第9話 『部室』
放課後になり前方を飛ぶエンジュに付いて行くと、普通科の教室棟の廊下をぐんぐんと進んで行く。
「ここだ、ここだ!」
エンジュは嬉しそうに廊下の一角にある教室を指差す。
「ここは…?」
教室札には茶道部と書かれていた。こんな端っこに部室があるとは一年間通っていたが初めて知った彾嘉だった。
「早く入るぞ!」
エンジュは教室へと促す。
彾嘉は茶道の部室を開くと、中には一人の女子生徒が畳の敷かれた部屋の真ん中で座布団の上で正座をしていた。
「……」
無言でドアをゆっくりと閉めてエンジュに向き直る。
「天使さん、女の子が居たんですけど…」
「ああ、昼休みにも居たな」
「じゃあダメじゃないですか!ここを部室にするのは無理ですよ。だって部員の方がもう居るんですから」
彾嘉は諦めて来た道を戻ろうとする。
「おい!部室を明け渡すように言ってこいよ!」
「嫌ですよ!そんな人に憎まれるようなことしたくないですよ!他に人が居るんですから、ここじゃなくて別の教室を探した方が良くないですか?」
「ヤだね!俺は茶道部の畳の上でゴロゴロしたいんだよ!」
「え〜…」
あまりにもしょうもない理由に彾嘉は言葉が出なかった。
「僕は嫌ですからね」
「へぇ〜、良いのか〜?お前に憑依して俺が言っても良いんだぞ?」
「っ!わ、分かりましたよ!卑怯なんだから…!」
意を決した彾嘉は部室の扉を開けると先ほどと同じように女子生徒が部屋の真ん中で正座をしていた。
肩まで伸ばした黒い髪と、凛々しさを備えた大人びた顔。
女子生徒は胸に青色の一年生のリボンを付けているので、彾嘉の方が先輩のようだ。
「あの…すみません」
畳が敷かれているので靴を脱ぎ、教室へと足を踏み入れる。
「女子バスケ部の方ですか?」
「え…?」
彾嘉に気がついた女子生徒は立ち上がり、眉間に皺を寄せてにじり寄ってくる。
「前にも言いましたが、この部室を明け渡すつもりはありません!出て行って下さい!」
「は、はい。わかりました!」
「おい!諦めんの早くないか!」
エンジュが叫んでいるが彾嘉は無視して逃げようすると、入り口にジャージを着た女子生徒三人が立っていた。
「部員は入部した?雨宮さん」
彾嘉をチラリと見たあと、先ほど話していた女子生徒は雨宮を見つめ直す。
「来栖さん…」
雨宮は来栖と呼ばれた茶色がかった少し長い髪をポニーテールにし、ジャージを着た女子生徒に怯えながら話す。
「そこの二年生のあなたは茶道部に入るの?」
「いえ、僕は…」
「あ、そう」
来栖は視線を雨宮さんに戻す。彾嘉も空気を読んで後ろに下がる。
「…まだです」
「明日までに残り二人の部員が見つからないのなら、ここの部室はバスケ部のミーティングルームにさせてもらう予定って分かってる?」
「わ、分かってます」
「だったら良いけど」
そう言いながら来栖は茶道部室を見渡す。
「畳の部屋は嫌ね。ミーティングルームになった時に畳を全部引っぺがすの大変そう」
「っ…!」
雨宮さんは悔しそうな顔をする。
「簡単に剥がれるの?これ」
腕まくりをして来栖は軽く畳みを持ち上げようとする。
「やめてください!まだここは茶道部の部室です!」
「はいはい…あっ、簡単に畳が外れそう」
その場から逃げたくなった彾嘉は静かにしているエンジュを見ると。
「やった……!!」
エンジュは八重歯がハッキリと見えるほど嬉しそうに笑っていた。
「天使さん…?」
「見つけた!!堕天使だ!!見ろ、りょーか!あの女の手首を!」
エンジュが興奮しながら指差す方向を見ると、来栖の左手首には一枚の黒い羽根のタトゥーが彫られていた。
「黒い羽根?あれが堕天使の羽根ですか…?!」
「そうだ!あの羽根こそ堕天使が取り憑いている証拠だ!やったぞ!こんなに早く見つけれるなんてラッキーだ!」
エンジュは嬉しそうに空中を旋回する。
「りょーか、分かってんな!」
「え?!」
「憑依!」
旋回で勢いをつけたエンジュが彾嘉のおでこに入っていく。
「それじゃ、部員探し頑張ってね」
「……」
「待ちな」
後ろを見ずに手を振って帰ろうとする来栖をエンジュが憑依した彾嘉が引き止める。