3話 エンジュの目的
「分かりました。でもどうして天使さんが僕のところに?」
「良いだろう。順を追って説明してやる。おい、あの椅子をここに持ってこい」
エンジュが指差した椅子とは彾嘉の学習机の椅子だ。
彾嘉は椅子をエンジュの元まで持っていく。
「よし、座れ」
「はあ…」
彾嘉は偉そうに命令するエンジュ言う通りに椅子に座る。
「なに座ってんだー!!」
「う…!」
彾嘉の頰にエンジュのドロップキックが炸裂する。頰に靴がめり込み、とても痛い。
「痛…座れって…」
「ここに座れ!」
エンジュの指差す場所は床だった。
「はあ…」
彾嘉は胡座をかいて座ろうと腰を落とす。
「正座」
「…はい」
誰も座っていない椅子の前に正座で座る。
「よし、俺がどうしてお前のところに来たのか話してやる」
エンジュは椅子の上に着地し、どこに持っていたのか肩掛け鞄を漁り始める。
「よっと!」
5センチ程の鞄からエンジュの何倍もある羽の生えたスケッチブックを取り出す。
スケッチブックはエンジュの手から離れ、パタパタと両サイドに生えた羽で空中で止まる。
「それ、どうやって鞄に入ってたんですか?」
「質問は俺の話が終わったあと受け付ける」
「はい…」
冷静に対応されて彾嘉は黙ることにした。
「俺は天界から堕天使を捕まえに来た天使だ」
「堕天使?」
「そうだ、堕天使ってのは簡単に言うと天使が悪いことしちまうとなっちまうんだ。ここからはお前みたいな馬鹿でも分かりやすいように紙芝居方式で教えてやる」
エンジュはスケッチブックの表紙を捲る。最初のページには黒い玉がデカデカと描いてあった。
「堕天使になっちまうとな、自我が無くなって黒い玉になっちまう」
「そのページいりますか?言えば分かりますよ」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ…」
エンジュは更にページを捲ると、子どもが描いたような可愛らしい画風で胸に黒い丸がある女の子が描かれている。
「堕天使になって黒い玉になっちまうとな、思春期の悩んでいる少女に取り憑いて良くも悪くもするだ」
「……」
更に紙芝居のページをめくると、先ほどの女の子が空に浮かんで光っている絵だ。
「堕天使が成長し過ぎると本来では起こらないことが起きる」
「起こらないこと?」
紙が捲れる音がしたので彾嘉は紙芝居を見る。紙芝居には女の子の周りに時計が何個も描かれた絵だった。
「どういう絵ですか…?」
全く理解出来ない絵に彾嘉の頭には疑問が浮かぶ。
「お前ら地上の人間は知らないだろうが、ある女子高生に堕天使が取り憑き成長した。その堕天使の影響で2年前の2019年を二回繰り返したんだ」
「二回…?」
彾嘉は2年前の中学三年生だった時を思い出すが、高校の受験勉強を死に物狂いでやっていた事しか思い出せない。
「でもそんなこと……」
「言っただろ?お前ら地上の人間は知らないんだよ。堕天使の力で記憶を消されて二回目を過ごしたんだからな」
「そんなことって…」
「信じれないならもう一つあるぜ。去年の夏に一日だけ雪が全国に降った事があっただろ?」
「そういえば、そんなことあったかな…」
彾嘉はテレビのニュースを思い出す。夏なのに雪が降ったと、世間では異常気象だとか、この世の終わりだとかで話題になった。
「まさかアレも…?」
「堕天使の所為だ」
「本当にですか?」
エンジュの言っている事は本当の事なのかもしれないと彾嘉は少し思い、紙芝居を見つめる。
「そうなると俺たち天使じゃあ手が負えねぇから女神のババア共が何とかするんだよ」
「女神…?」
スケッチブックのページが捲られ、3人の女性に女の子がギザギザのビームで攻撃されている絵だった。
「女神が堕天使を無理矢理に引き剥がすからな、取り憑かれた人間の衝撃は相当らしいぜ」
「それって」
「下手したら死んじまうくらいだ」
「そんなのって…」
彾嘉はもう1度スケッチブック絵を見る。女の子は目をバッテンにして『やられた〜』と言っているような可愛い絵で描かれているが、そんなに残酷な絵だったのか。見ていると嫌な気分になる。
「安心しろ、その為に俺たち天使が堕天使が成長する前に引き剥がして捕まえるんだ」
「そうなんですか」
エンジュの言葉を聞き、彾嘉はホッとする。
「でも、どうして僕のところに来たの?」
「順を追って説明するって言ってんだろ!」
「う…!」
額にエンジュが投げた消しゴムが直撃する。