第2話 水瀬彾嘉の日常
「好きです!付き合って下さい!これ、俺のLINEのIDです……!」
最悪の一日の始まりだった。
「……」
高校二年生となり、一ヶ月が経った登校途中。水瀬彾嘉は同じ学校の一年生の男子生徒に告白された。
男子に告白されるのは初めてではない。何ヶ月か前にも告白はされたことがあるし、中学でも何度も告白はされていた。
「お、お願いします!」
男子生徒は、ラブレターらしき紙を彾嘉の前に突き出す。
彾嘉は心の底から呆れている。見れば中々に男前の男子生徒。
本来ならば付き合おうが付き合うまいが、「告白されちゃった〜」っと誰かに自慢するだろう。だがそれは彾嘉が女性であった場合の話だ。
「……」
彾嘉は無言で、男子生徒に自身の生徒手帳を見せる。
「この……写真一年前ですか?」
生徒手帳には真顔で写る、可愛らしい彾嘉の入学当時の写真が貼られている。それを見て男子生徒は呟く。
「可愛い……」
意味が分かっていない男子生徒のために、生徒手帳の性別が書かれている場所を指差す。
「え?……ウソ、男?」
「僕は男です」
男子生徒は、彾嘉の顔を見つめながら真っ青になる。
「そんな……男だなんて……」
よろよろと学校とは反対方向に歩いて行く男子生徒。
一世一代の告白をした相手が男だったのだ、ショックで家に帰って布団で横になるのだろうが、彾嘉は気にもせず呆れながら男子生徒の背中を見送る。
「水瀬〜、こんなのも解らないのに高校によく入れたな〜」
「すみません……」
学校の授業で問題を当てられるが、お世辞にも頭が良いとも言えないために教師には悪く言われる。
「彾嘉ってホントに女みたいな顔してるよな〜」
「分かる分かる。女装したら絶対に、似合うよな!」
「……」
クラスメイトには彾嘉の中性的な容姿をからかわれる。
「あらあら、ここを曲がって……」
「わあああ〜ん」
「……」
学校の帰り道ではお婆さんが困っていても、小さな女の子が泣いていても見て見ぬ振り……。
「チッ、帰ってたんだ。ウザ」
「……ごめん」
家に帰ると玄関で妹と鉢合わせして、キツイ一言を言われる。彾嘉は3人いる妹のうち2人に嫌われている。
父親は海外出張で家には居らず、家族で唯一優しいのは母親と四歳になる三女の妹だけだ。
「もう嫌いだ……世の中も……僕自身も」
カーテンを締め切り、電気も点けていない真っ暗な部屋で彾嘉は自己嫌悪で呟く。
頭も悪く、運動神経も悪い。良いところが全くない。唯一、人に褒められるのは顔と体型くらいだが、彾嘉にとって中性的な顔も痩せ型の体型もコンプレックスでしかない。
「はぁ〜……」
ベッドで横に寝転がりながらスマホで、ストレスの発散方法を調べる。
『友達との会話はストレス解消になる!』『胸を揉むとストレスがなくなる!』『困っている人を助けると精神的な健康が向上する!』
など出てくるが全て出来ないことだ。
『そもそも話す友達がいない』
小学校までは友達という友達はいたが中学に上がると自分の人見知りに拍車が掛かり、友達はいなくなった。
『胸を揉む度胸がない』
もしも彼女がいたとしても胸を触る度胸も甲斐性もない。そもそも自分みたいな中性的な顔の男は女の子に異性として見られない。
『困ったいる人に話す勇気がない』
人見知りで話しかけれない。それに話し掛けて面倒なことになるのも嫌だ。
「でも……」
スマホを枕元に置いて天井を眺める。
もしも自分にも友達がいれば何か変わるかもしれない。
「友達はほしいな……」
誰も居ない真っ暗な部屋で彾嘉は1人呟く。
「ん?」
窓からカリカリと何かが引っ掻く音が聞こえ、彾嘉は起き上がり音の発生源へと歩いていく。
「にゃ〜」
締め切っていたカーテンを開けると、黒猫が窓を引っ掻いていた。
「黒猫?」
彾嘉は窓を開ると、黒猫は躊躇なく部屋の中に入ってくる。
「ちょっ…」
「初めましてだな。水瀬彾嘉」
「え?」
自分の部屋のように寛ぎながら毛づくろいをしている黒猫から、可愛いらしい女の子の声が聞こえた。
「猫が喋った?!」
「バカか。こっちだ、よく見ろ!」
「え?」
黒猫の背に黒いシスター服を着た人形が立っていた。
「人形?」
人形をまじまじと見つめる。肩まである黒い髪に、鋭い瞳をした人形。
彾嘉はまるで本物のような人形の頰を、人差し指でプニプニとつつく。
「本物みたいだ……」
「気安く触ってんじゃねぇ!」
「わっ!」
指を叩かれる。
「人形が動いた?!」
「誰が人形だ!俺様はエリート天使のエンジュ様だ!水瀬彾嘉、お前に用があって天界から来てやったんだぞ!」
「天使?」
「にゃ〜」
彾嘉が驚いていると、床で毛づくろいしていた黒猫が窓へと移動する。
「おう、ご苦労!敬称を付けてないが、気にしないでおいてやる!」
「にゃ〜」
黒猫は頭を下げる素振りを見せて外へと出て行った。部屋の中にはエンジュと彾嘉だけが残る。
「詳しい話をする前に、もう一度自己紹介しといてやる。さっきも言ったが、俺様はエリート天使のエンジュだ」
「はぁ……そ、そうですか。天使ですか……」
「おい!お前信じてねぇな!変なモノを見るような目をすんな!良いぜ、本物って証拠を見せてやる!はっ!!」
ボフンとエンジュから白い煙が上がる。
煙が消えると彾嘉の目の前には、先程まで小さかったエンジュが彾嘉と同じ大きさになり立っていた。
「え……?」
「どうだ?」
大きくなったエンジュは、彾嘉よりも少し身長が低い。160センチ手前くらいだろうか、と思いながら彾嘉はエンジュを観察すると、小さい時は分かりづらかったが、笑うと八重歯がチラリと見え、目つきも少し悪い。
「美し過ぎてビビっただろ?」
エンジュは両手を腰に当てて胸を張る。中々に大きさのある胸が綺麗な形で浮き上がり彾嘉は視線を逸らす。
「それとコレを見ろ!」
「え?それって」
エンジュが背を向けると、背には白い羽が生えていた。それはまさしく絵本などで見る天使の羽だ。
「信じたか?俺様がエリート天使だってこと」
「う、うん。でも、えー……っと、じゃ、じゃあ」
「まあ、これで分かっただろ」
話を無理矢理に終わらせたエンジュから、ボフンと白い煙が上がると目の前から消えてしまった。
「あれ……消えた?」
「どこ見てんだ?ここだ、ここ」
「え?」
声のするところを見ると、床に小さくなったエンジュが腕を組んで立っていた。




