ねられもしない疑問だけをぶら下げたまま、私は暫く、海を見ていた。
……翌日。
美月:
どう、したの……、おでこの、とこ、
男児:
自分ではった。
【モノローグ】(美月)
男の子の額には、ガーゼ。
テープで雑に留められ、薄っすらと、
血が、滲んで。
気にした様子も無く……、今日も男の子は、昨日と同じ場所、同じ服、同じ、きたなさで、釣り糸を垂らして。
空っぽのバケツと、横並び。
美月:
……、
やられた、の。誰かに。
男児:
釣れなかったからな。
お前のせいで。
美月:
……お父さん、に?
男児:
いつものことだ。
美月:
言わ、ないの、誰かに、
男児:
だれかってだれだよ?
おやじのこと言ったって、だれもあいてにしねェよ。
美月:
…………、
友達、とか、
男児:
いねェ。
美月:
いないの?
男児:
いたことねェ。
美月:
……、……。
なんで、かな。
男児:
…………。
【モノローグ】(美月)
また、黙らせてしまった。
波の音が遠くから、静かに響いてくる。
…………。
本当に。
なんで、なのかな。美月さん。
自分の事を棚に上げて、「どうして友達いないの?」、だなんて。
あそこの浅瀬でイチャついてる、名前も知らない海鳥に笑われちゃいますよ。
美月:
そう、だよね……。
居たら、ここへ来て、一人でこうしてなんか、いないもんね。
男児:
お前もじゃねェのかよ。
美月:
…………、
申す言葉もございませーーーん。
…………。
(男児の隣に腰をおろし)
……本当にさーーーー。
どーーーやったら出来るんだろーね。
「友達」って。
男児:
…………、
美月:
一緒に考えよっかー。
君、なんていうの?
男児:
うるせェな。
……よこにすわんじゃねェ。
美月:
居たら、良いと思う?
友達。
男児:
いらねェ。
美月:
どーして?
男児:
やくに立たねェから、いらねェ。
美月:
……役に、
男児:
食いモンくれねェし。
おやじとか、近所の大人になぐられてても助けてくれねェし。
美月:
……そりゃ、こどもだから、ね。
男児:
大人だってやくに立たねェ。
美月:
そう?
男児:
このまちの男も、女も、
クズばっかりだ、って。バアちゃんが言ってた。
美月:
君の、お祖母ちゃん?
男児:
となりのとなりのバアちゃんだよ。
美月:
仲いいの? 助けて、くれないの?
男児:
死んだ。
くさってんのが見つかった。
美月:
……あ。
……そう、
なんだ。
…………、
男児:
「早く大人になれよ」、って言ってた。
美月:
……、お婆ちゃん、が?
男児:
「うまいこと死なずに大人になって、」
「このまちから出ていって、ひとりで生きていけよ」、って。
言ってた。
美月:
…………、独りで。
男児:
なりてェよ。早く。
美月:
大人に?
男児:
大人になって、デカくなって。
ブンなぐられる前に、ブンなぐる。
美月:
駄目だよ、殴ったら、
男児:
何でだよ?
美月:
なん、で……、
男児:
なぐられる前になぐるんだぞ。
そしたら次は、なぐられねェ。
美月:
…………、
そんな、上手く、いかないよ。
……たぶん。
男児:
いまよりはマシだろ。
美月:
……、どう、かな。
…………、
でもさ、
男児:
なんだよ。
どっかいけよ。
美月:
いつか、もしも、いつかさ……、
友達や、仲間が居たら良いな、居たら、良かったな、って思った時にさ……、
男児:
思うことなんかねェ。
美月:
その時に、独りで居る事に、慣れちゃってたらさ……、
きっと、寂しい、よね。
男児:
…………、
いみ、わかんねェ。
美月:
…………だーよねー。
……私も、わかんない。
男児:
…………。
美月:
…………。
釣れないねーー。
男児:
うるせェよ。
……どっか、いけって。
【モノローグ】(美月)
それきりお互い、黙ったまんま。
むやみに綺麗な夕焼けなんか、見ちゃったりなんかして。
……それから3泊、無為に夏を、消費して。
子供の私は、友達も居ない東京に、戻ったんだけれども。
……例えば。
親が転勤族で、引っ越しが多かった、から。
昔から人よりちょっと勉強が出来て、塾に行かなくてもそこそこの点が取れた、から。
嫌味や皮肉を言われた時に、ちょこっとだけ小気味よく、言い返しちゃう癖があった、から。
……単純に、人を良い気分にさせるのが下手だった、から。
私に友達が居ない理由なんて精々、そんなとこ。
自意識と、損得勘定のせめぎ合い。
モラトリアムに浸かっていられる間の、悲痛ごっこの、孤独ごっこ。当時の私はそう思っていたし、今でも、やっぱりそう思う。
その時代の私にとって、ソレはそれでもそれなりに、やっぱりシリアスな案件では、あったんだけども。
ともあれ。
じゃあ。
あの子は、どうなんだろうか。
あの子に、友達や、仲間や、味方が、居なかったのは。
支えも寄る辺も多分無くて、独りで生きていく事を、夢に見なければ、ならなかったのは。
親のせい。あの村のせい。社会のせい。世界のせい。
益体もない責任転嫁にはキリがなくて、それは世界を廻り廻って、自分の所へ還ってくる。
あれからそれなりの時間を生きて、それを実感できちゃうぐらいには、すっかり大人になっちまった今でも……、
時々、思い出す。
あの子は大人になれたんだろうか。
運良く、死なずに、大きくなって、
あの嗄れた村を出て、
友達なんて居なくても、仲間なんて居なくても、
ぶん殴られる前にぶん殴る、強くて、怖くて、
独りっきりの大人に、
なれたんだろうか。
…………それとも、
美月:(微睡み半ばの独り言)
……友達100人、出来ちゃってたりして……。
沙莉:
何がっすかァー? 先輩っ。
美月:(意表を突かれ)
うぉ、っと、
……声、出てた?
沙莉:
休憩もー終わりっすよォー、お昼食べてウトウトぉーとかオバサンじゃないっすか先輩っ、
美月:
うっさい小娘。大人のオンナにゃー物思いに耽る時間が必要なんだわさ、
沙莉:(ずい、と寄り)
そォーんな事より先輩っ!
美月:
うぉ近っ! 沙莉アンタ、香水つけ過ぎっ!
沙莉:
「水果本舗」っ!
改装明けの予約取れたっす!
美月:
うっそマジでっ!? あの台湾フルーツのトコ!?
沙莉:
そーっすそーっす! リニューアルフェアに付きパイナップルサンデーが何と半額っ!
更に生搾りジュースもラインナップ増量っすーーっ!
美月:
激アツじゃん。よく予約出来たね……、
彼氏と?
沙莉:
ナニ言ってんすかァー、
先輩と、っすよォー、
美月:
は?
沙莉:
来週土曜、空きになったって言ってましたよねェー?
美月:
は、え、は?
……あんた、相手に無断で予約取ったの……??
沙莉:
私と先輩の仲じゃないっすかァーーっ。
彼氏さんとの愚痴、聞きますからァっ、
美月:
愚痴溜まってる前提で言ってんじゃないっつの!!
……あんたソレまさか、私が奢るとかいう……?
沙莉:(パンっと手を合わせ)
ゴチんなりますっ!
先輩大好きっ、ソンケーっ!
美月:
フザけろバカこのっっ!!
………はァーーもォーー……。
……あの辺行くなら、私が行きたいトコにも付き合わすから。
沙莉:
もっちろん! タダスイ(※無料スイーツ)の為ならドコへでもっ、オトモするっすー。
ドコ行くんすか??
美月:
「Doctrine」。チョコレート買う。
沙莉:
あの高っかいトコっ?? タバコとかも売ってる……、
美月:
アソコのトリュフチョコアソート満足感ハンパないから。
アンタら若造ドモを率いて頑張ってる自分への、ご褒美よ、ご褒美。
沙莉:
チョコ好きっすねェ先輩ー。
ていうか発言が一昔前のOLみたいっすー。
美月:
悪かったなァ正真正銘一昔前のOLでよォっ!
買ったるぞソノ喧嘩ァっ!
沙莉:
ていうかあれっすよね、アソコも「水果本舗」も、系列っていうか、元がおんなじなんすよねー、
美月:
え、そーなの? 全然店の雰囲気とか違うけど……、
沙莉:
なんかオーナーが一緒とかで。
あと今工事してるあの、お茶漬けの店も……、
美月:
あーー、アソコも気になってんだよねーーー、
オープンいつだっけ、
沙莉:
えっとォー……、
あっ、ていうか先輩っ、そういえばァー……、
【モノローグ】(美月)
……結局、私の悩みや、孤独なんてものは。
少しずつ、子供から大人になるうちに、水にインクが溶けるように、薄まり、霞んで、いつしか自分の一部に、なってしまったけれど。
もしも、もう一度。
あの夏の日の、あの堤防の。
あの、きたなくて、怖くて、悲しそうな眼をした、一人ぼっちの男の子に、もう一度会えたなら。
友達、……って程でもないけれど、
職場の、くそ生意気な後輩と一緒に食べる、クリームと果肉たっぷりの台湾パイナップルサンデーは。
きっと、ちょっと、美味しいかもしれないよ、って。
言ってあげたいと、思った。
―【終】