プロローグ
暗い場所は苦手だ。暗い場所は怖いから。
明るい場所は苦手だ。明るい場所は眩しすぎて、消えてしまいそうになるから。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
寂しい場所は苦痛だ。孤独は、理性を狂わせる。
「や、やめてくれ!俺は何もしてない……何も知らないんだ!!」
痛いのは嫌いだ。命のひりつく感覚が忘れられなくなるから。
刃を持った男は無表情に、慈しむように泣き喚く男に斬りかかる。
バサリ、バサリと急所を重点的に執拗に、何度も切る。息が止まるまで、何度も。
「い、たい…やめてくれぇぇぇ…死んじまう……」
何度も、何度も、何度も。斬って、斬って、斬って。人間だったモノの苦悶が痙攣に変わった時、刃を持った男はぽつりと呟く。
「悪いな、仕事なんだ」
感情のこもっていない機械的な謝罪が辺りに響く。冷たい鉄のような声だった。
それを受け取るものはそこにはもう存在せず、ただ、むせかえるような血の匂いと不気味なほどの静寂に溶けてゆく。
まだ新鮮な死体を啄ばもうとする鳥も、群がりたそうにしている蟲も、鉄の男の前では動こうとしなかった。否、動けなかった。
それは、鉄の男の発する異様な空気のせいか。または男の死体が、地面に沈んでいっている(・・・・・・・・・・・)からか。
「裁きを受けよ、罪人」
ドプン、と音がしたとき、そこに男の死体はもう存在していなかった。
鉄の男も、同様に。
こうして既に肉塊となった男……ロイスは静かに息を引き取った。
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次にロイスが目を覚ました時、世界は一変していた。しかし彼には冷静に物事を考える余裕なんてあるはずがなかった。
(痛い痛い痛い痛い……怖い!!死にたくない!!俺はまだ、まだ……!!)
しかし想いは声に出ることはなく、泣き声に変換されて世界に放たれた。
赤子の泣き声として……
「〜〜〜〜!!!」
「おお〜よしよし、どうちましたか〜〜?」
(!?!?!?)
ロイスは驚いた。未だ状況を掴めていない彼は本っ当に驚いた。それはもう天地転変の勢いで。
(どういうことだ……ここはどこだ!?クソっ、目が見づらい……耳も聞こえづらいと思っていたが、俺の身に一体何が起こっている?)
疑問の種は、一度発芽したらもう止まることを知らない。
手足の感覚が鈍いのは斬られたからだと思っていたが、温もりは感じるという違和感。
包まれるような仄かに香るいい匂いが鼻腔をくすぐる。戦地では血と砂の匂いしかしなかったのに。
(わからない……ここは一体どこで、俺はどうなってしまったんだ!?)
何かわからないが、どうしてか安全な場所ということは何となく理解できた彼は、静かに瞼を閉じる。少なくとも危害はないだろうと、次に目が覚めたときに謎を解明出来ると期待して……
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「ハッ」
燃え盛る業火を背中に背負った悪人は鼻で笑う。薄汚れた金色の髪を触りながら、大岩に行儀悪く座っている。
「アイツ、この俺を神とかほざきやがってよォ。せいぜい見守ってやるぜェ、そうまでして何を成し遂げたかったのか、何がそこまでお前を駆り立てたのかよォ」
その鋭い目つきは不敵に釣り上がり、三日月のような口で嗤った。
カラン、カラン。男は石を積む。ただ無意味に、贖罪のように。
大小様々な石が積まれては崩れ、積まれては崩れる。男は繰り返す。永遠と。無限とも比喩されるその罪を贖うまで。