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『ブラック・ウォッチのみぞ知る』

“お一人様篇”シーズン1♯2


とある街、とあるBAR。

とある懐古と、秘めたる懸想(けそう)


登場人物

■シイナ

店員。流れ行く女。

■ケイジュ

常連客。想いを内に筆す女。



−黎和3年10月某日−

シイナ:

或る、心象のうた。


ケイジュ:

あかるい屏風のかげにすわって

あなたのしずかな寝息をきく。

香炉のかなしい(けむり)のように

そこはかとたちまよう

女性のやさしい匂いをかんずる。

かみの毛ながきあなたのそばに

睡魔のしぜんな言葉をきく

あなたはふかい眠りにおち

わたしはあなたの夢をかんがう

このふしぎなる情緒

影なきふかい想いはどこへ行くのか。

薄暮のほの白いうれいのように

はるかに幽かな湖水をながめ

はるばるさみしい麓をたどって

見しらぬ遠見の山の峠に

あなたはひとり道にまよう 道にまよう。

ああ なににあこがれもとめて

あなたはいずこへ行こうとするか

いずこへ、いずこへ、行こうとするか。

あなたの感傷は夢魔(むま)に酢えて

白菊の花のくさったように

ほのかに神秘なにおいをたたう。


―タイトルコール。

シイナ:

『ブラック・ウォッチのみぞ知る』


―【間】


シイナ:

眼鏡変わった?


―某月某日、某時刻。

―とある街、とあるバー。店員の女性は、常連客の女性が席に着くなり、投げかけた。


ケイジュ:

あら……、気付きましたか。


シイナ:(コースターを出しつつ)

前はシルバーだっけ。

セルフレーム、似合うね。


ケイジュ:(カウンターにバッグハンガーを掛けながら)

どうも。

気が付かないと思ってました。

貴方は、他人に興味がありませんから。


シイナ:

そんな事ないヨ?

ていうか……、それ、その鞄引っ掛けてるヤツ、


ケイジュ:

バッグハンガー?


シイナ:

そーそー。良いよね、私も欲しいんだよな。


ケイジュ:

これは頂きものですが、意外と便利ですよ。デザインもシンプルですし。


シイナ:

デザインは選びたいよねー。

雑誌とか見て欲しくなってるモノっていっぱいあるんだけど、忘れていくんだよな。


ケイジュ:

本当は大して欲しく無いんじゃありません? そういうものって。

(コースターを指で玩びながら)注文しても?


シイナ:

ええ、良ござんすとも。

どんなものを致しましょーか、姫。


ケイジュ:

また、その呼び方。

……軽くして頂かなくて構いません。食後ですので、甘口のものを。


シイナ:

OK。


―ミキシンググラスを取り出し、店員は作業にかかる。


シイナ:

ご飯、どこ行って来たの?


ケイジュ:(鞄からスマートフォンを取り出しつつ)

ルーチェの4階の……、


シイナ:

あっ、もしかして新しく入ったトコ? あの、ラフテー的な名前の。

イタリア料理だっけ、


ケイジュ:

「ラ・フルティエール」で、フランス料理です。

何1つ合っていませんよ。


シイナ:

あっは、そっか。

(材料の瓶たちを並べつつ)

美味しかったー?


ケイジュ:

フランスの郷土料理をベースに、果物のソースを使った創作メニューがメインです。


シイナ:

へぇー。あ、フラ(噛んだ)、

“フルティエール”って、フルーツか。


ケイジュ:「果物屋」、です。

味はまあ……、価格の割には、そこそこ。


シイナ:

ソースって、選べたりするヤツかな。


ケイジュ:

料理によって、何種類かの中から。私はミラベルを。


シイナ:

スモモね。

……わ、スモモって言ったら唾出た。


ケイジュ:

条件反射。「梅干し」、よりは都会的ですね。


シイナ:

あ、梅干しでも出る出る。

(コクン、と飲み込み)

デザートもあるの?


ケイジュ:

セットで付いて来ましたよ、フルーツの盛り合わせ。


シイナ:

良いね。今度さ、連れてってよ。


ケイジュ:(一瞬眼を伏せ、また戻し)

……、

考えておきます。


―店員は作業を再開する。


シイナ:

じゃ、果物系のリキュールはやめて、と……。


―選んだ材料をミキシンググラスに注ぎ、ステア。氷を入れ、更にステア。


シイナ:

さって、上手く出来るかなー、っと。


ケイジュ:

お客の前で、やめて頂けません?


シイナ:(カラコロと混ぜつつ、魔女の真似)

ヒィーーッヒッヒッヒ。コレでこのムスメもイチコロじゃわい。


ケイジュ:

……無視です。


―混ざりあった酒をロックグラスに注ぐ。


シイナ:

氷冷たァ、と。


―新たに氷を入れ、軽くステア。

―シロップのボトルを取り。


シイナ:

んで、コイツをちょびっと……。


―微量注いだ後、炭酸水で満たす。軽くステアし、完成。


シイナ:(ドリンクを出しながら)

お待たせ致しました。

『ブラック・ウォッチ』です、姫サマ。


ケイジュ:

ありがとう、執事(バトラー)


シイナ:

あは。「執事(しつじ)」ネ。語源としては間違い無いな。


ケイジュ:

酒瓶(ボトル)を扱う者」、ですからね。


―常連客は静かに一口、含む。


ケイジュ:

……思ったよりマッチしますね。今日は当たりです。


シイナ:

良かったー。ちょいコーラっぽいけど、ナシじゃ無いでしょ、スコッチとカルア。


ケイジュ:

この前のは酷かったですが。


シイナ:

何したっけ、『グラスホッパー』か。私は嫌いじゃないけどなァ。


ケイジュ:

歯磨き粉の味でした。


シイナ:

ソレって美味しくないか?


ケイジュ:

蓼食う虫も好き好き。

……アーモンドシロップが効いていますね。


シイナ:

隠し味に便利なんだよね。タニマチのバカが色々買い込んでんの知ってるから、偶に拝借してんの。


ケイジュ:

酷い同僚。


シイナ:

有効活用。私だけじゃなくてカスミも使ってるしィ。


ケイジュ:

……。

あの、軽薄そうな金髪の。


シイナ:

あは。でもかなり、本読むんだよ。話してみたら結構仲良く、


ケイジュ:(遮り)

遠慮しておきます。

……見張りの番の気付けに適用、というような意味かしら。


シイナ:

ん? なに?


ケイジュ:

由来です。「ブラック・ウォッチ」の。


シイナ:

え、チェック柄じゃないの?


ケイジュ:

そっちも、元を辿れば同じです。

かつてスコットランドに於いて秘密警察に支給されていた、青、緑、濃紺の、タータンチェックの制服。

隠れて罪人を見張るのが役目の彼らは、正規の部隊と区別する意味で、

「ブラック・ウォッチ」と呼ばれていたんです。


シイナ:

へぇーえ! 黒く無いじゃん緑と青じゃん、って思ってたけど、そういうことか。

さっすが、物知りだねえ、姫は。


ケイジュ:

検索すればどこにでも転がっていますよ。


シイナ:

ググんなきゃ知らないような事、空で出てくんのは凄いんだよ。


ケイジュ:

実生活では役に立ちません。

(一口含み)

上手な告白の断り方すら、知らないんですから。


シイナ:

おォ、聞こうと思ってたトコ。今日だね。


ケイジュ:

ええ。食事に誘われて、一通り食べ終えた後に。

私はフルーツをおかわりしたかったのに、勝手な人で。


シイナ:

なに、おかわり出来んの?


ケイジュ:

自由だそうです。


シイナ:

うっわ、絶対行こーね。


―カラン、と氷が鳴る。


ケイジュ:

……同じ学部の、後輩ですが。大学に入ってからソコソコ戦績を上げて、調子に乗っているタイプの。


シイナ:

イチバン寒いなァ。高嶺の花の、古書研究会の姫が卒業しちゃう前に、手を掛けたくなっちゃったのかな。


ケイジュ:

知りませんが。満を持して、というような顔をして。

最後まで興味を抱かせては貰えませんでした。


シイナ:

今付き合ってどうするつもりだったのかな、カレは。姫、就職でしょ。


ケイジュ:

……一応。資格が取れれば。

何も考えていないんじゃないですか。


シイナ:

ソイツは何選んだの、ソース。


ケイジュ:

アプリコット。


シイナ:

ひい、ソースのチョイスも寒ゥい。


ケイジュ:

(あんず)に罪はありませんけど。

高校で、空手の全国大会に進んだ時の話を延々とされた時は、白目を向くかと思いました。


シイナ:

あっは。相手見て喋れっての。


ケイジュ:

格闘技=(イコール)低俗とも思いませんが。


シイナ:

それで? 何て言って断ったのさ。


ケイジュ:

……月並みですよ。

「好きな人がいるので」、と。

我ながら芸の無い。


―泡立つ琥珀を一傾け。カラン、と氷。


シイナ:

居るんだ? 好きなヒト。


ケイジュ:(刹那、黙考し、)

……ええ。

母の事も、妹の事も好いていますし、父の事だって嫌ってはいませんよ?


シイナ:

返しまでベッタベタやないかーい。あっはは。


ケイジュ:

…………。


シイナ:

だけど、退き下がってくんなかったと、その空手ボーイは。


ケイジュ:

わかった、頑張る、だとか、訳の判らない事を、


シイナ:

のたまったワケ? ゾワゾワァー。


ケイジュ:……、別に、このような形で無ければ、見るべき所も、話せる話題も、本当はあったんでしょうが。そういう意味では残念です。


シイナ:

オスが1番ツマンナくなる時だからね。

にしても、おモテになられますねェ、姫は。今年入って4回目とかじゃない?


ケイジュ:

5回目です。


シイナ:

なァんで、中身もある美人のトコに限って、しょーもないのばっか寄ってくるかね。

(男性役調に声を作り、大仰に)全くもって、私は悲しいっ!


ケイジュ:

……、記号に、反応しているだけですよ。


シイナ:

きごう?


ケイジュ:

スモモや梅干しと聞いて唾液が出るのと同じ。

髪が長くて、色が白く細身で、出る所は出ていて。

世間一般で良しとされる風体(ふうてい)に、偶々(たまたま)沿っていて。

物静かで、大人しそうに本を読んでいる。

ある種の「女」の典型に、条件反射で飛び付いているだけです。


シイナ:

聞く人が聞いたら怒りそうだよネ。


ケイジュ:

言う相手は選びますよ。


シイナ:

あは。

……なるほど。ハンペンでカエル釣るようなモンか。救えないなァ。


ケイジュ:

何ですかそれ?


シイナ:子供の時にやらなかった? 発情期の雄ガエルって、同じサイズの物には何だって飛び付くから、ハンペンとかコンニャクに紐付けて釣るんだよ。川とかで。


ケイジュ:

知りません……、そんな粗野な遊び。


シイナ:

今度やる?


ケイジュ:

やらないです。


シイナ:

結構楽しいんだよ、皆やってたし。

……あの頃はなァ、女子も男子も無く、皆ツルんで遊んでたのにな。


―常連客は一口グラスを傾け。


ケイジュ:

……思春期を過ぎれば、刷り込みが終わるんですよ。

男という記号、女という記号。

男は女を求め、女は男を受け入れる。いずれ恋に落ち、(つが)い、子を成し、代を重ねる。

パブロフの犬たちによる、美しい条件付けの樹形図。

そうして世界は回っている、というお約束の。


シイナ:

そして、ソコヘ乗っかれない、ピンと来ない奴らには、罪人(ざいにん)のラベルを貼っ付ける、と。


ケイジュ:(表情を静止させ)

……、罪、人。


シイナ:

これからもずっと、かは判らないけどさ。多様性とか色々と、ブームらしいし。

少なくとも……、今のトコ、そんな法に乗っかるには、男は馬鹿過ぎるよなァ。


ケイジュ:

……さて。本当は女もどうだか、


シイナ:

もちろん、女の馬鹿だって大勢いるね。だから、女子校時代に戻りたいとは思わないけど……、

それにしたって、男の馬鹿は多すぎる。大学で共学来てビックリしなかった?


ケイジュ:

どうでしょう。高校の頃の私は、どちらかと言えば、女の馬鹿の方でしたから。ご存知の通り。


シイナ:

よく言うよ、寮長殿。才色兼備の、妖精みたいな子が入って来たって、演劇部総立ちだったよ。


ケイジュ:

勧誘を蹴って文芸部に決めてしまい、申し訳ありませんでした、副部長。


シイナ:

根に持ってるからね、今でも。


ケイジュ:

お詫びにこうして、足繁(あししげ)く通っているんです。


シイナ:

ふっふ。なら、お釣りが来るかな……。


―常連客が琥珀を含み、氷はカラリと鳴く。


ケイジュ:

……先輩は。


シイナ:

ん?


ケイジュ:

先輩は、どうして大学、辞めたんですか。


シイナ:(眼は軽く見開かれ)

……その呼び方、久しぶりだな。面食らった。


ケイジュ:

理由を、聞いていなかったなと、思いまして。


シイナ:

……んー、……、


―カウンター内の簡素な木椅子を動かし、カタン、と腰掛ける。


シイナ:

特に……、これといった理由があった訳ではないんだよね。

半分男の環境が、合わなかったとかでも無いし。


ケイジュ:

男のお友達も……、


シイナ:

結構いたし、付き合ったりもしてたね。

今は偶に飲んだりするぐらいだけど、ソイツとは。


ケイジュ:

…………。

では、


シイナ:

居る理由を、これといって見出だせなかったから、とでも言うかな。殆ど誰にも、説明せず終いだった。


ケイジュ:

…………。


シイナ:

知っての通り、何もかも、長続きしない性格でね。

演劇もぱったりヤメちゃったし、中学の頃のバスケも。


ケイジュ:

飽き性、なんですよね。


シイナ:

って、人にはよく言うけど。

本当は……、そうね、「申し訳無くなる」、という方が近いな。


ケイジュ:

申し訳……、


シイナ:

これでも、打込めば本当に熱中するんだよ。命を燃やして。


ケイジュ:

……よく、知っています。


―ずっと見ていたから、とは言わなかった。


シイナ:

ただ、何でもある程度やり込むと途端に、自分の、心の半端さに気が付く。

周囲に対して、自分の非礼を痛く感じてしまう。

この辺りの感覚を、誤解なく伝えようとすると時間がかかるから、今は言わないけど。


ケイジュ:

お聞きしますよ。いくらでも。


シイナ:

どっちがお客だかわからないね。

もうじき、君の嫌いな騒がしい時間が来るよ。


ケイジュ:

週末の匂いに湧く俗な人たちが。

私も……、似たようなものですから。


シイナ:

ふっふ。

まあ……、結局の所、そういう自分が、移り気せず向き合えるものに出会えるんじゃないかと、大学に進んでみたものの……、


―木椅子がカタンと鳴る。


シイナ:

駄目だったね。

自分の半端さ、心の凡庸さをまざまざと見て、私が居て良い場所じゃないと思った。


ケイジュ:

……なろうと思えば、何にだってなれる人なのに。


シイナ:

客席から見ればね。

しかし役者の心は違う。顧問のヒラツカの受け売りだけど。


ケイジュ:

あの、演出家崩れ。


シイナ:

悪く言うもんじゃないよ。

(一転、崩して)あァ、元気してるかなァー、ヒラ爺。懐かしいなァ。


ケイジュ:

もう定年だと思いますが。


シイナ:

しごかれたモンだよ。文芸祭で『シラノ・ド・ベルジュラック』を()った時だって……、


ケイジュ:

開演直前までダメ出しがあった話でしょう? 私、練習に付き合ったんですよ。


シイナ:

あれ、君だったっけ?


ケイジュ:

もう、本当に……。

あんな、気障(きざ)で端麗なシラノ、おかしかったです。


シイナ:

芝居ではよくあるんだよ。役の醜さをこそ、演技で表現しなければ、とは爺の言葉。

……色々やらせて貰ったなァ。あの、部室のバルコニーでの寸劇。まだやってるのかなァ。


ケイジュ:

新入生歓迎祭の。

……続いてるんじゃないですか。妹の時は、やっていたと聞きましたよ。


シイナ:

あの時初めて、私を観てくれたんだよね。


ケイジュ:

他の生徒の歓声が五月蝿かったです。


シイナ:(おかしげに)

アレ程のモテ期は、生涯来ないだろうなァ。

妹ちゃんも、元気?


ケイジュ:

息災ですよ。何せあの子は馬鹿ですから。

私と同じ大学に入るんだって息巻いて、出来もしない勉強を。


シイナ:

あっは、かーわいー。


ケイジュ:

誰かを追いかけて、進路を決めるだなんて……、

本当に、馬鹿のする事です。


―真意を滲ませぬ、白紙の相貌。


シイナ:

いいじゃない。憧れというのは純粋で。

……私もそーゆーものに出会えれば、また違ったのかなァ。


ケイジュ:

…………。


―店員はグウ、と伸びをする。カタンと木椅子。


シイナ:

あ、失礼致しました、姫。


ケイジュ:

いえ。でも他の方の前では、やめた方が良いですよ。


シイナ:

ふっふ。

ねえ、覚えてる? 私の最後の文芸祭で、シラーの『群盗』を演った時の、


ケイジュ:

作業に熱中し過ぎて、寮を締め出された話。

……忘れる訳ありません。寮監を起こしたく無かったけれど、野宿をする訳にも行かず、2人で悩んだ末……、


シイナ:

私が鍵を任されてたから、劇部の部室の、倉庫で眠ったんだよね。


ケイジュ:

金の屏風の裏に隠れて、暗幕をかぶって。


シイナ:

そうそう。アレ、屏風は、何に使ったやつだったかな……。


ケイジュ:

凍えるかと思いました。


シイナ:

秋にしちゃ寒い夜だったね。

本当に、懐かしい……。

スマホのアラームで起きられて、良かったよね。


ケイジュ:

バレたら減点では済みませんでした。貴方は、大事な時期でしたし。


シイナ:

寮長閣下と劇部の副長が部室で逢い引きだなんて、スキャンダルとしてオイシ過ぎるしね。新聞部に極上の餌を与えるトコだった。


ケイジュ:

逢い引き。

…………。


―グラス持つ手が微かに震え、カラン、と氷。


ケイジュ:

本当、お笑いですね。


シイナ:

馬鹿やったよ、色々と。全能感にボケて、自分は選択肢に恵まれてる方だって、思い違いをして。

自分の普通さ、平凡さにに気付けた分、今の方が馬鹿はマシだな。


ケイジュ:

…………。


―常連客は琥珀を干し、残された氷がカラリと鳴る。


ケイジュ:

そろそろ行きます。五月蝿くなる前に。


シイナ:

あァ、うん。ありがとう。

では……、

(男性役調に声を作り)

1400フラン程、工面しては貰えないだろうか、ロクサーヌ。


ケイジュ:(財布から紙幣2枚を取り出しつつ)

そんなシラノはモテませんよ。設定通りですが。


シイナ:

あっはは。

(小銭入れの缶を探り)あら……、ごめん、お釣り全部100円になるや。


ケイジュ:

構いません。


―つつがなく精算。ジャラリ、と貨幣。


シイナ:

じゃ、気を付けて。後は帰るだけなの?


ケイジュ:(鞄を掛け、バッグハンガーを回収しつつ)

ええ。週末で読破したい本が溜まっていますし。

今夜から取り掛かります。


シイナ:

相変わらず本の虫だよねェ。羨ましいよ。


ケイジュ:

私の読書は愛好ではなく習慣ですから。

貴方は、もう少し読んだ方が。


シイナ:

まァ、ボチボチね。良いのあったら教えてよ。

ていうかさァ、ホントにどっか遊びに行こうよ。ご飯食べに行ったり、空いてる日合わせてさ。


ケイジュ:

…………。


シイナ:

ホントにカエル釣りでも良いよ?


ケイジュ:

…………。

お誘いは嬉しいですが。

私は、貴方とはここでしか会わないと決めていますので。


シイナ:

言ってたねェ。


ケイジュ:

それが、このゲームのルールなんです。


シイナ:

あは、ザーンネン。

……でも、そのゲームってさ、一体どうなったら勝ちなワケ?


ケイジュ:(微か、嗤い)

……、それは、


―その言わざる想いは。

―その、罪咎は、


ケイジュ:

ブラック・ウォッチのみぞ知る、ですよ。


―暗転。


―シイナにスポット。


シイナ:

【本日のカクテルレシピ】

『ブラック・ウォッチ』シイナアレンジ

■スコッチウイスキー 30ml

■コーヒーリキュール 30ml

■アーモンドシロップ イイ感じにチョビっと

以上をミキシンググラスにてステア。

ロックグラスに炭酸で満たしてサーブ。


―【終】

―【空白】

―【空白】

―【空白】


―【ボーナス・トラック】

―後日。某営業日。長身秀麗の女性店員と、真珠色の髪、絢爛過剰な容姿の、常連客の女性。

―深夜、看板の灯が消えた後。


シイナ:

……うへェーっ。

そんで、ブチューっと行っちゃった、と?


ヤナ:

そーそーそォー。

や、だってェ、そんな流れだったってゆーかァ、

チョーシこいとるドーテーショーネンをォー、大人の魅力で力尽くってゆーかァっ、


シイナ:

その発想が既に大人でも何でもナイけどね。

ま……、相変わらずヤナらしーコトで。


―自前のドリンクを飲み干し。


シイナ:

ぷはっ。今日はよく飲みました、っと。

…………、

その話の、彼はさァ、


ヤナ:

え、アドくん?


シイナ:

言っちゃうんかーーい。

予想通りだけども。


ヤナ:

だって男のバイトなんてアドくん1人だしねー。

が、どしたのっ?


シイナ:

好きなのかね、やっぱ。

ヤナの事。


―常連客のキョトン、とした眼。


ヤナ:

んへ……?

ソリャそーなんじゃナイ??

オトコノコだしィ、


シイナ:

あは。ヤナのコト嫌いなオトコなんかいない、って?


ヤナ:

私の事キライなオトコのヒトなんて会ったコト無いケドなーー??

あロンモチ、ゲイのヒトとかは別だけど、


シイナ:

うっわ、スゲぇ事ゆーね。


ヤナ:

ビビって、ヒかれたりはある、らしーんだけど。

でもソレって好きってコトじゃんっ???


シイナ:

んーー……。定義によるだろうけど。

嫌いならそもそも入って来ないだろうしね、ヤナのフィールドに。


ヤナ:

アハアハアハっ、

ちゃんサマ電波ゆんゆん出とりマスからなァーーーっつってつってっ。

え、で、でっ、それでっ?


シイナ:

ん?


ヤナ:

愛されヤナぴがどーしましたかのォー。


シイナ:

んー、いや……。

……好き、とか、憧れられたり、とか。

そーいう矢印が自分に向いてる時って、さ、

どーいうテンションなのかな、って。


ヤナ:

えーーっ……、

ええーーーー、…………。

(暫し考え)

……ヤジルシが自分に向いてナイことなんか無かったからワカンナイ…………、


シイナ:

あっはははっ。

前提から桁違いで参考にならねーーーっ。

……でも、ま、そーだよな、ヤナは。


ヤナ:

でもでもでもォっ、女子校の頃はモテ倒してたんじゃナイのっ?

アノ人が言ってたじゃん、あの、眼鏡のポワワンってした人、


シイナ:

ああ、…………、

先輩、ね。

…………、


ヤナ:

てかてか事故のニュース見て無茶苦茶ビックリしたァーっ、アノ人じゃんっつって!!

無事で良かったよねェーーーっ、マジでマジでっ。マジでジマっ。


シイナ:

……ホントに、ね。

(努めて切り替え)

……高校の頃とかはさァ、アレは箱庭的な、一時の揺らぎっつーか、さ、


ヤナ:

ザッツ・キョードーゲンソーっ (共同幻想)。

さァっすが「釈葉(しゃくよう)」女学院っ、未だにそんなんあるんだねェーーーっ。


シイナ:

女同士で、さ。どーなるモンでも、実際はナイし、ね。


ヤナ:

えっ? そー??

何でっ???


シイナ:

いや……、ま、時代は変わったとはいえ、さ、


ヤナ:

メス同士でもナニ同士でもォ、

ていうか繁殖目的じゃないのはオスメスでも一緒だしねっ。

どーにかなる時って簡単になっちゃうと思うケドなァーーーー。


シイナ:

……、……、


ヤナ:

キュポって。リュポっつって。


シイナ:

擬音ヤメな?

……、


―薄っすらと、思案。


シイナ:

……でも、何か……、


ヤナ:

何かあったんスかァー? シーナリン、


シイナ:

ヤナが言うと、そんなよーな気がしてくるから不思議だわ。

……何も無い、けどね。

あと「シーナリン」はもう、あと1文字で御本人なんだよな。


ヤナ:

「ゴ」っ。


シイナ:

丸ノ内でもサディスティックでもナイから。

…………。

さっ、て、


ヤナ:

おゥー。

さてさて、はて。


シイナ:

そろそろ……、

マジで閉めるわ。


―暗転。


―【終】

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