『茶話会にティフィン・タイガーを』
“お一人様篇”シーズン1#4
とある街、とあるBAR。
とある、人間関係の話。
登場人物
■タニマチ
店員。読み切れない男。
■マナコ
常連客。獰猛で繊細な女。
−黎和3年11月某日−
タニマチ:
或る、心象のうた。
マナコ:
虎なり!
広茫として巨像の如く
百貨店 上屋階の檻に眠れど
汝はもと機械に非ず
牙歯もて肉を食い裂くとも
いかんぞ人間の物理を知らん!
見よ 穹窿に煤煙ながれ
工場区街の屋根屋根より
悲しき汽笛は響き渡る。
虎なり 虎なり!
午後なり
広告風船は高く揚りて
薄暮に迫る都会の空
高層建築の上に遠く座りて
汝は旗の如くに飢えたるかな!
杳として眺望すれば
街路を這い行く蛆蟲ども
生きたる食餌を暗鬱にせり!
虎なり
昇降機械の往復する
東京市中 繁華の屋根に
琥珀の斑なる毛皮をきて
荒野の如くに寂しむもの。
虎なり!
ああすべて汝の残像
虚空のむなしき全景たり!
―タイトルコール。
タニマチ:
『茶話会にティフィン・タイガーを』
―【間】
マナコ:
うげ、お前かよ。
―某月某日、某時刻。
―とあるバーの店内。カウンターには男性店員。常連客の女性はドアをくぐるなり、放言。
タニマチ:
あ、ギャルだギャル。
っしゃァせーェ。
マナコ:
殺すぞテメー。
え、今日土曜日チガう? シイナさんは?
タニマチ:
遅入り。八時半ぐらい。
マナコ:
はァー。だっるぅー。せめてカスミンであれや。
タニマチ:
最近土曜はタイガイ俺じゃん。
マナコ:
影ウスいから。
タニマチ:
うるせー。
―常連客は勝手知ったる動作で着席。スマートフォンとポーチを卓上に残し、ヘルメットとトートバッグを壁際の椅子に放る。
マナコ:(LINEの通知を確認しながら)
バイク飛ばしてソンしたわー。シイナさんに話聞いてもらおーと思ってたのに。
タニマチ:
言ってもーじき来るから。
今日出勤?
マナコ:
二時までだったけどさー、最ィ悪。待機の子の、願書整理ゼンゼン終わんねーの。
タニマチ:
手伝わされてるヤツか。まー、時期的に……、
マナコ:
マジでさー、片っ端から入れりゃいーんだよ。困り度なんか、比べらんないんだから。
タニマチ:
詳しくナイけど、1つの園で見れる数が、とかの……、
マナコ:
だァから、園も保育士ももっと増やせって。
タニマチ:
俺に言われても困るっス……。
マナコ:
現場の声! 言っとけお前、国によォ。
タニマチ:
俺はダレだよ。
―常連客のLINEに通知。
マナコ:
お、スザキ先生……。
(文面を確認し)
ぐおー、マジか……、
タニマチ:
同僚?
マナコ:(返信を打ち込みながら)
んー。
担任一緒の、ゆるふわ系の。パパ共に人気あんの。
タニマチ:
ふーん。
マナコ:
絶対何人か喰ってるべ。
タニマチ:
知らんけど。
マナコ:
あーーー、メンドいメンドい。勤務時間外だっつの。
―常連客は片方の足を小刻みに動かす。
マナコ:(自分で気づき)
あっ! タニマチてめー、貧乏揺すり見たらスグ止めろっつったろ!
タニマチ:
字ィ打ってるから邪魔かと思って……、
それ職場でも頼んでんの?
マナコ:
馬鹿オツムか? 言わネーだろフツー。
ムチャクチャ気ィ付けてんだよ。
タニマチ:
マナちゃん先生、貧乏揺すりハシタなくってよ。
マナコ:
シバいて埋める。
タニマチ:
こーわ。
―返信を打ち終わり、スマートフォンを卓上に投げ出す。
マナコ:
だっ!
……はあー。もー、ヤダこの女……。
タニマチ:
何かトラブル?
マナコ:
言ったらしょーもナイ事だけどさ……。
てかお前、何か出せや。シイナさん居なくても客だぞォ。
タニマチ:
へーへー。どんなんがイイんだよ。
マナコ:
テキトーで。甘くて酔えたら何でも。
あ。だからバイク今日も、
タニマチ:
ん。裏に置いといて良いよ。
アレ、いつも何時ぐらいに取りに来てんの?
マナコ:
朝、朝。家から1駅だけ電車乗って、こっからバイクで出勤すんの。
タニマチ:
ふーん。
―店員はリキュールの棚を物色する。
タニマチ:
テキトー、ね……。
―ちら、と常連客を観察する。
タニマチ:
……そのスカジャン、
マナコ:
んあ?
タニマチ:
エグいな、よく見たら。
マナコ:
お!
―常連客は威勢よく立ち上がる。
マナコ:
これイっしょ? 「ボギーズ」で一目惚れ。
タニマチ:
虎のカオ、正面向きで付いてんのヤバい……。
てかコレ、虎の眼のトコ石ハマってんの?
マナコ:
そーなんよ。片っぽ取れてるけどな。
タニマチ:
石これアレじゃん、タイガーアイ。
マナコ:
そーゆーのもユルくてイーっしょ?
でェ、後ろがもっとヤベーの。
―くるりと背面を見せる。
タニマチ:
うおっ、背中は虎の後ろ姿……、
コレ肛門見えてね?
マナコ:
尻尾で隠れてるわ! 買わねーだろ見えてたら。
タニマチ:
そーゆートガり方かなって。
や、コレ普通にアツいわ……。
マナコ:
一点物だからもうナイよ。割としたし。
タニマチ:
ボギーズ最近行けてないなァ……。
店長、ボギさん元気?
マナコ:
相変わらず古着バカ。鼻毛出てた。
タニマチ:
今度カオ出そ……。
てか、虎いま流行ってんの? イリヤもたまに、虎柄のシャツ着てたけど。
マナコ:
イリヤ……??
あ、カスミンか。苗字呼びキモっ。
タニマチ:
何でだよ。距離感的にそーだろ。
マナコ:
今度カスミンて呼んでみろや。
タニマチ:
イキナリ? それこそキモいわ……。
マナコ:
虎な。流行ってはネーだろ。ウチは昔から好きだけど。
タニマチ:
虎??
マナコ:
そーだよ。文句あんの?
タニマチ:
無いっス。
うス。
マナコ:
昔さー、ルーチェになる前のトコ、屋上に虎居たじゃん?
タニマチ:
屋上に虎……?
あーーーー。森谷デパートだった時か。100円入れたら吠えて動くやつ。
マナコ:
ソレソレ。
タニマチ:
めっちゃ昔くないか。
マナコ:
5歳ぐらい?
あっこの屋上好きでさ。ジイちゃんに、よく連れてってもらって。
上乗って、ガオォーーーって、一緒に吠えてた。
タニマチ:
園長先生だったジイちゃん?
マナコ:
そー。そっからずっと好き。
女子サッカーやってた時も、似てるからっつってプーマのジャージ着てたし。
プーマってホントは豹?
タニマチ:
プーマはピューマだろ?
マナコ:
ピューマって豹?
タニマチ:
ピューマはピューマじゃね?
……あ、カクテル決めた。
マナコ:
あ、そーだよ。早くしろや。
―店員は棚から目当ての瓶類を選び出し、カウンターに並べる。
タニマチ:(冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しながら)
んで、同僚からのLINEは何だったん?
マナコ:
あーー。
……ウチが入ってるクラスにさ、
―前髪を手櫛で整えながら、常連客は話し出す。
マナコ:
あんま来れない子がいんのね。
タニマチ:(シェーカーを取り出しながら)
登校拒否的な?
マナコ:
登園、な。
その子はまあ、そーゆー感じってより、園は好きだけど家で過ごしたい日もある、っていう。
タニマチ:(シェーカーに氷を入れながら)
あー。
親御さんは家では、
マナコ:
今のトコ見れてて、むしろそーいう日は一緒にどっか行ったり、家でパン焼いたりとか、
タニマチ:
全然イイじゃん。
マナコ:
ウチもそー思う。子どもにもペースってあるし。
なんだけど、よ。
―店員はシェーカーにリキュール、シロップ、オレンジジュースの順に注ぐ。
タニマチ:(キャップを嵌めながら)
その、同僚の人が?
マナコ:
考え方がさァ、チガウんだコレ。毎日ちゃんと来れた方がイイっていう。
タニマチ:
小学校の、予行演習的な。
マナコ:
その子の意思で来れたら越したコトないし、別に、どっちが正しいとか言わネーけどさー。
やり方がなー……、
タニマチ:
あ、ちょい振るわシェーカー。
―鋭いシェーク音。液体が一気に冷やされ、混ざり合う。
マナコ:
うわ……、氷の振動感じてる顔キモ……。
タニマチ:
ちょ、黙れやっ。
―シェークを切り上げ、グラスに注ぐ。
―グラスに新たな氷を沈め、完成。
タニマチ:(サーブしつつ)
あい、お待ち。
マナコ:
おー。美味そーじゃん。
タニマチ:
「ティフィン」って紅茶のリキュールを、オレンジで割ったヤツ。
マナコ:
へェー。
タニマチ:
一般的なレシピではシェークしないんだけどさ、今日はさ、
マナコ:(店員の顔をジロと見)
ドヤ顔ヤメろや。
タニマチ:
してねーわ!?
……え? ちょ、してねーよね??
マナコ:(無視して一口含み)
……甘っ。ウマっ。
なんか、バニラ的なん入ってる?
タニマチ:
あー。うん、シロップ入れた。
マナコ:(更に一口含み、味わい)
んー。バニラ良いよなー。
最近ハマってるわ。こないだ若いママさんから石鹸もらったし。
タニマチ:
あー。石鹸、「Passh」とかの?
マナコ:(吹き出しかけ)
ぶっ、けほっっ!
タニマチ:
えっ、
マナコ:
……っ、お前が「Passh」とか言うなや気持ちワリーなァー!
タニマチ:
何でだよ! ルーチェにも入ってるしドコでもあるじゃんか、
マナコ:
パーマ野郎は3階アパレル雑貨フロアに足を踏み入れるんじゃネー。
タニマチ:
いーーっぱい居るわパーマの人! 3階アパレル&アウトドア雑貨フロアに!
マナコ:
ったく、鼻から吹くかと思った。
タニマチ:(シェーカーを分解しつつ)
……で。
その考え違う同僚の事、相談に?
マナコ:
ああ?
あーー、チガウチガウ。たまたまLINE来ただけ。
―常連客の表情が、辟易したものに変わる。
マナコ:
まったコノ女がさー。場外乱闘ばっかすんのね。
タニマチ:
じょーがい……? プロレス?
マナコ:
や、だから。園で勝負せずに、家庭訪問ダイスキ野郎ってコト。
タニマチ:
そんな言い方すんの? 保育業界で。
マナコ:
するワケねーだろ。脳内で言ってるダケ。
……本人はなー。
1人ひとりに、個別で向き合ってるつもりなワケよ。
タニマチ:
その、さっき言ってた、家で過ごしたい子のトコにも?
マナコ:
今日、行ったって。
事後報告だし……。2人のペアで担任だぞっつって。
タニマチ:
んー、事後はな……。
そういうのって、行ってどんな話すんの?
マナコ:
イロイロ。敢えて本人とは会わずに、親と喋ったり。
一緒に遊びながら、園であった事、それとなーく話したり。
タニマチ:
ふんふん。
マナコ:
どーあれさァ。逆効果だったら意味ネーと思うワケ。
タニマチ:
あー。かえって来にくくなるような。
マナコ:
大人は大人ってダケで、子どもにはプレッシャーなモンじゃん。たとえ保育士でもさ。
タニマチ:
まァ、そーなんだろな。
マナコ:
都合よくコントロールしようとしても、子どもにはバレるから。直接子どもと喋るならナオサラ。
タニマチ:
その先生は結構、圧強い感じなん?
マナコ:
てか、ピュア過ぎ。本人が子どもみたいだから。
タニマチ:
あー……。いた気ィするわ、そーゆー先生……。
マナコ:
親とか、問題ナイ感じの子には人気出るケドさ。
タニマチ:
馴染まない子の気持ちわかんないとか?
マナコ:
本人はわかりたい理解したいって、ガンガン行ってるケド。ソレで子どもヒイてんのがワカンナイ、みたいな。
タニマチ:
やる気ナイより厄介って感じか。
マナコ:
マジでソレ。チカゴロ暴走気味だし……、
こっちはこっちで、色々バランス見て、ウマいコトやろうとしてんのにさァ。
はあーっ……。
―溜息をつき、常連客は一口含む。
タニマチ:
……なんか、
マナコ:
あ?
タニマチ:
仕事の話で溜息ついて酒飲んで。
社会人って感じよな。
マナコ:
お前もだろが。自覚持てや。
タニマチ:
いや……、そーいう意味でもナイけど。
高校から、そんな経ってナイ気もすんのに、って。
マナコ:
ウチらは働き出したん早かったし。つってもまだ2年目だけど。
タニマチ:
保育の短大って2年?
マナコ:
3年制のトコも多いケド。
2年はマジでゲロ吐くスケジュール。プラスでバイトもしてたしさ、金無いのイヤだったし。
実習の時とか、ブル吉キメてパッキパキで行ってたから。
タニマチ:
レッドブルその略し方してんの聞いたコトないんだけど……。
―常連客は一口、含む。
マナコ:
でもなーーー、それでも今より遊んでたんよな。
マジであん時アタマおかしかったわ。ソレかウチ2人居た??
タニマチ:
2人はヤベぇって。周り処理できねーわ。
その時期に、初めて来たんだっけ?
マナコ:
そーだよ。あん時なんか、何かの帰りだっけ。リサと二人で……、
なんか誰かをめっちゃディスってたんは覚えてる。
タニマチ:
アレだろ、OBの、
マナコ:
あーーーー、そーだそーだ。
あの糞ヤリチン。実習生喰いまくった。
タニマチ:
飛ばされたんだっけ?
マナコ:
今もどっかで保育士やってるよ。マジで闇だべ、人手不足だけど、あーゆーんはクビでイーわ。
―常連客はグイ、とグラスを呷る。
タニマチ:
んで、その時俺は先に気付いてたんだけど、
マナコ:
なんかチラチラ見てくるキモい眼鏡いんなーって見たら、お前だった。
タニマチ:
キモくはなかったわ!
マナコ:
アレ伊達? マジでやめて良かったわ。二度とすんじゃねーぞ。
タニマチ:
今はしねーケドさ。ケッコー別に、ソレはソレで、トレードマーク的に……、
マナコ:
周りは気ィ使ってキモくても言わねーモンなの。そーやってイタいのはどんどんイタくなってくんだから。
パーマも何だソレ? イカスミ焼きそばか?
タニマチ:(吹き出し)
ぶふっ。
マナコ:(同じく吹き出し)
ぶ、はっっ!
―二人、見合い、ひとしきり大笑。
タニマチ:
い、い、イカスミ焼きそばっ……。パスタじゃねーのかよっ。
マナコ:
ぶふっ……、ち、縮れてっから。ヒワイなんだよ真っ黒で。色入れてアッシュとかにしろや。
タニマチ:
博士みたいになるだろ。
マナコ:
んでダテ眼鏡よ。
ぎゃはははははっ! キャラ強っ。むしろ来るわーー。
タニマチ:
ケゲンな眼で見られるわ。ツイにおかしくなったかー、つって。
マナコ:
そーゆーの狙ってんでしょ? お前らイタイタ君はさァー。
オレは一味チガウ、みたいな。ひゅうううーーーうう(寒風の効果音)。
タニマチ:
ヤメロやっ! 狙ってねーし。
伊達眼鏡はだって、流行ってたじゃんそん時。
マナコ:
今のダジャレ? 殺すぞ。
タニマチ:
違うわっ。
―楽しげにニヤける常連客。
マナコ:
高校の時もさー、ポニテにしてさァ、くくってたじゃん。何なんアレ?
タニマチ:(居心地悪気に)
や、その、若気の至りっつーか……、
マナコ:
うーわ、マジでイッタいヤツいるわって。
思わず生徒会誘ったよね。
タニマチ:
ギャルに拉致されてマジでビビったって。
イキナリ執行部室連れてかれるし。会長も俺も困ってたじゃん。
マナコ:
真面目チャン真面目クンばっかだったからさァ。
コレで1年はキツいわァって思って。珍味ほしかったんだよ、チンミ。めんたいこ的な。
タニマチ:
白米の方だったって俺は、ドッチかと言えば。
書記は頑張ったケドも。
マナコ:
結果な。全員ナンか変だったし……。
何か一瞬さァ、付き合うか、どーする? みたいなハナシになったコトあったべ。
タニマチ:
冷静に考えてみたら、お互いソレはナイっスね、てなった時な。
マナコ:
あん時イチバン意見合ったな。
タニマチ:
文化祭のイキオイでくっつかなくて良かったと思う、マジで。
マナコ:
絶対スグ終わってギクシャクしてたわ。元カレ居る店とか絶対来ねーし。
―くい、と一口。
マナコ:
ぷは。
(カウンターを叩きつつ)シイナさんまだーーー??
タニマチ:(時計を見やり)
まだだろ。時間そんな経ってナイし。
マナコ:
接客ダルいと時が進まねーなァ!
タニマチ:
ダルくねーし。程よい湯加減だし。
マナコ:
喩えキモっ。2度とすんなよ。
タニマチ:
キモキモ言い過ぎだろ保育士が……。
―ブ、と通知音。常連客はスマートフォンを確認。
マナコ:
げ。スザキ……。
何なんマジで……。
タニマチ:
マジでイヤそーだな。嫌いなん?
マナコ:(パスコードを打ち込みながら)
んーーーー。
そーゆーワケでも無い。ちゃんと勉強してると思うし、ヒトが悪いんでもナイけど……。
―常連客は文面を確認。
マナコ:
う、クソ長文っ! ヤなんだけどマジで……。
タニマチ:
長文てダケで構えるよな。
マナコ:(小刻みにスワイプ。)
…………。
んンーー?
また何かダルい感じに……。何て答えてほしいんコレ……。
タニマチ:
どんなん来てんの?
マナコ:(突っ伏し、スマートフォンを差出す)
ん。
タニマチ:
見てイーのかよ?
(受け取り、スワイプ)えーと。
「お家訪問おつかれさま! 一緒に行けなくてごめんね、次はかならず。」
「タクトくんは多分、今日はそういう気分だったんだと思う。こちらはペースを乱さずどっしり構えて、長期戦で頑張って行きましょう!」
マナコ:
ウチのトコは読まなくてイイから!
タニマチ:
職場ではこーゆう感じなんだァ……。
マナコ:
殺すぞ。
タニマチ:
という、マナちゃん先生の温かい言葉に対して、スザキ先生は……、
マナコ:
シバく。
タニマチ:(文をあらため)
……長っが。
「そう言ってもらえて嬉しい。ありがとう。正直、考えれば考えるほど袋小路だったけど、そうだよね、子どもでも、日によって気分ってあるよね。後は、タクトくんに登園したい気分になってもらう為に、私達が取るべきアプローチが何か、だよね。」
マナコ:
はァーっ。ソコが違うんだっつの。
タニマチ:
区切らず書くタイプのヒトだ。
「もっとしっかり2人で意見を出し合って、作戦を練っていけば、今よりも幅の広い対応が取れると思う。ミミカちゃんの件にも、通じる事として。」
マナコ:
1人で突っ走ってんのオメーだろ。
タニマチ:
ミミカちゃんてのは?
マナコ:
ソッチはわかりやすい登園拒否。ウチが見たトコ、ヤバいのは親。
タニマチ:
ふんふん。
えー、と、まだあるわ……、
「マナコ先生の発想力や柔軟さには、いつも驚かされ、助けられています。自分には欠けていると感じる部分なので、是非もっとお話をして、勉強させてもらいたいと思っています。」
「私が得意な部分に付いても、問題の種類によっては役立ててもらえると思う。至らない部分に関しては、遠慮なく指摘をしてもらいたいです。」
マナコ:
くあーーー。何かなァーーーー。
LINEだとこーゆーカンジ。
カタいっつーか。雰囲気はゆるふわなのに。
タニマチ:
文章だとキャラ変わるヒトいるよな。
てか、続き来たケド。
マナコ:
うぇ!? まだ書くコトあんの……、
読んでよ。
タニマチ:
んー。えー、
「現場ではその時々の対応に追われて、なかなかゆっくり相談も出来無いよね。そこで、提案なのですが、仕事帰りや、お休みの日に、懇親を兼ねた意見交換の機会を設けるのはどうでしょう。目先の問題だけに留まらず、お互いの、保育・養育関係者としての、成長の為にも。」
……、ほおーー。
マナコ:
あァーーーー。
もーーーー、勘弁しろてマジーーー。
タニマチ:
「追伸。」、
マナコ:
あんのかい!
タニマチ:
「ピアノや歌に付いては、アドバイスや、練習にお付き合いも出来ます。」
マナコ:
上からっ。
はァーー? え、はァーーーっっ??
タニマチ:
最後に。
「マナコ先生の事を知りたいし、私を知ってほしい。もっと仲良くなりたいです。」
……だって。
マナコ:
…………。
(奇妙なものを飲み下したように)
何なん。
タニマチ:
歌とピアノ、苦手なんだっけ。マナコ先生。
マナコ:
うるせー。ちょっと弾き終わるまでスリル満点なだけだし。子どもらにも良いスパイスだし。
タニマチ:
そういうスザキ先生は、ピアノや歌、得意なん?
マナコ:
……上手いよ。
テクり方ヤバい。ソコは認める。
タニマチ:
ふーん。
保育の人ってさー、絶対やんなきゃなんだっけ、あの、ピアノのアレ、バイなんとかのヤツ、
マナコ:
バイエルなー。糞バイエルっ。
もーーー、マジで思い出すんもヤだわ。ピアノ触ったコトもネーっつの、コッチは。
タニマチ:
でも受かったんだ?
マナコ:
死ぬ気でやんだよ皆。てか死ぬ。
お嬢で習ってたとかのヤツ以外は。
タニマチ:
この人は、感じ的に……、
マナコ:
ゴリゴリお嬢だよ。ピアノ教室通ってたんだとよォー。
……いやウチも行かされかけたけど。もーサッカー始めてたから……。
タニマチ:
ま、でも、教えてくれるってんなら教えてもらえば?
上手いヒトって、コツとかも言ってくれそーだし。
マナコ:
バリ無理。絶対ヤダ。空気に耐えらんネーよマジで。
タニマチ:
テンポはダイブ違いそーだけど。
このヒト文章見る限り、空回りしがちだけど結構マジメに……、
マナコ:
言ったべ、ソコはそーなんだって。
だから別に嫌いとかではねーケド、とにかくズレてんの。
大人が子どもみたいのは、苦手だし。
タニマチ:
何でだろな。
マナコ:
……。チョーシ狂うから。
ガキでもナイのに、真っ直ぐ見てくんなって。
タニマチ:
照れちゃう的な?
マナコ:
ナンでそーなんだよ殺すぞっ!
好き勝手に突っ走られたら、子どもなら捕まえられっけど、大人は無理じゃん。手に負えネーから不安になんの。
タニマチ:
それって、ほっとけない、ってのとはチガウんかね。
マナコ:
……、知らね。
苦手な理由はどーでもイイべ。職場で好き嫌い言ってもしょーがナイし。
タニマチ:
ま、そーだけど。
マナコ:
スマホ返して。
タニマチ:
あ、ん。
―店員は常連客にスマートフォンを手渡す。
タニマチ:
どーでもいーけど画面バキバキじゃん。
マナコ:
ほっとけや。落とすトキに限って地面硬てーんだよ。
―二、三、通知を確認し、卓上にスマートフォンを置く。
マナコ:
はぁーーー。
例えばさー、「私が気付いた」、「イイ思いつき」、みたいな感じで言ってっけどさ。
意見交換すんのも、一緒に作戦練んのもアタリマエじゃん。何のための2人体制なんだってハナシよ。
タニマチ:
そりゃ、ま、ごもっとも。
……あ、貧乏揺すり。
マナコ:
おっと。(足の揺さぶりを止め)
ん、ありがと。
……だからさ、ワザワザ時間外にするコトとチガウだろって。普段から現場でやれっつって。
タニマチ:
んー。
単純にさ、このヒト、仲良くなりたいんじゃナイの?
て、書いてあるし。
マナコ:
…………、
何ソレ?? 意味不明。好きとかそーゆーコト??
タニマチ:
知らんけど、志ある感じの人なんだったら、同僚として興味あるのかもしんないし。
ケッコー文面のまま、裏とかはナイんじゃねーの?
マナコ:
ソコは勘繰ってはネーけど。むしろ大人相手にはもーちょい裏表付けろやって思うぐらいだし。
親とかと喋る時もさー、ヒヤヒヤすんだってマジ。ママ連中はパパ共みたく大目に見てくんねーから。
タニマチ:
よく見てんな。
マナコ:
ペア担なんだからあたりめーだろっ。
てか、同僚として仲良くしたいなら、自分からそーすりゃイイじゃん。
コッチはムチャクチャ歩みよってんだって、キャラ作ってさァ!
タニマチ:
ソレ、最初にキャラで行ったら引っ込み付かなくて素ゥ出せない感じ?
マナコ:
てか出せるワケねーだろ。子どもに悪影響だろが。
タニマチ:
その辺は常識人かよ。
マナコ:
つっても別に……、口調ダケだし。
猫被ってるワケでもナイし、言った方がイイって、思ったコトは言う。
管理職は何だかんだアタマ硬てーから。バトルよバトル。
タニマチ:
その辺は変わんないスね、副会長。
マナコ:
うっせ、書記。
―氷がカラン、と鳴る。
マナコ:
……自分が大人になってもさ。
子どもナメてる大人は、やっぱキライだから。
―常連客はグイ、とグラスを呷る。
マナコ:(グラスを揺すり中身を撹拌しながら)
てか何でお前とこんな話してんの?? キモいんだけどマジで。
タニマチ:
LINE来たから、偶々そーゆー流れだろ?
マナコ:
……はァ。ほんとマジさァ。
プライベートに持ち込みたくナイんだって、ウチは。
タニマチ:
あー。仕事のコト?
マナコ:
じゃなきゃ半端になるから。
動く時は動いて、休む時は休まなきゃ、1試合持たないって。コーチの口癖。
タニマチ:
サッカーの話くないかソレ。
マナコ:
バカ、コレ何でもイケんだって。ジイちゃんも死ぬ前、似たよーなコト言ってたし。
タニマチ:
んー……。
―店員はカウンター内の木椅子を引き寄せ、カタンと座る。
タニマチ:
何か案外、この人も、職場ではどーやったらイイのかわかんないのかもな。
マナコ:
ナニが??
タニマチ:
打ち解けたり、距離詰めたりさ。
マナコ:
……飲みニケーション的な事がしたい、ってコト?
タニマチ:
書き方はカタいケド、要はそういう事じゃね?
自分がしたいコトとか思ってるコトとか、相手に伝えるの下手なヒトって居るじゃん。
マナコ:
コミュ障的な? そーゆー感じでもナイけど……。
タニマチ:
一見そう見えなくても、ゆるふわなのは鎧で、堅くて融通利かないのが、そのヒトの素なのかもよ。
マナコ:
…………。
タニマチ:
マナコだってさ、職場でのキャラと素は違うワケじゃん。
そのヒトもそうで、ホントは困ってんのかも。
マナコ:
……んー。
そーゆー、子どもは、確かに居るけど。
…………「大人だって子どもの、成れの果て」、だしな。
タニマチ:
それも誰かが言ってたヤツ?
マナコ:
短大の婆ちゃん先生。
イケてる大人の言うコトはさ、覚えとく事にしてんの。ヒントになるから。
タニマチ:
ほぉー。
―常連客は一口含む。
マナコ:
でも、よ?
とりまそーゆー感じだったとして……。
ウチは何、サシ飲みでもすればいいんコレ?
タニマチ:
ルーチェの地下とか行けば。
マナコ:
園でのキャラのまま? カルアミルクとか飲めばいいワケ?
タニマチ:
ティフィンもポジション変わんねーケドね。
ただ、ま、今の、素で行きゃイイんじゃね? 逆に。
マナコ:
バレるじゃん色々。
タニマチ:
秘密で、ソコは。
切り替えにもなるかもだし。
マナコ:
友達じゃん、タダの。
タニマチ:
いっそのこと、もう。
てかぶっちゃけ友達になりたいんじゃねーの。
マナコ:
…………。
ぅえええええーーーーっ。
スザキとぉーーー??
タニマチ:
わからんけど。
ナイか?
マナコ:
ナっ……、イかどうかも、よくわかんねーぐらいだけど。
……ええーーーー。何食うん、あーゆー女子て……。
主食マカロンとか?
タニマチ:
糖尿なるわ。
見かけによらんかもだし。日本酒とカラスミとか。
マナコ:
ウチが無理だわソレ。
何だろ、なんか肉とか食わなさそーだけど。野菜とか食えるトコ……、
タニマチ:
ルーチェの4階なら結構、色んなニーズにも、
マナコ:
ルーチェ大好きだなお前!
覚えたてか!
てか、何で飲み食べ行く流れになってんの。
タニマチ:
意外と、まんざらでもナイとか?
マナコ:
……、や、連携取りやすくなったら、ウチも楽だけどさ……。
タニマチ:
だし、ヤな言い方だけど、暴走しないようにコントロール出来るかもよ、仲良くなった方が。
マナコ:
んんーーーー……。
…………。
タニマチ:
ま、同僚と休日会うとか、キツいはキツいだろーケドさ。
マナコ:
ベッタベタの職場とかあるじゃん。皆で旅行行ってー、みたいな。あーゆーんがヤなワケ。
タニマチ:
なあなあなヤツな。
マナコ:
ケジメ付けろや、ていう。
……、仕事しやすくする為に、ってゆーんなら、別に……、
タニマチ:
そんなに変な話でも、
マナコ:
いやいやいやいや。オカシいオカシい。
行く流れじゃんコレ。ネーって。
タニマチ:
とはいえ、物は試し、
マナコ:
マジでキツいんだって! 大人で保育士で天然チャンは許されねーから!
タニマチ:
んじゃ、2人で会う前にどんなカンジか、1回ココ連れて来たら?
マナコ:
その時点で懇親会しちゃってんだろーがソレ!
……イイってもー、スザキせんせーの話は……。どーせ園で顔合わすんだし。
タニマチ:
ま、そーな。
でも何か、意外っつーか。
高校の時はケッコー、どんなキャラのヤツにでも、グイグイ行くタイプだったけど。
マナコ:
社会出て慎重になったトカ言いてェの? キモ、殺すわ。
タニマチ:
少なくとも丸くはなってねーな……。
じゃなくて、ピンポイントで苦手なタイプなんかなー、とか。
マナコ:
……言ったべ。別に嫌いとかとチガウし、真面目なのは、イイと思うケド。
タニマチ:
うん、うん。
マナコ:
たださァ、空回りして暴走して、結果子どもにシワ寄せ行ってたら、ソレは普通にダメだろ。こっちは大人なんだから。
タニマチ:
ソコはそーね。ピュアで子供みたいって言っても、ホントの子供から見たら、
マナコ:
どーしよーもなく大人だから。
てか、どーしよーもネー大人。コドモに子どもの世話は務まんねーし。
タニマチ:
手厳し。
マナコ:
辞めてったヤツとか見ててもそーだよ。
対等な目線で、とか言って、責任から逃げんじゃねーっつって。ソレが1番子どもナメてるから。
タニマチ:
このヒトもそんな感じ?
マナコ:
……ソコはそーでもナイけど。
周りも自分も見えて無い。
タニマチ:
て、言ってあげたら? 言われて初めて気付く、とかかも。
マナコ:
…………。
そりゃ、ウチらペーペーだからヤラカすしさ。
ベテランのおばはん先生たちだって、カンペキとかじゃ全然ナイから。
タニマチ:
うん。
マナコ:
子どもの反応なんか、コッチの予想全く通じねーし。
てか、通じねーのが普通。だから勉強して、観察して、ちょっとでもわかろうとすんのね。
タニマチ:
大人に気ィ使って、期待通りに振る舞ってくれる子供ばっかだったら、保育士イラナイ、と。
マナコ:
そーゆー子は病むから。むしろ要注意。
タニマチ:(ほんの一瞬、思案し)
うん……、
そう、な。
マナコ:
だからさ、コッチがどーしてほしいか、じゃなくて。
その子がどうしたいか、の方が大事なんだって。園来たくなきゃ、来なきゃいーんだよ、取り敢えずは。
タニマチ:
休みたい子が休めてるのは、イイ状態ってコトね、ひとまず。
マナコ:
まーな。まずそっからじゃなきゃ、行きたい気にもなって貰えねーから。
タニマチ:
ふむ。そこはそりゃ、そーなんだ、ろうと思う。
マナコ:
「どーして来ないの?」「どーやったら来てくれるの?」
「知りたい、教えて?」って、グイグイ来られたらさ、
タニマチ:
大人でもヤだもんな。
マナコ:
逆らえねーデカいヤツにそんなんされてみろよ。
最悪、病むだろ。
タニマチ:
そーね。
マナコ:
もちろん、だからって何もしねーワケにはいかないケドさ。
ただ、気ィ遣うのはコッチ。ウマいコトやんなきゃ、いつでも。
タニマチ:
真正面からぶつかってくだけじゃ駄目なワケだ。
マナコ:
ぶつかったらブッ飛ぶじゃん、大人と子どもなんだから。
タニマチ:
……、ナルホド、なァー……。
……でもアレだな、ソレ、
マナコ:
あ?
タニマチ:
ムチャクチャ難しいな。当たり前だけど。
マナコ:
…………。
そーだよ?
だから、毎日ブッツケ本番なんだって。
……そりゃ、さァ、意見交換して、わかってくれんならイーよ? でもなんか……、
タニマチ:
ワカンナさそう?
マナコ:
……どーだか。喋ってみねーとワカんねー。
てかまず、ウチがこのヒトの言ってるコトわかんのか微妙。
タニマチ:
そーなん? そーいう系?
マナコ:
何考えてんのかワカンネーし。
基本ふわふわ笑ってて愛想イーんだけど、ヨク考えたらソレ以外の表情見たコトねー。
タニマチ:
ほォ。ふむ……。
マナコ:
シャレと本気の区別もムズいし。ビックリするよーなコト急に言ってさァ、後から聞いたら本気だったり。逆もある。
タニマチ:
あー。あーー……。
そういう、感じ。
マナコ:
周りはそりゃ困るじゃん。子どもでそーゆーんはあるけど、そんまま保育士なられても。
タニマチ:
んー。
マナコ:
自覚あるんなら、本人だって困ってんだろーけど、
タニマチ:
ぶっちゃけさ、
マナコ:
ん?
タニマチ:
向いてない、と思う?
マナコ:
…………。
んあーーーーー。
―常連客は首を反らし、思案。
マナコ:
……ソレは、言いたくネーな。
タニマチ:
何で?
マナコ:
ウチがサンザン言われて来たから。
気合いで黙らすもんじゃん、ソレって。
タニマチ:
マナコは向いてそーだケドな、意外と。
マナコ:
意外とてナンだよ? 殺すぞ。
タニマチ:
あヒっ。スイマセンっ。
マナコ:
ウチの場合は偏見だけど。言われる理由はカンケー無いし。
サッカーに向いてるヤツがサッカーやるんじゃネーの。
サッカーやってるヤツが、サッカー向いてるヤツなの。
タニマチ:
わかるケド意味わからん。
マナコ:
向いてねーなテメー。やめちまえや。
タニマチ:
えぇ……。
マナコ:
向いてよーが無かろーが、気合いさえありゃ、何か見つけてどーにかすんの。
大人なんだから。
タニマチ:
……かっけェっス。
マナコ:(猛く笑み)
アタリマエじゃん。ウチだし。
タニマチ:
虎に憧れてるダケあるわァ。
マナコ:(吹き出し)
ぶっ。憧れてネーし。好きなダケだし。
タニマチ:(スカジャンの刺繍を見やり)
またまたァ、そんな真っ正面の虎付けて、
マナコ:
イジんなや殺すぞ。
……ま、真っ直ぐガーって行ってる感じがキたのは確かだけど。プーマもそうだし。
タニマチ:
プーマは横向きじゃね?
マナコ:
どー見ても真っ直ぐ進んでんのを横から映してんだろーが! 目ェ銀紙か。
タニマチ:
ていうか豹だし。
マナコ:
ピューマだろ。
タニマチ:
あそっか。
……まあ、まあ……、さ、
……そのヒトの、そういう感じさ。
マナコ:
んあ?
タニマチ:
付き合い長くなって馴れたら、
判るようになるカモよ。
マナコ:
……、ナンそれ。
タニマチ:
悪意は多分ナイし。どーにかする方法、本人も見つけたいんカモだし。
マナコ:
……、そんなんさァ、ウチが付き合う筋合い、
……あ、ペア担か。
んんーーーー……、
―常連客が眉間に指を当て思案しかけた所へ、
―ブ、
―と、LINE通知。
マナコ:(ビクリとし)
うっ。
…………。
ナンでウチがビビんなきゃなんないん……。
タニマチ:
まだ追伸あんのかね。
マナコ:
もーマジでさァ……。
おげ、スザキだし。
―うんざりしながら文面を確認。暫し、硬直する常連客。
マナコ:
……あァ??
タニマチ:
おわ、眉毛キレーにハの字だ。
ヤバい?
マナコ:
……マジかコイツ。
タニマチ:
読んでイイ?
―常連客は無言でスマートフォンを差し出す。店員は立ち上がり、受け取る。
タニマチ:
なになに……。
「突然のお誘いで困らせてしまうかもしれませんが、ダメ元で。今夜、今からの時間、お暇ではありませんか?」
……ほォーん。
マナコ:
…………。
タニマチ:
「思い立って作ったシチューが、想像以上にたくさんになってしまって。カッコ、タンシチューです、お嫌いですか? カッコ閉じる。」
マナコ:
うああーーーっ。
タニマチ:
「マナコ先生のお家は、確かうちと1駅ぐらいの距離でしたよね?」
そーなの?
マナコ:
そーなの……。役所通りのハイツ……。
タニマチ:
あのデッカいトコか。
ケッコー近くじゃん、こっからも徒歩圏だし。
マナコ:
くおおおーーーー。
タニマチ:
えっと。
「何なら、車でお迎えにあがれます。この時間ですし、明日早くにご予定無いなら、泊まって行っても貰えます。カッコ、お泊りセット一式あります、カッコ閉じる。」
マナコ:
何でじゃぁあーーーー。
タニマチ:
「自分で提案しておいてなんですが、懇親会と言うと堅いし、カジュアルに、ご飯を食べて、お茶を飲みながら寛ぎつつ、お話しませんか。」
マナコ:
……っ、
タニマチ:
「美味しい所のバゲットがあります。お茶菓子もあります。お酒を飲まれるなら、頂き物の貴腐ワイン等も。カッコ、白です。」
おー、イイなー、貴腐ワイン。
マナコ:
ワイン苦手だしっ。
タニマチ:
そーなん?
マナコ:
パンみたいな匂いすんじゃん。
タニマチ:
あー。ちょっとわかるけど。醸造酒独特の……。
マナコ:
特に白。甘くネー。
タニマチ:
基本甘党なのな。お茶に砂糖入れてもらえば。
マナコ:
何でこの時間に変な女とお茶会だよっ。不思議の国のアリスか!
タニマチ:
ハートの女王シメれそーなアリスだな。
マナコ:
あー、アノおばはんそっくりの先生居るわ……。
……ヤベーな。茶ァ出されてお菓子食って。
帰って来たらゆるふわパーマになってんじゃネーの。
タニマチ:
それメチャメチャおもろいじゃん。
マナコ:
ちょい前のキャバ嬢みたくなるだろが。
タニマチ:(ややウケ)
うははっ。
……え、っと。
「お忙しければ、遠慮なく断わってください。失礼を承知で、素敵な思い付きを捨て切れませんでした。御一考くだされば、嬉しいです。土下座マーク、の横にキラキラ」
……との、事デスが。
マナコ:
お前お辞儀の絵文字ドゲザだと思って打ってたんかよ。
……。はァーーーー。
暴走してるわァーーー。こーゆートコよ、コレ。
タニマチ:(スマートフォンを客前に返しつつ)
確かにグイグイだな。
マナコ:
メーワクとか考えネーのかよ。
タニマチ:
遠慮なく断わってイイらしいけど。
マナコ:
て言われたら断わりニクイじゃん、ワカルだろ。
タニマチ:
んーーー。
ソコは多分……、あんまそーゆーチャンネルで会話してないと思うけど。
マナコ:
マジで思い付いたまま誘ってるってコト!?
タニマチ:
来てくれたら嬉しいな、ぐらいの感じじゃね?
マナコ:(思案が募り)
…………っ、んがァーーーーーーっ!
―吠え、後、パタリとカウンターに突っ伏す常連客。
タニマチ:
虎が死んだ。
マナコ:
…………。
―グラスの氷がカランと鳴る。
タニマチ:(カウンター内の時計を確認しつつ)
もーちょいかなー、シイナさん。
―静寂。
マナコ:(伏したまま)
……断わったら傷付くと思う?
タニマチ:
先生?
マナコ:
…………。
タニマチ:
んんー。
……やー、
―古びた木椅子に店員は座り、カタンと鳴る。
タニマチ:
傷付きはしないんじゃナイかね。
残念、とは思うカモしんないケド。
マナコ:
それウチが悪い?
タニマチ:
悪いとかではないだろ。実際今、ココ来てんだし。
マナコ:
そーだけど、さ。
タニマチ:
「今日うちで遊ぼ」って、眼ぇキラキラさして言われてる気ィする?
マナコ:
…………。
小学生のトキのコト思い出す。
タニマチ:
あるある、よな。もう先約あったりー、とかどーとか。
マナコ:
ウチは女子からも男子からも人気あったからな。お前と違って。
タニマチ:
俺のナニ知ってんだっつの。
マナコ:
…………。
断わんのってイイ気しない。
タニマチ:
そりゃ、よ。
マナコ:
子どもの時ってそーゆーのあんじゃん。遊ぶとか、遊ばねーとか。
タニマチ:
あるな。大人でもあるくないか?
マナコ:
ウチはしょーもねーからキライだけどな。
…………4年生の時さ。
タニマチ:
おー。
マナコ:
クラスで、イジメられてる感じでもナイけど、ちょい浮いてるかなー、ぐらいの子が居て、
タニマチ:
女子?
マナコ:
うん……。
あんま学校来てなくて。
みんな居たら黙ってるケド、イチイチで喋ったら割りと楽しくて、みたいな。
タニマチ:
うん、うん。
マナコ:
ウチはケッコー、嫌いじゃなかったケド。
……ある日さ。
誘って来たの。そいつから。
タニマチ:
家来て、って?
マナコ:
うん。かなり勇気出してる感じで。
タニマチ:
うんうん。
マナコ:
その日の為に掃除して、お菓子もジュースも買ったって。
遊ぶ為に色々、用意したって。
タニマチ:
うん……、うん。
マナコ:
でもウチは、仲イイ子らと出かける約束してたから。
ごめんだけど、無理だわ、って、
タニマチ:
断わった。
マナコ:
うん。
そしたら、
タニマチ:
うん。
マナコ:
……関係あるかはワカンナイけど。
学校、来なくなった。
タニマチ:
あ……。
そ、っか。
マナコ:
別にさ。ウチのせいとか、思ったワケじゃナイし、今も思わない。
でも。でも……、
タニマチ:
その子はずっと来なかったん?
マナコ:
……クラス別れてからは知らないけど。
フリースクール行って、高校には行ったらしい。後から聞いた。
タニマチ:
ふーん。んじゃあ、
マナコ:
「良かった」、とかどーとか、外野が言うコトじゃネーって、今なら思うよ。
でも後のコトじゃ無くて。
覚えてんのは、断わったトキの、その子の眼。
タニマチ:
焼き付いてんの。
マナコ:
……なんとも言えねー。雨降る前の空みたいな眼。
保育士なってからは、よく見るヤツだけどさ。
タニマチ:
遊べる気でいたんだろな、その子。
マナコ:
だからさ。
ウチ忙しーから。期待すんのヤメテって。その後しばらくイライラしたり。
マジでサッカーやり出してからは、逆にその辺ラクになったケドさ。
タニマチ:
ふーん……。
―常連客は一口飲み下し、乾きを癒やす。
タニマチ:
何でヤメたんだっけ? そういや。
マナコ:
サッカー?
言ってなかったっけ。靭帯切った。
タニマチ:
あ、そーなん……。
マナコ:
中学の時な。副キャプテンだったから引退まではピッチ立ってたケド。
シュート出来ねーしスパっとヤメた。
タニマチ:
ふーん。生活には、
マナコ:
全然問題ネーよ。バイク乗ってるし、子ども追っかけ回してるし。ガッツリ試合とかは無理だけど。
タニマチ:
んで、高校からギャルになったん? それかサッカーやるギャルだったん?
マナコ:
テメー殺すぞ。ウチのコトはそろそろどーでもイーんだよ。
タニマチ:
あ、そう。
で、どーすんの?
マナコ:
…………。
―再び沈黙。
―ぼんやりと画面をスワイプし、文章を確認。
マナコ:
……大人的にはナシじゃん。当日だし。夜だし。
タニマチ:
そーね。よっぽど友達とかならイイけど。
てか、シイナさんに話あったんじゃないの?
マナコ:
ソレはまー。そんなシンコクなヤツじゃネーけど。
タニマチ:
あ、そ。
マナコ:
…………。
タニマチ:
別に、気ィ乗んないなら、適当に理由つけてさ、
マナコ:
そーゆーの含めてダリぃの。ウソ考えんのもメンドいし。
タニマチ:
わかるけど。
マナコ:
こーゆーんが1番ヤなワケ。グニグニした気分。
タニマチ:
ぐにぐに?
マナコ:
スパッとしねー。
自分がヤになる。
―店員は何気なく、刺繍の虎と目が合う。
タニマチ:
何か……、
受け売り、ナイの。
マナコ:
受け売り?
タニマチ:
誰かが言ってたヤツ。
イカす大人のさ。
―常連客は店員を見、次いで、首を反らす。
―視線は、虚空。
マナコ:
…………。
「考えるのは、大事。
でも考えても、考えてもわかんない時は……、
―虎の眼が光った気がした。
マナコ:
直感に従え」。
行くわ。
―グラスの残りをグイと干し、常連客は颯爽と立ち上がる。トートバッグを引き寄せ、スマートフォンその他を放り込む。
タニマチ:(薄く笑み)
……何となくそんな気ィしてたわ。
マナコ:(財布を取り出しつつ)
んだソノ顔? 今日1キモいな。
タニマチ:
や、別に……。
あ、シイナさん居なかったしドリンク代だけでイーよ。
マナコ:
そんなサービスねーだろ。仕事した分は取れや。
―言いつつ、紙幣2枚を差出す。
タニマチ:
あ、そっスか? ありがとーゴザイマァス……。
―受け取り、店員は貨幣を返す。
マナコ:(釣り銭を財布に戻しつつ)
はァーっ。変な気分。謎メンツで謎のお茶会。
タニマチ:
タンシチュー食えるんだしイイじゃん。どんなんだったかまた聞かして。
マナコ:
地獄スギて黙るカモだけどな。
あ、バイクさァ、
タニマチ:
裏置いてってイイけど。迎え来てもらうん?
マナコ:
ありがと。
歩いていくわ。駅ビルで何か買ってく。
タニマチ:
お、手土産忘れないヒトだ。
マナコ:
アタリマエだろ、家行くんだから。そーゆーの出来ねーとかナイわ。
タニマチ:
俺だって買ってくし。
マナコ:
チョイス キモイんだろ絶対。
……は。スイーツ食って、好きくネーけどワイン飲んで。
OLかよ。保育士だけど。
タニマチ:
酒も何か買ってけば?
マナコ:
チューハイとか? 雰囲気チガくナイか。
ま、イイけど別に……。
タニマチ:
…………。
―店員は思い立ち、カウンター奥の棚を開ける。
タニマチ:
んじゃ、コレは店としてじゃなくて……、
マナコ:ああ?
―棚の下段、奥から茶色い小瓶を取り出す。
―紅茶のリキュール。200ml入りミニチュアボトル。
タニマチ:(小瓶を卓上にトン、と置き)
俺から餞別。
マナコ:
ナンこれ。カワイーじゃん。
タニマチ:
飲んでたヤツに入ってた酒。甘いし、炭酸で割ってもイケるし、牛乳でも割れる。
マナコ:
へー。まー美味かったケド。
買えって? いくらよ。
タニマチ:
違う違う。
やるから。持ってって飲めば。
マナコ:
はあ……?
なんで??
タニマチ:
何となく。別にワイン無理して飲まんくてもイイと思って。
マナコ:
店のじゃネーの。
タニマチ:
俺の個人的なヤツ。コレは新品だから。
―常連客は暫し怪訝な顔。
―後、薄っすらと納得。
マナコ:
……くれるってんなら貰うけど。
そーいや、お前昔から……、
たまーに、ワケわかんねーコトするヤツだったわ。
タニマチ:
キモくて悪かったな。
マナコ:
コレは別に、キモくはネーよ。
―は、と笑み。
マナコ:
ありがと。
―小瓶をポケットに入れ、ヘルメットを抱える常連客。
タニマチ:
ま……、楽しんできんさいや。
マナコ:
他人事かよ。
他人事か。
……イイよ。こーゆーのは期待したらダメだから。テキトーにカマしてくるわ。
タニマチ:
シイナさんには言っとく。
マナコ:
んー。また来るってヨロシク。
んじゃ。
タニマチ:
おー。気ィ付けて。
―常連客はドアに手を掛け、押し開く。ドアベルが果敢に鳴り響く。
マナコ:
あ、そーだ。
この酒さ、オレンジで割ればさっきのっぽくなんの?
タニマチ:
あー、うん、なる。そもそもバニラは入れないのが基本レシピなんだけど、
マナコ:
細かいのはイーわ。
ん。オレンジジュース買ってく。
タニマチ:
十分美味いから。
マナコ:
名前とかあんの?
タニマチ:
名前? 「ティフィン」?
マナコ:
割った状態の。話題尽きたトキの為に聞いとくわァ。
タニマチ:
あー。ソレな。
何でかは知らんけど……、
―看板灯の反射を受け、
―虎の刺繍の眼が光る。
タニマチ:
『ティフィン・タイガー』、っつーの。
―暗転。
―タニマチにスポット。
タニマチ:
【本日のカクテルレシピ】。
『ティフィン・タイガー』タニマチアレンジ。
■ブラックティーリキュール「ティフィン」30ml
■バニラシロップ 2tsp
■オレンジジュース 60ml
以上を大型のシェーカーで強めにシェーク、氷を満たしたゴブレットグラスに注いでサーブ。
―【終】
―【空白】
―【空白】
―【空白】
―【ボーナス・トラック】
―二十数分後、店内。長身秀麗の女性店員は到着している。
シイナ:
ふーん。
じゃ、また次でイイって?
タニマチ:
っスね、相談はナンか、そんな緊急のヤツじゃナイ的な……、
シイナ:
ま……、どうであれそー言うよね、マナコちゃんの場合。
他は?
タニマチ:
無い、スね。マナコ来て、帰った、てか行っただけ。
シイナ:
OK。
遅目からかな、最近の土曜のパターンからいくと。
―アウターを脱ぎ、奥のクロークへと放り込み。
シイナ:
……高校一緒なんだっけか、そーいや。
タニマチ:
あ、マナコと?
シイナ:
お前が下の名前で呼び捨てにするコトって基本無いじゃん。
タニマチ:
あー、
シイナ:
「弁天山」、だったな確か。
タニマチ:
そー、そっスね、アホ高……。
シイナ:
そー?
タニマチ:
多かったっスよ、色んな意味で、アホ。
てか、賢いヤツとテキトーなヤツの落差がエグい。
シイナ:
都会の自由目な高校ってそんな感じだよなー。
……あ、ジャスミンティー作ろ。
―女性店員は自前用のカウンタードリンクを作るべく、ティーパックを煮出す作業にかかる。
タニマチ:
まー山ん中、って感じでしたケドね。
半端な田舎の……、
シイナ:(手を動かしつつ)
って言ったって都会だよ、あんなトコ。マジの田舎と比べたら。
タニマチ:
地元みたいな?
シイナ:
私の? 言ったコト……、あったかそーいや。
ま、そーね……。
ロクな思い出ナイけども。
タニマチ:
大体どっちかスよね、地元。
シイナ:
あん?
タニマチ:
好きか、嫌いか。
シイナ:
…………。まー。
好きなら居るんじゃないの、ずっと。
……どんなだったワケ? 高校の時。
タニマチ:
マナコっスか?
今とあんまり……、まァ髪とかは派手にしてたっスけど、
シイナ:
お前、は。
タニマチ:
……、……、
俺、は……、……。
―何とも言えぬ、読み切れぬ表情。
タニマチ:
……それこそ一緒っスけどね。
生徒会でしたケド。柄にもなく。
シイナ:
らしーね。
扱いも似たよーな?
タニマチ:
あつかい?
どー、えェ……、
……てかまあ、変な面子ばっかだったんでね、マナコ含め……、
シイナ:
ふーん。
…………、
―束の間、何事かを考えた後、ドリンクポットをカウンター下の小型冷蔵庫へ。
シイナ:
ちょい、ティーパック煮出してる間タバコ吸って来る。
ヤニ切れ気味……。
タニマチ:
吸えなかったんスか、今日。
シイナ:
おお……。あんまり。
喫煙所無かった。今日の、稽古場。
タニマチ:
へー。
いつもは、
シイナ:
ある、トコにはある。
ま、吸うヤツ自体少ないらしーけど。
ミュージシャンとかと違って、真面目ってか……、
どっちかってーと、
―煙草一式を収めたポーチを取り、含みなく言う。
シイナ:暗い子、多いっぽい。
シイナ:今の、演劇の界隈って。
―暗転。
―【終】