第5話 迷惑行為
迷惑行為に付き合うとはどれだけ不毛な事だろうか?恐らく、今の私は悪質なクレーマーに絡まれた店員という立場だろう。それももうすぐ定時で帰れるはずなのに絡んでくる。無理矢理引き離そう物ならこっちが悪者になる様に仕向ける程のレベルだ。
「うわっ、何だよコイツ〖鑑定EX〗も弾きやがったよ不正確定じゃん!」
研修では〖鑑定〗〖鑑定EX〗は基本的にクエスト外での使用禁止と言われているはずだが、コイツらはそれを守る気も無いのだろう。とゆーか今日の授業で感じた見られている感触はこれだったのかと思えた。ちなみに〖鑑定〗や〖鑑定EX〗は実力の差が大きいと弾くらしいので別に不正と決めつけられる事では無い。なぜ不正と認定してきたかを単純に考えれば、彼等は自分達がここにいる誰よりも強いとか思っているのだろう。
「……アホくさ。」
正直言ってハイエナ行為詐欺に付き合うのは非常に不毛だ。しここで気になるのは受付嬢がどちらの味方に付くかであろう。だがこの染髪ボーイ達に味方しようと思う権力者はいない気がするので血縁関係が無い限りは問題なく進められるだろう。
「……また貴方達ですか?最近訓練室に籠もってばかりなのにハイエナされる程のクエストをしてたんですかね?」
「まぁまぁ美鈴ちゃん!今回はコイツ等真面目にやってた野かもしれないよ~?」
受付嬢は問題なくこちらの味方らしいが、何故か[竜泉]の関係者らしき男性も付いてきた。恐らく男性は染髪ボーイの味方なのだろうが……正直言って面倒くさい臭いしかしない。流石に全てに詳しくないので台詞が合っているのかは分からないが、「コイツはくせぇ!ゲロ以下の臭いがプンプンするぜぇーー!」と言うべきだろう。
「……面倒なので証拠渡しておきますよ。」
「コイツまだ不正を隠そうと……。」
逆にまだ不正とか言えるのかと染髪ボーイ達を軽く睨む。ただ、受付嬢の隣にいる男……金髪チャラ男職員はまぁまぁと制してくる。しかし証拠を「こんな物いらないSA」とナチュラルな爽やかスマイルで捨て去ろうとしていた事から嫌な奴だと分かる。受付嬢もこの様な行為にウンザリしているのか、私から証拠を素早く受け取るとすぐ確認作業に移る。金髪チャラ男がそれをのぞき込もうとするが、ややこしい事になると分かっているからか受付嬢は脇目も振らず確認作業を終えたのだった。
「不正は無いですね。とゆーかこのクエスト、彼女以外挑戦してませんね。」
「そ、それは俺達が狙っていたクエストだぞ!横から掻っ攫った詫びくらいは用意しても良いんじゃねーか!!なぁ、そうだろ!アンタもそう思うだろ!」
「うんうん、狙っていた獲物を盗んだ詫びはしないとね。」
金髪チャラ男が染髪ボーイ達に同意している。いやコイツ等アホかと受付嬢と同じ事を思ってしまう。これまでは職員と先輩パーティ的なポジションの奴なので成功する確率くらいはあっただろうが、流石にバカすぎでは無いかと思えた。大体それ狙ってたのに~とは後からいくらでも嘘を付けるし、それならなんで物理的にキープしていなかったのかという文句しか言われないだろうと思う。
ついでに言えば狙っている=クリアできるとは限らない。もし狙ってたんだと言えば何でも手に入るなら一等当選の宝くじやアイドルやら何でも無条件で譲渡されたり恋人になったりするじゃないか。そんなご都合主義に近い展開を「狙っていたんだ」の一言で引き起こせるわけが無いだろうとため息をついてしまう。
「……面倒だな。ならこうするか。」
私はそう言いながら報酬である古代竜の鮮血が入った壷を取り出す。見た目は梅干しを作る為の壷であり、1.6リットル程の容量がある。それを取り出すと染髪ボーイ達や金髪チャラ男達、いつの間にかここに来ていた3人の男女は色々な意味で興奮していた。恐らくこのアイテムは大変貴重かつ高価なアイテムなのだろう。
「やっと分かってくれたのかい?助かるよ~、これでお互いWin-Winになるから万事解決。さぁ、それをこちらに渡して……。」
ニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、金髪チャラ男はこちらに近づいてくる。だが、そんな気持ち悪い笑みを見せられて良い気になる訳がない。それをコイツは受付嬢で学習してないなと半ば呆れながら私は壷の蓋を開けてこう言った。
「は?何を言ってるんだよ。これはこうする物だろ?」
私は金髪チャラ男が止める間も無く壷の中に入っていた古代竜の鮮血を一気飲みする。この古代竜の鮮血はタマネギを食べ続けてもここまでサラサラにはならないだろうと思える程スッキリとした喉越しに加え、鉄臭さも無い為ゴクゴクと飲み干せた。その光景を見て金髪チャラ男と染髪ボーイ達は憤慨していたが、いつの間にかここに来ていた3人組を見て顔を青くしていた。
「……まぁ、ダンジョンツリーの報酬は持ち主が自由にしても良いからな……。」
3人組の1人、白髪と黒髪の中間の髪をしたおっさんが私を見てそう言うと、金髪チャラ男は言い訳をしようと口を開いたが、すぐに一喝された。まぁ、自分達にも報酬を得る権利があったとか言うつもりなのだろうが、貢献率は愚かクエストに参加すらしていない染髪ボーイ達に権利は無いのは明確である。
「しかし惜しい事をさせてくれたな。全く此奴等の担任は何をしていたのやら。なぁ、そうでしょう溝内先生。」
おっさんが言うには染髪ボーイ達はここから電車で二駅ほどの場所にある高校の生徒らしい。自分の実力を過信しすぎているような態度からして2年生から3年生辺りだろうと思える。ただ、本来この様な態度を改めさせるべき担任教師である女性、溝内先生は泣きそうな目をしているのだった。
ただ、彼女はコイツ等に迷惑行為はやらないようにとか強く言ってない気がする。泣く事で私悪くないもん!的な空気出してるが、万が一死人が出る様な事件を染髪ボーイ達が起こした時もそれで乗り切れるかが分からない。そんな風に女教師の観察を終えた私は、金髪チャラ男の処分について耳を傾けた。
「正直言って先代の孫じゃからと仕方なく雇ってはおったが、同じ縁故採用の美鈴君とこうも差が出来ると断れんかった自分が情けなくなるわい。既に金波君の代わりは用意してあるからお前さんは月に向かい現場に戻ると良い。」
金髪チャラ男こと金波がガクガクと震えだしたのを見ると、どうやら一般人にとって月や火星は左遷の受け皿扱いらしい。金髪チャラ男は嫌だ嫌だと叫んだ後、なんであの人を呼んだんだ!と受付嬢に叫ぶが、受付嬢の睨みにすら負けてへたり込んでいた。
後で話を聞いたところ、金髪チャラ男と受付嬢は攻略者をしていたが、同じ時期に大怪我をして攻略者を引退した時に縁故採用でここの職員となったそうな。しかし金髪チャラ男は既に完治していたらしいのでなるべくしてなったと話している。
「……で、此奴等の処分じゃが……こちらの受けた損害の補填じゃな。売る売らないの問題では無いんじゃが、古代竜の鮮血はエリクサー的な物の材料なんじゃ。それも特上のな。」
「紗反さん、エリクサー以外にも武器や防具、結界の素材にもなりますよ……。」
ナチュラルに十二星宮の人間が出てきていた事に驚いたが、古代竜の鮮血がここまで貴重だったとは思わなかった。ただ、染髪ボーイ達はどこか縋るような目でこちらを見るが、面倒なので口を開く。これは彼等を庇うのでは無く、追い詰める為の言葉なので期待に満ちあふれないで貰いたい。
「……そーいや、コイツら私に〖鑑定EX〗もしてきたんですが。」
「あっ、確かにしてましたね。」
「えっ、いやアレはジョークで……な、なぁお前等!」
〖鑑定EX〗をしたのはジョークと染髪ボーイの1人は言うが、してるしてないに関わらず罪が重くなるのは変わらない。やっていなければ詐欺罪やら名誉毀損に近い何かになるし、やっていればやっていればでクエスト外で〖鑑定EX〗をした事で罪が重なる。染髪ボーイ達は完全に詰んでいた。
「成る程、お前等は真面目に攻略者やってますという言葉はやはり嘘だったか。迷惑行為を行ってなお言い掛かりを付けるとは……怒鳴りつける事すら馬鹿馬鹿しく思えるよ。」
恐らく生徒指導らしきジャージの男性は染髪ボーイ達とその担任である女教師を見て呆れた顔をしていた。恐らく、女教師を含めて彼等はまだ安全圏にいると思っているのだろう。少なくとも退学や留年は無く、反省文ですまされると思っている様な、そんな自信に満ちあふている。だが、紗反の一言で彼等の顔色が一気に悪くなった。段階を踏んでどんどん悪くなるのはアメリカンなコメディ系アニメを彷彿とさせる程だ。
「まず、古代竜の鮮血の買い取り価格は……あのサイズならざっと9000億は下ったじゃろうな。古代竜自体の討伐は報告されるが討伐報酬の7割が武器、2割が防具じゃからの。そして1割の素材の中で古代竜の血が出てくるのは3割程じゃ。基本は牙や皮、鱗が出てくるんじゃよ。」
9000億という言葉に私を含めた全員が固まっていた。しかしエリクサー的薬品の材料になるドラゴン系のモンスターの血は需要が低くならない。むしろグレードの高い血はさらに需要が上がっているとの事。そして厄介な事に違うクエストの報酬の血を混ぜ合わせると拒否反応を起こしてしまい効力が無くなるという。
「つまりじゃな、これの様に同じ報酬の血を大量に確保出来ればそれだけ良い事なんじゃ。エリクサーも多用すると副作用が出てくるが、同じクエスト報酬の血で作られた物ならば副作用が一切起こらないんじゃ。」
基本的にドロップされるのが小さめの目薬サイズ、大きくて試験管1本分と考えればあれだけの値で買い取ってもそれ以上の利益が出せるだろう。ただ、9000億を超えると兆と国家予算レベルになるのですがと思っていると染髪ボーイ達はさらに余罪も言い渡され、責任の押し付け合いも出来ないほどだった。どうか減罪をと女教師が目線で訴えてくるが、そうしてやる義務も無い。
「取り敢えずパーティ《虹色スターボーイ》には9000億稼ぐまでは口座を凍結させてもらう。なんなら組んでいた金波と一緒に月まで行って稼いでくるかの?」
最終的に染髪ボーイ達は[竜泉]で賠償金分働いて返す事となった。まぁ、高額なクエストもあるので彼等ならすぐに稼げるだろうと思ったが、余罪の中の被害者達への返済金やらでクエスト報酬から返済できる額が減るので当分先になるそうだ。後、〖鑑定EX〗等のEX系スキルも没収されていたので哀れだと思えた。
その後、私は紗反から人があまり来ないダンジョンツリーを紹介されたので、染髪ボーイ達と女教師の縋る視線を無視して鞄をコインロッカーから回収し、[竜泉]を出たのだった。ただ、賠償金の筈の9000億が私の迷宮口座に振り込まれていた事を見て解せぬと思ったのだった。
……………染髪ボーイ達と受付嬢Side……………
賠償金でもただ提示された義務だろうと呑気にやろうとしていた染髪ボーイ達は、実際に[竜泉]というダンジョンツリーを管理している紗反家が遥に9000億支払った事、もしも返済が滞った場合には彼等の家族も巻き込む事になると告げられた事で、慌てて武器を持ってクエストへと向かう。
その様子を見て帰ろうとした女教師も、都合の良い話は無いと返済の為の減給処分を生徒指導の教師から告げられた。女教師はなんでこんな事!と叫ぼうとしたが、紗反家のおっさんに制されていた。女教師の態度は「自分は援助したくないけどこの人達可哀想だからアンタ達援助してやんな!」とボランティア精神を押しつける様な物だった事から、自分で援助しろよというブーメランを喰らっただけの話となる。
「アレがいなくなるのは良いけど惜しい人材を無くしたわ。もしかしたらスタンピード防止の為に高ランク攻略者を呼ばなくても良くなったかもしれないのに……。」
そう言いながら受付嬢はEX系のスキルを没収していた。普通のスキルの没収の様にスキルスクロールにするという手段が取れない為、没収=消滅となる。それを知った染髪ボーイ達はお慈悲をと願ったが、強制的に月や火星に送らなかった事、最初から両親を巻き込まなかった事で既にしていると聞かなかった。
「後、自己破産も出来ませんからね?攻略者となった場合は一生の生活に支障が出来るレベルの損傷が無いと自己破産などで借金帳消しなんてありませんから。」
クエスト内の大怪我で両目の視力が著しく低下し、特殊なコンタクトを使わなければならない受付嬢は染髪ボーイ達の安易な考えを切り捨てる。それに高校生とまだ扶養を受ける立場の彼等が自己破産した所で自分の親に飛び火するだけで大して変わらない事については黙っておく事にしたようだ。
「……さてと、新人に引き継ぐ為の資料作らないと。」
受付嬢は新人の事務員がまともな人間である事を祈りながら月に強制連行された同僚の引き継ぎの準備を始めるのだった。