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第七話 世界の剣(1)

  第七話 世界の剣


 戦闘ヘリが作戦を終えて次々に飛び立っていくのを尻目に、直虎たちは屋上からホテルに入るとエレヴェーターで一階まで降り、そこから車ですぐのところにある別のホテルに連れてこられた。そのとき時刻は午前一時を過ぎていたが、上等な調度品に彩られた上層階の一室には十人以上の男女が詰めていた。彼ら一人一人の名前を直虎は知らない。日本の政府関係者なのか、統一政府の者なのか、それとも魔法使いなのか。

 ともあれ、直虎はぴりぴりした雰囲気のなか、琉歌とともに勧められるままソファに腰を下ろした。卓を挟んで向かいのソファに古泉が座る。車内でろくに話ができなかったこともあってか、古泉は少しも待てぬとばかりに口を切った。

「早速だが、君の口から現状について可能な限り詳しく教えてほしい」

「その前にヴァイオラのことですが……」

「彼女の遺体はひとまず病院に運び込むよう手配させてもらった。その後、然るべき手続きを経てイタリアの御家族の許へお返しする。安心してほしい」

 友達が死んだのに安心するのもおかしい気がしたが、直虎はそれで納得することにすると、義務感だけで重い口を開いた。

「俺の知っていることは――」

 そこから直虎は七年前に遡って、時術をめぐる争いについて話し始めた。ただし全部ではない。たとえば朱鷺恵が歴史の改竄者であることはとても云えなかったし、時術と空術の継承者が因果を超越し、そのため王太郎が歴史改変前の世界から移動してきたことなどは伏せておいた。後ろめたかったのもあるが、そのあたりは彼らが知らなくても差し障りないと考えたからだ。話したところで、いたずらに動揺させてしまうだけだろう。

 一方で時術の特殊性、王太郎の目的と能力、人となりについては知っている限り話した。そして現状、王太郎は朱鷺恵をさらい、直虎をA県B市C川の中州に呼び出している。

「――俺の知っていることは以上です」

 直虎がそう話を結ぶと、古泉は眉間に苦悩の皺を刻んで云った。

「朱鷺恵様から聞いた話とおおむね一致する。それにしても時術か……今ならわかる。朱鷺恵様が何十年も若さを保っていた秘術とは時術、そしてこの世界を導くために時術でタイムリープを繰り返していたのだな……」

 直虎は息を呑んだが、そのくらいは少し考えれば見抜かれて当然だった。

「だがわからんのは仁羽王太郎だ。彼はなぜ、朱鷺恵様が作り上げたこの素晴らしい世界を無に帰そうと企むのか……」

 それは彼が旧世界の最後の生き残りであり、その復活を考えているからだ。だが因果の超越について知らない古泉は首をひねっているばかりで、さすがにそこまでは考えが及ばない。直虎も教えるつもりはなかった。横目で琉歌の様子を窺えば、琉歌は直虎に話を合わせるつもりらしく、自分は余計なことを云わないように黙っている。

 直虎はひそかに胸を撫で下ろすと、古泉を見据えて云った。

「そんなことより重要なのは、いかにして仁羽王太郎を倒し、この世界を守るかではないでしょうか」

 すると古泉は直虎を見て頼もしそうに笑った。

「ほほう、やる気満々だな」

「もちろんです。ヴァイオラには死なれてしまったけれど、俺にはまだ守りたいと思える人がたくさんいる。だから王太郎と戦うことに迷いはありません。今夜一晩休んだら、王太郎との最後の戦いに臨むつもりです」

 直虎がそう宣言すると、微笑んでいた古泉はたちまち険しい顔をした。

「勝算はあるのかね?」

「わかりません。先の戦いでこちらは手の内をすべて曝してしまいました。しかるに向こうはまだまだ底が知れません。それでもやるしかないんですから、精一杯やりますよ」

「君が負けたら世界が終わる。わかっているのか? 我々としては、一〇〇パーセント絶対に勝てるという保証があっても君を行かせたくないくらいだ」

 それは積極性をきすぎている。直虎はそう思って眉をひそめた。

「ではどうするつもりですか? 空術に対抗するには時術しかありません」

「いや、私はそうは思わない。空間を操るとはたしかに強力な魔法だが、世界中の魔法使いに協力を呼びかけ、彼らの多様性を武器にして戦うとしたらどうだ? 百人以上の魔法使いが百種類以上の魔法で攻める。さらに最新の装備で固めた特殊部隊にも援護させる。魔法と科学のコンビネーションだ。いくら空術が強力だからといって、王太郎一人で対応しきれるとは思えない。これなら勝てるよ。それに実際、君たちだって、たった二人で王太郎を心肺停止状態にまで追い込んだんだろう? ヴァイオラが復活などさせなければ、戦いは終わっていたのだ」

「それはたしかに、そうかもしれませんが……」

 しかし直虎にはどうしようもなく厭な予感があった。

「……母が云っていました。世界対王太郎という構図に持っていくことはたやすい。しかし全員で戦うより、一騎討ちの方がまだ勝算があるかもしれない、と」

「朱鷺恵様が? それはいったい、どういう意味だね?」

「わかりません……」

 その答えに古泉が憮然とするのも無理はない。しかし王太郎は世界を相手にすることをまるで恐れていない様子だった。それがどうしても気にかかる。

 ――決闘によって勝負を決める戦略は俺の譲歩だった。

 ――もし君がほかの魔法使いたちの力を借りたり、国家の軍隊の陰に隠れたりするようなら、俺も相応の対抗措置をとるからね。

 あれらの言葉は、どれも絶対の自信を表していた。

 そして今もって謎の言葉、オーヴァドライブ。

 直虎はそれらを思い出しながら、膝の上に置いた手を握りしめて云う。

「ただ、王太郎には仲間がいるらしいです」

「確かかね?」

「いえ、未確認の情報です。しかし母はそのことをずいぶん警戒していました。それにオーヴァドライブという謎の言葉も。詳細は不明ですが、俺がその力を使えば、今この星の上で生きている七十億の人類など一瞬で終わりだ……と、王太郎はそう云っていました」

 すると古泉は梟のように目を丸くし、それから一応はその可能性について検討するという顔をしつつも苦笑いを止められないようだった。

「可能性がゼロとは云わない。だが考えられん。七十億の人間を一瞬で滅ぼすなど、そんなことは一人の人間にできることではないよ」

「しかし王太郎に仲間がいるという話が本当だったら?」

「だとしても、全人類を抹殺するようなことができると思うかね? ありえない話だ。それは君に一人で戦わせようと仕向けるための、はったりではないか? 嘘の情報を流して敵を動揺させたり誘導したりするのは、古典的な策略の一つだ」

「それは……」

 王太郎の人柄をなにも知らなければ、直虎もそう思っていただろう。だが今は違う。王太郎は、たとえ自分が不利になるようなことでも馬鹿正直にやってのける男なのだと知ってしまった。そんな男が虚言を弄してありもしない力をちらつかせるとは思えない。

 直虎は自分のなかで決断を下すとまなじりを決して云う。

「俺には楽観できません。オーヴァドライブという言葉。やつの仲間の存在を母があれほど警戒していた理由。この二つを解き明かさない限り、一騎討ちで戦った方がいいと思います」

「そうか」

 そのとき古泉の直虎を見る目が変わった。敵を見る目とまではいかないが、警戒するような眼差しだ。それで直虎は自分の過ちを悟ったが、もはや後の祭りである。

「わかった。だが我々にも時間をくれ。仁羽王太郎は、場所の指定はしても時間の指定まではしなかった。つまり猶予はあると考えていいだろう」

「それは、たしかに」

「ならばまずは我々に任せてくれ。十七歳の少年に世界の命運を託し、見守っているだけなど、大人としてはとてもできることではない。頼む」

 古泉はそう云うと率直に頭を下げた。その顱頂ろちょうを見下ろしながら、直虎は返事に窮して困り果てた。これがもっと高圧的に命令されたのなら反発してやったが、逆に頭を下げられると、なかなか厭と云えるものではない。しかも相手は年長者なのだ。

「頭を、上げてください……」

 すると古泉はゆっくり顔をあげた。その眼光が、稲妻のような光りを放っている。

「直虎君、我々だってこの世界の一員だ。この世界を守るために戦う自由と権利がある。一騎討ちで戦った方が勝算があるという君のあやふやな情報を根拠にして、我々に黙って見ていろという権利が、君にあるのかね?」

「そ、それは……」

 直虎は反駁できなかった。もはや八割がた自分の負けを確信したところで、古泉はとどめを刺すように云う。

「もしもあるのだとしたら、君はいったい誰の許しを得て、この世界の、全人類の代表になったと云うのかね? 君が負ければ世界が滅ぶ。そういう戦いに赴くのなら、我々の承認か、あるいは誰もが納得する強い理由が必要だ。そうだろう?」

 それは奇しくも、昨日の朝ヴァイオラが云った言葉とほとんど同じものであった。

 ――いったい君は誰の許しを得て、全人類の代表になったと云うんだい?

 古泉というよりはヴァイオラの言葉に打ち負かされ、直虎は白旗を揚げた。

「……わかりました」

「では、いいんだね?」

 にやりと笑う古泉に、しかし直虎ははっきりと云う。

「ただし、俺も戦列に加えて下さい。戦う権利は俺にだってある。それに大勢の魔法使いを集めて多様性を武器にして戦うにしろ、空術に対抗するなら時術が一番です」

「ふむ。我々としては君には安全なところにいてもらいたいのだが、そこが君にとっても妥協点なのだろうね」

 古泉は器用に片眉をあげ、肩を竦めて笑うと、立ち上がって直虎に握手を求めてきた。直虎はそれを見て、急いで立ち上がると握手を交わす。

「ではともに戦うことにしよう」

「はい」

 こうして直虎は、心に拭いきれない不安を抱えつつも、世界と共闘することに決めた。

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