『ビーズ・ニーズ誇り高くも刺す!』
“お一人様篇”シーズン1#6
とある街、とあるBAR。
とある、痛みについて。
登場人物
■カスミ
店員。守りに回ると弱い女。
■ギバチ
常連客。隙間に刺し込む女。
−黎和3年10月某日−
カスミ:
或る、心象のうた。
ギバチ:
単に孤独であるばかりでない。敵を以て充たされている!
とはいえ環境の闇を突破すべき、どんな力がそこにあるか。
歯がみてこらえよ。こらえよ。こらえよ。
「飛べ!」
―タイトルコール。
カスミ:
『ビーズ・ニーズ誇り高くも刺す!』
―某月某日、某時刻。
―とあるバーの店内。カウンターには女性店員。来店中の常連客の女性は、店外の喫煙スペースにて一服中。
―店員がスマートフォンの通知を確認し終えた辺りで、ドアベルが鋭く鳴る。
ギバチ:(店内に戻りつつ、ふざけ)
アノぉー、1人なんですけどォ、
まだやってますかァー。
カスミ:
クフフ……。
すみませぇん。当店、刺青のお客様にはご入店頂けない規則となっておりましてぇー。
ギバチ:(着座しつつ)
キヒヒっ。んじゃ、キミもクビじゃんね。
カスミ:
スタッフはイイの。背中丸空きの服とかも着ないし。
ギバチ:
エっロ。今度着てみるべし。
カスミ:
ま……、脱がなくても彫って貰えるか、ソレだったら。
ギバチ:
やァー、困るけどね、実際は。飛び散るから色々。
カスミ:
ウク、ク。
―常連客は残量僅かのグラスを傾け、飲み下す。
カスミ:
テーマパークなんかもそうだよね。
ギバチ:
ンン?
カスミ:
スタッフは刺青。
ギバチ:
あー、ね。ソレね。
大阪行った時サぁー、USJが思いっきりソレだった。
カスミ:
入れないんだっけ? お客で刺青あったら。
ギバチ:
んやー、なんか普通の、モッサモサの合羽みたいなの渡されて。
規則デスから、みたいな。
カスミ:
えぇー。
ギバチ:
で、向こうの方でゴリゴリタトゥーのキャストがお客イジってんのね。
カスミ:
ソッチはイイんだぁ。
ギバチ:
ありゃ絶対マジのタトゥーだったね。
カスミ:
プロ的に?
ギバチ:
イエス。線の感じってより、本人の振る舞いで判るワケ。
広範囲入れてるヤツらはサ、体の一部になってるから。
カスミ:
擦っても何しても取れないもんねぇ。
ギバチ:
アタシみたいに両腕ガッツリ、手首から肩までとか入ってるとサぁ、
カスミ:
遠くからだと長袖着てるみたい。
ギバチ:
キヒヒ、マジでソレ。
忘れるもんね、自分では。たまーに昼間歩いててサぁ、今日やったらと見られるなー、とかって。
カスミ:
クフフ……。
ボクの内ももとか背中とか、自己満足で見えないトコ彫ってるようなのとは、
ギバチ:
んや、違わんよー? あんま。不便な事ァ増えるけどサ。
カスミ:
……そう?
ギバチ:
自分の体に、消えない模様入れんだから。デカくても小さくても、意味は一緒。
カスミ:
そう、なのかな。
ギバチ:
昔の部族とかはサ。
大人になる儀式とか、自分を強い戦士に生まれ変わらせる為に、刺青入れたのね。
カスミ:
痛みに耐えて、自分の強さを示す為に。
ギバチ:
も、あるけど。
自分は変わった、って。前の自分とは違う自分なんだ、って、
カスミ:
思い込む為の、
ギバチ:
だね。
んで、だけど。
思い込む力が1番強い。
カスミ:
……思い込む、力。
ギバチ:
キヒ、だからサぁ。
筋彫りだけで痛いのに敗けて、途中で放っぽってるよーなのは駄目。
見ても思い込めナイでしょ、自分で。
カスミ:
半端者の烙印だ。
ギバチ:
そーよー? いっっぱい居るから。
カスミは頑張んだよ。
カスミ:
ん……、最近ようやく、慣れて来たケド……、
ギバチ:
痛みの流し方が判って来たっしょ? イイ事、イイ事。
―グイ、と透明の酒精を含む。氷の音。
ギバチ:
つか偶にサぁ、あ前も言ったかもだけど。
「お姉さんコレ消えるんしょ?」とか言って触って来るキショいナンパいんのね。
カスミ:
うわぁ、グロぉー。
ギバチ:
シツコかったら刺したろかって感じだけど。
カスミ:
商売道具で? ウクク。
ギバチ:
ヤダって。消毒消毒。
でも中にはサぁ。マジで描いてるだけって思ってるヤツも居てサぁ、
カスミ:
タトゥーってチャンネルがないんだろうね。
ギバチ:
歳行ったヒトとかもね。刺青ったらヤーさんの紋々しかって世代。
カスミ:
ボクもこないだ……、「わかってるけどコレ擦ったら取れそうよな」って、
ギバチ:(刺すようにすかさず)
へー。隠してる背中のタトゥーを?
―沈黙。
カスミ:
……、……、
ギバチ:
つかそんなん言うんだ、タニマッチー。
―店員の眼は見開かれ。
カスミ:
……っ、それっ、誰、から、
ギバチ:
カマかけたダケ。
「友達に」ィ、とか言えばイイのに。カスミ酔ってる?
カスミ:
…………、
もーヤダ。
ギバチ:
キッヒヒヒぃ。あんま近場で済ませない方がイイよ?
カスミ:
違うから。
付き合ってはナイ。
ギバチ:
へー。
痛くシテもらってんの? アタシもそーいう時期あったけどサぁ、
カスミ:
そーいうのでもナイ。
偶にだし。
ギバチ:
悪いとは言ってないよー?でもタニマッチーはなァー。半端にイイ奴だからなァー。
―楽しげにニヤつき、グラスの残りを干す。ゴクリ、と喉。
ギバチ:
くはっ。ちょい休憩と。
カスミ:
……。
店でも、普段も。何も変わりナイし。
ギバチ:
あー。ソコはやれるヤツなんだ?
意外じゃナイけどね、意外と。ま、せーぜー、イイ距離感で。
カスミ:
…………。
ギバチ:
イイ傾向なのよ? 捌け口何個か作れてんのは。
か、どーかは知んないけど。
カスミ:
捌け口……、
って、ナンか……、
ギバチ:
最近は切りたいウェーブも来てナイんだっけ。
太もも。
カスミ:
…………。
そう、ね。
しばらく。もうだいぶ。
ギバチ:
アタシはサぁーっ。全国のリスカっ子に言って周りたいワケよっ。
腕とか足とか下手クソに切るくらいならタトゥー入れようぜって。
彫るトコ選べば安全だしカッコ良いぜって。
カスミ:
……ソレは、正直、思うかな。
ギバチ:
おんなじ事だから。アタシもスタートはソレだしね。
カスミ:
そうなの?
ギバチ:
そーよ? 全然。
取り敢えず要らんくなった傷、上書きしてくれェーって師匠んトコ行ったのが最初。
カスミ:
へえ……。
ギバチ:
相性良かったってか。ま、下積み時分は色々ありやしたけども。
今は何とか、食わして貰ってますけどね、っと。キヒヒ。
カスミ:(些か持ち直し)
……スタジオ、独立して、もうじき1年だっけ。
ギバチ:
あ、そーそー。オカゲサマで。
気が付けば、だけど。んでこっから忙しくなんだよねー。
カスミ:
夏はやっぱり少ないんだよね。
傷が……、
ギバチ:
治りにくいかんね。
ケッコー予約も埋まって来てるし。年はなんとか、越せんじゃないスかねェー。
カスミ:
ショップカード、評判イイよ。
ギバチ:(パンっ、と合掌、拝み)
マジでっ。
カード置いてくれるお店サマサマだからサぁーっ。
カスミ:
広告とか、出しづらいもんね。
ギバチ:
出してるトコもあるけどサ……、
正味グレーだしね。どんどん規制もキツくなってくし。ま、ウチは未成年には彫らないケドも。
―スツールがギィ、と鳴く。
ギバチ:
またこのカードの絵がサぁ。イイと思うんだアタシは。
―カウンター端に置かれた名刺大のカードを取る。
カスミ:
トガっててイイよね。絶妙に可愛いし。
ギバチ:
ベガ君こーいうのは天才だわ。イキり感出ないギリギリのトコ。
……漫画の方はちょっと、まあ、
カスミ:
ノーコメント。ウクク。
……今の背中のパッションフルーツも、デザインだいぶ可愛い。
ギバチ:
完成までもーちょい。
色、どう?
カスミ:
大丈夫、と思う。見てるけど、一応。
ギバチ:
カスミはケア真面目でありがたいわ。
適当なヤツとかサぁ、毎回まず喧嘩からだから。
カスミ:
ウクク。
(カードの図案をあらためつつ)
コレ……、蜂だよね。
で、おっぱい付いてる。クフ。
ギバチ:
そーそー。
タトゥースタジオ「Worker Bee」だから。
カスミ:
働き蜂、なんだよね。女王蜂じゃなくて。
ギバチ:
コレちょいヤヤコいんだけどサァ。ブルースの、まちょっとマイナー目のナンバーで、「KingBee」ってのがあんのね。
カスミ:
王様バチ。
って居ないよね?
ギバチ:
居ない居ない。
女王蜂じゃなくて俺は王様蜂だぜェ、って、まァ歌詞はしょーもない歌なんだけど、
カスミ:
ヒネってあるんだね。
ギバチ:
でサぁ。調べたら、働き蜂の方は元々、全部がメスなのね。
カスミ:
へえー、
ギバチ:
蜂ってそうらしくて。
だからなんか、キングの逆、ってワケでもナイんだけど。アタシゃメスだぞォーって。メスがゴリゴリ働いてんぞォーって。
カスミ:
ウクク。なるほど。
ギバチ:
女王だの王様だのはフンゾリ返ってる感じでチガウしサぁ、
カスミ:
確かに。女王蜂はチガウね、ハイスクールのヤな女って感じ。
ギバチ:
まんまソノ意味のスラングだもんね。
つかソレで言ったらサ。
結構最後まで、「Bee's Knees」と迷ったんだよね。
カスミ:
「ビーズ・ニーズ」。
ギバチ:
これも古いスラングだけど。「最高のモノ」とか、「とびっきりのヤツ」とか、そーゆーニュアンス。
カッコ良いんだけどサぁー、結構アッチコッチにあんのね、おんなじ名前の飲み屋とかBARとか。
カスミ:
多分……、カクテルがあるからだ、その名前の。
ギバチ:
あー、ね。ググったら出てきた。
つかサ、ソレ、
カスミ:
飲んでみる? 出来るけど。
ギバチ:
ねー。BARソコソコ行くけど、そういや頼んだコトなくて。
お願いしやすっ、んじゃ。
カスミ:
はぁい。
―店員は作業にかかる。常連客はスマートフォンを覗く。
ギバチ:(天候ニュースを見、半ば独り言)
おァ、明日からまた雨。ヤメろって……。
カスミ:(棚から自前のシェーカーを取り出しながら)
実はボクも……、作るの初めてカモ。
ギバチ:
お、シェークなんだ。
(ニヤつき)出来んのォ? ヤリ友ゲロっちゃうぐらい酔ってて。
カスミ:
……チガウってば。
酔ってもナイ、そんな。
ギバチ:
イイじゃんて、別に。
え、カスミはサ、付き合ってもナイ相手とセックスしたら駄目って思う?
カスミ:
…………、
別にぃ。
ギバチ:
思ってんならヤメた方がイイけどサぁ。
カスミ:
そんなコドモじゃ、
ギバチ:
色んな考えのヒト居るし。大人子供は関係ナイけど。
でも自分の違和感には嘘つかない方がイイ。
カスミ:
……、嘘、
ギバチ:
そのウチ痛みになってくからサ。
―優しく、しかし針の如き響き。
カスミ:
…………。
ギバチ:
でもイっかァ? 若っかいしねー、キミ。
あ、キミら。キヒヒヒヒっ。
カスミ:
…………。
―店員は気を取り直し、作業再開。材料のボトルを並べる。
ギバチ:(液晶を操作しつつ)
やはし二十歳と三十路手前じゃー肌の感じチガうわー。カスミ突いた後、自分の足とかで試し彫りしてると特に、
カスミ:
心配、かけてるカモだけど、
ギバチ:
ンー?
カスミ:
大丈夫、だと思うから。
ギバチ:
……キヒ。面白がってるダケよ。
んでダイジョブじゃなくても。何とかするべし。
―タンっ、と液晶をタップし、
ギバチ:
子供じゃナイなら、ね。
カスミ:
……、うん。
―シェーカーにドライジン、レモン果汁、ハニーシロップを投入。念入りにステア。
ギバチ:
さって。「最高の1杯」、どんなかなーっと。
カスミ:
……もぉ。
―ピ、と手の甲に1滴垂らし、味見。
カスミ:
……うん。
―氷を沈め、ストレーナー、トップと順に嵌め込み、無駄なく構える。シェークに合わせ、小気味よい氷の音。
ギバチ:
ピュィーーーっ。(指笛)
オットナぁー!
カスミ:
……黙って作らせてくれないんだから。
―カシンっ、とシェーク終了。予て用意のカクテルグラスへと、静かに注がれる。仄かに甘く香る液体は、鮮やかな黄金色。
カスミ:(ツ、と滑らかにサーブしつつ、僅かの緊張を含み)
……お待たせしました。『ビーズ・ニーズ』です。
ギバチ:
ウーっ。綺麗綺麗。「蜂の膝」ァ。
カスミ:
直訳だとそーなんだよね。
ギバチ:
意味は特にナイらしいけどね。
んじゃ、頂きやーす。
―卒なくグラスの足を摘み、クイ、と流し込む。
ギバチ:
……、ンーっ。
アレだ、大人のはちみつレモンっ。
カスミ:
クフ。思った。
ギバチ:
美味い美味い。普通に好き系。
カスミ:
良かった……。
ていうか、「最高のモノ」っていう意味のカクテルとか。緊張するし。
ギバチ:
あー、ね。キヒヒ。
―もう一口。スルリと含む。
ギバチ:
コレだいぶ飲み易いね? スイスイ行っちゃうわ。
カスミ:
シェークするとまろやかになるから。空気混ざって。
ギバチ:
カクテル初めての子とかにイイかもねー。
んでサぁ、そっかの流れで宣伝しといてよ、ウチのスタジオも。
カスミ:
回し者だぁ。ウクク。
ギバチ:
「実はワタシもォっ!」つってイキナリ上バァって脱いで背中見せてサぁ!!
カスミ:
きゃははははっ。通報ぉーーっ。
ギバチ:
ソレ目当てで客ワンサカ来るねーっ。
つか、口開けて笑うの珍し。
カスミ:
クフフ、フ。不意打ちだったから……。
でも了解。要りそうなヒトには宣伝しとく。
ギバチ:
ヨロしくー。んで1回目はどのタイミングでヤったん?
カスミ:
……っ、……、
―瞬間に刺し込むような言葉。沈黙による静寂。
カスミ:
…………。
さっきので流してくれナイんだ。
ギバチ:
オトナ舐めんでナイよ。キヒヒっ。
カスミ:
…………。
―店員、名状しがたき表情で沈黙。
ギバチ:
あ、ゲロい感じだったら言わなくてイイよ?
カスミ:
…………。
ゲロくはナイけどグロいよ。
ギバチ:
イイっしょ。今コレ、お互いお客同士だし。
アタシもキャバ時代ボーイとヤってたよ?
カスミ:
……、…………、
ギバチ:
そーいうカジュアルな感じとも違う気する?
カスミ:
エスパーやめて。
ギバチ:
キッヒッヒ。
―いとも自然にクイ、と含み、味わう。
ギバチ:
ナンて事ァ無いハナシだと思うけどねー。
痛いなら、ソレも含めてサ。
カスミ:
……痛い、ていうか、
ギバチ:
ちょっとずつ慣らしてゴマカしてくしかナイからね。
代わりの、ちょっとだけ痛い別のコト、見つけてサ。
カスミ:
……カラダ切るよりは?
ギバチ:
うっかり死にたくナイならね。
あとメンドい、単純に。
カスミ:
……そう、だね。古着のパンツ、何本か駄目にした。
―店員はカウンター内の木椅子に腰掛ける。カタリ、と木の音。
ギバチ:
過食だったり酒だったりセックスだったり。
薬のヤツもいるし。買い物でもギャンブルでも。
カスミ:
依存でしょ。要は。
ギバチ:
そーそ。耳タコっしょ?
カスミ:
…………、ヤになるくらい。
ピアスもしたことなさそーなヒトたちから。
ギバチ:
キヒ。ま、アノ人らもプロなんだけどね。
―一口含み、味わい。
ギバチ:
全くナイ奴なんか居ないじゃん? スマホゲーとかもそうだし。
そーいう意味じゃ、普通も普通。
カスミ:
……普通。
ギバチ:
変じゃナイ。
ま、気休めだけどコレも。
―店員は僅か、視線を宙に浮かす。
カスミ:
……高校の時……、
変とか、普通とかに、凄い拘ってた時があった。
ギバチ:
あー。
ちょーど間だしね。大人と子供の。
カスミ:
周りの、変なヤツとか、普通じゃ無い感じのヒトに。
イタい絡み方してた。
ギバチ:
高校くらいまでだな、変か普通か、どっちかだって思ってられるのは。
カスミ:
……、
ギバチ:
後はもうサぁ、自分の変なトコ、自分で面倒見てかなきゃになるしね、誰でも。
カスミ:
……、そう、だね。
ギバチ:
一気にクるから。
アタシも高校の頃とかサぁーっ、もーいっちばんヤバかったからね。
つか辞めたけど途中で。思い出したら寒っ。キヒヒ。
(一口含み、流れを切らずに)んで店でヤった?
カスミ:(思わずスルリと)
違う。家で。
…………あ、
ギバチ:
へー。カスミの?
カスミ:
…………隙突くの上手過ぎ。
ギバチ:
彫り師だもん。じゃなきゃやってらんない。
カスミ:
…………、
ギバチ:
キヒヒ。
カスミ:
……別に、どーでもイイから話すケド。
ギバチ:
オオっ、守秘義務は守りやすよー。
―店員はどこか虚ろに、話し出す。
カスミ:
……、春先ぐらいに。
風邪、引いて。
ギバチ:
寒いもんねー、朝晩とか。
カスミ:
結構、熱出て。
風邪の薬、無くて。痛み止めあんまり効かないし。
ポカリとかウィダーとか、欲しかったんだけど、
ギバチ:
動けなかったんだ。
キッツいよね、そーいう時。
カスミ:
その日……、シイナさんの日で。
仲イイ子も、店なの知ってたから、
ギバチ:
アノ子か、背ェ高い爆乳の。白人の。
カスミ:
ミツユさんは……、その時の部屋、階段だったし、
ギバチ:
頑張ったらイケただろーけどサ。セノーちゃんに頼むとかも、
カスミ:
頭、ボケてて。考えれなくて。
ていうか……、風邪ぐらいで迷惑だし、って。
ギバチ:
自分を大事に出来ナイっ子炸裂してたんだ。
カスミ:
……、友達、いないし。
ギバチ:
カスミが友達だと思えるヤツが少ない、だね。
んでまー、タニマッチーはその日休みだったんね?
カスミ:
……うん。
ギバチ:
家近いっけ?
カスミ:
最寄りは同じ、ってぐらい、その時は……。
自転車だとソコソコ、近く。
ギバチ:
LINEして?
カスミ:
「マジでごめん」、って。
ドアの前に置いてってくれるのでイイから、って。
ギバチ:
部屋上がるって言って来たの?
カスミ:
…………、いや、
ギバチ:
へー?
カスミ:
その時……、だいぶオチてて。
ヤな事ばっかり、思い出すし。
もう、ヨクなってた事とかまで。
ギバチ:
体調悪いとね。フラッシュ・バックだ。
カスミ:
また……、切ったら、嫌だなって。
内ももの、月桂樹……、せっかく定着したのに、歪むの、嫌だったし。
ギバチ:
…………、
偉いよ。
カスミ:
で……、
ギバチ:
家入れたんだ。普通に?
カスミ:
喋ったら、マシかな、って。
なんか……、パウチのお粥とか買って来てるし。
無理だから。ウィダーだけちょうだい、って、
ギバチ:
ほー、ほー。
カスミ:
薬、飲んで。
どーでもイイ事喋ったりとか。……覚えてナイけど、ほとんど。
ギバチ:
熱も上がってたんだね。
カスミ:
……なんか、心臓ジクジクするし。ムシャクシャもしてて。
ギバチ:
あーー。ある、あるねソレ。あるわーー。
カスミ:
何でコイツ、部屋にいんのって。
度胸も多分ナイ癖に、上がって来て、って。
ギバチ:
自分で上げたんだけどね。熱ある時ってそんなんそんなん。
カスミ:
頭、ボーっとしてたし。
何言ったかも覚えてナイけど、
ギバチ:
グロくなって来たわー。
カスミ:
背中の……、
フィルム、替えて、って。
ギバチ:
……おン??
カスミ:
筋彫り、始まったばっかりだったトコ……、
……汗、で、浮いてたから。
色飛びするのイヤだったし、
ギバチ:
え、え、替えてって言ったワケ??
タトゥーの、保湿のフィルム?
―店員はコクリと首肯する。
カスミ:
……ん。
ギバチ:
……ヒヤーーーーっ。エロい漫画のヤツじゃん。
カスミ:
……剥がして、拭いてもらって、
ギバチ:
新しいの貼ってもらって?
カスミ:
……なんか。
その後は、あんまり、
……、
―沈黙。
ギバチ:
気ィ付いたら朝?
カスミ:
…………。
熱は、下がってた。
ギバチ:
伝染った?
カスミ:
……2週、休んでた。アイツ。
ギバチ:
虚弱かい。キヒヒっ。
つか別にサ、濁さなくてもヨクないか。今もヤってんしょ?
カスミ:
……偶に、だから。
ギバチ:
むしろソレで続いてんのがグロいわ、キヒヒ。
え、その次は?
カスミ:
…………。
髪、色、するの、手伝ってもらって……、
ギバチ:(吹き出し)
ぶハっ。
誘ってんじゃん、味占めてんじゃん。
カスミ:(打ち切るべく)
もーヤダ。もう終わり。
ギバチ:
んや、カラカって……、ナくもナイけどサぁ。
カスミ:
…………。
ギバチ:
あ、イッコだけ聞かして? 後からシンドい?
カスミ:
……、後、
ギバチ:
敢えてキツいコトしてって頼んでるとか。
カスミ:
……、そーいうのは、無い。
紛れる、ダケだから。
ギバチ:(観察の眼差し)
……、
―偽りは無い、と判断。
ギバチ:(に、と笑み)
……、ん。オッケ。
イケたイケた。了解。
カスミ:
……何喋ってんの、私……。
……、あ、
ギバチ:
おっ、レアな「わたし」だ。儲けっ。
カスミ:
…………もー喋んナイ。
ギバチ:
キヒヒ。職務放棄なうじゃん。
―カタンと椅子が鳴り、店員は立ち上がる。汗浮かぶジンのボトルを冷凍庫へと。
―常連客は楽しげにクイと含み、甘さと香りを鼻へ抜く。
ギバチ:
……やっぱサぁ。
タトゥー入れ出して良かったって思うわ。カスミは。
カスミ:
…………。
ギバチ:
「キミは今日からアタシの作品のキャンバスだから」。
「責任持って、傷付けたら駄目だよ」って。
最初にサ、言ったよね。
カスミ:
…………、
だっけ。
ギバチ:
守ってくれたんだね、そん時。嬉しい。
カスミ:
…………。
ゴマカしただけ。同僚使って。
ギバチ:
ゴマカし上等よォ。
使えるモンはバンバン使って。依存する先ドンドン増やして、1個1個を薄めてくんだよ。
カスミ:
……増や、す、
ギバチ:
ハマったってイイし。
1個だけだと尖って痛いけど。ほら角が増えたら、こう丸く、円に近付いてくじゃん。
カスミ:
わかる、けど、
ギバチ:
そーしてるウチにサ。
ナンとなく、やってけるようになるよ。
カスミ:
…………。
普通、に?
ギバチ:
言い方は、何でもイイけどサ。
―常連客はスイ、と一口含む。
ギバチ:
……アタシらはサぁ。
プライドを取り戻さなきゃァならんのよね。
体と、心に。
カスミ:
取り戻す?
ギバチ:
1回折れて、胸張れなくなった自分に。
針で突いて、傷口にインク刷り込んで。
痛い自分と、カサブタと一緒に強くなってくんだって、言い聞かして。
カスミ:
…………。
ギバチ:
前の自分とは違うんだって。痛みに耐えた俺は前より強いんだって。
つもりになって、思い込んで、
―昆虫の強靭な脚肢の如く、語気は増し。
ギバチ:
強いフリして、生きてかなきゃいけない。
カスミ:
…………。
ギバチ:(ふ、と和らぎ)
そしたらサぁ。
いつかは自分で自分に、「Bee's Knees」って。
言ってやれるようになるんじゃねーかねって。
思うんだよね。
カスミ:
…………。
ギバチ:
クサいけどサ。
結構ホンキで、そー思ってる。
カスミ:
…………。
ギバチ:
ごめ、「Bee's Knees」は今思い付いたわ。
―店員は思わず吹き出す。
カスミ:
……っ、クフっ、ウクク、ク。
―微かに、半月を思わせる笑み。
カスミ:
そーだと思ったぁ。
ウクク……。
ギバチ:
キッヒヒ、気分イーわァ、こーいうの。大好きだかんね、こんなん。
カスミ:
ボクも、偶にお客サンとかにやっちゃうケドさぁ。
ギバチ:
刺青なんか入れに来んの基本イタいヤツばっかだからサぁ。
依存だ自傷だァ、ばっかよマジで。キヒヒ。
カスミ:
ウククっ。
ギバチ:
良さげなコト言ってドヤ顔決めりゃすーぐファンになってくれんのサ、キッヒヒヒヒぃ。
―クイ、と一口含み。楽しげに喉を鳴らす。
ギバチ:
あ、ほんでねー。
さっきのハナシは審査の結果、世の中的にゃァまー、単にセフレとかかな、という判定になりやした。
カスミ:
……は? ナニ、ソレ。
―苦虫を噛んだような表情で固まる店員。
ギバチ:
ま、プチ依存はしてんじゃナイ? する時の体のストレスに。
刺青と一緒よ、要は。
カスミ:
…………、
ギバチ:
相手増やし過ぎるとヤヤコいから。5人ぐらいまでがキャパ限度かな、経験則的に。
カスミ:
……参考にしまぁす。
ギバチ:
何があったかも知んないのに。
好き勝手言うババアでスマンねー。
カスミ:
思った事、無いよ。
ギバチ:
知らんくても。
わかんなくても、サ。
お節介は焼けるね。
カスミ:
…………。
ギバチ:(キュっ、と一口含み)
まっ、思ったよりヨカったんしょ。ナニかしらが。
カスミ:
ゲロいって。
ギバチ:
メッチャ普通よ、ソレ。
カスミ:
……、……、
ギバチ:
もーちょいイタくてヤバい系かと思いきや。
思わせぶりなトコあるからサぁ、カスミって。
カスミ:
…………、なんか……。
似たような台詞を昔、誰かに言ったような……。
ギバチ:
へー。誰に?
カスミ:
……、忘れた。
変な名前の、ヤツ。
ギバチ:
ふーん?
カスミ:
ま、よくて……、
別に、相手が誰でも、
ギバチ:(隙を刺し)
でもサぁ。
―針。
カスミ:
……っ。な、に。
ギバチ:
ヤってサ、ぶっちゃけ、ちょっとは関係変わった?
カスミ:
…………、
えっと。
ギバチ:
彼氏ヅラ、それとなーく、とか、サ。
カスミ:
……、あるかと、思ってたけど。
今のトコあんま、ナイ、かな。会わないし。そんな。
ギバチ:
仲良くは、なった?
カスミ:
ん……、
どう、なんだろ。
あんまり……、無駄に喋んなくても良くはなった、けど。
すぐ伝わる、っていうか。
ギバチ:
なるなる。遠慮が無くなるよね。
カスミ:
別に、ソレぐらい。
ギバチ:
そか、そか。
―常連客は一口含む。香る酒精も残り僅か。
ギバチ:
……セックスじゃなくても、おんなじぐらい仲良くなれたらイイのにね、ホントは。
カスミ:
え。
ギバチ:
一緒にボルダリングやるとか。
あ、例えばよ。たまたま最近行ったから。
カスミ:
…………。わかるけど。
家族とかでもなきゃ、難しいんじゃナイ。実際。
ギバチ:
そうかな。
家族なら、イケるかね。
―月が陰る。表情は伺えず。
カスミ:
…………そう、なんじゃない。
普通は。
ギバチ:
……、
―常連客は何事かを汲み取り、切り替える。
ギバチ:
まっ。たらればはまた今度にしてっとっ。
ギバチさんはそろそろ帰りやすわー。ブンブーン、っと。
カスミ:
あ、
……うん、ありがとう。
―店員も切り替え、伝票を取る。常連客はス、とグラスを干す。
ギバチ:
ごっそさーんと。
あ、領収書欲しいー。
カスミ:
はぁい。「WorkerBee」でイイよね。
ギバチ:(鞄から財布を出し、羽織を引っ掛けつつ)
んー。いつもどーりで。
別にギバチでも何でもイイんだけどね。念の為のヤツだから。
カスミ:(領収書を準備しつつ)
あ、その羽織。スタジオにかかってたヤツだ。
ギバチ:
あー、ね。こっからの時期ちょーどイイんだよねー。
肩の、ココんとこにさー、蜂の羽のマーク入れようと思って。ウチのロゴっぽいヤツ。
―店員は伝票をミシン目で千切り、手渡す。2200円。
カスミ:
服も名前も蜂尽くしだ。クフ。
ギバチ:(伝票を受け取り)
看板背負ってるモンでねー。
ま、ギバチは本名だけど。
カスミ:(領収書を作る手を止め)
……え。
ギバチさん、本名?
ギバチ:(財布から紙幣と貨幣を取り出しつつ)
アレ、知んないっけ。
「正義」の「ギ」に、食器とかの「鉢」で「バチ」。
ギバチマリエ。
カスミ:
マリエなんだ、しかも。
イメージ違ぁう。ウクク。
ギバチ:
キヒヒっ。そーっしょォー。
―金額丁度で精算。領収書が手渡され。
ギバチ:
ハイ、領収書ありがと。
カスミ:
だいぶ珍しいよね、「義鉢」って。
ギバチ:(財布を鞄に収めつつ)
なんか元々は関西の方、沼戸県とかには結構居るらしいんだけど。コッチじゃ親戚以外で見た事ナイな。
カスミ:
てっきり蜂繋がりだと思ってた。
ギバチ:
キヒヒ。ま、蜂もねー。
最初にホラ、試しでワンポイント、ココんとこにスズメバチ彫ってもらったのが始まりってダケでサぁ、
―常連客は手首に彫られた蜂の勇姿を見せる。
ギバチ:
リスカの跡、ウマいコト柄に組み込んであんのね。師匠の芸コマ。
カスミ:
凄いよね。脚とかもリアル……。
ギバチ:
こんだけ腕全部入っちゃうと、ワカりにくいけどサ。
カスミ:
隠れキャラだ。ウクク。
ギバチ:
こないだ初めての客がサぁーっ。
彫ってる最中に見つけて、マジの蜂と間違えてパニックよ。危うく大惨事だって。
カスミ:
クフフっ。怖かっただろーねぇ。
ギバチ:
偶ァにあんだけどねーっ。キヒヒ。
おしゃ、んじゃ、また来るねーっと。
つか、来週ウチか。水曜よね?
カスミ:
そ。2時から……。
お土産、持ってく。
ギバチ:
お構いナくー。
後そーね、2回で仕上げたいかな。
カスミ:
頑張ろ……。
あ、フィルム、また欲しい。
ギバチ:
ういうい。用意しとく。オロナインは切らしてないかい。
カスミ:
大丈夫。ロキソニンも買った。
ギバチ:
オッケオッケー。人類の味方ロキソニン、っと。
(冗談めかして)また浮いたらヤサシく替えてもらうんだよォー、フィルム。キヒヒっ。
カスミ:
…………。
―沈黙。
ギバチ:
あ。マジで替えてもらってんだ。
カスミ:……もー帰って……。
ギバチ:
キッヒヒヒヒヒぃ。せーぜー綺麗に保ってねーーっと。
カスミ:(抑揚無く)
アリガトーゴザイマシタ。
―常連客は店を出るべく、ドアへと歩む。
ギバチ:(ノブに手をかけ、振り返りざま)
ホントにサ。
カスミは綺麗なんだから。
傷、付けたら駄目だよ。
カスミ:
…………。
―針は、刺さったか、否か。
ギバチ:
じゃね。おやすみ。
カスミ:
……おやすみ。
―常連客は退店。ドアベルはどこか甘やかに響きを残す。
カスミ:
…………。
―店員、1人。
―日付が変わろうとしている。
カスミ:
…………。
キレイでは、無い。
私は。
…………ね? ボク。
―答える者は居らず。
―暗転。
―カスミにスポット。
カスミ:
【本日のカクテルレシピ】
『ビーズ・ニーズ』。
■ドライ・ジン 60ml
■レモンジュース 15ml
■ハニーシロップ 15ml
以上を過不足なくシェーク。ショートグラスにて、サーブ
―【終】
―【空白】
―【空白】
―【空白】
―【ボーナス・トラック】
―過日の光景。
―2017年の夏の終わり。
―大人と子供の、間の記憶。
―さる町の洋館にて、17歳の少女と、黒衣の女性との語らい。
―黒檀製のテーブルの上、コーヒーカップから、湯気。
女性:
ありがとう……、
あらためて、本当に申し訳ないわ、
こんな可愛い学生さんに、家の片付けなんて押し付けて……、
少女:
いえ、全然。
……良い薫りのバイト代、頂けますし。
女性:
フフ、フ。
どうぞ……、召し上がれ。
―少女はカップにス、と口を付け、微量を含む。薫香が鼻に抜け。
少女:
美味しい……。
お店で頂いた時よりも。
女性:
そう、かな……?
同じ豆、なんだけど。
少女:
ひと仕事の後、だからかな。
今日は全然、楽でしたけど。
女性:
本当に助かった、わ……、
計量カップ、見付けてくれてありがとう。
少女:
階段の踊り場の、本棚の中段……、
どうしてあんな所に、
女性:
多分、何かを計ろうとした時に、別の事を思い出して……、
そのまま、家の中をウロウロ。
頭が忙しいタイミングだったんだと、思う。
少女:
よく、あるんですか。
女性:
偶に……、
ううんと、でもしょっちゅう、かな……。
お店で働いてる時は、メニューも手順も決まってるから、大丈夫なんだけど。
少女:
へえ……、
―両者、品良く一口含み。
女性:
無い? そういう時、って。
少女:
頭が忙しい時?
女性:
そう。
倫也さんは、それが蘭の、持って生まれた個性なのかもね、って、言ってたけど……。
少女:
亡くなられる、前に。
女性:
ええ、そう。
勿論、ね。
少女:
……、
私は……、
ホントは、っていうか、
結構ゆっくり、考えるタイプだから……、
忙しいの、苦手だから、
そうならないようにしてる、感じです。
女性:
羨ましい、な……。
苦手を避けるのが苦手なのね、ワタシ。
そのくせ、ボーっとした風に見られやすいんだけど。
考えたら損よ、ね。フ、フ。
少女:
他人のイメージって、いつも勝手ですよね。
女性:
噂とかも、ね。
少女:
ホント。
……拡める方になっちゃってる時、あるけど……。
女性:
それはそれ、かな。
噂話って楽しいもの。
少女:
クフ。始末に負えない事に。
―それとなくタイミングが揃い、両者、もう一口。
少女:
でも……、
今、思い出しましたけど、
親戚が、似た感じの事……、
女性:
仰ってた?
少女:
ダンスをやってる、(言い留まり)
……、やってた、人なんですけど、
振り付けとか、ショーの演出とか、新しい事が頭の中でどんどん、溢れて止まらなくなる時がある、って。
女性:
へえ……。どんな感覚だろう。
でもそっちは、随分格好良い感じ。
ホッチキスをお風呂場に置き去るようなのとは大違い。フ、フ。
少女:
子供の頃に何回かしか、会った事は無いんですけど。
格好良いっていうか……、
変、だから、
女性:
印象的な人、なのね?
あなたに、取って。
少女:
そう……、ですね。
印象……、はい、きっと。
女性:
芸術や、芸能や……、何かに打ち込んだり、強く惹き付けられている人、って。
印象的、よね。
確かに時には、変わった風に見えたりもする、けど。
―言い、女性は濃黒の液を啜り。
少女:
蘭さんも、
女性:
うん?
少女:
印象的な人、ですよ。
私に、取って。
女性:
ワタシ、変?
少女:
ええ、と……、
見る角度に依っては、っていうか……、
女性:
フ、フ。
見えるのよねえ、変に。
自分では全然、なんだけど。
少女:
それも……、他人が決める事、だから。
決めちゃいました、勝手に。
女性:
フ、フ。
何にも嫌じゃないから、気にしないで、ね、
少女:
でも、
女性:
うん。
少女:
人があまり、しないような経験をしている人は。
やっぱり変で、
……印象的、なんだと思います。
女性:
……そうなのか、な。
―静寂。珈琲の薫だけが漂い。
女性:
香澄ちゃんは?
少女:
わた、し、
女性:
とっても可愛らしくて……、印象的な女の子だなあ、って。
ワタシは思ったけど。
もちろん勝手に、ね。
少女:
…………、
私は、フリをしてるだけ、ですから。
女性:
そう、なの?
少女:
……多分。
きっと。上手く言えない、けど。
女性:
そっか。
―ス、と一口啜り。
女性:
誰かと二人で珈琲を飲むなんて本当に久しぶり……。
いつもより美味しい。私も。
少女:
ビン、(言い直し)
……神戸くんとは、一緒に飲んだりしないんですか?
女性:
あ……。
そう言われたらしょっちゅう飲んでる、わ……。
どうしてか、忘れてた。
少女:
クフフ。神戸くんっぽぉい。
―ニヤ、と細い月の如く笑み、少女も一口、含む。
女性:
そういえば、海に……、
少女:
あ……、神戸くんから、
女性:
聞いた、の。
追試に何とか、滑り込めたから……、
お流れにならずに済んだ、って。
少女:
合格の救世主として。
ご招待受けました。クフフ。
女性:
権利があると思う、な。
楽しかった?
少女:
うん……、結構、
思ったより、しっかりと……。
本当は兄も、一緒にどうか、って、誘ってもらったんですけど、
女性:
お兄さん?
少女:
はい、一緒に、暮らしてて……。
でも割と、人見知りな方なので。
楽しんでおいでよ、って。
断られちゃいました。
―少女の眼は暖かげに緩む。
少女:
でも帰って来たら凄く寂しそうな顔で「おかえり」、って。
クフフ。
女性:
きっと、本当は行きたかったのね、お兄さん。
少女:
不安なんです、もうお互いいい歳なのに……、
嬉しいんですけどね、
女性:
心配性なのかな。
少女:
ちゃんと行き先も、今なにをしてるとかも、写真と一緒にお互い、2時間に1回は送り合ってるんですけど……、
女性:お兄さん、と……?
少女:
そう……、流石にそろそろ、大袈裟だって思うんですけど。
心配し出したら切りが無いみたいで……、
女性:
今日、も?
少女:
はい、さっき。
お兄ちゃ、(言い直し)
兄も、職場からいつも通りに。
いつも同じ感じの自撮りですけど。
クフ、フ……。
女性:
……、
仲が良いの、ね。お兄さんと。
少女:
想いが繋がってるって、感じられる時は……、
幸せ、ですね。
……だから最近、ちょっと……、
女性:
うん。
少女:
寂しそうな眼の時が多くて。
心配、です。
女性:
…………。
そうなの、ね。
―珈琲の湯気は既に失せている。
―朧天の月に陰が差し。
―暗転。
―【終】