『ブラック・ウォッチのみぞ知る』
“お一人様篇”シーズン1♯2
とある街、とあるBAR。
とある懐古と、秘めたる懸想。
登場人物
■シイナ
店員。流れ行く女。
■ケイジュ
常連客。想いを内に筆す女。
−黎和3年10月某日−
シイナ:
或る、心象のうた。
ケイジュ:
あかるい屏風のかげにすわって
あなたのしずかな寝息をきく。
香炉のかなしい烟のように
そこはかとたちまよう
女性のやさしい匂いをかんずる。
かみの毛ながきあなたのそばに
睡魔のしぜんな言葉をきく
あなたはふかい眠りにおち
わたしはあなたの夢をかんがう
このふしぎなる情緒
影なきふかい想いはどこへ行くのか。
薄暮のほの白いうれいのように
はるかに幽かな湖水をながめ
はるばるさみしい麓をたどって
見しらぬ遠見の山の峠に
あなたはひとり道にまよう 道にまよう。
ああ なににあこがれもとめて
あなたはいずこへ行こうとするか
いずこへ、いずこへ、行こうとするか。
あなたの感傷は夢魔に酢えて
白菊の花のくさったように
ほのかに神秘なにおいをたたう。
―タイトルコール。
シイナ:
『ブラック・ウォッチのみぞ知る』
―【間】
シイナ:
眼鏡変わった?
―某月某日、某時刻。
―とある街、とあるバー。店員の女性は、常連客の女性が席に着くなり、投げかけた。
ケイジュ:
あら……、気付きましたか。
シイナ:(コースターを出しつつ)
前はシルバーだっけ。
セルフレーム、似合うね。
ケイジュ:(カウンターにバッグハンガーを掛けながら)
どうも。
気が付かないと思ってました。
貴方は、他人に興味がありませんから。
シイナ:
そんな事ないヨ?
ていうか……、それ、その鞄引っ掛けてるヤツ、
ケイジュ:
バッグハンガー?
シイナ:
そーそー。良いよね、私も欲しいんだよな。
ケイジュ:
これは頂きものですが、意外と便利ですよ。デザインもシンプルですし。
シイナ:
デザインは選びたいよねー。
雑誌とか見て欲しくなってるモノっていっぱいあるんだけど、忘れていくんだよな。
ケイジュ:
本当は大して欲しく無いんじゃありません? そういうものって。
(コースターを指で玩びながら)注文しても?
シイナ:
ええ、良ござんすとも。
どんなものを致しましょーか、姫。
ケイジュ:
また、その呼び方。
……軽くして頂かなくて構いません。食後ですので、甘口のものを。
シイナ:
OK。
―ミキシンググラスを取り出し、店員は作業にかかる。
シイナ:
ご飯、どこ行って来たの?
ケイジュ:(鞄からスマートフォンを取り出しつつ)
ルーチェの4階の……、
シイナ:
あっ、もしかして新しく入ったトコ? あの、ラフテー的な名前の。
イタリア料理だっけ、
ケイジュ:
「ラ・フルティエール」で、フランス料理です。
何1つ合っていませんよ。
シイナ:
あっは、そっか。
(材料の瓶たちを並べつつ)
美味しかったー?
ケイジュ:
フランスの郷土料理をベースに、果物のソースを使った創作メニューがメインです。
シイナ:
へぇー。あ、フラ(噛んだ)、
“フルティエール”って、フルーツか。
ケイジュ:「果物屋」、です。
味はまあ……、価格の割には、そこそこ。
シイナ:
ソースって、選べたりするヤツかな。
ケイジュ:
料理によって、何種類かの中から。私はミラベルを。
シイナ:
スモモね。
……わ、スモモって言ったら唾出た。
ケイジュ:
条件反射。「梅干し」、よりは都会的ですね。
シイナ:
あ、梅干しでも出る出る。
(コクン、と飲み込み)
デザートもあるの?
ケイジュ:
セットで付いて来ましたよ、フルーツの盛り合わせ。
シイナ:
良いね。今度さ、連れてってよ。
ケイジュ:(一瞬眼を伏せ、また戻し)
……、
考えておきます。
―店員は作業を再開する。
シイナ:
じゃ、果物系のリキュールはやめて、と……。
―選んだ材料をミキシンググラスに注ぎ、ステア。氷を入れ、更にステア。
シイナ:
さって、上手く出来るかなー、っと。
ケイジュ:
お客の前で、やめて頂けません?
シイナ:(カラコロと混ぜつつ、魔女の真似)
ヒィーーッヒッヒッヒ。コレでこのムスメもイチコロじゃわい。
ケイジュ:
……無視です。
―混ざりあった酒をロックグラスに注ぐ。
シイナ:
氷冷たァ、と。
―新たに氷を入れ、軽くステア。
―シロップのボトルを取り。
シイナ:
んで、コイツをちょびっと……。
―微量注いだ後、炭酸水で満たす。軽くステアし、完成。
シイナ:(ドリンクを出しながら)
お待たせ致しました。
『ブラック・ウォッチ』です、姫サマ。
ケイジュ:
ありがとう、執事。
シイナ:
あは。「執事」ネ。語源としては間違い無いな。
ケイジュ:
「酒瓶を扱う者」、ですからね。
―常連客は静かに一口、含む。
ケイジュ:
……思ったよりマッチしますね。今日は当たりです。
シイナ:
良かったー。ちょいコーラっぽいけど、ナシじゃ無いでしょ、スコッチとカルア。
ケイジュ:
この前のは酷かったですが。
シイナ:
何したっけ、『グラスホッパー』か。私は嫌いじゃないけどなァ。
ケイジュ:
歯磨き粉の味でした。
シイナ:
ソレって美味しくないか?
ケイジュ:
蓼食う虫も好き好き。
……アーモンドシロップが効いていますね。
シイナ:
隠し味に便利なんだよね。タニマチのバカが色々買い込んでんの知ってるから、偶に拝借してんの。
ケイジュ:
酷い同僚。
シイナ:
有効活用。私だけじゃなくてカスミも使ってるしィ。
ケイジュ:
……。
あの、軽薄そうな金髪の。
シイナ:
あは。でもかなり、本読むんだよ。話してみたら結構仲良く、
ケイジュ:(遮り)
遠慮しておきます。
……見張りの番の気付けに適用、というような意味かしら。
シイナ:
ん? なに?
ケイジュ:
由来です。「ブラック・ウォッチ」の。
シイナ:
え、チェック柄じゃないの?
ケイジュ:
そっちも、元を辿れば同じです。
かつてスコットランドに於いて秘密警察に支給されていた、青、緑、濃紺の、タータンチェックの制服。
隠れて罪人を見張るのが役目の彼らは、正規の部隊と区別する意味で、
「ブラック・ウォッチ」と呼ばれていたんです。
シイナ:
へぇーえ! 黒く無いじゃん緑と青じゃん、って思ってたけど、そういうことか。
さっすが、物知りだねえ、姫は。
ケイジュ:
検索すればどこにでも転がっていますよ。
シイナ:
ググんなきゃ知らないような事、空で出てくんのは凄いんだよ。
ケイジュ:
実生活では役に立ちません。
(一口含み)
上手な告白の断り方すら、知らないんですから。
シイナ:
おォ、聞こうと思ってたトコ。今日だね。
ケイジュ:
ええ。食事に誘われて、一通り食べ終えた後に。
私はフルーツをおかわりしたかったのに、勝手な人で。
シイナ:
なに、おかわり出来んの?
ケイジュ:
自由だそうです。
シイナ:
うっわ、絶対行こーね。
―カラン、と氷が鳴る。
ケイジュ:
……同じ学部の、後輩ですが。大学に入ってからソコソコ戦績を上げて、調子に乗っているタイプの。
シイナ:
イチバン寒いなァ。高嶺の花の、古書研究会の姫が卒業しちゃう前に、手を掛けたくなっちゃったのかな。
ケイジュ:
知りませんが。満を持して、というような顔をして。
最後まで興味を抱かせては貰えませんでした。
シイナ:
今付き合ってどうするつもりだったのかな、カレは。姫、就職でしょ。
ケイジュ:
……一応。資格が取れれば。
何も考えていないんじゃないですか。
シイナ:
ソイツは何選んだの、ソース。
ケイジュ:
アプリコット。
シイナ:
ひい、ソースのチョイスも寒ゥい。
ケイジュ:
杏に罪はありませんけど。
高校で、空手の全国大会に進んだ時の話を延々とされた時は、白目を向くかと思いました。
シイナ:
あっは。相手見て喋れっての。
ケイジュ:
格闘技=(イコール)低俗とも思いませんが。
シイナ:
それで? 何て言って断ったのさ。
ケイジュ:
……月並みですよ。
「好きな人がいるので」、と。
我ながら芸の無い。
―泡立つ琥珀を一傾け。カラン、と氷。
シイナ:
居るんだ? 好きなヒト。
ケイジュ:(刹那、黙考し、)
……ええ。
母の事も、妹の事も好いていますし、父の事だって嫌ってはいませんよ?
シイナ:
返しまでベッタベタやないかーい。あっはは。
ケイジュ:
…………。
シイナ:
だけど、退き下がってくんなかったと、その空手ボーイは。
ケイジュ:
わかった、頑張る、だとか、訳の判らない事を、
シイナ:
のたまったワケ? ゾワゾワァー。
ケイジュ:……、別に、このような形で無ければ、見るべき所も、話せる話題も、本当はあったんでしょうが。そういう意味では残念です。
シイナ:
オスが1番ツマンナくなる時だからね。
にしても、おモテになられますねェ、姫は。今年入って4回目とかじゃない?
ケイジュ:
5回目です。
シイナ:
なァんで、中身もある美人のトコに限って、しょーもないのばっか寄ってくるかね。
(男性役調に声を作り、大仰に)全くもって、私は悲しいっ!
ケイジュ:
……、記号に、反応しているだけですよ。
シイナ:
きごう?
ケイジュ:
スモモや梅干しと聞いて唾液が出るのと同じ。
髪が長くて、色が白く細身で、出る所は出ていて。
世間一般で良しとされる風体に、偶々(たまたま)沿っていて。
物静かで、大人しそうに本を読んでいる。
ある種の「女」の典型に、条件反射で飛び付いているだけです。
シイナ:
聞く人が聞いたら怒りそうだよネ。
ケイジュ:
言う相手は選びますよ。
シイナ:
あは。
……なるほど。ハンペンでカエル釣るようなモンか。救えないなァ。
ケイジュ:
何ですかそれ?
シイナ:子供の時にやらなかった? 発情期の雄ガエルって、同じサイズの物には何だって飛び付くから、ハンペンとかコンニャクに紐付けて釣るんだよ。川とかで。
ケイジュ:
知りません……、そんな粗野な遊び。
シイナ:
今度やる?
ケイジュ:
やらないです。
シイナ:
結構楽しいんだよ、皆やってたし。
……あの頃はなァ、女子も男子も無く、皆ツルんで遊んでたのにな。
―常連客は一口グラスを傾け。
ケイジュ:
……思春期を過ぎれば、刷り込みが終わるんですよ。
男という記号、女という記号。
男は女を求め、女は男を受け入れる。いずれ恋に落ち、番い、子を成し、代を重ねる。
パブロフの犬たちによる、美しい条件付けの樹形図。
そうして世界は回っている、というお約束の。
シイナ:
そして、ソコヘ乗っかれない、ピンと来ない奴らには、罪人のラベルを貼っ付ける、と。
ケイジュ:(表情を静止させ)
……、罪、人。
シイナ:
これからもずっと、かは判らないけどさ。多様性とか色々と、ブームらしいし。
少なくとも……、今のトコ、そんな法に乗っかるには、男は馬鹿過ぎるよなァ。
ケイジュ:
……さて。本当は女もどうだか、
シイナ:
もちろん、女の馬鹿だって大勢いるね。だから、女子校時代に戻りたいとは思わないけど……、
それにしたって、男の馬鹿は多すぎる。大学で共学来てビックリしなかった?
ケイジュ:
どうでしょう。高校の頃の私は、どちらかと言えば、女の馬鹿の方でしたから。ご存知の通り。
シイナ:
よく言うよ、寮長殿。才色兼備の、妖精みたいな子が入って来たって、演劇部総立ちだったよ。
ケイジュ:
勧誘を蹴って文芸部に決めてしまい、申し訳ありませんでした、副部長。
シイナ:
根に持ってるからね、今でも。
ケイジュ:
お詫びにこうして、足繁く通っているんです。
シイナ:
ふっふ。なら、お釣りが来るかな……。
―常連客が琥珀を含み、氷はカラリと鳴く。
ケイジュ:
……先輩は。
シイナ:
ん?
ケイジュ:
先輩は、どうして大学、辞めたんですか。
シイナ:(眼は軽く見開かれ)
……その呼び方、久しぶりだな。面食らった。
ケイジュ:
理由を、聞いていなかったなと、思いまして。
シイナ:
……んー、……、
―カウンター内の簡素な木椅子を動かし、カタン、と腰掛ける。
シイナ:
特に……、これといった理由があった訳ではないんだよね。
半分男の環境が、合わなかったとかでも無いし。
ケイジュ:
男のお友達も……、
シイナ:
結構いたし、付き合ったりもしてたね。
今は偶に飲んだりするぐらいだけど、ソイツとは。
ケイジュ:
…………。
では、
シイナ:
居る理由を、これといって見出だせなかったから、とでも言うかな。殆ど誰にも、説明せず終いだった。
ケイジュ:
…………。
シイナ:
知っての通り、何もかも、長続きしない性格でね。
演劇もぱったりヤメちゃったし、中学の頃のバスケも。
ケイジュ:
飽き性、なんですよね。
シイナ:
って、人にはよく言うけど。
本当は……、そうね、「申し訳無くなる」、という方が近いな。
ケイジュ:
申し訳……、
シイナ:
これでも、打込めば本当に熱中するんだよ。命を燃やして。
ケイジュ:
……よく、知っています。
―ずっと見ていたから、とは言わなかった。
シイナ:
ただ、何でもある程度やり込むと途端に、自分の、心の半端さに気が付く。
周囲に対して、自分の非礼を痛く感じてしまう。
この辺りの感覚を、誤解なく伝えようとすると時間がかかるから、今は言わないけど。
ケイジュ:
お聞きしますよ。いくらでも。
シイナ:
どっちがお客だかわからないね。
もうじき、君の嫌いな騒がしい時間が来るよ。
ケイジュ:
週末の匂いに湧く俗な人たちが。
私も……、似たようなものですから。
シイナ:
ふっふ。
まあ……、結局の所、そういう自分が、移り気せず向き合えるものに出会えるんじゃないかと、大学に進んでみたものの……、
―木椅子がカタンと鳴る。
シイナ:
駄目だったね。
自分の半端さ、心の凡庸さをまざまざと見て、私が居て良い場所じゃないと思った。
ケイジュ:
……なろうと思えば、何にだってなれる人なのに。
シイナ:
客席から見ればね。
しかし役者の心は違う。顧問のヒラツカの受け売りだけど。
ケイジュ:
あの、演出家崩れ。
シイナ:
悪く言うもんじゃないよ。
(一転、崩して)あァ、元気してるかなァー、ヒラ爺。懐かしいなァ。
ケイジュ:
もう定年だと思いますが。
シイナ:
しごかれたモンだよ。文芸祭で『シラノ・ド・ベルジュラック』を演った時だって……、
ケイジュ:
開演直前までダメ出しがあった話でしょう? 私、練習に付き合ったんですよ。
シイナ:
あれ、君だったっけ?
ケイジュ:
もう、本当に……。
あんな、気障で端麗なシラノ、おかしかったです。
シイナ:
芝居ではよくあるんだよ。役の醜さをこそ、演技で表現しなければ、とは爺の言葉。
……色々やらせて貰ったなァ。あの、部室のバルコニーでの寸劇。まだやってるのかなァ。
ケイジュ:
新入生歓迎祭の。
……続いてるんじゃないですか。妹の時は、やっていたと聞きましたよ。
シイナ:
あの時初めて、私を観てくれたんだよね。
ケイジュ:
他の生徒の歓声が五月蝿かったです。
シイナ:(おかしげに)
アレ程のモテ期は、生涯来ないだろうなァ。
妹ちゃんも、元気?
ケイジュ:
息災ですよ。何せあの子は馬鹿ですから。
私と同じ大学に入るんだって息巻いて、出来もしない勉強を。
シイナ:
あっは、かーわいー。
ケイジュ:
誰かを追いかけて、進路を決めるだなんて……、
本当に、馬鹿のする事です。
―真意を滲ませぬ、白紙の相貌。
シイナ:
いいじゃない。憧れというのは純粋で。
……私もそーゆーものに出会えれば、また違ったのかなァ。
ケイジュ:
…………。
―店員はグウ、と伸びをする。カタンと木椅子。
シイナ:
あ、失礼致しました、姫。
ケイジュ:
いえ。でも他の方の前では、やめた方が良いですよ。
シイナ:
ふっふ。
ねえ、覚えてる? 私の最後の文芸祭で、シラーの『群盗』を演った時の、
ケイジュ:
作業に熱中し過ぎて、寮を締め出された話。
……忘れる訳ありません。寮監を起こしたく無かったけれど、野宿をする訳にも行かず、2人で悩んだ末……、
シイナ:
私が鍵を任されてたから、劇部の部室の、倉庫で眠ったんだよね。
ケイジュ:
金の屏風の裏に隠れて、暗幕をかぶって。
シイナ:
そうそう。アレ、屏風は、何に使ったやつだったかな……。
ケイジュ:
凍えるかと思いました。
シイナ:
秋にしちゃ寒い夜だったね。
本当に、懐かしい……。
スマホのアラームで起きられて、良かったよね。
ケイジュ:
バレたら減点では済みませんでした。貴方は、大事な時期でしたし。
シイナ:
寮長閣下と劇部の副長が部室で逢い引きだなんて、スキャンダルとしてオイシ過ぎるしね。新聞部に極上の餌を与えるトコだった。
ケイジュ:
逢い引き。
…………。
―グラス持つ手が微かに震え、カラン、と氷。
ケイジュ:
本当、お笑いですね。
シイナ:
馬鹿やったよ、色々と。全能感にボケて、自分は選択肢に恵まれてる方だって、思い違いをして。
自分の普通さ、平凡さにに気付けた分、今の方が馬鹿はマシだな。
ケイジュ:
…………。
―常連客は琥珀を干し、残された氷がカラリと鳴る。
ケイジュ:
そろそろ行きます。五月蝿くなる前に。
シイナ:
あァ、うん。ありがとう。
では……、
(男性役調に声を作り)
1400フラン程、工面しては貰えないだろうか、ロクサーヌ。
ケイジュ:(財布から紙幣2枚を取り出しつつ)
そんなシラノはモテませんよ。設定通りですが。
シイナ:
あっはは。
(小銭入れの缶を探り)あら……、ごめん、お釣り全部100円になるや。
ケイジュ:
構いません。
―つつがなく精算。ジャラリ、と貨幣。
シイナ:
じゃ、気を付けて。後は帰るだけなの?
ケイジュ:(鞄を掛け、バッグハンガーを回収しつつ)
ええ。週末で読破したい本が溜まっていますし。
今夜から取り掛かります。
シイナ:
相変わらず本の虫だよねェ。羨ましいよ。
ケイジュ:
私の読書は愛好ではなく習慣ですから。
貴方は、もう少し読んだ方が。
シイナ:
まァ、ボチボチね。良いのあったら教えてよ。
ていうかさァ、ホントにどっか遊びに行こうよ。ご飯食べに行ったり、空いてる日合わせてさ。
ケイジュ:
…………。
シイナ:
ホントにカエル釣りでも良いよ?
ケイジュ:
…………。
お誘いは嬉しいですが。
私は、貴方とはここでしか会わないと決めていますので。
シイナ:
言ってたねェ。
ケイジュ:
それが、このゲームのルールなんです。
シイナ:
あは、ザーンネン。
……でも、そのゲームってさ、一体どうなったら勝ちなワケ?
ケイジュ:(微か、嗤い)
……、それは、
―その言わざる想いは。
―その、罪咎は、
ケイジュ:
ブラック・ウォッチのみぞ知る、ですよ。
―暗転。
―シイナにスポット。
シイナ:
【本日のカクテルレシピ】
『ブラック・ウォッチ』シイナアレンジ
■スコッチウイスキー 30ml
■コーヒーリキュール 30ml
■アーモンドシロップ イイ感じにチョビっと
以上をミキシンググラスにてステア。
ロックグラスに炭酸で満たしてサーブ。
―【終】
―【空白】
―【空白】
―【空白】
―【ボーナス・トラック】
―後日。某営業日。長身秀麗の女性店員と、真珠色の髪、絢爛過剰な容姿の、常連客の女性。
―深夜、看板の灯が消えた後。
シイナ:
……うへェーっ。
そんで、ブチューっと行っちゃった、と?
ヤナ:
そーそーそォー。
や、だってェ、そんな流れだったってゆーかァ、
チョーシこいとるドーテーショーネンをォー、大人の魅力で力尽くってゆーかァっ、
シイナ:
その発想が既に大人でも何でもナイけどね。
ま……、相変わらずヤナらしーコトで。
―自前のドリンクを飲み干し。
シイナ:
ぷはっ。今日はよく飲みました、っと。
…………、
その話の、彼はさァ、
ヤナ:
え、アドくん?
シイナ:
言っちゃうんかーーい。
予想通りだけども。
ヤナ:
だって男のバイトなんてアドくん1人だしねー。
が、どしたのっ?
シイナ:
好きなのかね、やっぱ。
ヤナの事。
―常連客のキョトン、とした眼。
ヤナ:
んへ……?
ソリャそーなんじゃナイ??
オトコノコだしィ、
シイナ:
あは。ヤナのコト嫌いなオトコなんかいない、って?
ヤナ:
私の事キライなオトコのヒトなんて会ったコト無いケドなーー??
あロンモチ、ゲイのヒトとかは別だけど、
シイナ:
うっわ、スゲぇ事ゆーね。
ヤナ:
ビビって、ヒかれたりはある、らしーんだけど。
でもソレって好きってコトじゃんっ???
シイナ:
んーー……。定義によるだろうけど。
嫌いならそもそも入って来ないだろうしね、ヤナのフィールドに。
ヤナ:
アハアハアハっ、
ちゃんサマ電波ゆんゆん出とりマスからなァーーーっつってつってっ。
え、で、でっ、それでっ?
シイナ:
ん?
ヤナ:
愛されヤナぴがどーしましたかのォー。
シイナ:
んー、いや……。
……好き、とか、憧れられたり、とか。
そーいう矢印が自分に向いてる時って、さ、
どーいうテンションなのかな、って。
ヤナ:
えーーっ……、
ええーーーー、…………。
(暫し考え)
……ヤジルシが自分に向いてナイことなんか無かったからワカンナイ…………、
シイナ:
あっはははっ。
前提から桁違いで参考にならねーーーっ。
……でも、ま、そーだよな、ヤナは。
ヤナ:
でもでもでもォっ、女子校の頃はモテ倒してたんじゃナイのっ?
アノ人が言ってたじゃん、あの、眼鏡のポワワンってした人、
シイナ:
ああ、…………、
先輩、ね。
…………、
ヤナ:
てかてか事故のニュース見て無茶苦茶ビックリしたァーっ、アノ人じゃんっつって!!
無事で良かったよねェーーーっ、マジでマジでっ。マジでジマっ。
シイナ:
……ホントに、ね。
(努めて切り替え)
……高校の頃とかはさァ、アレは箱庭的な、一時の揺らぎっつーか、さ、
ヤナ:
ザッツ・キョードーゲンソーっ (共同幻想)。
さァっすが「釈葉」女学院っ、未だにそんなんあるんだねェーーーっ。
シイナ:
女同士で、さ。どーなるモンでも、実際はナイし、ね。
ヤナ:
えっ? そー??
何でっ???
シイナ:
いや……、ま、時代は変わったとはいえ、さ、
ヤナ:
メス同士でもナニ同士でもォ、
ていうか繁殖目的じゃないのはオスメスでも一緒だしねっ。
どーにかなる時って簡単になっちゃうと思うケドなァーーーー。
シイナ:
……、……、
ヤナ:
キュポって。リュポっつって。
シイナ:
擬音ヤメな?
……、
―薄っすらと、思案。
シイナ:
……でも、何か……、
ヤナ:
何かあったんスかァー? シーナリン、
シイナ:
ヤナが言うと、そんなよーな気がしてくるから不思議だわ。
……何も無い、けどね。
あと「シーナリン」はもう、あと1文字で御本人なんだよな。
ヤナ:
「ゴ」っ。
シイナ:
丸ノ内でもサディスティックでもナイから。
…………。
さっ、て、
ヤナ:
おゥー。
さてさて、はて。
シイナ:
そろそろ……、
マジで閉めるわ。
―暗転。
―【終】